人生の逆風の中で見つけた希望の風を、小説、エッセイ、童話、詩などで表現していきます。

日々の風から 震災五年、いまなお行方不明の方が2500人以上も

日々の風から 震災五年、いまなお行方不明の方が2500人以上も


あの地域で、直接に、地震や津波や原発の、未曽有の被害にあわれた方々に心からお見舞い申し上げます。ご家族、ご親族、友人、知人で、いまなお、行方のわからない方を追っている皆様に、心からお見舞い申し上げます。

あの地域で、元のように暮らしたいと切望している方々に心からお見舞い申し上げます。

あの地域へ戻ることを断念し、新しい生活を始めた方々に心からお見舞い申し上げます。

あの地域、その他で不自由不本意な仮設の暮らしをしておられる方々に心からお見舞い申し上げます。

あの出来事以後、心身に病を負うようになった方々に心からお見舞い申し上げます。

 

あの時だけでなく今も、自費で黙々と奉仕活動を続けておられる方々にお礼を申し上げます。

あの時だけでなく今も、神様だけが知っている支援と祈りを捧げ続けておられる方々に感謝します。

今、5年前の魔の時、2時46分になろうとしています。多くの善意の人たちの祈りに合わせて祈ります。

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日々の風から 観梅、観桜いちどきに

日々の風から 観梅、観桜いちどきに


 





 

借り物のパソコンの使い勝手に難渋していていうちに、待っていた3月も足早に進んでいく。しかし、このところの寒さは真冬以上である。特に、どうして風がこんなにも冷たいのだろう。暖冬だと鳴り物入りで迎えた今冬は一時予報通りだったので、雪も氷も北風にも親しく出会うことはないだろうと、安堵する一方で物足りなさも感じていた。ところが、このとろこ、冬は最後で本性をむき出しにした。冬も負けてはいない。簡単には引き下がらないのだ。冬は叫ばせたいのだ、悲鳴を聞きたいのだ、「春よ来い、早く来い」と懇願するのを。あれこれと考えていたら、楽しくなり、パソコン不具合のストレスが消えていた。

 

関係する働きの会議があって、御茶ノ水まででかけた。解散直前に「湯島天神の梅を見に行きましょう」と声が聞こえてきて、すぐに同意した。方向は指させる。すぐそこといっていい。歩ける距離である。しかし、往年ならばである。みな、七十、八十代。ならば地下鉄でとなった。しかし、聖橋の地下鉄の駅まで歩き、そこからも下へ下へと長い長いエスカレーターに乗らねばならない。「いっそのこと、ここからタクシーに乗りましょうと」提案。あっという間に到着。一人分は地下鉄の運賃に満たなかった。そのうえ時間も労力も要らなかった。なんだか申し訳ないようだった。

 

境内は人でいっぱいだった。もともと広大な場所ではない。ぐるり周囲を見れば高層ビルばかり。それもマンションが多い。おそらく住人たちは自室からこの名所を、この名だたる観光スポットを、眺め下しているに違いない。ライトアップしているからさぞかし夜景の趣は格別であろう。昼間は食べ物やお土産の屋台がひしめき合っている。まぜこぜになった匂いが充満している。梅の香にみちた風情など味わうべくもない。しかしながらこちらも不快感はあるものの楽しむすべを心得ている。処々に咲く紅梅白梅に歓声を上げる。カメラに収める。折からまぶしいほどの日差しである。空いたベンチに腰掛けて、観光客気分に浸った。

 

帰途は男坂を下って、またタクシーに乗り、上野公園口で下車。そのまま電車に乗る人を見送り、残りは公園内へ入った。ここも桜の名所、今はどんな様子かと見に行くと、なんとちらほらと花開く樹もあって、ここでもまたまた歓声が上がった。一日に観梅、観桜を楽しむことができ、幸いなひと時であった。そういえば、二月の主役は梅でいいが、三月は桜に座を譲らねばならないだろう

 








 

 

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日々の風から お詫び
お詫び

前回からだいぶ日が過ぎてしまいました。
またまたパソコントラブルが起きてしまいました。
半年ほど前?に修理したのですが、不十分だったようです。
完全に動かなくなりました。
ただいま、入院中です。
ようやく代替品が提供され、急場をしのいでいますが、ブログまでは手が回りませんでした。
というより、入り方がわからず、手をこまねいていました。
これからはなんとか進めると思います。

三月が目の前にいます。忍耐と試練の2月を乗り越えて、
賛美の三月を迎えたいと願います。
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日々の風から 老女性の一念発起 その2 自分史出版
日々の風から 老女性の一念発起 その2 自分史出版
 
昨年の3月のことでした。80歳も半ばになろうとする老女性が、人生の総決算として、子どもや孫たちへの遺産として、祈りのなかで「自分史」を作ろうと思い立ったそうで、私を名指してきました。一面識もない方でしたが、主が姉妹に志を与えたのだと確信して受けて立つ決意をしました。
 
「自分史」と言っても、クリスチャンのものは、いわば「信仰の証し」です。どのようにしてイエス・キリストに出会い、救われ、その後、教会生活、信仰生活をしてきたか、どのような神の恵みをいただき、助けられ支えられてきたか、神がどんなにすばらしいお方であるかを綴るものです。私自身ずっとそうしたことを書いてきたし、他の方の「自分史」出版のお手伝いもしてきましたので、なにかできるかもしれないと思ったのでした。自分の「証し」も他の人の「証し」も私にとっては同じ「あかし文章」活動です。
 
MMさんは今日まで信仰の実践家でこられましたが、文章は書いたことはなく、片鱗も書いたものはないとのことでした。しかし書いてみようとの意志にあふれていました。それからは記憶を頼りにご両親のことから、出生のこと、幼少時代、青春時代を経て、今日までの歩みを事細かに書きはじめました。原稿用紙に鉛筆で書いていきました。幸田文のようでした。一区切りできると拝見し、次を書き、また次を書きして、それが半年以上続きました。
 
懇意にしている印刷屋さんをご紹介し、出版を念頭に置いて作業が進んでいきました。年末に、初めて原稿が出来上がり、初校が出るまでに至りました。MMさんは2名の友人に、私は3名の知人に校正を手伝ってもらい、二校、三校と続き、今日の午後、最終確認をして校了になりました。本の冒頭にフルカラーで8頁の写真集が入り、2月末には200頁ほどの立派な本が誕生する予定です。
 
MMさんは感謝の涙にくれながらも、今はもぬけの殻のようです、すべての力を出し切った感じがしますと言われました。そうであろうと思います。たかが編集者ですが、私も同じなのです。体がフワフワとして、頭も半分思考停止、しかし感謝があふれています。
 
思えば昨年の今ごろは「一文字」もなかったのです。「無」だったのです。それが一年後には神の恵みがぎっしり書き込まれた一冊の本として目に見える形になったのです。これが奇跡でなくてなんでしょうか。私はそう確信しています。「志を立てさせ、実現に至らせるのは主である」の成就です。主の聖名はあがむべきかな、ほむべきかな!
 
八十歳の坂を越してなお、意気高く高嶺目指して進みゆかれるMMさんをまぶしく眺めています。明日、明後日の私を重ねることができるだろうかと、いささか不安ですが、近いところにお手本があるのは大いなる励ましです。チャレンジ精神をかき立てられます。MMさんの一念発起の原動力は神の力なのです。まことに、主は生きておられます。「あかし文章」活動を通して、私の「主にある友情人名録」にまたお一人すばらしい主の器MMさんが加えられました。名簿は主の光で一段と明るさを増しています。
 
印刷屋さんが校了原稿の入った大きな紙袋を抱えて一足先に去られた後、私たちもお別れの御あいさつをしました。もう、本作りのためにお会いすることはないのです。完了したのです。私の立場は一編集者、陰の存在です。そっと舞台の袖に消えていけばいいのです。

ところが、MMさんは私を見つめて「今度はいつお会いするのでしょうか。それとも、もう、お会いすることはないのでしょうか。寂しいです」と言われました。確かに、実務はないのです。「そうですね、今度は、本の反響や感想が寄せられてくるでしょうから、それをお聞きしたいですね」とお答えしました。私にも先のことはわからないのです。しかしこれで終わりでないことは確かです。私たちはイエス・キリストの愛による「結びの帯」で一つにされていると信じています。地上にいる限り、また、きっと、そして、近いうちに、お会い出来るでしょう。二月の忍耐が生んだもうひとつの一つの希望です。

 

 
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日々の風から 二月は忍耐の月
日々の風から 二月は忍耐の月
 
この半年ほど、身の回りのことで数件の課題を抱えてきた。私自身のことではない。しかし自分の事のようなものでもある。身内、親しい友人たちの、一身上の事柄である。もっぱら祈りだけのこともあれば、実務もあれば、仲介者的に双方へ身を運ぶこともある。それがほとんど同時進行なのである。一つ一つの繋がりは全くない。全く独立している。私の頭の中だけが沸騰しそうに忙しい。11月、12月、1月は闇の中であった。でも、ことが進んでいることがわかった。神が介入して進めておられることの手ごたえを感じていた。
私は創世記一章の冒頭をいつもいつも思いつつ、じっと神様の働きを期待し続けた。
 
地は茫漠として何もなかった。
闇が大水の上にあり、
神の霊が水の上を動いていた。
神は仰せられた。「光があれ」
すると光があった。
神はひかりを見て良しとされた。
神はひかりと闇とを区別された
 
立春を過ぎて、自然界の光が強くなり始めている今、二つのことが神様のあわれみの御手によって、願った通りの形になった。最高の願いの通りに実現した。私の祈りではなく、神様のご計画であり慈しみである。祈りのご奉仕にあずかれたことを感謝するばかりである。
 
大きな事柄がまだ3つほど進行中である。人の希望するところが必ずしも主のお考えと一致するとは限らない。人は短絡的で、目先の利益を求める。よくあることである。神様の最善を信じていくことが求められているとおもう。落ち着いて静かにして主を信頼すればいいのだ。総合的に言えば忍耐である。忍耐は希望を生み出し、希望は失望に終わらないと主は、人間の心理を先読みして答えをくださっている。

もう少し忍耐します。

 
 
 
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日々の風から 老女性の一念発起
日々の風から 老女性の一念発起
 
ある会合で一人の老女性の隣の席に居合わせた。言葉を交わしたのは初めて、ほとんど初対面である。80歳を過ぎておられる。数年前に大きな集会でスピーチされたので、お名前だけは覚えていた。Rさんであった。お互いに差し障りのない話題といえば健康のことである。話が進んでいくうちに、数年前のお姿が浮かんできた。しかしどうも隣におられる方とは少し違うような気がした。数年も経っているのに、今の方が若く見える。
 
もちろんそんなことは口に出せないが、ほどなく謎が解けた。ある時、Rさんはバスから降りた。そのときひざに激痛が走った。脳天を突き抜けてめまいのするほどの痛みだった。バスは走り去ったがその場からしばらく動けなかった。不覚にも涙が噴き出たそうである。
 
診察を受けたところ、老化によるひざの骨の変形で、よくあることだと言われた。治療法を訊けば、減量することですと即座にあっさりと言われてしまった。ずっと健康だったし、多忙でもあったので、特別に食事にこだわることもなくきてしまった。もちろんひと昔、ふた昔、いや、昭和ひとけた、しかも女性だから暴飲暴食美食の習慣もなく、好き嫌いもせず、何でも感謝していただいてきた。しかしいつの間にかかなり体重オーバーになっていた。
 
膝の変形や痛みは体重のせいだとわかったので、それからは一念発起、ひたすら減量に励んだ。極端なダイエットではなく、三度のお食事で気を付けた。数キロ減っていくうちに痛みが取れてきた。歩くのも楽になった。体が軽いってこんなにも快適なのかと驚いている。しかし食事療法も長くなると手抜きしたくなるけれど、あの激痛を思うと耐えられる。そうお話くださった。顔色も肌のつやもほどよく生き生きとし、お声にも張りがあって澄んでいた。
 
長い間の生活習慣を改革するのは並大抵ではない。頭でわかっていても実行は至難の業である。私はほんの一キロ、二キロさえ落とせなくてぐずぐずしている。ひざが痛まないうちに大先輩のRさんを見習ってがんばらなくちゃ!!
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日々の風から 人の生き方、その人の美学
日々の風から 人の生き方、その人の美学
 
甘利氏の突然の辞任は世界を駆け巡るショッキングな出来事であった。氏は、政治家としての美学、生きざまに反する、やせ我慢の美学だと辞意の理由を表現した。ことの真偽は私にはわからない。知らないことが多すぎるから。しかし実に多くの人々が意見を述べられていて非常に興味深い。誉める人、けなす人、それぞれが持論を展開している。理由づけもそれぞれで、双方にうなずけるところもあった。
 
言葉だけをつまむことになるが、生きざま、美学に反する、が心に残った。日頃、自分自身の生き方に、美学と言う言葉を使うことがあるからだ。さしずめ「老いの美学」である。
 
先日、懇意にしている知人宅を訪問した。ずっと前に伴侶を亡くして、長く一人暮らしをしておられる。私よりいくらか年下だがすでに老女である。もう一人の友も交えて、いっしょにキッチンに立ち、お昼を作り、そのあとはお茶にして、午後いっぱいを過ごした。
 
知人が、「ほら、来てるでしょう」とリビングのガラス戸越しを示す。見れば庭の片隅の鳥のエサ台に小鳥が飛んできたのである。雨のひそ降る冷たい午後である。雨にもめげず、小鳥は小さな器に入っているひまわりの種をついばむのだ。正確には種をくわえると飛び立っていく。小鳥はシジュウカラとメジロであった。そばにみかんの二つ割りも置いてあった。そこへ体の大きなヒヨドリがやってきた。ヒヨドリは盛んにみかんをついばむ。
 
「ヒヨドリは憎らしいことをするのよ」という。なんどもなんども飛んできては食べ、食べては飛んでいく、繰り返しているうちにみかんはみごとに皮だけになってしまった。また飛んできた、ところがみかんは空っぽ、失望したのか怒ったのか、皮だけのみかんを突っつくと、皮はあっという間に下へ落ちてしまった。「ね、ひどいでしょう。いつもあれをするの。皮を突き落すのよ」私は唖然とした。おかしかったが、小鳥のドラマに感動した。
 
知人は「こうして一日中ここにくる鳥たちを見ていると、もうどこにも行かなくても楽しくてうれしくて、幸せを感じる。これで十分よ」という。意外な発言であった。それにはわけがある。知人は旅好きで、事情がゆるすせいもあるが、年中旅をしている。旅だけでなく、おそらく今でもスケジュールノートで在宅の日はないのではないかと思う。それが、日がな一日家にいて小鳥を見るのが至福だと言う。これは知人の到達した「老女の美学」ではないかと思った。
 
甘利氏の美学とはおよそ似ても似つかぬが、人それぞれ、しっかり自分の「美学」をもって自分に正直に生き抜いたらいいと思う。美学と言う以上、そこには人を魅了する、あるいは納得させ、心ふるわせる「美」があってほしい。かくいう私にももちろんいくつかの「老女の美学」がある。そのうちに御披露します。
 
 
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日々の風から スカイツリーそらまちで
日々の風から スカイツリーそらまちで
 

またまた荻野吟子ですが、そのからみで幕末から明治維新ものを漁っています。発端は、吉村昭の「ふぉん・しいふぉるとの娘」です。シーボルトの娘、俗にオランダおいねと呼ばれていますが、本名は楠本イネといい、日本初の産婦人科医として活躍した人の物語です。荻野吟子と比較されることがありますが、吟子は明治政府になってから、国家試験を受けて初めて政府公認の女医となった人です。参考にと、読んでみたのです。忘れられない本です。
 
吉村昭物に惹かれて、最近は「桜田門外の変」を読みました。これも引き込まれて、疲れ果てても本から離れられないほど引きずりこまれました。そのつながりで、また何か幕末か維新ものが読みたくなりましたが、吉村昭はあまりに濃厚すぎてひとまず距離を置きたくなり、他の作者をあれこれと物色し、今は司馬遼太郎の「最後の将軍」を繰っています。
 
司馬遼太郎はひところ夢中になり、代表作はほとんど読み、「街道を行く」も楽しく読みました。ところが贅沢というのでしょうか、私の読書欲は御馳走を食べすぎた胃袋のようになり、当分はもういいと、離れてしまいました。ですから久しぶりの司馬遼太郎です。しかし、さすがに、さすがに、大小説家だなあと、改めて唸りながら読んでいます。
 
一日に一度はしたい散歩の行先に、ときどきスカイツリーのそばのそらまちへ行くことを覚えました。歩いてもよし、バスに乗ってもよしで、気軽手軽です。最近は真冬のせいか平日は閑散としています。早やお昼を済ませて出かけます。どこも広々とゆったりしていて解放感を味わえます。ところどころにくつろげるエリヤがあるので、おもむろに文庫本を取り出します。そっと見回すと、読書している人がちらほらとおられるのです。
 
小一時間、読書に没頭です。周囲に人がいても邪魔にはなりません。騒がしいことがあったらさっさと離れればいいのですから。じっと坐っているだけなので万歩計も止まったままですが、これも都会の中の散歩風景の一つだと勝手に満足しています。暖冬とはいえ、さすがに外は寒くて長く歩けません。
 
それにしてもここは世界の観光地なのだと実感です。日本語と半々くらいに外国語がきこえてきます、最近は中国語です。韓国語はあまり聞きません。先日は、白人女性の振り袖姿を見かけました。成人の日でしたか、日本の女性といっしょでした。とっても清々しくすてきで、ちっとも違和感がありませんでした。上手に着こなしておられました。
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
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日々の風から 心残りの場所
日々の風から 心残りの場所
 
 





昨年後半は「荻野吟子・日本公認第一号女医」を追かけてゆかりの地をいくつか訪ねました。最遠方北海道はちょっとやそっとでは行けませんので、近場ばかりを巡りました。幸い吟子の活躍した場所は、ああ、あそこね、あの辺りねと、すぐにも思い浮かぶところでしたので、地図に弱く、体力にも自信のない私でも行けたのでした。一つだけ気になりながら行き残したところがありました。ずっと心に引っかかっていたのですが、あまりにも近いので、ついでの時についでの時にと延ばし延ばしにしていました。しかしどうにも気持ちが落ち着きません。
 
吟子は埼玉県熊谷の利根川べりにある俵瀬の実家に出戻ってからしばらくの後、女医になることを秘しつつも学問で身を立てると言いきって単身上京します。当時は女性が学べる医学校はなく、国学者井上頼圀の塾で男尊女卑の塊の男たちに交じって学問にはげみます。すぐれた吟子の学才は人の知る所となり、甲府で女子の私塾を開いている内藤満寿子塾長のたっての招きに応じて「内藤塾」の教師になります。女医への道がないのと自活していくための苦渋の選択でした。そこへ故郷俵瀬時代に吟子の学問への芽を開かせた恩師松本万年の娘荻江が、女子師範学校が出来るからそこで学んではどうだろうかと誘いに来るのです。
吟子は女子教育のための学校が出来るなら、女子の医学校もできるかもしれないと、一縷の望みを抱きながら回り道と知りつつも女子師範に入学します。そこでの5年に及ぶ厳しい学びを貫徹して、主席で第一回の卒業生になります。明治12年、吟子は29歳になっていました。
 
この女子師範学校は現在はお茶の水女子大として大塚にありますが、もともとは御茶ノ水にありました。この場所を訪ね遅れていたのです。調べてみるとわずかに説明板があるだけとのことです。味気ない気もしますが、明治女学校跡も墨田区の終焉の地も案内板だけ、最初の医院開業地などはひとかけらの碑もありません。地番を頼りにそこに立っただけでしたので、もう失望もしませんでした。幸い、今年の冬は日々暖かく、外出の足を阻まれることもありませんから、冬休みの宿題をこなすつもりで出かけました。
 
御茶ノ水駅を聖橋口で降りて、橋を渡りました。渡り切ったところにわりあい目立つ説明版が建っていました。医科歯科大の隅っこです。こ
んなところだったのと、自分の粗忽さにあきれ、申し訳ない気がしました。なんど行ったり来たりした道でしょう。それなのに気が付かなかったのです。こんな節穴のような目では見るべきものさえ落としてしまいます。 


立ち止まって眺めている人もいました。通りの向かい側は湯島聖堂です。説明板は「近代教育発祥の地」とあり、説明の文言の中に女子師範学校の名が見えました。この辺りに当時を思わせるものは何一つありません。想像のしようもありません。学校はここにあったのだ、吟子は歯を食いしばって学びに励んだのだという、一片の知識をたよりに、心に生きる吟子を偲ぶだけでした。しかし、返し損なっていた借りを清算したような軽い心になりました。
 
蛇足ながら、「荻野吟子」についてはメモめいた記事をこのブログに掲載しましたが、それらをもとに著した小冊子「利根川の風」は友人知人に歓迎されているようで感謝です。
この度は、多くの方々からお手紙や長いメールで具体的な感想がたくさん寄せられ、意外な反響に驚いています。それも実在の人物の強さ、荻野吟子のすばらしさだとつくづく感じました。ただに吟子の偉業を紹介するだけでなく、一般の歴史からは欠落しているキリスト者としての吟子をアッピールできたことが、なによりも心うれしい事でした。そもそもそのためにこそ書いたのですから。これからも隠れたクリスチャン偉女たちを探してみたいと思っています。
 
吟子の愛唱聖句を掲げて筆を置きます。
『人、其の友の為に己の命を損なう 之より大いなる愛はなし』ヨハネ15章13節
 
 
 
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日々の風から 関口カトリック教会へ
日々の風から 関口カトリック教会へ
 


日々あまりの暖かさにかすかに不穏を感じつつも、暖かいのはいいものだと歓迎してしまいます。外へ出るのも寒さ対策どころか、暑さ対策をする有様です。歩けば体が熱を発し、建物に入れば暖房の中です。とたんに汗が噴き出ます。その不愉快なこと。バーゲンセールでも見ようと思っても、いたたまれず早々に飛び出してしまいます。これでは物は売れないのではないでしょうか。売り手も考えたほうがいいと思います。
 
お正月と言ってもどこへ旅するわけでもありません。それでもいつもとは違う気分になっていることは確かです。最近興味をそそられた関口カトリック教会を観に行ってきました。観光的好奇心だけではありません。信仰的好奇心と名づけたていいかどうかわかりませんが、壮大なるカテドラルに惹かれたのです。JR飯田橋から有楽町線に乗り換えて、江戸川橋で下車、神田川沿いに歩いて椿山荘の裏から入って庭園を突っ切り、正面に出ると、道路を挟んで目の前にカテドラルが聳えていました。ここはカトリック東京教区の司教座聖堂とのこと、東京ではこの教会が中心だそうです。
 
大聖堂には自由に出入りが出来ます。巨大な近代的な大聖堂でした。歴史の風格は感じませんでしたが、最前列の長椅子に座ってしばらく心を静めました。ほとんど人影はなく静寂そのものです。その静寂に導かれてしばらく祈りをささげました。しかししんしんと体が冷えてきて長くはいられませんでしたが、すがすがしい気持ちになりました。
 
都バスに乗って目白に出て、山手線内回りで秋葉原に戻り、総武線各駅停車で我が家まで帰ってきました。締めて3時間弱。新年初の散歩は成功でした。
 
 
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