<< April 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>

日々の風から 萩も見ず

日々の風から 萩も見ず

 

すっきりとした秋晴れの日がないまま10月もはや半ば近くになってしまった。今日はようやく空が高いのを確認できた。薄く白い雲が気ままに漂っていて、胸が開くのを感じた。このところ身辺穏やかならず、胸の縮むことがいくつも押し寄せている。私や家族に直接係ることではないが、心が萎えたり気が揉めたり気にかかったりで、落ち着かない。そのためか、抱えている仕事が進まない。それがストレスになる。秋の花を見に行くこともないままである。久しくカメラは置きっぱなし、美術展の案内を見ることもないままである。昨年の10月はどうであったかと手帳を繰ってみると、月末には、日本初の公認女医でクリスチャンの荻野吟子の生涯を追いかけた『利根川の風』が出来上がったと記してある。懐かしさがこみ上げてきた。今年は新しく一人の女性を追いかけているが、スピードがなくのろのろとしている。私を押してくれる風がほしい。希望の風よ吹け!!

 

 

 


世相の風から 小池劇場に気を取られて

世相の風から 小池劇場に気を取られて

 

都知事選のころから都政にいや応なしに目が向くようになった。政治には音痴と、ずっとそっぽを向き、政治の風に吹かれることもないだろうと思っていたが、昨今は今までとは違う風圧を感ずる。ひとえに「小池劇場」のせいだろう。これは私に限ったことではないだろう。私のごく小さな周辺でも、すぐに話が出て、花が咲く。「劇場」と言っても単なる観劇ではない。自分たちの生活に直結する問題が展開されていくのだから、他人ごとではないのだ。

 

築地市場には30分もあれば行ける。時に出かけることもある。移転すると知って以来、あまりいい感じはしなかった。郷愁があるからだろう。東京の歴史が消えてしまうようで、無意識の内にも一抹のさびしさがあるからだろう。しかし、移り変わりは世の習い、良くなってくれればそれでよしとしなければと納得したことであった。

 

ところが思わぬ問題が噴出して、びっくり仰天である。報道の一つ一つに釘つけになった。まだまだ先は見えないが、あまりのひどさにあきれ果て、心の隅には、政治の世界ってこんなことなんだと、怒りもそこそこに早くも白け気分になった。野次馬にすぎないから無責任を決め込んでいられるが、渦中にいる新都知事さんはさぞ大変だろうと思う。政治家に同情するなんていままでなかったことだが、今度ばかりはハラハラするくらい気持ちが接近している。一歩も体を動かすわけではないのに、見聞きする、それだけでかなり疲れてしまう。

 

小池さんはもちろん超人、巨人であろうが、生身の人間であり、しかも女性である。女性は弱いなんて私自身少しも思っていないし、現に女性の方が生命力はあることは確かだが、男社会にトップとして立つのは容易ではないとは推察する。女性が上に立つのには男の4倍働かねばならないとは以前から聞いているが確かだろう。4倍も5倍も活躍して、いや応なしに表沙汰ざたになってしまったたくさんの闇の部分がはっきりと解決されることを願っている。都民は、国民は、みなそう願っていると思う。

 

 


日々の風から いつもと違う朝

 日々の風から いつもと違う朝

 

娘が仕事で4日ほど家を空けることになった。こんなにまとまった日を不在にするのはおそらく家族にとっても初めてであろう。安心して子どもたちを置いて行ける状況になったからである。とはいえ同居のオババとしては知らん顔ではいられない。それどころかすでに娘から4日間の食事係りを頼まれている。原則として朝は婿殿をはじめそれぞれ自分たちですることになっている。お弁当もこの間はお休みである。みな、外食するらしい。孫たちはめったにない外食のチャンスに喜んでいる。

 

私は夕食だけ4回支度すればいいのである。洗濯もそれぞれするようだ。たいした留守役ではないのだがいい加減にはできない。日ごろ老女一人の食事にすっかり慣れてしまったので、食べ盛りの2人を入れて大人4人分ともなれば両手、両足、体いっぱい頭一ぱい使わねばと思う。この際私も同じメニューである。

 

前もって4日分のメニューは考えておいた。食事時間は全員いっせいにはならない。好みも違う。にわかおさんどんとしては厳しいものがある。全員に満足してもらって、さらにおいしかった!との賞賛も狙っているからだ。

 

朝は食事には係らないが、一人一人がそれぞれの時間に出ていくのを見送る。世話は焼かないが、オババとしてはいろいろ気になることがある。天気予報によっては傘も必要である。氷の入った水筒も必要である。一声かけずにはいられない。

 

いつもママがしているように、玄関先でひとこと祈ると、孫たちは弾丸のように飛び出していった。すぐに彼らのキッチンへ駈け込んで、食卓やシンクの様子を見て後片付けをする。大したことはしていないのに朝からすでに疲労感がある。労働量のわりには緊張しているのかもしれない。この4日間はいつもの、運動を兼ねての散歩はやめて、体力を消耗しないようにしよう。金曜日の夕食作りまで頑張らなくちゃ。

 

 

 


日々の風から 羽田空港へ

 日々の風から 羽田空港へ

 

 

 

 

10月末にある旅行に参加する予定でいる。国内であるが、飛行機を使う。旅程をいただくと羽田空港第二ターミナルとあった。我が家から羽田は遠くない。以前はモノレールに乗ったが、今や京急一本で行ける。しかしまだ使ったことはない。ふと、様子を見に行ってこようと思い立った。本番は朝7時には家を出る。ラッシュの時間に当たってしまう。しかしその通りにすることはできないから、お昼近くの一番楽な時間に出かけた。自宅から押上まで都バスで15分ほどである。押上から京急、羽田空港行きの快速に乗ると40分ほどで到着した。

 

電車を降りて国内線出発ロビーの2階まではエスカレーターを乗り継ぐだけであっという間についた。これなら迷うことはない。集合場所の時計台1は一番奥に当たる。かなり距離がある。しかし華やかに並んでいるお土産店を覗きながらでもたいしたことはない。旅気分が掻き立てられる。お土産を買いたくなったり、レストランにも入りたくなった。混んではいなかったが旅支度の方々が足早に緊張気味に行き来している。小さな買い物バッグひとつでぶらぶらしている自分がこっけいに思えた。いちばん目についたのは2020年オリンピックの巨大な横断パネルだった。羽田は近い、海外もここから行きたくなった。

 

 

 


日々の風から 小さな日常

日々の風から 小さな日常

 

暑さ寒さも〇〇までとあるが、長い間の経験から生まれた言葉には深くうなずけるものがある。八月初旬の「立秋」は暦の上だけとは十分承知していながらも、いっぱいの冷水のようにいっとき暑さを脇に追いやる役割を演じてくれる。しかしその後も延々と暑さは続き、9月になってもまだまだ汗は退かない。今年は台風が立て続けに暴れ、北海道が大きな被害にあった。台風だけに限らず、秋にも冬にも春にも、自然の災害は春夏秋冬絶えることがない。その大きな被害の後始末は容易なことではない。古来から連綿として世界中が遭遇する一つの大きな悲劇ではないだろうか。

 

人の起こす災害、事件もすさまじい。これにはどこかに必ず犯人、ことを起こした該当者がいるはずだ。犯罪と言っていいことではないか。政治の世界に起こることは何と言ったらいいのだろうか。その最たるものは戦争であろう。また、すぐに結果が出なくてもやがては人の命を脅かす災害に通ずるものがたくさんある。

 

東京都は小池知事になって以来、いや、選挙そのものからもことごとく日本中の、たぶん世界の注目を浴びきているのではないだろうか。イギリスのEU離脱事件も、リオ・オリンピックもなんとなく影が薄くなった今、いちばん熱いニュースは豊洲への市場移転問題であろう。私ごときまでが、絶えず気になって情報に敏感になっている。政治の闇が暴露されてくるたびに怒りを覚えてしまう。その情報が偏っていたり、操作されていることもあると聞くと、鵜呑みにはできないとは知りつつも、冷静ではいられない。

 

しかし、である。私たち一人ひとりには自分だけの小さな小さな日常がある。たとえ家族といっしょでも自分だけの日常がある。それを無視することはできない。むしろそここそが命を注ぐところである。人から見ればまことに平凡なとるに足りない日常であっても、そこに充実、充足がなければ切なくむなしい。いい時ばかりではない。この人生、不測の事態が起こり、大風に吹き飛ばされるような、大雨にずぶぬれになるような、想像もつかない悲劇が起こることもある。その連続かもしれない。自分のせいでないことだってある、しかし、人に責任を擦り付けることはできない。自分で何とかして立ち上がって、それなりに心の、身辺の、整理整頓をして、小さくてもいいから心底穏やかに満足して生きていかねばならないと思う。神様は人間にそのような力をはじめから与えておられると思う。

 

敬老の日と、世はなにやら謳ってくれるが、はなはだしく面はゆい。今や60代はその世代ではないが、70代を迎えれば老いの自覚は増してくる。後期高齢者に入り、80代、90代がある。後戻りはない。年齢はかさむばかりである。自他ともに老年者を認識して以降が生きる正念場だと思う。なにやら文章も歯切れが悪くなって、何を言いたいのかなかなか核心に至らないが、おゆるしください。要するに、小さな日常をありがたく大切にしたいし、今こそ自分自身と鎬を削るようなひそかなる激しさで生きたいと願う。怠けようと思えばいくらでも怠けられる。いい加減になろうと思えばいくらでもいい加減になれる。いいご身分であればあるほど、自己責任が問われる。規則や道徳で雁字搦めにするのでない。内側からあふれ出るいのち(イエス・キリストのみこころ)に徹底して生きたい。

 

 いつも喜んでいなさい、絶えず祈りなさい、すべてのことについて感謝しなさい。

   これが、キリスト・イエスにあって、神があなたがたに望んでおられることです。


日々の風から 高校の運動会

日々の風から 高校の運動会

 

孫娘のMちゃんは今年都立高校一年生。兄のS君の後を追うのかと思っていたら、熟慮の末、敢えて自分の意志で違う学校を選び、難関を突破して推薦入学した。地域内ではない。通学には多少時間がかかる。大きなカバンを背中に肩に背負って出かけていく。朝はパパの次に家を出る。もちろんお弁当を持って。ママは毎日5時半からキッチンに入る。夕方も目いっぱい部活動してくる。疲れ果てて倒れんばかりになって帰宅する。おババとしてはハラハラもするが、若いんだから乗り越えて行け!と祈りながら心の中だけで檄を飛ばし、応援する。

 

今日は運動会。相次ぐ台風の暴挙でどうなるかと案じていたが、今日の33度との報には違った心配ができた。Mちゃんは思春期の不安定な体調で時々ダウンする。いくつかの役も担っているようなので、頑張りすぎて熱中症にならないかと思うのだ。

 

娘から、朝になって、行くけど、どう?暑いから誘うの迷っていたけど、行ってみない?と声がかかった。さすがの私も、どうしようと躊躇。33度の炎天下に長時間いたら、Mちゃんどころか私がダウンするかも。しかし、たぶん、運動会はこれが最後の観戦だと思ったら行きたくなってしまった。S君の時も一年生の時だけ観に行った。おそらくMちゃんも、来年は行かないだろう。

 

氷を入れた水筒、帽子、日傘、日よけの手袋などなどを詰め込んだ。ママは4時半にキッチンへ。Mちゃんは5時過ぎには家を出た。8時前、Mちゃんからもう父兄がたくさん並んでいるよと知らせがあった。まるで幼稚園並ではないかと思うが、そういう習慣らしい。私たちは、一つ二つ観たら帰ろうと、お昼少し前に到着した。生徒数は1000人ほど。それにもまして父兄がびっしりと広い校庭を取り巻いていた。驚いてしまった。校庭は珍しく土である。

 

校庭の四つのコーナーに縦割りで生徒たちが「団」に別れている。赤、白、青、黄である。四つの「団」が点数を競う形である。名物は応援合戦だそうだ。それが伝統とか。種目の名前もなんとなく古めかしい。踊りやダンスなどは一つもなかった。激しい戦いが多かった。それだけに観ているほうもいやがうえにも力が入る。個人競争ではなく、団体のプレーがほとんどであった。Mちゃんは赤である。しぜん、赤を応援してしまう。当初はどこかでゆっくりお昼をして帰ろうと思っていたのに、だんだん離れがたくなり、最後の男子リレーはどうしても観なきゃとなり、結局閉会式までいてしまった。ほとんどの父兄もそうであった。

 

優勝は「赤団」。Mちゃんが友達と抱き合って泣いているのが見えた。それにしても、炎天下、立ちっぱなしによく耐えられたと、娘にも、Mちゃんにも言われたが、守られたことを感謝した。もう運動会を観戦することはないだろう。帰途の電車の中でうとうとしながら、ちょっと感傷的になった。

 


日々の風から 9月スタート

日々の風から 9月スタート

 

まだまだ暑いけれど、9月の声はひときわうれしい。近年は、夏の盛りに遠出することはない。貴重な夏休暇の子どもたちや社会人の方々のために、この時期、老人は動かないほうがいいと思っている。人のためばかりでなく自分のためでもあるのだ。家にいても熱中症になるといわれる。まして炎天下の旅などもってのほかというべきだろう。かくして、ひと夏、じっと我慢の日々だった。とはいえ、半日くらいの外出はたびたびできたのだから、感謝なことである。

 

友からメールが入る。「いよいよ9月ですね」とある。やはり同じように待ちかねていたのだなあと、友の顔が見えてきて、メールにうなずいてしまった。「まもなく涼しくなるでしょう、がんばらなくちゃと思います」とある。やはり涼しくなるのを待っていたのだと、ここにもうなずく。そして、夏の間どうしても手につかなかった、あのこと、このことをしようと思っているのだ。まったく同感である。

 

9月は希望を与えてくれる月だと思う。さらに、四季のある国に住む幸いを思う。四季を造られた創造主、神様をほめたたえる。四季があるから、そして、多少の狂いはあっても確実にやってくるから気持ちが落ち着く。暑い時は涼しくなる時を待望し、寒さが極まると春を待ち望む。なんと幸いなことだろうか。

 

親しい友に、暑い時期になると体調が弱って外に出られなくなり、蟄居してしまう方がおられる。持病のためであるが、ひどい時は食事も摂れない。昼も夜もベッド漬けである。心配するのだがどうにもならない。友は自分の体をよく知っているので、涼しくなればきっと元気になるという。一人暮らしだからハラハラするが主治医もあまり心配していないようだ。私にはどうも理解できない。友人たちの訪問も断ってしまう。メールと電話で様子を知るだけである。週に一度買い物をしてくれるヘルパーさんと違う曜日にお掃除のヘルパーさんが訪問してくれるので日常の最低ラインは保たれている。

 

最近「どん底は抜けたようです」とメールがあり、電話の声にも力が出てきた。今日は電話の向こうから「思い切って近くの美容室に行ってきました」とあった。ずっと在宅が続いていきなりの外出は危ないと言うと、シルバーカーを使って気を付けて行ってきた、冒険だったけど思い立ったのでと、うれしそうだった。だいぶ自信がついたとも言っておられた。

 

9月の効果だろうか。

敬老感謝礼拝には教会に来られるといいわねと添えた。

ちなみに、教会では送迎のお手伝いをする兄や姉が待機している。

 

 

 

 


世相の風から スーパーが消える

世相の風から スーパーが消える

 

日常の買い物を近所の二つのスーパーで済ませることが多い。どちらのお店もおよそ買うものが決まっている。私の家を中心にすれば北と南のま反対にあるので、一日のうちに両方へ行くことはない。ましてこの真夏にはいくら近くてもあっちにもそっちにも行く気になれない。どちらもいかない日もあるくらいだ。

 

ふと北の方のお店に行ってみた。閉店の貼り紙があった。びっくりである。夏休みではないのだ。閉店なのだ。どういうわけだろうと、なんとなく満たされない思いのままいろいろ考えてみた。そういえば昨今いつ行っても閑散としていた。私の頻度も少なくなっていたかもしれない。と言って、南の店にせっせと通うほどでもない。

 

人口減少か、高齢化か、不景気か、よくわからない。あるニュースで、スーパー化するコンビニとあった。スーパーよりコンビニの方が手軽で利用客が多いとは聞いてはいたが、いたるところにあるコンビニが敏感にお客のニーズを感じ取って、形を変えているのだ。つまりスーパーの働きもしているのだ。日常のあらゆる必要に的確に答えているのだ。コンパクトなお店で用が足りるならわざわざ広いスーパーの店内をうろうろことはない。そのほうが便利である。だから、なまじっかなスーパーは利用者が減るのだろう。コンビニは昔の雑貨屋の面影がある。何でも売っていた。子どものお菓子までもあった。

 

もうひとつ大きな理由はネット買い物をすることが多くなったのではないだろうか。あれほど便利なものはない。机の上のPC、いやそれも時代遅れで、手元のスマホからどんどん買い物ができる。スマホさえあれば歩いていようと電車の中であろうと注文できる。時間指定で、ちょうどよい時に玄関先まで届けてくれる。重い物もかさばる物も、文庫本の一冊まで何から何まで届けてくれる。今や年間37億個の荷物が宅配されているそうだ。宅配便とはかつてのように贈り物だけに限らないのだ。自分で注文したものが自分宛てに届くのだ。実はそのほうがずっと多い。我が家も宅配便のチャイムが鳴らない日はない。お店は閑古鳥が鳴くわけである。社会現象とはおもしろいものだ。現象なのだ、だれかが仕掛けたのではない、仕掛け人もいるかもしれないが時流ができるのは総意があるからだ。かくして、世は大きく流れていく、変わっていく。


世相の風から 真夏の饗宴その2 大雨のオリンピック閉会式

世相の風から 真夏の饗宴その2 大雨のオリンピック閉会式

 

台風9号で東京は土砂降り。外出もあるが緊急ではないので控えることにした。ふと、思いついてリオ・オリンピックの閉会式の生中継を観ることにした。最後の最後で生を観た。あちらも激しい雨が降っていたようだ。あの会場は青天井なのだとわかってびっくり。東京はどんな会場になるのだろう。当然屋根があると思っているけれど。

 

オリンピック旗を受け取った都知事の和服がびしょ濡れになったのではないかとつまらぬことに気が走った。和服姿はよかった。たぶん和服だろうと予想されていたようであるが、色まではわからなかった。赤ではないかとの予想もあったが、あの会場では赤は平凡だ。飲み込まれてしまう。真っ白ではない、薄いグリーンがかっていたように思えるが、それに金の帯が引き立った。よく考えられたのだろう。いざというとき、やはり和服は特別な役割をする。もっとも私が日本人のせいもあるだろう。それにしてもブラジルは雨の国なのだろうか。聖火を消すのに滝のような雨が用いられた。

 

テレビではあるが、長時間、趣向を凝らしたショーを観て、大いに愉快だった。オリンピックの功罪は多々あるだろうが、小さいようで大きい地球上の、ふだんはなじみの薄い国々の人々が、一堂に会するのは大きな意義があると単純だがそう思う。人と人を隔てる宗教、人種、信条、貧富などの不幸な壁をいっときでも脇に置いて、一つになれるのはこんな時しかないだろう。そこには世界の平和に向かう小さくとも新しい発想やアイデアや友情の種がまかれるにちがいない。私はそのように信じ祈ります。

 

 

 

 

 

 

 


世相の風から 戦後71年 争いのない世界を

世相の風から 戦後71年 争いのない世界を

 

 

世界中を巻き込み、日本の国が大敗した先の戦争から71年。

その歳月とともに生きてきて、当時とその後の10年、20年、30年を振り返ると、

現実のこととは思えないほど遠い日の気がする。

記憶もおぼろの幼い時だったせいもあるかもしれない。

 

この71年、世界はさておき、日本の中では戦争と呼ぶ出来事はなかった。

平和の定義は多様だが、戦争のないことをその一つにすれば、日本は平和であった。

いまも平和である。

そしてかろうじて安全でもある。

 

世界からは「水と安全はただ」の国としてうらやましがられてきた。

平和のありがたさ、戦争のないことの幸せを噛みしめた人たちが亡くなっていく。

戦争を知らない人たちが政治を司るようになっている。

世界の情勢もそうである。

あちらこちらで、当時以上の惨劇が繰り返されている。

だから、だから、いざというときのために戦える備えをしていいのだろうか。

法律を変えてまでそうするべきなのだろうか。

 

真の平和が末永く保持されるように、日本のため、世界のため、祈り続けます。



search this site.

profile

categories

selected entries

archives

recent comment

recommend

recommend

美しき姉妹たち
美しき姉妹たち (JUGEMレビュー »)
三浦 喜代子
最新本です。
ぜひお読みください。

links

sponsored links

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM