人生の逆風の中で見つけた希望の風を、小説、エッセイ、童話、詩などで表現していきます。

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天の星のように―母エバから母マリヤまで 美しき姉妹たち
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日々の風から 年賀状あれこれ

日々の風から 年賀状あれこれ

 

年賀状の扱いについて毎年試行錯誤しながら、結局は毎年同じことを繰り返し、今年もそうなってしまった。あるとき、年賀状はやめて、クリスマスカードにしょうと思い立ち、そうしたことがあった。クリスマスシーズンの多忙な時にせっせとカードを出した。カードは封書だから費用もかさむ。書き込むところも多いからかなり労力が要った。しかし良い気分であった。

 

ところがいざ新年が始まると、いつものように年賀状が届く。もう、クリスマスカードを出したのだからそれでいいのだと思いつつも、なにかすっきりしない。結局、大急ぎで遅ればせながら年賀状を書いた。クリスチャン同志はカードだけでいいのではないかと思いつつも、カードを下さった同じ友が年賀状もくださるとこちらもあわてて書くことになった。

 

何人かの方々はクリスマス25日がせまってくる頃、Merry Christmas & Happy New Year と年賀はがきで送ってこられる。これはとてもいいアイデアだと思う。しかしまだ踏み切れないでいる。自分の気持ち一つだのだが習慣を変えるのは難しい。結論は出ていない。クリスマスカードも年賀はがきもいただいてうれしいものだから、書けるうちはダブルになってもせいぜい送りましょうと今はそんな気持ちになっている。

 

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日々の風から 新年スタート!

日々の風から 新年スタート!

 

主の2017年がスタートしました。

新年おめでとうございます。本年もブログを通してよろしくお願いします。

来訪してくださる皆様の上に、この年、イエス、キリストの恵みが豊かに注がれますようにお祈りします。

 

元旦も二日も風もなく気温もそこそこ、何よりも快晴なのがうれしく感謝です。

今年は元旦が第一主日と重なり、一年の初めから聖日礼拝の出来たことは何よりの恵みです。いつもの日曜日のように教会へ急ぎました。お正月なので実家に帰省した珍しい方々が來教され、久しぶりのうれしい再会がありました。反対に地方へ行く方もありますが、今年は少なく、いつもの元旦より多くの出席者でした。しかし、このお正月も入院中の方、施設に暮しておられる方、自宅療養の方、高齢で一人暮らしのため来会できない方がおられ、今年もこれら愛する兄姉の皆さんのため、訪問や祈りが教会の大きな課題です。

 

私事で言えば、係っている文書伝道団体の節目の記念行事がいつくか計画されており、すでに走り出しているものもあって昨年以上に知恵と体力が必要です。主にすがるほかはありません。旅ともとの冒険の旅も予定しています。一人旅もしたい!これからはますます旅人になりたい!体において、心において、イエス様と道連れで、一本道を進んでいきたいと願っています。

 

『わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人が私にとどまり、わたしもその人にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。

わたしを離れてはあなたがたは何もすることができないからです』

ヨハネ15章5節

 

 

 

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日々の風から 浅草雷門へ

日々の風から 浅草雷門へ

 

 

 

 

 

いっとき激しく襲ってきた風邪も、わりにあっさりと退散してくれて、ほとんどふつうに戻りました。最後の敵が喉の周辺にしがみついているのか、多少いがらっぽさが残りますが、あとはうがいと水飲み作戦を続けるほかはありません。薬は手放しました。

 

小さな用事を理由に浅草に行きました。時々、無性に浅草へ行きたくなります。特に近年そんな思いに駆られます。郷愁でしょうか。浅草の風景も時代の流れの中でずいぶん変わってきていますが、それでも私にはただ歩くだけで十分なのです。一瞬のうちに何十年間がぎっしり詰まった私だけの浅草空間に入り込めるからです。最近は、様々な外国語が飛び交い、日本の下町人間だけではない人々がひしめき、特に食べ歩く人たちが目につきますが、雷門の大きな提灯を見ると、顔がほころんできます。啄木は故郷のなまりが聞きたくてわざわざ上野駅に行ったようですが、私の浅草行きもそれに通ずる望郷感覚なのでしょう。お正月三が日はもっともっと混雑するでしょう。さすがに行くつもりはありません。しばらく間を置きます。

 

 

この一年の間、わざわざ『希望の風』をお訪ねくださった皆様に心からお礼を申し上げます。

思いがけなく「楽しんでいますよ」なんてお声を聞くとギクッとしたり、ひやっとしたり、

うれしかったりといろいろな刺激を受けますが、

これからも緊張感をもって、身辺を作文化していきたいと思います。

 

新しき2017年の祝福をお祈り申し上げます。

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日々の風から  クリスマスを終えて

日々の風から  クリスマスを終えて

 

 

23日の老人施設慰問とクリスマス礼拝の聖歌隊賛美に、なんと、出られませんでした。歌を忘れたわけではないのです、声が出ないのです。つまり風邪、喉と咳の風邪に負けてしまいました。怪しげな前触れをかすかに感じてはいたのですが、このくらいなどと高をくくっていたのが間違いでした。施設には行かれませんでした。礼拝では聴く側になりました。たぶん初めてのことです。なんとも物悲しい思いをしました。皆さんの優しき慰めの声も上の空、クリスマス愛餐会のごちそうにも手が出ず、後片付けも失礼して早々に退散、安静が一番との治療法に身をゆだねました。一日、二日の蟄居で快癒するといいのですが。

 

 

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日々の風から アドヴェントの日々 その2

日々の風から アドヴェントの日々 その2

 

 

一年が終わろうとしているこの時期になると、日ごろ後回しにしていることがやたらに気になります。あのこともこのことも済ませておきたいとそんな思いにかられます。

 

五島の旅を終えて、旅日記も整理したところで、旅仲間数人が集まりました。日ごろ皆さんご活躍の方々ばかりなので日取りの調整に難航するのですが、今回は一声ですぐに決まりました。最優先してくださったのだと思います。場所も手ごろな町のレストラン。普段着でお付き合いできる友人は貴重です。それでもいそいそと心弾ませて集まりました。

 

ようやくまとめた「旅行記」を出しますと、向かい側の友がコンパクトにまとめた写真集数冊を卓上に乗せ、それを皮切りに皆さんいっせいにバッグを覗き、クリスマスカードを初め、プチプレゼントが飛び出しました。負担にならないようにとの心遣いがにじみ出るエピソード付きの重宝な品々が手に手に渡り、思わず小さな歓声が上がりました。

 

それから延々三時間半、話は尽きません。店員の方々は気にならない程度に上手に間を置きながら配膳してくれました。それが長居の出来た大きな理由かもしれません。また使いたいと思えるほど、料理だけでなく後味の良いお店でした。一人の友人はつい三か月ほど前に、長く介護された母上を天に送ったばかりで、心の整理、身辺整理の途上とのことですが、小休止と前に進むための良い時になったと、喜んでおられました。

 

 

二日置いて、上野の杜の「デトロイト美術館展」に、ようやく行きました。「大西洋を渡ったヨーロッパの名画たち」と謳われており、モネ、ルノワール、ゴッホ、セザンヌ、そしてピカソまで居並んでいました。作品数は全部で52点、作品目録も片面で済んでしまうミニ美術展、大きなものはなく、近づいてしばらくじっくり眺める、それを奨めているようでした。絵や音楽、読書に気の合ういつもの教友と二人連れ、帰り道に冬枯れの公園を歩きました。「10月さくら」と銘を下げた桜がぽつぽつと、ちょっと心なげに咲いていました。ところが不覚にもカメラを向けたとたん、周りの凹凸に足を奪われてしりもちをついてしまいました。上手に立ち上がるのは至難の業で、笑い事では済まないと思いました。

 

この日は写真撮影が許されていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日は、これも一番気にかかっていた友人と会うことができました。秋の初めに約束していたのに、姉妹は三か月も咳と微熱に悩まされていたのです。ようやく回復し以前のように動けるようになったとのことで、新宿を指定してこられました。都庁を横目に、西新宿の小さなお店でランチをいただきました。友は丸の内、新宿などを舞台に仕事をしまくってきたので、大きなところから路地裏までよくご存じで、行ったことのない通りをたくさん歩きました。私の土地勘の働くところは銀座までですから、ビルの林の中に入ると東西南北さえ分からなくなり、駅はどの方向なのとなんども尋ねる始末でした。これからしばらくは冬ごもりね、今度は桜の咲くころかしらと、お別れしました。

 

今日23日は休日ですが、我が教会では夜にキャンドルサービス礼拝をします。その前に、近くの老人施設にクリスマスの賛美を携えて慰問に出かけます。このところ数年恒例です。一人の姉妹が入居していることから導かれました。ところが、各フロアー4階まで、一階毎に廻ります。私たちは「4回も公演するのね」と、ちょっとした合唱団気取りですが、体力が要るのです。さて、夜の礼拝終了まで、元気でいられるでしょうか。

 

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日々の風から アドヴェントの日々

日々の風から アドヴェントの日々

 

 

教会堂のクランツに立つ赤いキャンドルの四本目が点火されて、待降の思いはいよいよ高まっていきます。キャンドルサービス礼拝はふつうは24日ですが、我が教会は近年23日の休日に行っています。その日の方が集まる人が多いんではないかと、そんな願いからです。24日の教会ももちろんありますから、ぜひこの機会に教会でクリスマスのひと時を過ごしていただきたいと祈っています。

 

昨日の日曜日には教会では礼拝の他に二つのクリスマスの集いがありました。午後はキッズ・クリスマス会です。あらかじめ地域にチラシを配布して、子どもたちに呼びかけました。

果たしてどのくらいの人数が集まってくれるでしょうか。プレゼントや楽しいプログラムを用意しますが、昨今はなかなか子どもを呼ぶのは困難です。教会学校に奉仕する兄姉は四苦八苦しています。私は高齢になりましたので、その奉仕からは解放されています。

 

礼拝前の30分、いつもの時間に、私の担当する成人科クラスのクリスマス会をしました。毎年のことですが、学びは前半だけにして、後半はミニお茶会をしながら、今年一年のクラスへの感想を分かち合いました。すでに20年になりますので、「継続は力なり」とは思いつつもマンネリになっていないか、また、リーダーの立場にいる者として「裸の王様」になっていないか、あるいは「老害」をまき散らしてはいないかと、絶えず揺れる心を抱きながら自己吟味してはいますが、さて、真実のほどはわかりません。メンバーの兄姉が、口々に、学びが自身の信仰生活のプラスになっていることを具体的に語られたので、今年もまた私への励ましメッセージだと額面通りに受け取って、新たな決意で新年から進んでいきたいと思います。

 

礼拝後はすぐに23日キャンドルサービス礼拝と、25日クリスマス礼拝での特別賛美練習があり、聖歌隊の一員として加わりました。奉仕の数が少なくなったとはいえ、アドヴェントの日々は多忙です。今年は高齢者数名が病や老いのために入院したり施設に入居したりしてともに相集ってクリスマスをお祝いできなくなっています。寂しい限りです。23日の午後は例年のように近くの老人施設へクリスマスの賛美をもって慰問に出かけます。これにも参加するつもりでいます。今の私にはできることがこの上ない感謝です。

 

 

 

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日々の風から 師走の風を受け入れて

日々の風から 師走の風を受け入れて

 

 

10月末に上五島の旅に参加して、五体五感で吸収した見聞や感動をせっせとブログに綴ってきました。いつもより多くの方々がお訪ねくださり、発信する大きな励ましと力をいただきました。そのあと、ブログ記事をもとにして、レター版「希望の風」を編集し、ネットを見ない友人知人に送ったりして、今もそのさなかですが、12月もすでに半ばになってしまいました。しかし私の中では四季のうちで貴重な「秋」を逃がしてしまったような無念さが残っています。とはいえ、あれだけ濃密な「旅世界」を味わったのですから、それ以上は欲というものでしょう。感謝して、12月半ばの師走の風を受け入れ、2016年の残りの日々の一日、一日を噛みしめ踏みしめて歩んでいきたいと思います。すでに教会の内外では、クリスマスの諸行事が始まっています。小さな奉仕を携えて、精一杯参加していきます。

 

 

 

 

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日々の風から 図書館脇のパン屋さん

日々の風から 図書館脇のパン屋さん

 

秋のど真ん中にいるのを実感させてくれるこの1,2日。腰が上がって外出した。区内を走る循環ミニバスに乗る。このバスは都バスの走る幹線道路を避けて、いわば横町から横町を細かく走ってくれる。料金は100円。都バスの半額なのも人気の理由である。徒歩の足代わり、自転車代わりに使われている。昼間は杖を突いたりシルバーカーを押す高齢者が乗り降りしている。

 

図書館の脇に自家製のパン屋さんがある。焼きたてのパンがガラス張りの窓越しに初々しく並んでいる。そこを素通りできる人はいないと思う。まして食欲の秋!店内に入ってしまうのは誘惑に負けたことになるのだろうか。「御自由に」と、無料のコーヒーコーナーがある。簡単な座席もある。今はイートインというのだろうか。入れ代わり立ち代わりトレーにパンを乗せて無料のコーヒーで一息ついている人がいる。

 

図書館に来るたびに必ず買う、いつものパンを袋に入れてもらって、ついでに「ご自由にコーヒー」を紙カップに注いて座った。隣には赤ちゃんを抱きおんぶしたママがいた。専業主婦なのだろう。ドアーが開くと、ベビーカーを押すママが入ってきた。座席を見ている。たぶんこのママもここでひとりお昼をするつもりなのだろう。私は早々に席を立った。小さなパン屋さんに集まってくる小さな日常をほほえましく懐かしく拝見した。帰りのミニバスには乗客は私を含めて3人しかいなかった。貸し切り同様である。まるで大きなタクシーに乗っているようだ。なんと贅沢なことだろうと、申し訳ないような思いがした。

 

 

 

 

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日々の風から 萩も見ず

日々の風から 萩も見ず

 

すっきりとした秋晴れの日がないまま10月もはや半ば近くになってしまった。今日はようやく空が高いのを確認できた。薄く白い雲が気ままに漂っていて、胸が開くのを感じた。このところ身辺穏やかならず、胸の縮むことがいくつも押し寄せている。私や家族に直接係ることではないが、心が萎えたり気が揉めたり気にかかったりで、落ち着かない。そのためか、抱えている仕事が進まない。それがストレスになる。秋の花を見に行くこともないままである。久しくカメラは置きっぱなし、美術展の案内を見ることもないままである。昨年の10月はどうであったかと手帳を繰ってみると、月末には、日本初の公認女医でクリスチャンの荻野吟子の生涯を追いかけた『利根川の風』が出来上がったと記してある。懐かしさがこみ上げてきた。今年は新しく一人の女性を追いかけているが、スピードがなくのろのろとしている。私を押してくれる風がほしい。希望の風よ吹け!!

 

 

 

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日々の風から いつもと違う朝

 日々の風から いつもと違う朝

 

娘が仕事で4日ほど家を空けることになった。こんなにまとまった日を不在にするのはおそらく家族にとっても初めてであろう。安心して子どもたちを置いて行ける状況になったからである。とはいえ同居のオババとしては知らん顔ではいられない。それどころかすでに娘から4日間の食事係りを頼まれている。原則として朝は婿殿をはじめそれぞれ自分たちですることになっている。お弁当もこの間はお休みである。みな、外食するらしい。孫たちはめったにない外食のチャンスに喜んでいる。

 

私は夕食だけ4回支度すればいいのである。洗濯もそれぞれするようだ。たいした留守役ではないのだがいい加減にはできない。日ごろ老女一人の食事にすっかり慣れてしまったので、食べ盛りの2人を入れて大人4人分ともなれば両手、両足、体いっぱい頭一ぱい使わねばと思う。この際私も同じメニューである。

 

前もって4日分のメニューは考えておいた。食事時間は全員いっせいにはならない。好みも違う。にわかおさんどんとしては厳しいものがある。全員に満足してもらって、さらにおいしかった!との賞賛も狙っているからだ。

 

朝は食事には係らないが、一人一人がそれぞれの時間に出ていくのを見送る。世話は焼かないが、オババとしてはいろいろ気になることがある。天気予報によっては傘も必要である。氷の入った水筒も必要である。一声かけずにはいられない。

 

いつもママがしているように、玄関先でひとこと祈ると、孫たちは弾丸のように飛び出していった。すぐに彼らのキッチンへ駈け込んで、食卓やシンクの様子を見て後片付けをする。大したことはしていないのに朝からすでに疲労感がある。労働量のわりには緊張しているのかもしれない。この4日間はいつもの、運動を兼ねての散歩はやめて、体力を消耗しないようにしよう。金曜日の夕食作りまで頑張らなくちゃ。

 

 

 

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