人生の逆風の中で見つけた希望の風を、小説、エッセイ、童話、詩などで表現していきます。

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天の星のように―母エバから母マリヤまで 美しき姉妹たち
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聖書の風から 新しい世界へ人生の出エジプト 
 出エジプト記12章41節
 『430年が終わったとき、ちょうどその日に、主の全集  団(神を信ずる人々)はエジプトの国を出た』
 
 出エジプト記13章21節」
 『主(天地創造の神)は、昼は途上の彼らを導くため、 雲の柱の中に、夜は彼らを照らすため、火の柱の中にい て、彼らの中を進まれた。彼らが昼も夜も進んでいくた めであった』

 
 人生には、生活形態や生き方を変えなければならないときがある。新しいことに挑戦するべきときがある。古きを捨てるべきときがある。

 自分にとっての『ちょうどその日』はいつだろうか。冒険は若い人だけの特権ではない。『430年が終わったとき』とは、長い長い歳月ではないか。
 
 賢者のことばを思い出す。
年老いているということは、もし人がはじめるということの真の意義を忘れていなければすばらしいことである」 
 
もし、神を信じて出エジプトするならば、(神を信じる決断は、最大の出エジプトであろう)神はその旅路を24時間守り続けてくださる。
 
 今年もイエス・キリストとともに冒険の旅を続けたいものである。
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日々の風から 年賀状あれこれ
 年賀状も新年の特別行事です。
 一日にこんなにたくさんのお便りをいただくことは他の日には決してありません。
 出す時期がついつい遅れて、なかなか元旦に届くようにはできないのですが、いただいてみるとうれしいものです。
 一年間一度も交信のなかった方からいただいて、あわてることがあります。今朝もそうした方が数名おられて、ほっとするとともに、出しておけばよかったと後悔しました。

 いただいた中に同じ方のが2枚ありました。あわてているなと、笑いかけたのですが、自分も同じことをしているのではないかと心配になりました。
 この方にはすでに送ったはずだ、いや、出してないのでは、と、迷い出しました。一覧表にしるしを付けて出すのですが、しるしがあるのに出した記憶がないのです。いただきっぱなしでは失礼ですし、と言って2枚出したらみっともない、そんなことを考えてしまいます。
 
 くださった方に寂しい思いをさせるより、2枚になって笑われても、そのほうがいいかもしれません。そうです、迷った方には出すことにします。
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日々の風から 元旦は非日常
 さくらんぼ我が家では、ふだんは全員そろって朝食をいただくことはありません。生活スタイルの違いがそうさせないのです。しかし元旦だけは勢揃いして、あらたまって新年の挨拶を交わしあい、神さまに祈りをささげてからお雑煮をいただきます。
 
 ふだんできないことを、当たり前のように行えるのが新年の特権でしょう。元旦には日々の風は吹いていないかもしれません。日常であって日常ではないスペシャルなときと言えましょう。それが、新鮮です。
 
 クローバー元旦にそよぐ非日常の風が好きです。
 
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日々の風から まず元旦礼拝から
 元旦の朝は教会で礼拝があります。礼拝は通常は日曜日に行われますが、元旦に限っては日曜日でなくても礼拝があります。元旦礼拝、新年礼拝と呼ばれます。
 
 まず神さまに礼拝をささげてからでなければ、新しい年を歩き始めることはしませんし、できません。このひとときを無視して他のことを優先させることはまずありません。
 旅行もその他のレジャーも礼拝後です。もっとも、ふるさとに帰省する方はおりますが、彼らはふるさとの教会へ行くはずです。
 元旦礼拝はクリスチャンの事始めです。
 
 私の教会では、元旦に牧師が一年の主題のみことば(聖書の中の一節)を掲げ、そこから説教します。そしてこの一年、主題を学び、主題に生きることを目指して努力していきます。
 
 ずっしりと重みのある一年分の宿題を神さまからいただきましたが、決して苦になることはありません。みことばをいただき、みことばに生きることは大きな喜びですから。
 
 みことばの中には、キリストのみずみずしいいのちがあふれています。その躍動は希望の風を生み出します。希望の風を慕い求め、身を任せ、希望の風そのものであるイエス・キリストとともに、一年の旅に出発できるのはこの上ない幸いです。

 『あなたのみことばは、わたしにとって楽しみとなり、心の喜びとなりました』
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聖書の風 世界の初めと一年の始まり 

創世記1章1節
『初めに、神が天と地を創造した』
                
 黙示録22章13節

『私はアルファであり、オメガである。最初であり、  最後である。初めであり、終りである』                 
 
神の意志による明確な初めと終りの中での、人の一生であり、この一年であることを考えていきたい。

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日々の風から 一年を振り返る 
 大晦日になると、どうしたって今年1年を振り返ることになります。資料となるものは2冊の手帳とパソコン内のダイアリーです。

 あんなこともあった、こんなことも。小さな旅もしたし、大きな旅もできた。あの家に赤ちゃんが生まれた、親類のお年寄りが相次いで2人亡くなった。親しい友人を数名も天に送った。自分の健康も定期検査の度にドキッとさせられて……。
 少し遠くなった出来事がもう一度よみがえってきます。その時の感情もついてきて、胸がいっぱいになります。

人間関係もいつも満月とはいきませでした。自分の体調や気分が多分に影響していると思うのですが、些細なことが気になったり、傷ついたり、それで失望したり、落胆したり、不愉快になったり、腹を立てたりと、1年365日、日々の風は決して快風ばかりではありませんでした。
 とりわけ、自分自身の内に潜むエゴや無慈悲、狭量、能力不足などとは、激しい葛藤がありました。

 そんな戦いで疲れ果てているとき、私のかたわらに立っておられるイエス・キリストに気がつきました。イエス・キリストは愛と赦しに満ち満ちた両手を広げて、私を受け入れてくださるのでした。傷ついては癒され、失敗しては赦され励まされ、失望の時は明るい希望の風を送ってくださり、こうして2005年も大晦日の今に至るまで、支えられました。

 改めて、いただいた信仰のすばらしさ、イエス・キリストを信じることのすばらしさに、感涙の時となりました。

 2006年も、イエス・キリストから視線を離さずに、仰いでいこうと思います。

『信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい』
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季節の風 元旦の食卓のために
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コーヒーアーモンドケーキに娘が挑戦、初めてですが大成功です。いただいたレシピのおかげのようです。
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季節の風から 大晦日の日の出・太平洋千葉県銚子沖
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魚釣りに出かけた家族から大晦日の日の出がとどきました。



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季節の風 栗きんとんに挑戦
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孫がさつまいもの裏ごしを手伝っています。さすが男の子、力があります。
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日々の風から ああ 大晦日!
 今年も、一年の最終の日を、なにはともあれ元気で迎えることができ、こんなにうれしいことはありません。
 
 生き抜いてきたなあと感動です。
 いや、自力で生きてきたのではなく、神さまの恵みによって生かされてきたのだと、実感し、感激と感謝でいっぱいです。
 確かに、確かに、生かされてきたのです。自分で生きているのではなく、生かされているのです。

 さあ、一日、おせちの準備にいそしみましょう。夜は年越しそばを囲みましょう。
 
 その後は2006年の始まる一瞬を心待ちにしながら、新しい年への期待や願いを神さまに祈るときにするつもりです。毎年毎年そうしてきましたが、今年もいっそう心を込めてそうしたいと思います。
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