人生の逆風の中で見つけた希望の風を、小説、エッセイ、童話、詩などで表現していきます。

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天の星のように―母エバから母マリヤまで 美しき姉妹たち
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日々の風から 今朝は春の朝のよう
 昨日の東京は大雨、稲妻が走り、雷鳴まで聞こえました。真冬にこんなことってあるかしらと思っていましたら、ラジオが観測史上2番目の雨で47ミリ降ったと報じていました。

 今朝の町はまるでお風呂にでも入ったようにさっぱり、すっきりです。日差しも強く、一気に春の朝のようです。
  
 さあ、いつものように教会へ向かいましょう。花壇のパンジーもいっそう鮮やかな笑顔で迎えてくれるでしょう。
 日曜日の朝は、天からの希望の風が満ち満ちています。

  『天は神の栄光を語り告げ、
     大空は御手のわざを告げ知らせる』詩篇
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日々の風から  雨のSaturday afternoon   
 久しぶりの雨です。午後からは本降りになり、道路を打つ雨脚が新鮮に聞こえます。
こんな日は外出を控えて本のページでも繰りましょうと、上げた腰を下ろして座り直しました。
 思いがけない詩に出会いました。
 今では知らぬ人のいない金子みすゞの小品です。
   
     蜂と神さま

   蜂はお花の中に
   お花はお庭に中に
   お庭は土塀の中に
   土塀は町の中に
   町は日本の中に
   日本は世界の中に

   世界は神さまの中に

   さうして、さうして神さまは
   小ちゃな蜂の中に

  みすゞは神さまを蜂の中に見たのだと、説明がありました。
 
 みすゞのいう神さまは、天地宇宙万物の創造主であり支配者である、唯一の神さまではないでしょうか。詩人の感性の鋭さに驚くばかりです。
 
 私も、雨の音の中に、土曜の午後の静けさの中に、神さまを見たいと願わずにはいられませんでした。
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日々の風から  表参道から青山へ 
 昨日は、青山で開かれている早朝のお祈りの会へでかけました。昨年から証し(自分の体験した神の恵みをお話しすること)の依頼をいただいていました。
 地下鉄で表参道下車。東京でもトップクラスのファッションの町です。1,2ヶ月に1度は来ていますが、町の姿代わりは驚くほどです。今は地下鉄の駅が一大変貌中です。
 
 この祈り会はまず信徒が証をし、そのあと牧師が短く説教をします。
 私は『忍耐力と継続力は神さまからの賜』と題して、神さまは、気が早くて、せっかちでイライラの多い私に忍耐という徳を付けさせるために、人との関係や病気や係わる組織など使って訓練してくださった。そのおかげで、一つのことを継続する力も養われたと、事実をあげてお話ししました。

 続いて老齢のD教会の牧師先生は『あなたがたが神のみこころを行って約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です』と、説かれました。期せずして、忍耐の重要性が座を占領しました。

 会が終わって、出席者の皆さんは、このような一致は珍しいと、鮮やかな神さまのお導きを喜び合いました。そして口々に、自分がどんなに忍耐力の欠けた者であるかと、話し始めました。

 神さまは今も生きて、私たちのただ中で、働いておられるのがよくわかりました。
 それは春風のような希望の風でした。

 
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日々の風から  発信手段あれこれ

 今日の東京はほんの少し感が緩んだように感じました。風もなく晴天です。成人の日なので、和服姿の女性たちが町を飾っていることでしょう。

 午前中は事務局を引き受けている伝道機関のいくつかの事務を執りました。ニュースレターの原稿催促のメールを発信し、月末の定例集会の案内書を作成しました。明日にでも発信です。
 
 書類の発送に関して、ずっと以前は、印刷して郵送していました。ところがFAXが登場するようになると、一枚の書類で大勢に送信することができ、時間的にも費用的にもたいへん楽になりました。昨今はeメールです。これが一番簡単です。

 ところが、全員メールで済ませるわけにはいかないのです。今は、郵送組、FAX組み、メール組と三種類を使い分けねばなりません。煩雑です。あらかじめリストを作って、それに従わないと混乱します。

 メール組が増えていくことを願いますが、まだまだ郵送組が優勢です。電話連絡は間違いのもとなのであまり使えません、特にご高齢の方には不親切になってしまいます。

 便利な世の中になりましたが、事務を担当する者にとっては一概によくなったとは言いきれません。種類が多くなった分、整理管理が必要になります。
 今年も、臨機応変、機転を利かせながら、事務局を充実させ、イエス・キリストの事業に参加していけたらと願っています。
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日々の風から 週の初めは礼拝から 
 50年間そうしてきたように、今朝も教会へ行きました。 冷え込みの厳しい朝ですが、風はなく、少し暖かく感じました。お正月に帰省していた方々も無事もどって、おおかたいつものメンバーがそろいました。

 説教題は『あなたがたは地の塩、世界の光りです』。
 聖書は、イエス・キリストの有名な山上の説教の一節が開かれました。

 塩はなくてならないもの、腐敗を防ぎ、少量でも溶けこんで効果を発揮する。光りは周囲を明るくする。隠しておくことができない。
 クリスチャンは地味ではあるが、塩のように有益な存在である。またよい行いを通して光りとしての存在を明らかにするものであると、信仰者の立場が説かれ、生き方が勧められました。

 礼拝後は、2,3人づつグループになって祈り合いました。互いに安否を問いあい、また祈りのリストに従って、たくさんの課題を神さまに祷告、嘆願しました。

 クリスチャンとは別名祈る人と言っても過言ではありません。神は不可能と言う言葉を持たないお方ですから、どんなことでも、教会を上げて祈ります。
 また、クリスチャンの一日は祈りに始まり、祈りに終わります。
 祈りは最高にすてきな時です。
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日々の風から  母の誕生祝い

 母がまもなく88歳を迎えます。盛大な宴?を、とは考えていません。なぜなら、この数年、本人は家の周辺をシルバーカーで歩くだけで、電車や車に乗ることを好まなくなったからです。車で行けるからと、なんど誘っても腰を上げようとはしません。家の中で自由にしているのがいいようです。

 でも、今年は米寿なのだからお祝いしようと、家族とも、きょうだいとも、話し合っています。

 今日は前祝いとして、車で10分ほどのレストランへ昼食に行こうと誘いました。あんがい素直に受け入れ、身支度を始めました。寒いのでズボンを重ね着したと笑って、車に乗り込みました。若いころから車酔いがひどいので心配しましたが、そんな様子もなく無事でした。
 
 外の見えるエレベーターでは、さすがに恐いと言ってしっかり手すりを握っていました。
 孫たちの食欲に驚きながら、自分もけっこう食が進んで、米寿の祝い第一回はみな満足の内に幕となりました。
 
 8年前、父がわずか3週間の病床で召天してからも、さして悲嘆にくれることもなく、淡々と暮らし続けて今日に至っています。
 一度も大病したことがなく、寝ついたこともありません。介護保険を利用したこともありません。病院にもめったにいきません。

 そんなわけでいまだに子どもの手を煩わすことはあまりありません。たいへん子ども孝行な母親です。私はずいぶん楽をさせてもらったのです。
 しかし、さすがに昨年あたりから老いが目立ってきました。
 母に視線を向けなければと、ようやく思うようになった昨今です。
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日々の風から いのち光る子どもたち
嬉しい 毎週水曜日になると数名の子どもたちが代わる代わる私宅を訪れます。学習に来るのです。一時期学習塾を生業にしてきました。
 今はすっかり看板を下ろしましたが、それでも風の知らせで依頼が来ます。求めたのではなく、向こうからきた仕事なら、神さまのお心の中にあることと信じて受けることにしています。
 低学年なので父兄が送迎します。たいていは母親、時に祖母、祖父が代わります。こんな時代ですから、特に神経を使います。

 子どもたちは恐ろしい出来事などどこ吹く風で、元気いっぱいです。勉強も遊びの一つくらいに思っているのか、実に楽しそうです。楽しい
 ひとりひとり個性がきらきらしています。 
 その個性をある一定の型にはめ込まねばならない苦痛と、時には罪責感が去来します。親が第一に求めることは学力向上ですから、その期待を無視するわけにもいきません。

 少子、高齢化と人口減時代に入ったことを、今朝も新聞が大きく取り上げていました。これから随時、有識者たちの見解が掲載されるようです。興味深く読んでいこうと思います。

 勉強は1時間です。まだ冬休み中ですから午前中に終わりました。
 今日は特別に、孫たちも加わってたこ焼き大会です。ちょうどゴルフボールほどの大きさに焼き上がったのを、ひとりがいくつ食べたでしょうか。ハート

 食卓は、子どもたちの遠慮のない歓声と食欲でひっくり返るようです。
 いのちがどんな光りより強く輝いています。
 この子どもたちは安心して生活できる20年後、30年後、50年後を祈らずにはいられません。


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日々の風から 人間関係に悩む若者

 気の置けない親類を訪問しました。彼らは私の家へはちょくちょくやってくるので、私の方からはめったに出かけません。時間のやりくりがつかないためもあります。
 今日はお正月気分に乗って出かけていきました。
 東京都と千葉県をわける江戸川が近くにあるので、堤を散歩しようと思いましたが、冷たい強風に負けて、結局、暖房の効いた部屋から出ずに終わってしまいました。

 まだ独身の若者2人と、世間話ができたことは収穫でした。彼らは明日4日から出勤だそうです。
 2人が一様にぼやく言葉が心に残りました。
 仕事は苦にならない、だが人間関係がいやだ、それを思うと気が重くなる、辞めてしまいたくなるということでした。

 人間関係の悩みは特別に彼らだけの問題ではなく、現代だけのことでもなく、日本だけの現象でもない、人間の歴史が始まって以来の深刻な難問でしょう。この悩みを経験しない人はいないでしょう。ただ悩むだけですめばいいほうです。こじれてしまうと精神的に病んでしまう人もいれば、攻撃的に反応して犯罪にまで発展することもよく聞きます。友人関係も、親子関係も、夫婦関係も、師弟関係も、崩壊させる恐ろしい魔の力となります。

 思い返せば我が身にも数え切れないほどの傷があります。それと同じくらい人を傷つけてきたでしょう。

 どうして上手な関係を築けないのでしょう。どうしていまだに真の解決策がないのでしょう。

 かたわらで問答を聞いていた彼らの母親が、人間はそれほどに罪深いということよ、解決にはほど遠いけど、そう結語しました。
そこで私が、イエス・キリストの十字架の話をすればよかったのですが、場の雰囲気と私の勇気のなさから、切り出すことができませんでした。
 帰途の車中で、明日からの彼らの人間関係が守られ、元気で働けますようにと、祈るだけでした。





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日々の風から 年賀状あれこれ
 年賀状も新年の特別行事です。
 一日にこんなにたくさんのお便りをいただくことは他の日には決してありません。
 出す時期がついつい遅れて、なかなか元旦に届くようにはできないのですが、いただいてみるとうれしいものです。
 一年間一度も交信のなかった方からいただいて、あわてることがあります。今朝もそうした方が数名おられて、ほっとするとともに、出しておけばよかったと後悔しました。

 いただいた中に同じ方のが2枚ありました。あわてているなと、笑いかけたのですが、自分も同じことをしているのではないかと心配になりました。
 この方にはすでに送ったはずだ、いや、出してないのでは、と、迷い出しました。一覧表にしるしを付けて出すのですが、しるしがあるのに出した記憶がないのです。いただきっぱなしでは失礼ですし、と言って2枚出したらみっともない、そんなことを考えてしまいます。
 
 くださった方に寂しい思いをさせるより、2枚になって笑われても、そのほうがいいかもしれません。そうです、迷った方には出すことにします。
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日々の風から 元旦は非日常
 さくらんぼ我が家では、ふだんは全員そろって朝食をいただくことはありません。生活スタイルの違いがそうさせないのです。しかし元旦だけは勢揃いして、あらたまって新年の挨拶を交わしあい、神さまに祈りをささげてからお雑煮をいただきます。
 
 ふだんできないことを、当たり前のように行えるのが新年の特権でしょう。元旦には日々の風は吹いていないかもしれません。日常であって日常ではないスペシャルなときと言えましょう。それが、新鮮です。
 
 クローバー元旦にそよぐ非日常の風が好きです。
 
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