人生の逆風の中で見つけた希望の風を、小説、エッセイ、童話、詩などで表現していきます。

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天の星のように―母エバから母マリヤまで 美しき姉妹たち
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日々の風から イエス・キリストはよみがえられた!

今日は復活祭!

 

イエス・キリストがよみがえられたことを記念し、

感謝し、喜ぶ日です。

日本中の、世界中の諸教会が、

スペシャル・プログラムで礼拝をささげています。

 

クリスマスと並んで、

この日もぜひ、教会へ急ぎたいものです。

では、行ってまいります。!!

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日々の風から 花散らしの雨

日々の風から 花散らしの雨

 

 

桜とは不思議な花である。

前評判も高く、これほど開花の待たれる花はないと思う。

開花宣言まで出され、満開を待って押すな押すなとばかり人々を呼び寄せ、絶賛を浴びる。

幸いな花である。

しかしその命はあまりにも短い。

せいぜい10日か2週間のいのちであろう。

 

 

人は桜の何を愛するのだろう。

その美しさか、その短命を愛おしむからか。

あるいは桜とともにやってくる春がうれしいからか。

わたしはどうだろうか。

春が来ても桜が見られなかったらそれはもう春じゃない。

たとえ短かろうが、満開の桜の下に立てれば大満足である。

その下で宴会をしなくてもいい。

桜吹雪に出あえれば最高である。

今年はあまりにも有名な上野公園の桜を垣間見た。ほぼ満開の時に。さすがに見とれた。

 

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日々の風から 桜の開花宣言・それぞれの観桜

日々の風から 桜の開花宣言・それぞれの観桜

 

21日に、東京で開花宣言が出された。標本木と指定されたソメイヨシノに5輪咲いたとのことで、これが宣言の基準とか。全国で一番早いとはちょっと腑に落ちない。東京よりも南で暖かい場所がたくさんあるだろうに。それはさておき、開花宣言が出たからと言ってすぐにお花見に出かけられるわけではない。まだまだ早い。近くの公園の桜はつぼみは小さく固い。今年は長く楽しめると報じていたので、4月上旬までは持つのではないか。

 

しかし思うに、なぜ毎年、毎年、桜、さくら、サクラと大騒ぎするのだろう。お花見に理屈は要らないと叱られそうだし、かくいう私も理屈抜きでさくら大好きである。桜の里にいる友からメールがきた。いよいよ春本番、忙しくなりますと。ここにも桜に浮かれる同類がいる。ところが友は桜の里にいるのに、わざわざ東京の千鳥ヶ淵へ毎年繰り出してくる。あの人混みの中へ、である。私は行かないが。友はあそこの桜を見ないでは桜を見たとは言えないと持論を掲げる。そうかなあと思う。私は反対に地方へ観に行きたい。人それぞれに桜の楽しみ方があるのかもしれない。聞いて廻ったら珍しく楽しいエピソードがたくさん出てくるに違いない。

 

母を思い出す。家から数分のところにミニ公園があり、桜樹が30本ほどある。母はまだ独り歩きができる頃は、朝に夕に出かけていた。晩年の楽しみの一つであった。遠くの外出は誘っても乗ってこなかった。ひとりで近くの桜を楽しんでいた。自分がだんだん母の方法に似てきているのを思う。母がベッドと車いすの生活になってからは、花が見ごろになると連れ出した。生き生きとした反応はあまりなかったが、頷きながら上を見上げていた。桜の好きな母であった。私もこれから毎日葉桜になるまでせっせと通う積りである。

 

 

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日々の風から  三歩前進二歩後退、春と冬のせめぎ合い

日々の風から  三歩前進二歩後退、春と冬のせめぎ合い

 

 

有名な「早春賦」を引用させていただきます。

 

春は名のみの 風の寒さや
谷の鶯 歌は思えど
時にあらずと 声も立てず
時にあらずと 声も立てず

氷解け去り 葦は角ぐむ
さては時ぞと 思うあやにく
今日も昨日も 雪の空
今日も昨日も 雪の空

春と聞かねば 知らでありしを
聞けば急かるる 胸の思いを

いかにせよとのこの頃か

いかにせよとのこの頃か
 

立春のころからときどき口ずさんでいるが、歌詞に感嘆する。心憎いほど実相を表していると思う。地域によるが、梅が匂い、桃が開き、早咲きの桜が咲き誇っているけれど『今日も昨日も 雪の空  今日も昨日も 雪の空』に困惑することもある。

 

今週は東京も寒い。衣服の調節に忙しい。寒い思いはしたくないが、といって暑いとはまだ感じたくない。そこで工夫が要るが、自然の力との戦いにさえ思えてきて、我ながら吹きだしたくなる。見えないところで、春と冬がせめぎ合い、格闘しているのだろう。歌の三番の『いかにせよとの この頃か いかにせよとの この頃か』にも笑い出したくなる。確かにそのとおりである。

 

しかし、である。春は必ずやってくる。いや、もう春なのだ。こどもさんびかが口をつく。

『春をつくられた かみさまをうたおう』ハレルヤ!
 

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日々の風から 弥生ついたちの風に乗って 

日々の風から 弥生ついたちの風に乗って

 

 

 

 

 

昨年末に10年ぶりに胃カメラの検査をしましたが、その場で見えた限りにおいては何事もないと診断されました。組織検査もしたので今日はその結果を聞きに行きました。何の問題もなくピロリ菌とやらもいないとのことで、今後のことは何も言われず、無罪?放免となりました。隣町の個人クリニックで、我が家からは都バスで4つほど先の地域です。

 

ほっとして外へ出たものの、家を出てからまだ30分ほどしか経っていません。せっかく外出モードになっているので、すぐに帰宅するのも能がないように思っていたところ、まるで私の心を知っているかのように目の前のバス停には上野行きの車がいて、まさに扉を閉じようとする瞬間でした。飛び乗ってしまいました。家の方向ではではありません。上野ならどこで降ろされても構わない、そうだ、公園内でも散歩してこようと、バス中で行き先が決まりました。バスは吾妻橋を渡り、今日も人だかりしている雷門の前を通り、合羽橋通りを突っ切り、いつもの上野駅の前で留まりました。下車して山に上っていきました。

 

もう、そこここに桜が咲いていました。もちろんソメイヨシノではないのでしょう、早咲きの種類なのでしょうが、お花見の先取り気分です。人影がまばらなのが何よりでした。気温は13度。まだまだ寒く、しっかりコートを着込んではいますが風がないので歩きやすい陽気でした。ときどき外国語が聞こえてくるのが以前とは大いに違うところです。バッグにカメラが入っていたのがラッキーでした。

 

 

 

 

今日から早やくも3月です。まだ季節の戻りはあるでしょうが、冬の峠は越えたように思います。雪が積もることのなかった冬でした。それどころか、ほとんど降らずでした。今になってみると、一回ぐらいはせめて家の前の雪かきくらいはしたかったなどと、だれやらに聞かれたら即刻叱られそうなたわごとをつぶやいてみたことです。いいえ、凌ぎやすかったありがたい一冬でした。

 

 

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日々の風から 配偶者を亡くす

日々の風から 配偶者を亡くす

 

 

 

前回は高齢者の悲しい現実を考えてみたが、まだまだ続きを書いてみたい。

 

それとは別であるが、年末から今日までのわずか2か月のうちに、親しい友が二人、立て続けにそれぞれの配偶者の死に見舞われた。お一人は奥様を、もう一人の友はご主人を天に送ることになってしまった。見ていられないほど痛ましい。奥様を亡くされたH兄は85歳、ご主人を失ったK姉は72歳。ご主人は73歳であった。まだまだこの時代では若いと言える。

 

85歳のH兄がとても心配である。仲間たちと祈りつつ何かと励ましている。しかし急いで解決できる事柄ではない。応急手当などない。兄は最近ようやくポツリポツリと心情を話すようになった。「ほんとうに自分の半身だった。いっしょにいる時は気がつかなかったが、自分が半分なくなってしまった、何をどうしていいかわからない」と。亡くなった奥様は持病があって、家事その他日常のことにH兄はずいぶんかかわってこられた。食事の支度もほとんどH兄がされてきた。H兄はまさに主夫であった。しかし東京オリンピックまでは大丈夫だろうとよくお二人で語ったという。奥様の持病は直接命に危険を及ぼすものではなかった。

 

死は突然であった。それだけにH兄の打撃は大きいのである

今だに得意であった食事すら作れない、一時は不眠症になり気が狂いそうだったそうだ。ようやくどん底から抜け出た気がするがと話された。ご自分の思いを外に出せるだけでも前に向かっていると思う。『受容、傾聴、共感』を思い出してH兄のお話を聴いている。

 

K姉はまだまだお若い。十年以上も難病のご主人を在宅介護しながら、時にデイサービスやショートステイを利用してはご自分も目いっぱい活動してきた。それでも周りの者は共倒れになるのではないかとハラハラした。最近ではK姉の体調にある症状がでて、手術も視野に入ってきていた。しかし、入院なんかしていられないと断ったそうである。ご主人の死はその矢先であった。ご主人は弱いながらも持病の方は死に至る病ではないからまだまだ戦いは続くものとK姉は覚悟していた。それを受け入れていた。それだけに喪失感は大きい。

 

死は突然にやってくるものだとつくづく思う。元気で普通に暮らしている最中の死は、突然だったとはだれもがわかるが、ずっと病を負い、たとえ病床にあっても、死は突然だと思う。医学や医師の計算通りになることもあるが、私には、死は、不意に訪れると思えてならない。父の時も母の時もそうだった。覚悟はしていたが、やはり不意であった。

 

生れる時も同じことが言えるのではないだろうか。今は出産時については医学の力が強いようであるが、体内に命そのものを得るには、ある方々にとっては言いしれない苦闘があると聞く。

 

いのちの主権者は神様なのだ。いのちの源は神が創る。地上にいのちをもたらすのは神様のわざ、地上の命を終わらせるのも神様である。

『主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな』

 

感謝なことにH兄もK姉も神を信ずる方々である。神のみわざとして受け入れて、これから始まる新しい一人の人生を豊かに生き抜いてほしいと、そればかりを切に祈っている。

 

 

 

 

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日々の風から 立春の風は奇跡の風

日々の風から 立春の風は奇跡の風

 

立春の日、近郊に住む同い年の親友から電話がかかった。最近は電話はめったにし合わない。通信手段はもっぱらメールである。携帯ではなく、PCに長々と書き合っている。それが、電話である。何かあったなと直感した。友の声は上ずり、感情が高ぶっているのが手に取るように伝わってくる。一瞬ドキッとした。が、次の瞬間、ハレルヤ!の歓声に変わった。お孫くんが某私大の医学部に合格したというのであった。それも特待生で学費他いろいろ配慮があるとのことであった。

 

お孫くんはクリスチャンホーム三代目、初代も、二代目も教会一辺倒のクリスチャンご一族だから、お孫くんも教会を家のようにして育った。中学、高校と、忙しい思春期の時期も教会から離れることはなかった。そんな話をよく聞かされてきた。受験のことも、ぜひ祈ってほしいと依頼されていた。

 

友の話によると、お孫くんは学業よりも部活動に力を入れ、高校生活を楽しんでいる、将来の進路ははっきり決まっているわけではなかった。友人は祖母であるから、距離を置きつつ、ただ黙々と祈り続けるだけであった。ところがお孫くんは三年生になってから、突然のように「医師」を目指したいと言い出した。両親も友人も目を丸くして言葉も出なかったそうだ。

 

友の親族周辺は普通の会社員か公務員である。医師も看護師もいないという。聞くところによれば、医師への道はまず資力が無ければ話にならない。たとえ国立の医大でも友の家では無理、その上学力も並み大抵ではない。ないない尽くしでどうなるのだろう。しかし友のご家族は、これは神様から来たものだ。「志を立てさせ、実現に至らせるのは神である」との聖書の信仰に立つことにしたそうである。

 

友はだからきっと実現するのだと固く信じたという。友は、神には不可能はないと、創世記から黙示録まで見渡した。お言葉一つで天地宇宙万物を創造された神、紅海の水を分けた神、難攻不落のエリコの城壁を崩した神、石ころ一つで巨人ゴリアテを倒した神、その他イエス様の数々の軌跡を思い出して、祈ったそうである。

 

目標の定まったお孫くんは一心不乱に勉学に励み、ご家族はひたすら祈った。及ばずながら私も祈った。センター試験はかなりよくできたそうである。それを目安に、私大にも国立にも願書を出した。まず私大から試験が始まり、一次、二次へと進み、ついに、栄冠をいただいたというのだ。友は、信じてはいたが、朗報を聞く一瞬前まで心が揺れに揺れていたそうだ。

 

グッドニュースを聞いたとたん、ああ、神様は、ご自分の力を発揮してことを成就してくださったのだ、これを奇跡というのだと悟ったという。友は重ねて言う、だから神様に感謝してくださいね、神様をほめたたえてくださいねと。私もそう思う。そしてお孫くんが近い将来、神と人に仕える立派なお医者様になることを、友といっしょに祈っていこうと思った。まさに立春の日に吹いた奇跡の風であった。

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日々の風から 如月ついたち多事多難の日

日々の風から 如月ついたち多事多難の日

 

 

 

近所の小さな「香梅園」に行ってみた。種類によっては満開を過ぎたものもあり、見ごろのものもあり、まだまだ固い蕾もあり、見飽きることはなかった。訪れる人もまばらで、こちらとしては好都合であったがもう一度来たいと思った。そのころは人混みであろう。

 

三日に上げずに安否を問うている一人暮らしの老姉にメールを送った。メール、電話、訪問を繰り返している。待たせることなく返信メールがくる。まめに応答できるのが大きな安心材料である。持病があって長年それと上手く折り合いをつけて賢く暮らしているが、一年ほど前に骨折して以来ほとんど寝たきりの在宅療養になっている。

 

「どちら様ですか、名字だけでもお知らせください」と返信メールである。びっくり仰天、呆然として、心が大いに騒いだ。気を取り直して電話した。「今、お繋ぎできません。後ほどおかけ直しください」と機械応答である。なんどでも同じことであった。

 

これは訪問しかないと緊張して出かけた。徒歩20分のところに住まっておられる。若い時に買ったといわれる小ぶりながらすてきな3Kのマンションである。発病して以来ずっとお一人暮らしである。遠くに弟妹がおられるが頻繁な行き来はないらしい。

 

ドキドキしながらチャイムを押した。いつもなら廊下を歩く気配がして大きな声で返事があり、ドアノブを回す音がするのに、無音〜〜〜。またチャイムを鳴らす。なんどか繰り返して、やっとドアが開いた!姉妹だった!どうぞの声も待たずに私はどんどん入り込んだ。

 

メールの件を訊くと、携帯をいろいろ触っているうちにだいぶ消してしまったそうだ。よくあることだから仕方ない。しかし理由がわかって一安心。謝っておられた。前回訪問の時よりユックリともろもろ語り合うあうことができ、少し立ち入ったお話も出来、手を取り合って感謝の祈りをささげておいとました。すべてが杞憂であったこともわかり、ハッピーエンドになった。これからもメール、電話、訪問が繰り返されるであろう。

 

夕方遅く、所属している日本クリスチャン・ペンクラブが今年の夏に出版予定の証し集「山川草木の」の初校ができたと、印刷所の担当者が届けてくださった。原稿を搬入してから半月と経たない。ペースが速い。いよいよかと心が引き締まった。もっともこれから一山、ふた山越さねばならないが。200ページほどの「本」が誕生することになるが、費用節約のこともあって完全原稿にしたはずである。入稿にはすでに数名の方々と汗を流した。寒いからと言って冬眠してはおられない。

 

つい、多事多難としたが、多難の方のいくつかは公開できない。すみません。いちどにどっと体当たりされた。北風のいたずらか、ともかくも傾いた姿勢を起こさねばならない。

 

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日々の風から 我が町の無電柱化

日々の風から 我が町の無電柱化

 

 

小池都知事が推奨しておられますが、実は、すでに数年前から我が家の脇を通る都道の無電柱化の工事が始まっています。今日まで何度道路を掘っては埋め、埋めては掘ったことでしょう。昼の工事、真夜中の工事、それがそれは大変でした。最後は一軒、一軒の家屋の電線、電話線の始末がありました。ようやく終わって、いちばん最後は電柱を撤去することでした。ちょうど在宅していたので、電柱が運び去られるのを眺めていました。今は歩道にカラータイルがはめ込まれて、結構見応えのある清潔感漂う道路に変貌しています。小さな通りは旧態依然ですが、少なくとも私の窓越しの景観はすっきりしました。空が大きくなりました。

 

 

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日々の風から 年賀状あれこれ その2

日々の風から 年賀状あれこれ その2

 

年賀状はそろそろ終わりです。今日、北風に紛れ込んだように懐かしい方からお便りがありました。内容は年賀状形式ですが、絵葉書でした。旅行先からかと思いましたが、そうでもなく、引き出しから取り出してきたような気配を感じました。何を考えて書かれたのだろうと想像をたくましくしました。この方とはある時期、一つのグループ仲間としてかなり親しい交流をしていました。もちろん個人的な友人ではありませんでしたが、 ある時、輪から離れていきました。転居が最大の理由ですが、国外ではないのですから、決まった集まりに出てこられないわけではないのです。

 

離れた理由はだれも知りません。しばらくの間は、どうしたのだろうねと首をかしげていました。唯一のつながりはメールアドレスだけでした。時々みんなでメールを送りました。すると、ときたま、元気でいますと紋切り型の返事が来るだけ。それだけでもほっとして、病気ではないみたい、無事でいるみたいねと話し合っていました。

 

そのうちに2つ3つとんでもないところからうわさが聞こえてきました。真偽のほどは皆目わかりませんが、あまりいいニュースではなく、メールもしずらくなりました。最近では集いに出ても口の端にも上らなくなりました。そこへ思いがけなく絵葉書の便りです。しかも新年早々に、です。文面にはないメッセージを聞き取りたいと思います。

 

 

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