銀(シルバーエイジ)の風から 出張聖餐式

  • 2008.07.06 Sunday
  • 23:00
すみだのゆり


母が劇的に救われたのが2年前の7月5日でした。劇的というのは、信仰告白した直後に、まるで待っていたかのように、いわゆる介護老人になってしまったからです。まさにぎりぎりのところで救われたのでした。ほどなく、我家で洗礼式をしていただきました。

クリスチャン2年生になった母に、受洗2年の記念と感謝がしたくて、聖餐式を申し出ました。礼拝には行けませんから、これまでも時々出張していただいたのですが、今日もそうしていただきました。

礼拝後すぐに、17名の兄姉が駆けつけて聖餐の輪に加わってくださいました。母はベッドを起こすだけ、寝たままの参加となりました。パンもぶどうジュースも無事にいただいて、イエス・キリストの救いを確認し、教会の一員としての喜びも味わうことができました。兄姉がひとりひとり母に励ましのおことばをかけてくださいました。母は言葉こそ出ませんでしたが、いちいちうなずいていました。

母はここ数日体調がよくありませんでした。食欲が無く、一口食べても嚥下が困難で、朝食を終えたときはお昼になっていました。これから先どうなるのだろうと案じていましたが、昨日から食欲も出て、顔つきもしっかりしてきました。神さまが聖餐式にふさわしく整えてくださったのだとはっきりと知り、驚きました。

30度を超える炎暑の中へ、牧師夫妻をはじめ兄姉を見送りながら、次回はクリスマスかなと早くも指を折って数えたことです。母を見ていると、日々皆さんに祈られているのがよくわかります。イエス・キリストの恵みと教会の熱い祈りに支えられて生かされているのです。それは私とても例外ではありませんが。及ばずながら私も老いや病床にある兄姉のために精一杯祈っていくつもりです。

ふと、炎熱の中を、希望の涼風が吹きゆくのを感じました。

銀(シルバーエイジ)の風から 7月初日の激戦

  • 2008.07.01 Tuesday
  • 17:54
墨田のはな


7月はまず介護の戦場からスタートです。一番好きな7月を迎えて、うっとりとご対面などと悠長なことを言ってはおられません。毎月の事ながら、月初めは母のショートステ申込日です。先月からはモーニング・ケアーのヘルパーさんも参戦してくださいました。

今朝、ヘルパーさんはいつもより15分早く来てくださいました。9時10分前には母の朝食も終わり、9時を期してホームに電話をかけるために待機しました。武器は携帯電話です。この方が何度もかけるのに便利なのです。地方の娘と他区から妹も参戦です。

ところが今日は何としたことでしょう。10分、20分とかけ通しなのに繋がりません。ヘルパーさんと顔を見合わせては、また画面操作に没頭しました。9時半になってようやく地方の娘から取れた、31番よと連絡があり、ほっと一息つきました。でも31番では取りたい日は無理にちがいないのです。

ホームから電話があって申込みをしたのは11時過ぎでした。案の定、希望の日と期間はなく、やむを得ず空いている日にお願いしました。9月分なのです。9月は奉仕している団体の会議や研修会があります。困ったことになりました。

この騒ぎで午前中が潰れてしまいました。早く整理番号が取れると申込みも早くすむのです。午前中に、聖書学院の祈祷会に行きたかったのですが、残念でした。


梅雨の晴れ間でしょうか。午後には青空が広がってまずまずの7月スタート日和です。夏休みも近づいてきました。この年になっておかしいでしょうか、夏休みが待ち遠しいのです。孫たちが上京するからです。夏休みの半分くらいは滞在するはずです。もっとも、孫たちは東京へ来て、ここから2つほどキャンプに参加します。最初は、出身幼稚園のキャンプです。いまだに毎年参加しています。都会を離れて2泊3日のようです。もうひとつは所属教会の教会学校キャンプ。こちらは教会で宿泊です。

一昔前は私も教会学校の真ん中にいて、毎年どれほどキャンプをしてきたでしょうか。海に山にと貸し切りバスや車を連ね、時には列車で出かけたものです。今ではせつなく胸を締め付ける懐かしい思い出です。

はち切れそうな思い出の大袋を担いで、今年も私のベストシーズン7月がやってきました。思い出に浸るだけでなく、イエス様とともに今年らしい月を過ごし、さらに思い出の袋に重量を加えたいと願います。希望の風は7月にこそ吹くのです。























銀(シルバーエイジ)の風から 母が冒険の旅に

  • 2008.05.13 Tuesday
  • 21:30
母は要介護5の勲章をいただいていますが、体調は安定していると言っていいのでしょう。ホームドクターのお墨付きをもってショートステイに出かけました。母にとっては冒険の旅、送る側の胸中にも一抹の不安がよぎります。

ホームのご迷惑になってはと、予め問うてみましたところ、全く問題なしとのこと。ケアマネさんやヘルパーさんからは、この間に少しお休みくださいと、ねぎらわれてしまい、プロの手におゆだねすることにしました。

お願いすることをA4の紙に箇条書きにし、入院時から飲み出した何種類もの薬を朝、昼、夕と一回分ずつ小袋に詰め替えて用意しました。かくして、母は職員の方々に笑顔で迎えられ、わずかの期間ですがいつもの個室の住人になりました。

さあ、この間、私は時間を気にせずに走り回ります。正直言って、頭の上に低く被さっていた天井が開いて、高く澄んだ青空が広がったような気がするのです。多少の胸の疼きを抱えながらですが、母にとっても介護する者にとっても主のご配慮と信じ、恵みとしていただくことにします。

銀(シルバーエイジ)の風 母の退院 介護軍団勢揃い

  • 2008.04.05 Saturday
  • 14:49

母は無事に、わりに元気で退院し、50日あまり留守にしたなつかしの自室に戻りました。病院にはいつものヘルパーさんに迎えを依頼し、車いすに乗せて自宅のベッドまでの行程をお世話していただきました。思えば、この度のことではどうなることやらと、ある時は眠れない夜もありましたが、ここまでたどり着けたことはなんと言っても感謝です。

主イエス・キリストの恵みが母の上にまたいちばん近くにいる私の上に、ふさわしい形で与えらたことを身をもって知り、ただただ感謝するばかりです。聖名を崇めます。また、たくさんの方々の熱いお祈り、お見舞い、お励ましに支えられたのです。心からお礼申し上げます。皆様方の上に、イエス・キリストの恵みが豊かに注がれますように、お祈りします。

母の入室を済ませると、待っていましたとばかり、今後介護に携わる方々が集まってこられました。介護カンファレンスというものです。介護軍団勢揃いです。

まず、ケアーマネージャー、ヘルパーを送る二カ所の事業所から3人の責任者、介護用品取り扱いの社員、ショートステイホームの責任者、訪問入浴サービスの方、それにホームドクターも駆けつけてこられ、私と妹が入って総勢10名が一堂に会しました。

ケアマネさんがこれまでの経緯と現況、それに対しての今後のケアープランを話され、それぞれの部署の方々が介護内容を確認しあい、意思の疎通を図りました。質問やら応答があって1時間あまりかなり綿密に話し合いが行なわれました。

ホームドクターは、より安全のためにベッド環境の見直しや、身体状況のケアーと確認のために訪問看護士も必要ではないかと意見を出されました。

皆さんの真剣なやりとりを聞いていて、いろいろなことを考えさせられました。その一つは、介護制度の存在です。なんとありがたい制度でしょうか。一人の老人のための10名もの人間が集まって、知恵や方法を出し合い、それを実行してくださるのです。一昔前の方々には申し訳ないほどです。夢のような話しではありませんか。まさに老人天国です。そのためには莫大な費用が必要なのは当然かもしれません。

おりしも医療では後期高齢者制度が開始し、混乱や波紋が生じています。それを論ずるつもりはありませんが、90歳の高齢者がびっくりするほど大切にされ、誠意ある医療を施されたことをうれしく頼もしく思います。ここにも多大な公的費用が必要だと分かります。
受益者がその一部を負担するのは致し方ないのではと思ってしまいます。

母はほとんど声を出ず、発語がありません。質問には首を振って肯くので、理解はできているらしいのです。驚いたことは食欲です。病院の昼食はほとんど頂きませんでしたが、夕食の食べっぷりといったらありませんでした。安心したのでしょうか、口にあったのでしょうか。なんだか名コックになったような気がしました。

とりあえず在宅介護を選択しましたが、先のことを思うと不安は尽きません。しかし、自分のいつもの部屋で安心して休んでいる母を目の当たりにすると、しばらくはこの方法でいこうと、気持が固まっていくのです。いっそうのお祈りをお願いします。


ピリピ4章6,7節
『何も思い煩わないで、あらゆるばあいに感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。
そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスによって守ってくださいます』

銀(シルバーエイジ)の風から 母のリハビリ

  • 2008.03.06 Thursday
  • 22:49
梅の大木


母(90歳)が転倒して右大腿骨頸部骨折、救急で入院、股関節人口骨頭挿入の手術をしてちょうど2週間経ちました。1週間目に思っても見なかった末梢性顔面神経麻痺の症状が現れ、現在、食物摂取に支障が起って、普通食からペースト食になってしまいました。
それだけではありません。言葉数がめっきり少なくなって、一度に10歳も年をとったようです。

術後翌日からリハビリをすると言われ、90歳の年寄りに何をするのだろうと不安がありましたが、ベッドから起きて車椅子へ移動し、しばらく座していることから始まったので多少安心しました。

今日はリハビリ風景をこの目で見てこようと朝から病院に出かけました。リハビリ士(若い女性)が車椅子を運んで母のベッドに来られ、ようやくのことで母を椅子に座らせました。母は自力では立てません。ほとんど抱っこされての移動でした。

うーん、これでは帰宅しても私一人ではとてもできないとため息が出ました。足の屈伸運動もありましたがまだまだ自力ではできません。でも、椅子には一時間ほど座っていました。若い人のように目に見えて成果が出ると言うわけにはいかないでしょう。病院側も心得てくださっているようです。つかまり立ちでもいいから自分の足腰で立ち上がってほしいと願います。神様の力を祈り求めます。

銀(シルバーエイジ)の風から 術後の母の日々から

  • 2008.03.01 Saturday
  • 09:59

この一両日母の様子がおかしいので気になっていました。左顔面が弛緩しているのです。まぶたが覆い被さってよく開きません。左口角が下がっています。食事の時いままでになく嚥下が不自由です。とっさに脳梗塞か脳出血を疑いました。

ナースセンターに申し出ました。まもなく主治医が駆けつけてきて、すぐCT検査になりました。結果は異常なし。翌朝にはMRI撮影をしました。

昨夕医師と面談。写真を見せながら説明がありました。脳は全く異常なし。あの症状は、末梢性顔面神経麻痺とのことでした。脳の内部によるものではなく外側の神経ですから、しばらくすれば治りますと言われました。よかった、脳でなくてよかったと胸を撫で下ろしました。

診断が出るまではずいぶん心配し、娘たちや教会にも知らせ祈っていただきました。一晩は眠れませんでした。真夜中に異変があったらすぐに飛び出せるようにと、思いは先へ先へと走っていきました。

心配ありませんと言われて、心身が軽くなったことといったら自分でも驚くほどでした。こうした重さに物理的な重力があるはずはないのに、軽くなってみてその重さがわかりました。

しかし手放しで喜んではいられないと、しばらくして思い直しています。無理に思い患いの重荷を背負い込むつもりはありませんが、そうした症状が出ること自体が問題です。食事時の不自由さは今後どうなるのかと不安です。食べにくいのか食が進みません。こんなことでは体力がつきませんから、喉ごしのよいものを選んで持参し始めました。

それに、ネットで調べてみますと、この症状も安直に放っておけることではないと思いました。母の老いのランクが確実に上がっているのだと悟りました。

母はいつにない真顔で、もう90まで生きたのだから十分だよ。もういい。面倒なことはしたくないと言うのです。介護生活をするようになって初めて愚痴を聞きました。がんばれ、がんばれとは言えませんでした。胸が詰まって、どうにもなりませんでした。

銀(シルバーエイジ)の風から  母の骨折から一週間

  • 2008.02.23 Saturday
  • 09:37
白梅

手術を待つ母
手術前の母です


一夜明けて(このことばの重さを感慨深く味わっています)、母はいつもの母に戻りつつあります。術後のその夜は越すに越せない深い闇なのです。多少経験がありますので、思い出しました。

朝食が出て、厳しかった空腹から解放されたようです。まだ痛みが続き、体を動かすときは顔をしかめていますが、じっと我慢をしているのでしょう。それにしても、回復は思ったより早いのではないかと手応えを感じています。改めて、母は健康に恵まれているのだと思いました。

救急病院なので90歳といえども怪我人の一人としての扱いです。すぐにリハビリのプログラムが組まれ、専門の方がついて訓練がはじまりました。訓練と言っても、もともと一人での歩行はできなかったのですから、限界があります。起立できることまでが目標です。
はたしてそこまでたどり着けるかと、私は半信半疑なのですが、期待してお任せすることにします。

ちょうど週間がたちました。私の心身もこのペースを覚えてくれたようです。心が少し広がりました。病院への道を一本遠回りして、梅園の梅を覗きました。

一足早い春が来ていました。

銀(シルバーエイジ)の風から 母の手術ともかく終了

  • 2008.02.21 Thursday
  • 23:06

手術は2時間ほどで無事終了しました。すぐに執刀医に呼ばれて説明を受けました。レントゲンで見たときより骨折が複雑で、しかもこの数ヶ月の間に起った骨折もあったとのことでたいへん驚きました。急きょ予定外の施術もしたそうですが、今後、使い方によっては脱臼の恐れがある、それが心配要因ですと言い渡されました。

病室に戻った母は、今日一日の絶食がかなりきつかったのかしきりに空腹を訴えています。また、術後の痛みもあってなかなか寝付けないようでした。手術がどのようなものなのか90歳まで一度も経験したことがないのですから、戸惑いも恐れも大きいのでしょう。点滴の管も気になってしかたがないのです。見ていてハラハラします。
面会時間が終了となりましので心を残しながら帰ってきました。専門家たちと、多くの方々の祈りの手と何よりも神様の御手にゆだねます。

お祈り、お見舞いありがとうございます。

銀(シルバーエイジ)の風から 転倒して入院した母のその後

  • 2008.02.19 Tuesday
  • 22:09

母のことでは皆々さまからたくさんの温かいお見舞いやお励ましのおことばをいただき、心からうれしく感謝申し上げます。祈られているとは何と力強いことでしょう。
母は落ちついています。あまり痛がりもしません。それは大きな救いです。

昨夕、主治医と面談しました。怪我は右大腿骨頸部骨折と言って高齢者によくある骨折のようです。人工骨挿入の手術をすることになりました。木曜日午後4時からと決まりました。いろいろ心配がありますが、医師にお任せするしかありません。

術後どのような状態になるのか、それも心配の大きな部分です。在宅介護が無理になる恐れもあります。先のことは全くわかりません。ひたすらに主の最善を祈るのみです。ぜひ続いてお祈りください。



銀(シルバーエイジ)の風から 母が転倒 救急で入院

  • 2008.02.18 Monday
  • 07:56

16日夕方、母が家で転倒し、痛がるので救急車のお世話で近くの病院に行きました。レントゲンの結果は右大腿骨骨折とのこと。唖然としました。幸い、頭は異常なしでしたが。即刻入院となりました。おそらく手術になるだろうとの見解でしたが日曜が入ったので、本格的な診断と治療は今日からです。

最近は、救急でもなかなか希望の病院に入れませんが、日頃、何かのときはお願いしたいと思っていた町の病院に入ることができました。歩いて通える距離で、母も以前は時にお世話になっていたので安心したようです。

母は初めかなり痛がっていましたが、落ちついてきて、昨日は食事も進むようになりました。先のことは何もわかりません。新しい戦いが始まりました。緊張しています。

教会では祈りの声と手を高く上げて力強い祈りが始まりました。神様の最善を心から信じることができ感謝です。皆々さま、覚えてお祈りください。

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