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日々の風から 羽田空港へ

 日々の風から 羽田空港へ

 

 

 

 

10月末にある旅行に参加する予定でいる。国内であるが、飛行機を使う。旅程をいただくと羽田空港第二ターミナルとあった。我が家から羽田は遠くない。以前はモノレールに乗ったが、今や京急一本で行ける。しかしまだ使ったことはない。ふと、様子を見に行ってこようと思い立った。本番は朝7時には家を出る。ラッシュの時間に当たってしまう。しかしその通りにすることはできないから、お昼近くの一番楽な時間に出かけた。自宅から押上まで都バスで15分ほどである。押上から京急、羽田空港行きの快速に乗ると40分ほどで到着した。

 

電車を降りて国内線出発ロビーの2階まではエスカレーターを乗り継ぐだけであっという間についた。これなら迷うことはない。集合場所の時計台1は一番奥に当たる。かなり距離がある。しかし華やかに並んでいるお土産店を覗きながらでもたいしたことはない。旅気分が掻き立てられる。お土産を買いたくなったり、レストランにも入りたくなった。混んではいなかったが旅支度の方々が足早に緊張気味に行き来している。小さな買い物バッグひとつでぶらぶらしている自分がこっけいに思えた。いちばん目についたのは2020年オリンピックの巨大な横断パネルだった。羽田は近い、海外もここから行きたくなった。

 

 

 


日々の風から 小さな日常

日々の風から 小さな日常

 

暑さ寒さも〇〇までとあるが、長い間の経験から生まれた言葉には深くうなずけるものがある。八月初旬の「立秋」は暦の上だけとは十分承知していながらも、いっぱいの冷水のようにいっとき暑さを脇に追いやる役割を演じてくれる。しかしその後も延々と暑さは続き、9月になってもまだまだ汗は退かない。今年は台風が立て続けに暴れ、北海道が大きな被害にあった。台風だけに限らず、秋にも冬にも春にも、自然の災害は春夏秋冬絶えることがない。その大きな被害の後始末は容易なことではない。古来から連綿として世界中が遭遇する一つの大きな悲劇ではないだろうか。

 

人の起こす災害、事件もすさまじい。これにはどこかに必ず犯人、ことを起こした該当者がいるはずだ。犯罪と言っていいことではないか。政治の世界に起こることは何と言ったらいいのだろうか。その最たるものは戦争であろう。また、すぐに結果が出なくてもやがては人の命を脅かす災害に通ずるものがたくさんある。

 

東京都は小池知事になって以来、いや、選挙そのものからもことごとく日本中の、たぶん世界の注目を浴びきているのではないだろうか。イギリスのEU離脱事件も、リオ・オリンピックもなんとなく影が薄くなった今、いちばん熱いニュースは豊洲への市場移転問題であろう。私ごときまでが、絶えず気になって情報に敏感になっている。政治の闇が暴露されてくるたびに怒りを覚えてしまう。その情報が偏っていたり、操作されていることもあると聞くと、鵜呑みにはできないとは知りつつも、冷静ではいられない。

 

しかし、である。私たち一人ひとりには自分だけの小さな小さな日常がある。たとえ家族といっしょでも自分だけの日常がある。それを無視することはできない。むしろそここそが命を注ぐところである。人から見ればまことに平凡なとるに足りない日常であっても、そこに充実、充足がなければ切なくむなしい。いい時ばかりではない。この人生、不測の事態が起こり、大風に吹き飛ばされるような、大雨にずぶぬれになるような、想像もつかない悲劇が起こることもある。その連続かもしれない。自分のせいでないことだってある、しかし、人に責任を擦り付けることはできない。自分で何とかして立ち上がって、それなりに心の、身辺の、整理整頓をして、小さくてもいいから心底穏やかに満足して生きていかねばならないと思う。神様は人間にそのような力をはじめから与えておられると思う。

 

敬老の日と、世はなにやら謳ってくれるが、はなはだしく面はゆい。今や60代はその世代ではないが、70代を迎えれば老いの自覚は増してくる。後期高齢者に入り、80代、90代がある。後戻りはない。年齢はかさむばかりである。自他ともに老年者を認識して以降が生きる正念場だと思う。なにやら文章も歯切れが悪くなって、何を言いたいのかなかなか核心に至らないが、おゆるしください。要するに、小さな日常をありがたく大切にしたいし、今こそ自分自身と鎬を削るようなひそかなる激しさで生きたいと願う。怠けようと思えばいくらでも怠けられる。いい加減になろうと思えばいくらでもいい加減になれる。いいご身分であればあるほど、自己責任が問われる。規則や道徳で雁字搦めにするのでない。内側からあふれ出るいのち(イエス・キリストのみこころ)に徹底して生きたい。

 

 いつも喜んでいなさい、絶えず祈りなさい、すべてのことについて感謝しなさい。

   これが、キリスト・イエスにあって、神があなたがたに望んでおられることです。


日々の風から 高校の運動会

日々の風から 高校の運動会

 

孫娘のMちゃんは今年都立高校一年生。兄のS君の後を追うのかと思っていたら、熟慮の末、敢えて自分の意志で違う学校を選び、難関を突破して推薦入学した。地域内ではない。通学には多少時間がかかる。大きなカバンを背中に肩に背負って出かけていく。朝はパパの次に家を出る。もちろんお弁当を持って。ママは毎日5時半からキッチンに入る。夕方も目いっぱい部活動してくる。疲れ果てて倒れんばかりになって帰宅する。おババとしてはハラハラもするが、若いんだから乗り越えて行け!と祈りながら心の中だけで檄を飛ばし、応援する。

 

今日は運動会。相次ぐ台風の暴挙でどうなるかと案じていたが、今日の33度との報には違った心配ができた。Mちゃんは思春期の不安定な体調で時々ダウンする。いくつかの役も担っているようなので、頑張りすぎて熱中症にならないかと思うのだ。

 

娘から、朝になって、行くけど、どう?暑いから誘うの迷っていたけど、行ってみない?と声がかかった。さすがの私も、どうしようと躊躇。33度の炎天下に長時間いたら、Mちゃんどころか私がダウンするかも。しかし、たぶん、運動会はこれが最後の観戦だと思ったら行きたくなってしまった。S君の時も一年生の時だけ観に行った。おそらくMちゃんも、来年は行かないだろう。

 

氷を入れた水筒、帽子、日傘、日よけの手袋などなどを詰め込んだ。ママは4時半にキッチンへ。Mちゃんは5時過ぎには家を出た。8時前、Mちゃんからもう父兄がたくさん並んでいるよと知らせがあった。まるで幼稚園並ではないかと思うが、そういう習慣らしい。私たちは、一つ二つ観たら帰ろうと、お昼少し前に到着した。生徒数は1000人ほど。それにもまして父兄がびっしりと広い校庭を取り巻いていた。驚いてしまった。校庭は珍しく土である。

 

校庭の四つのコーナーに縦割りで生徒たちが「団」に別れている。赤、白、青、黄である。四つの「団」が点数を競う形である。名物は応援合戦だそうだ。それが伝統とか。種目の名前もなんとなく古めかしい。踊りやダンスなどは一つもなかった。激しい戦いが多かった。それだけに観ているほうもいやがうえにも力が入る。個人競争ではなく、団体のプレーがほとんどであった。Mちゃんは赤である。しぜん、赤を応援してしまう。当初はどこかでゆっくりお昼をして帰ろうと思っていたのに、だんだん離れがたくなり、最後の男子リレーはどうしても観なきゃとなり、結局閉会式までいてしまった。ほとんどの父兄もそうであった。

 

優勝は「赤団」。Mちゃんが友達と抱き合って泣いているのが見えた。それにしても、炎天下、立ちっぱなしによく耐えられたと、娘にも、Mちゃんにも言われたが、守られたことを感謝した。もう運動会を観戦することはないだろう。帰途の電車の中でうとうとしながら、ちょっと感傷的になった。

 


日々の風から 9月スタート

日々の風から 9月スタート

 

まだまだ暑いけれど、9月の声はひときわうれしい。近年は、夏の盛りに遠出することはない。貴重な夏休暇の子どもたちや社会人の方々のために、この時期、老人は動かないほうがいいと思っている。人のためばかりでなく自分のためでもあるのだ。家にいても熱中症になるといわれる。まして炎天下の旅などもってのほかというべきだろう。かくして、ひと夏、じっと我慢の日々だった。とはいえ、半日くらいの外出はたびたびできたのだから、感謝なことである。

 

友からメールが入る。「いよいよ9月ですね」とある。やはり同じように待ちかねていたのだなあと、友の顔が見えてきて、メールにうなずいてしまった。「まもなく涼しくなるでしょう、がんばらなくちゃと思います」とある。やはり涼しくなるのを待っていたのだと、ここにもうなずく。そして、夏の間どうしても手につかなかった、あのこと、このことをしようと思っているのだ。まったく同感である。

 

9月は希望を与えてくれる月だと思う。さらに、四季のある国に住む幸いを思う。四季を造られた創造主、神様をほめたたえる。四季があるから、そして、多少の狂いはあっても確実にやってくるから気持ちが落ち着く。暑い時は涼しくなる時を待望し、寒さが極まると春を待ち望む。なんと幸いなことだろうか。

 

親しい友に、暑い時期になると体調が弱って外に出られなくなり、蟄居してしまう方がおられる。持病のためであるが、ひどい時は食事も摂れない。昼も夜もベッド漬けである。心配するのだがどうにもならない。友は自分の体をよく知っているので、涼しくなればきっと元気になるという。一人暮らしだからハラハラするが主治医もあまり心配していないようだ。私にはどうも理解できない。友人たちの訪問も断ってしまう。メールと電話で様子を知るだけである。週に一度買い物をしてくれるヘルパーさんと違う曜日にお掃除のヘルパーさんが訪問してくれるので日常の最低ラインは保たれている。

 

最近「どん底は抜けたようです」とメールがあり、電話の声にも力が出てきた。今日は電話の向こうから「思い切って近くの美容室に行ってきました」とあった。ずっと在宅が続いていきなりの外出は危ないと言うと、シルバーカーを使って気を付けて行ってきた、冒険だったけど思い立ったのでと、うれしそうだった。だいぶ自信がついたとも言っておられた。

 

9月の効果だろうか。

敬老感謝礼拝には教会に来られるといいわねと添えた。

ちなみに、教会では送迎のお手伝いをする兄や姉が待機している。

 

 

 

 


日々の風から 夏風は熱く速く吹く

日々の風から 夏風は熱く速く吹く

 

都知事選も終わり、新都知事は実務にまっしぐら。そうあるべきであるが。こちら側は一息ついているところへ、天皇陛下の「お気持ち」が伝えられた。遠く下々ではあるが、切々と胸に響き、自分のことに寄せても大いに考えるところがあり、この先もことあるごとに参考にしていきたいと思う。そこへ、リオ・オリンピックの報が飛んでくる。日本とはま反対に位置しているのに、時間差こそあれ、まるですぐ近くの出来事のようだ。折しも暑さは連日最高である。

 

4年後の東京オリンピックが急に現実味を帯びてきた。熱く激しく速い夏風に吹かれてきたのかもしれない。その日その時、自分がどのような状態でいるのか、いないのか見当もつかないが、世界がもっと平和になり、世界中の人々が東京に来て、楽しめるといいとおもう。リードする方々は、己を主張せず、虚心坦懐一つになって、責任を果たしていただきたい。しかし、暑さはどうなるのだろう。酷暑、猛暑、熱帯夜をどうするのだろう。


日々の風から 真夏の洗濯

日々の風から 真夏の洗濯

 

 

いっとき「小池劇場」に通い詰め、都知事選に熱くなりましたが、新都知事にはこれからは地味で厳しい政務に取り組んでいただくことになりますから、野次馬は消えるつもりです。こちらも小さくはあっても日常のわざに励み、主の御前に誠実に生きていかねばなりません。

 

とりあえず、思い立って、遅れていたカーテンの洗濯に取り掛かりました。先日親しい友人が、カーテンテールの拭き掃除をしていて脚立から転がり落ちたと話してくれました。感謝なことに骨折には至らなかったそうですが、痛い思いをしたそうです。そんなことを思い出しながら、すこしずつ、ぼちぼちと進めていきます。なんといってもすぐ乾いてくれるのが爽快です。こちらは大汗ですが、これも真夏の一興でしょう。

 


日々の風から 多忙なのか行動力の減退なのか

日々の風から 多忙なのか行動力の減退か

 

 

在宅の日、必要で外出する日、無理にでも外へ出る日をミックスさせながら日々を過ごしているのですが、ついついブログ更新が遅れてしまいます。書く時間がないほど多忙ではないのです、パソコンに向かわない日ありません。故障やトラブルでどうしても開けない日以外はへばりついています。それなのに更新できないのは、たぶん行動力のスピードがダウンしているのだと思います。

 

何か一つすると休憩が入ります。お茶しているのではありません。ただじっとしているのです。なにかを集中して考えているのではないのです。そんな時間は効率を考えれば無駄なのです。時間の無駄使いかもしれないのです。しかし、じっとしている、その時間が楽しくなりました。好きになりました。大切に思うようになりました。これを代表するひとことは『老い』なのでしょう。老いていく、神様がだれにでも(老いまでいのちがあった場合)公平にくださった贈り物です。神様がくださった贈り物を喜び、感謝したいと思います。

 

 

 

 


日々の風から さつきの風の連続プレゼント その2

日々の風から さつきの風の連続プレゼント その2
 

 





GW中に思いがけなく古河庭園に連れて行ってもらった。車なので快適であった。そこはバラで有名であるが、ちょうど良い時にと願いながらも早かったり遅かったりで、実現できないでいた。今回も数日早かったようであるが、咲きっぷりはみごととしか言いようがない。見とれるばかりであった。思うに、少し遅いより、少し早い方が、満足感がある。
 
話は飛ぶが、月も、いつも満月が見られるとは限らない。そうなると、十六夜もいいが『十三夜』は一葉の小説のタイトルにもあるように感性を刺激してくる。とはいえ、『十六夜日記』というのもありましたね。

 
 

 
 

日々の風から 結婚式、二重三重の喜び

日々の風から 結婚式、二重三重の喜び

 結婚式に招かれて、ウキウキしながら行ってきました。ウキウキの内容を綴ってみます。新郎、新婦はともに教会員で、しかも赤ちゃんの頃から毎週のように会ってきました。その方々の結婚式ですから、なんともうれしくてなりません。
 
そもそも新郎は我が教会のクリスチャンホーム三代目です。新婦のほうも二代目です。新郎の祖父母とはたいへん深い交わりがあり、すでに召されましたが、忘れられない方々です。新郎のご両親はやはり教会員同士で結ばれまして、現在は教会の中心的信徒です。毎週、ともに奉仕している間柄。新婦の母なる人は私にとっては頼もしい妹のような方。
 
新郎も新婦も幼い頃から教会にいて、他の子どもたちと団子のように一つになって走り回り、キャンプに行き、愛餐を共にして育ちました。もちろん礼拝もいっしょです。まさに、神の大家族の一員です。しかし大勢いた子弟たちも、成人するとそれぞれ社会に出て行き、仕事によっては地方へ行く人もあって、かつてのようにいつもいっしょと言うわけにはいきません。
 
二代目、三代目であっても、教会から離れてしまう人たちもいます。信仰継承がすんなりいかないことのほうが多いのです。そうした中で、新郎、新婦は順調に教会に根を下ろして信仰に励んでいました。その二人が、結婚することになり、教会中に一大旋風を巻き起こしました。びっくりしたと言うのが本音です。神様の強いお導きがあったとそのように信じています。
 

私にはさらにうれしいことが重なりました。新郎の母なる方の姉ご夫妻は昔からの友人であり、また姪にあたる二人の女性は私の教え子でもあるのです。今はそれぞれ三人ずつ子どもがいて、立派なママさんですが、私にとってはいつまでも○○ちゃん、◎◎ちゃんです。式場でも愛称で呼ぶものですから、子どもたちが目を丸くしていました。
 
一つ教会に係わってきた人たちであり、一つ地域に住んでいるゆえの強い楽しい絆です。こんなに大勢の大切な方々に一度にお会いでき語り合うことができたのがうれしくてなりませんでした。まるで教会の同窓会のようでした。私だけでなく、多くの方々が再会を喜び合ったのは言うまでもありません。これは新郎新婦の最初の働きかもしれません。

追加です。新郎ファミリーには近年2人の四代目が与えられて、上の子は会場を走り回り、
 四か月になるもう一人はテーブルの脇に置かれたベビーベッドの特別席からゆうゆうと参加していました。

 

日々の風から 新しい教会員

日々の風から 新しい教会員
 
今週の礼拝で一人の女性が我が教会に転入会する式が行われた。教会員が一人増えたことになり、教会にとって大変うれしいことである。洗礼を受けて教会員になることもすばらしいけれど、転入会者が与えられるのも感謝である。
 
姉妹には事情があった。若いころからずっと一つの教会で信仰生活を励んでこられたが、近年体調を崩され、教会に通えなくなった。元気になったらと思いつつも現実は厳しかった。何はともあれ、礼拝に出られないのはよくないと思い、友人、知人にも手伝ってもらって調べてみると、自宅の近くに我が教会があることが分かった。感謝なことに、友人が我が教会に知り合いがいた。そこから時々通ってこられるようになった。
 
そのうちに姉妹は年々老いも進んでくるから、いっそこちらの教会の正式な会員になったほうがいいと思うようになった。教会の雰囲気も自分に合っているし、親しい方々も与えられた。そんなことから決意を強めていった。とうとう、もとの教会に事情をお話し、了解を得て、そちらを転出、晴れて我が教会に転入されたのである。教会籍はキリスト者にとっては住民票のようなものである。姉妹はやがての日には教会の墓地に入れてもらいたいとも言っておられる。
 
姉妹宅は我が家からも遠くない。徒歩で10分ほどである。病気がちなのでこれまでも教会の方々と何度も訪問してきた。すてきなマンションにおられるが、ずっとお一人である。これからはますます交わりが深まるだろう。今は強度の腰痛があるので、当面、送迎が要る。そこで車で教会へ通う兄姉たちが連携して送迎している。我が教会には他にもそうしたケアの必要な方々が数名おられる。
 
日曜の朝は大忙しである。Kファミリー車はO姉お迎え、Hファミリーはホーム入居のK姉お迎え、M姉は近くのT姉お迎え、Tファミリー車はS宅へお迎えなどなどが定着している。どこの教会でも行われていると聞く。キリストの愛の共同体である教会としては、特別のことではない。愛を提供する方も、愛を受ける方も、ともにキリストの家族の一員である。こうしてともにひとつ場所で神を礼拝するのである。その喜びは大きく、神も満足されているだろう。『互いに愛し合いなさい』とはイエス様の遺言でもある。
 
 
 
 

 
 
 
 


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