きのうの風から 創作童話 観覧車に乗る その3 終り

  • 2007.06.30 Saturday
  • 21:50
大観覧車

「あっ!」
「あっ!」
「ゆり子ちゃんよ、ママ!」
「ふう子ちゃーん」ゆり子の声です。
踏切の向こう側から車いすのゆり子がやってきます。
ふう子はママの手を振り切って飛び跳ねながら両手を高く上げて合図しました。
踏切のこちら側と向こう側の間に電車が入ってきて停車し、また走り出しました。
ふう子とママは乗ったかですって。もちろん乗りませんよ。
ふう子とゆり子にとって、踏切が上がるのがどんなに長かったでしょう。
ふう子は踏切を飛び越えて、車いすのそばに駆けよりました。
「ふう子ちゃん、ごめんなさい」ゆり子待っていたように言いました。
「ううん、もう、いいの。ウフフフ」ふう子は笑いました。
「ウフフフ」ゆり子は小さく笑いました。
「アハハハハ」ふう子がもっと大きな声で笑いました。
「アハハハハ」ゆり子も同じくらい大きな声で笑いました。
笑って、笑って、笑いごろげて、二人の体が大きく大きくゆさゆさと揺れました。風ができました。大きな大きな風になりました。

「うわっ、海が見える!」
「ほら、船も見えるわ!」
二人を乗せた観覧車がゆっくりと上昇しています。二人はピンク色の車に乗ったのです。
「ママが小さい!」
「ママが小さい!」
「真っ青な空!」 
「真っ青な海!」
「ほら、飛行機がきたわ」
「うわっ、大きいっ。飛行機のお腹が見えた」


ゆり子の家へ

踏切のそばでふう子ママとゆり子ママがお話ししています。
「先日はまことに申し訳ございませんでした。お電話ですませてしまって。お伺いしたかったのですが、ふう子ちゃんやゆり子のことを考えると、どうしたものかと迷いました」
「あれから、ふう子には何も言いませんでした。それとなく様子を見ていましたが、あの子、今日になって始めて話したのです」
「ふう子ちゃんは大人ですね。えらいわ。ゆり子ときたら、お恥ずかしい」
「ゆり子ちゃんの強さは大切ですわ。これからきっとお役に立つでしょう」
「ゆり子は謝ることができました。これは大きな成長です」
「そうですね。ふう子もゆるすことができました。大きな成長です」
ふう子ママとゆり子ママのお話しはつきないようです。
ふう子はそっとママの洋服を引っ張りました。
「ごめんなさい。お引き留めして。お出かけのようでしたね」ふう子ママはあわてて言いました。
「ええ、お宅へ」ゆり子ママが言いました。
「まあ、私たちこそお宅へ行くところだったのです。そうね、ふう子ちゃん」
「……」とっさにふう子は返事ができません。
ママったら、全く変だわ。ついていけないわ。
でも、ママのアイデアが一番。
「今日はね、サンドイッチがあるの、それと、バナナケーキ」
ふう子はバスケットを持ち上げてみせました。
「ねえ、ふう子ちゃん、さっきの観覧車のお話しましょうよ」
「楽しかったわねー」
二人はまたアハハハハと笑いころげました。

「そうそう、お二人にお話ししなきゃ。今日、主人が病院に行って、新しいお薬の説明を聞いてきます。次の診察の時、いただけるかも知れません」
ゆり子ママは目を輝かせて言いました。
「わたしに椅子を押させて。ゆり子ちゃん、いいわね」
ふう子はハンドルを握ると力を込めて、そっとそっと押し始めました。

                     この篇おわり


希望の風創作の小さな童話をご愛読くださり感謝します。学び会提出のためにせき立てられるようにして書いたものですが、ふう子とゆり子を主人公として、早くも3篇が生まれました。

初めはシリーズにするつもりはありませんでした。今、3篇になって、この先も二人の少女を追いかけてみたいと思うようになりました。彼女たちも、ちょうど私たちと同じように、様々な問題にぶつかって、苦しんだり、悲しんだり、失望したり、時にけんかをしたり、生きるのが苦しくなったりしながら、生きています。

その姿を捕らえて、絵に描くように、写真に撮るように、文字を使って表現したいと思います。私自身がだんだんと彼女たちをかわいく思うようになってきています。愛情が芽生え、増していっています。続編ができましたら、また読んでください。

なお、前作はカテゴリーのきのうの風を開くと読めます。

きのうの風から 創作童話 観覧車に乗る その2    

  • 2007.06.29 Friday
  • 20:39
ママとお出かけ ふう子とふう子ママ
その出来事を、ふう子はママに言いませんでした。家に帰る途中でそこまでは決心したのです。でも、何日たってもゆり子に会いたくない気持は消えませんでした。
土曜日が来て、ママがおやつバッグを用意したとき、話し始めたのでした。
「そんなことがあったの。悲しかったでしょう。心が痛かったわね。でも、今日まで我慢できて、えらかったわ。話してくれて、ママはうれしいわ」
ふう子ママはそう言うとふう子の顔をのぞき込み、それからにこっと笑いました。
「……」
ふっと、心が軽くなり、明るい風に包まれたような気がしました。
「行きたくないのは当然よ。ママだったら迷わず行かない!。そうだわ、今日はママとお出かけしましょ。このおやつバッグ持って、海の公園に行きましょう。ふう子の好きな観覧車に乗りましょう!」
ふう子ママは楽しそうに言うと、ふう子の肩をぽんぽんと叩き、頭をぐるぐるっと撫でました。
「支度してくるわ」
ママは風のように行ってしまいました。
ふう子はぼんやりしています。心は軽くなったけど、ママのようにうきうきとまではいきません。
「ママって、変だわ。ついていけないって感じ…」
相変わらずゆり子の家に行く気はしないのですが、しょんぼりとベッドに横になっているゆり子が目の前に見えるようでした。


ママとお出かけ ゆり子とゆり子ママ
ゆり子もゆり子ママもじっと耳を澄ましています。玄関のチャイムが鳴るのを待っているのです。
「ママは、ふう子ちゃんは来ないと思う」
「そうかしら、そうかもしれない…でも、でも、ふう子ちゃんのことだから」
「いいえ、いくら優しいふう子ちゃんでも、来られないでしょうね。帰れっていったのはあなたなのよ」
「あの時は、気持が押さえきれなかったの」
「それでも、言っていいことと悪いことがあります」
そうです、二人はこの一週間ずっと同じことを言い合っているのです。
「ふう子ちゃんが来なかったらどうするの」
「……」
「あなたにできることがひとつだけあるわ」
「謝まることでしょう」
「そうです。それだけよ。そうだわ、これからふう子ちゃんのお家に行きましょう」
「えっ、ふう子ちゃんのお家に?」
「そう、それしかないでしょう」
ママは支度をしますといって、風のように行ってしまいました。
「ママは厳しすぎる。いつものママじゃないわ。とっても変だわ。でも、ママは正しい…」
ふう子ちゃんは今ごろどうしているだろう、他のお友だちと楽しく遊んでいるかも知れない…そう思うと、心に冷たい風が吹いてきて泣きたくなってしまいました。

ふう子とママは海辺公園行の電車駅へ向かっていました。ふう子はママと並んで歩いていましたが、気持も体もママに引きずられているようでした。海辺公園は好きなところですし、観覧車は大好きです。でもふう子の心はゆり子の家のほうに向いてしまうのです。
「ふう子ちゃん、うれしくないの。お天気もいいし、観覧車からの眺めはすばらしいわよ」ママの声はいつもの二倍くらい明るいのです。
変だわ今日のママ、ついていけないわ。
線路脇の小道を歩いていくと、駅の踏切の音が聞こえました。
「電車だわ、ふう子、走って。これに乗りましょう」
ママはぐいっとふう子の手をつかみました。 続く

きのうの風から 創作童話  観覧車に乗る その1  

  • 2007.06.28 Thursday
  • 22:46
 会いたくない

ふう子は土曜日が近づいてきてもうれしい気持になれません。それどころか暗く狭いところへ沈んでいくような気がします。
会いたくないのです、ゆり子に。こんなことは初めてでした。
「ママ、わたし、もうゆり子ちゃんのお家にはいかないわ」
「どうしたの、とつぜんに」ふう子ママは驚いてしまいました。
「行きたくないの、会いたくないの…」ふう子は悲しい顔で言いました。
「まあ…」ゆり子の顔を見たママはそれ以上言葉が出ませんでした。
ふう子の目からぽろっと大粒の涙がこぼれました。

ゆり子が病気になって学校へ行けなくなってからというもの、ふう子はほとんど毎週欠かさずに土曜日が来るとゆり子の家に行っていたのです。
理由は、ゆり子が好きだったからです。大好きなゆり子が重い病気になったことが悲しくてたまりませんでした。自由に外へ出られないゆり子が気の毒でなりませんでした。
なんとかしてゆり子ちゃんを助けて上げたい。
ふう子ははち切れそうな愛を抱えて、ゆり子を訪ねました。ゆり子はうれしくてうれしくてたまりません。ゆり子ママもありがたくてありがたくてお礼の言いようがないほどでした。

ふう子とゆり子の間には熱い友情があるのです。健康だとか病気だとかは全く関係がありませんでした。ふう子はゆり子が病気になるずっと前から大好きでしたし、ゆり子のほうももちろんそうでした。
二人の性格をみると、ふう子はわりにおとなしく、ゆり子は好き嫌いがはっきりして、活発でした。いつでも先に言ったりやり出すのはゆり子で、ふう子はついていくほうでした。でも、ふう子がお姉さんで、ゆり子は甘えん坊の妹のようでした。
病気になったゆり子は、気持の上がり下がりが大きくなりました。だんだんと手や足や体が不自由になるにつれて、ますますそうなっていきました。



悲しいこと

先週の土曜日のことでした。ふう子はいつものようにお昼ご飯を済ませると、ママの作ってくれたおやつバッグを持って出かけていきました。おやつはレモンクッキーです。
その日は前からの約束で、近ごろ二人が夢中になっているアイロンビーズをすることになっていました。材料はゆり子ママが準備してくれます。プラスチックでできた、ちょうどストローを輪切りにしたようなビーズを型の上に並べていきます。型は鳥や花やちょうちょなど様々な種類があり、ビーズにはあらゆる色があります。思い思いに配色をして並べ終わったら最後に熱いアイロンを当て、型から外すとでき上がりです。
二人とも夢中になってビーズを並べていきました。初めはおしゃべりをしていましたが、だんだん熱が入ってきて、話もしなくなりました。
ビーズを型の上に並べるだけの簡単なことなのですが、くり返していると疲れてきます。時々並べたものが転がってやり直したり、配色を考えていると気持も疲れてきます。

とつぜん、がさっと音がして、ビーズが飛び散りました。
「アイロンビーズなんか大嫌い!」ゆり子が高い声で叫びました。
ゆり子は型をひっくり返し、ビーズの入った箱を放り投げたのです。
ふう子はこんなに驚いたことはありませんでした。
ゆり子は金切り声で泣き出しました。
「ふう子ちゃんのいじわる!こまかいことがわたしにはできないってこと知ってるでしょう。早くビーズをつまめないし、きれいに並べられない!
わたしが一つ作るうちにあなたは三つも作ったわ。もう、いや!」
「……」

ゆり子ママが飛び込んできました。
「どうしたの?これはいったい、なあに」
部屋中に散らばったビーズをみて、ゆり子ママもびっくり仰天です。
「ママもひどいわ!わたしにはできないのよ。それなのに…」
「いいえ、いつも上手に作っているわ。楽しいから今度もしたいって言ったのはあなたですよっ。ゆり子」
ゆり子ママはきつい口調で言いました。
「ふう子ちゃんに失礼でしょう。せっかく遊びに来てくださっているのよ」
「そうね、わたしをかわいそうに思って、来てくれているのね。もういいわ、ふう子ちゃん、帰って!もう来ないで!ほかの人と遊んで」
「なんてことを…ゆり子、わがままがすぎます。謝りなさい!」
ゆり子ママの声が大きくなりました。

ふう子は悲しくて胸が張り裂けそうでした。どうしていいか分かりません。
涙があふれ出ました。
帰ろう、お家に帰りたい。
泣き顔のままふう子は表に飛び出しました。
「ふう子ちゃん、待ってーごめんなさーい」
ゆり子ママのおろおろ声が聞こえました。もっともっと大きなゆり子の泣き声も聞こえました。  (つづく

昨日の風から マイレター 【希望の風】から

  • 2007.06.11 Monday
  • 13:47
レター希望の風

このところ目まぐるい天気の変わりように、いよいよ梅雨入りが思われます。
月末に発行したマイレター【希望の風】の一面に、薫風に吹かれてとして一文を載せました。ブログにも転載しようと思うまもなく、季節は待ったなしでエネルギッシュに己のが道を行きます。薫風などと、賞味期限切れは目前。あわててアップした次第です。


昨日の風から マイレター【希望の風】から 薫風に吹かれて 

 一年の中で一番すごしやすい時期はいつでしょうか。
 近年、ゴールデンウイークが終わって、梅雨に入る前の初夏ではないかと実感しています。早朝の澄んだ空気、日中の軽やかな緑風もさりながら、夕方のたたずまいに引き込まれます。闇が帳を下ろすのを忘れてしまったかのように、いつまでもいつまでも明るい夕空がなんともいとおしいのです。平安の才女清少納言は『秋は夕暮れ』と言い切りましたが、平成の愚女としては、初夏は夕方と、小声で言いたい思いです。
 
 もうひとつ、この数年、心惹かれているのは、樹木です。ところが、長年自然の景観乏しき環境に暮らしてきたせいでしょうか、名前すらよく知りません。ブナの木の重要性がそこここで聞かれるようになって、急に樹が見えてきたのです。
落葉樹に惹かれます。葉を落したあと、裸木のままで一冬を耐えると、桜花散るのを待つように、あの、死んだような枝々からいっせいに芽が吹き萌え、五月の終りともなれば、びっしりと青葉をつけた大枝をゆさゆさと揺すって、薫風をいなしている、いのち躍る勇姿に、強く胸を打たれます。
 
心酔する詩人長田弘の『空と土のあいだで』の一節が浮かんできます。
 
《巡る年とともに、大きな樹は、節くれ、さらばえ、老いていった。
やがて来る死が、根にからみついた。だが、樹の枝々は、新らしい芽をはぐくんだ。
自由とは、どこかへ立ち去ることではない。
考え深くここに生きることが、自由だ。樹のように空と土のあいだで》

空と土のあいだには、イエス・キリストの希望の風がそよいでいます。     
   樹のように考え深く、ここに生きて、主を証ししたいものです。
 


昨日の風から 創作童話 『一人で行きたい』 その4 

  • 2007.05.08 Tuesday
  • 07:28
ゆり子、空港へ行く

ゆり子は空港にいます。大きなガラス過しに、着陸体勢に入った飛行機が滑走路に入ってくるのが見えます。一機が降りたつと、数分もしないうちに次の飛行機が降りてきます。上を見上げると、上空にはすでに次の機も見えます。
ゆり子はつまらなそうな顔をしています。来たかった空港にいるのに、見たかった着陸が目の前にあるのに、外を見ようともしないでじっとうつむいています。たくさんの人の声がざわざあと波の音のように響いてきます。
「あら、ゆり子ちゃん、こんなところにいたの」
明るい声が弾けました。ふう子です。そばにはふう子ママもいます。
「ゆり子ちゃん、大好きな空港に来られてよかったわね」ふう子ママがにこにこと笑いかけました。
「ゆり子ママはどちら?」
「こんにちは。思いがけないところでお会いしましたね」
ゆり子ママがジュースのカップを持って現れました。
「パパの出張を見送りにきましたの。ゆり子が空港に行きたい、行きたいってずっと言ってましたので。主人はもうゲートに入りました」
「まあ、そうですか。私たちはお友だちを見送りにきました。もう帰るところです」
ママたちがお話しをしています。
「ねえ、ママ、いっしょに帰りましょうよ。できたら飛行機が飛び立つのを見たいの。ゆり子ちゃんもそうよね」
ふう子はゆり子のそばにぴたっと坐ると、手を取りました。とってもあたたかい手でした。ゆり子の心がふわっと軽くなり、雲が晴れて光が差してくるようでした。
「さあ、ゆり子ちゃん、行きましょう。ママたちはエスカレーター。私たちは階段をかけ上るから。競争よ!」ふう子がはしゃいだ声で叫びました。

こんどこそ

ゆり子ママがいちごのババロアと紅茶を持って入ってきました。
「ゆり子ちゃん、自慢じゃないけど、このババロア、とってもよくできたと思うの」
「ママ、お話し聞いて」
「なあに」
「わたし、行きたいところがあるって言ったでしょう。覚えてる」
「ええ、覚えてますよ」
一人で行きたいって叫んだわね、ママは、それは言いませんでした。
「行きたいの。ますます行きたいの」
「そう…、でも…」
ママは困ってしまいました。なんと答えたらいいのでしょう。
「ママ、でもね、一人で行くのはやめにしたわ」
「えっ、どうして?」
「ママとふう子ちゃんとふう子ママと、お兄ちゃんと、できればパパとおばちゃんもいっしょに」
「まあ、おおぜいね」
「ママ、一人って寂しいことね。病気がなおっても、みんなといっしょに行くわ」
ママはほっとしました。でもまたちょっと心配です。一人でも生きる強い人になってもらいたいとも思うのです。

電話が鳴って、ママは飛んでいきました。
「パパですか。お医者さまからですか。ええ、ええ、お薬のこと、もう少しで許可になりそうですって。ほんとうなのですね」
そう、きっと、こんどこそ、だいじょうぶね。わたし、信じるわ。そのときまで待ってるわ。
この春は、みんなで菜の花畑や海岸や空港へ行きたいわ。みんなで。
ゆり子はババロアを大きくすくって食べはじめました。

おわり


きのうの風から 創作童話 一人で行きたい その3

  • 2007.05.06 Sunday
  • 20:33
菜の花畑で

特急列車に乗っても二時間以上かかる菜の花畑の真ん中を、ゆり子はさっさと歩いています。
「わあ、きれい!いいにおい!優しい風!空が大きいわ!」
ふと、おおぜいの子どもたちがいるのに気がつきました。なんと、ゆり子と、ふう子のクラスの友だちです。
「いやよ、会いたくない!」
ゆり子は大急ぎで走り出しました。みんなから離れたかったのです。
「あっ!」
ゆり子の足元がぐらぐら揺れて、そのまま倒れてしまいました。
「痛いっ!」大声で叫びました。
ゆり子のすぐそばをクラスのみんなが歩いて行きます。先生の後ろについてどんどん歩いていきます。
「たすけてー」ゆり子はまた叫びました。
でも、だれも気がつきません。声も聞こえないようです。
ふう子がみえました。
「ふう子ちゃんだ、ふう子ちゃん、起こして、わたし一人ではできないの」
ふう子はお友だちと笑いながら近づいてくると、ゆり子の手や足を踏んづけてそのまま通り過ぎていきました。
クラスのみんなはそのまま小さくなってしまいました。
ゆり子はたった一人、広い広い菜の花畑の中に取り残されてしまいました。
強い風が吹いてきました。青い空に灰色の大きな雲が流れてきました。
「こわいー、みんなの意地悪っ!ふう子ちゃんてひどい人―」

海辺で

ゆり子は砂浜を走っていました。春の海は穏やかです。薄曇りの空から柔らかな日差しが降り注いで、波がキラキラ光っています。おおぜいの人たちが波打ち際で遊んでいます。子どもたちの笑い声や叫び声が切れ目なく聞こえてきます。
「わあ、いい気持ち―海はいいなあー風のにおいも好きだわ」
ゆり子は両手を広げて深呼吸しました。胸一杯に潮のにおいが広がっていきます。
「あら、あんなところにパパとママとお兄ちゃんがいるわ。おばあちゃんもいるわ。やだわ。どうしてみんないるの、わたし、一人がいいの」
そのとき、急に大きな波がきて、ゆり子の足元にからみつきました。波しぶきがかかって膝までびしょぬれです。
「あっ!」
ゆり子の体はバランスをなくしてぬれた砂の上にしりもちをついてしまいました。
「痛い、助けて、パパー、ママー、お兄ちゃーん」
みんなは波を避けてゆり子のそばを駆け抜けていきました。
「待ってーわたしよー、ゆり子よーどうして行っちゃうのー ひどいわ、ひどいわ」
すぐ近くからパパとママとお兄ちゃん、おばあちゃんの大笑いが聞こえました。
「もう少しで波をかぶるところだったわ。アハハハ」
「波って早いんだね、負けるところだった、アッハハハ」
ゆり子は寂しくて悲しくて、ぽろぽろ涙を流して泣きました。
「もう空港へは行きたくない…一人では行きたくない」
ゆり子は大きな声でわあわあと泣きました。つづく

きのうの風から 創作童話  『一人で行きたい』 その2

  • 2007.05.05 Saturday
  • 16:32
一人で行きたいの

涙をふいてしばらくすると、ゆり子はいつもの声に戻って言いました。
「私ね、病気が治ったら行きたいところがあるの。遠足で行った広い菜の花畑を歩きたい。それから、前に家族みんなで行ったあの海に行きたいの。はだしで砂浜を走りたいわ。もうひとつはね、ゆり子、よくばりかな、空港へ行きたい!。飛行機が飛び立つところ、着陸するところを見たい。ほんとうは乗りたいのだけど。うふふ…」最後は笑い声に変わりました。
「そう、いいわね。近いうちにみんなで行きましょうよ。春だものね」
ほっとしたのかママも元気になり、笑顔で言いました。
ところが、ゆり子はきつい顔をして言うのです。
「わたし、一人で行きたいの。一人でしてみたいの。いつも、いつも、みんなのお世話になって…、ばかりでしょう。だから、自分一人でしたいの」
「そう…一人ねえ…」ゆり子ママは顔をしかめて力のない返事をしました。
ふう子はちょっと寂しい気持になりました。

「ママ、ゆり子ちゃんったら、自分一人で、たった一人で行きたいところがあるんですって」
家に帰ると、ふう子はママに今日のことをお話ししました。
「そんなことをゆり子ちゃんは考えてるのね。そう、りっぱだわ。ゆり子ちゃんは病気と戦って、ふう子のできない勉強をしてるわ」
「ふーん。わたしは一人ではどこにも行きたくない。こわいもの。みんなといっしょがいいわ」
「そうね、それも大切なこと」
「ママの言ってること、わからないー」
ふう子ママは首をすくめ、目を細くして笑いました。

ゆり子の決心

ゆり子はベッドの上でじっと考え込んでいました。行ってみたいところが頭から離れません。
菜の花畑、海岸、空港とくり返しくり返し言ってみました。すると気持が高まって体中が熱くなりました。
「わたし、一人で行ってみる。行けそうだわ。行けるわ。一人がいいの。一人でいきたいの」
叫ぶように言うと、起きあがって着替えを始めました。真っ白な半コートの下に同じ白の綿シャツを着込み、ピンクの綿パンをはきました。パパが海外出張で買ってきてくれたポシェットを提げました。色はもちろんピンク。まだ一度も使っていないのです。そっと部屋を出ました。
「あっ、ママだわ。見つからないようにしなきゃ」
ゆり子は大急ぎで外へ出るとドアーを閉めました。大きな音がしました。
「見つかるところだったわ、あぶない、あぶない」
ゆり子が玄関の外で靴の紐を結んでいると、ドアーがいきおいよく開きました。
「痛い!ママったら、ひどいわ」ゆり子はドアーにかかとをぶつけてしまいました。
「あーら。いいお天気。どれ、支度してお買い物に行きましょう。今日はゆり子ちゃんの好きないちごのババロアを作りましょう」
ゆり子ママは目の前にいるゆり子がまるで見えないように、こんどはばたんとドアーを閉めて家の中へ入ってしまいました。つづく

きのうの風から 創作童話 『一人で行きたい』その1

  • 2007.05.04 Friday
  • 22:03
2月に掲載しました童話『消えた雨靴』の続きです。
同じ情況の同じ人物が登場します。
ゆり子は次第に体力筋力が衰えていく難病を背負う少女、ふう子はそのゆり子を心から愛して友情を示す親友です。前回は、主治医からゆり子の病気によい薬ができたと知らせがあり、みんなで大喜びしたところで終りでした。

  

ゆり子のお薬
 
ゆり子のお医者さまから、新しいお薬ができたと知らせがありました。ゆり子ママもパパも、親友のふう子もふう子ママもどんなにうれしかったでしょう。みんな、自分のこと以上にうれしかったのです。だって、ゆり子を愛しているからです。
 「わたし、歩けるようになるのね。学校へも行けるのね。ふう子ちゃんと外で遊べるのね」ゆり子は今すぐにでもそうなるように思っています。
 「うん、きっとそうなるよ」パパは大きくうなずきました。
 「ゆり子ちゃん、もうすぐ楽しい日が来るわ」ママも力を込めて言いました。
 お薬を取りに来てくださいって、病院から知らせがくるのを、みんな今日か、今日かと待っていました。
 ふう子も気になってしかたがありません。ふう子ママも落ちつきません。
 「ママ、まだお薬が来ないんですって」
「どうなってるのかしら、あれからずいぶん日が経ってるでしょう」

ふう子がいつものように、土曜日の午後にゆり子の家に遊びに行ったときでした。ゆり子もゆり子ママもしょんぼりしているのです。
「お医者さまのうそつき!大人ってみんなうそつきだわ!大嫌い、みんな、みんな、大嫌い!」ふう子の顔をみると、ゆり子は大声でわめき、わあっと泣きだしました。
「ふう子ちゃん、ごめんなさいね。お薬のことなの。ゆり子が怒るのも当たり前だわ。わたしも悲しくて、悔しくてたまらないの」ゆり子ママも涙声です。
お医者さんは言ったそうです。
「薬はできたのだけど、使えるようになるためにはお役所の許可が必要で、それに時間がかかっているのです。お役所では、ほんとうに安全で効き目があるかどうか、もう一度くわしく検査をすることになっています。だから、待っていてください」
ゆり子にはそれが納得できないのです。待てないのです。
「くわしく検査して、もしだめだったらどうなるの。お薬はいただけないでしょう。そしたら、わたしの病気はこのまま治らないのよ」
ふう子は困ってしまいました。なんと言ったらいいのでしょう。
ほんとうは言いたいのです。
ゆり子ちゃん、もう少し待ってみましょうよ。お薬はきっと検査に合格するわ。だから、だから、希望を持って待ってみましょうよ。
でも、言えないのです。今日のゆり子は荒れています。どんなことでも悪いように考えて、気持がどんどん暗いほうへ沈んでいくようです。
ふう子はもうひとつ言いたいのです。
わたし、お祈りしてるわ。ママもよ。神さまはいちばんよいことをくださるから、静かに待っていましょうよ。
これも言えませんでした。
つづく


きのうの風から 創作童話『消えた雨靴』その4

  • 2007.03.02 Friday
  • 22:31
ふう子ママのプレゼント

 玄関のチャイムが鳴って、ふう子ママ飛び込んできました。
 「まあ、ゆり子ママもこちらでしたか。私ね、じっと考えていたら、全部わかったのです。雨靴と傘のことです」
 「申し訳ございません、こんな恥ずかしいことをしてしまって」
 ゆり子ママは床に頭をこすりつけるようにしてお詫びをしました。
 「ゆり子ママ、あなたのお気持ちとってもよくわかります。一度ゆっくりお話ししたいと思っていましたよ」
 ふう子ママは優しい声で言いました。
ふう子はお母さんが大きな袋を持っているのに気がつきました。
 「それ、なあに」
 「さあ、なんでしょう。当ててみて」
 「わかったわ、ゆり子ちゃんにあげる雨靴と傘と、コートでしょう」
 「えっ、うちのゆり子にですか」
 「わたしに?だって、だって、わたし、歩けないのに…」
 「歩けますよ、さっき歩いていたでしょう」
 ふう子ママがしっかりした声で言いました。
「えっ、お母さん、どうして知ってるの、見てたの?」
 「見てましたよ。そう、神さまが見せてくださったと言ったほうがいいでしょう。お祈りをしていたら、お花屋さんの前にいるあなたたちの姿が浮かんできたの。神さまが、いまにこうなるって教えてくださったと信じたの。
ゆり子ちゃん、あなた、きっと、きっと、よくなりますよ。その時は、これ使ってくださいね」

 玄関の方から電話の音が聞こえてきました。ゆり子ママが急いで出ていきました。まもなく、びっくりするような声が聞こえました。
 「パパ!なんですって。すばらしいお薬ができたんですって。ほんとうですか、ほんとうですか…」
 ゆり子ママの声は涙で途切れてしまいました。
 ふう子はゆり子を抱きしめました。
その二人を、ふう子ママが大きく両腕を広げて、ぎゅっと抱きしめました。(おわり)>


ご愛読ありがとうございました。

きのうの風から 創作童話 『消えた雨靴』 その2

  • 2007.02.28 Wednesday
  • 20:32
創作童話 『消えた雨靴』 その2

消えた傘

次の土曜日、また雨でした。
ふう子はちょっときつくなった古い黄色い雨靴をはいて出かけました。傘はマリンブルー、レインコートはパステルピンク、とっても変な色の組み合わせなので、気分がよくありません。なくなった雨靴がちらちらと目に浮かんで、なみだがでそうになりました。手に持っている袋からおやつのバナナケーキのにおいがしてきたので、少し心が軽くなりました。
二人はいつものようになかよく時間の経つのも忘れるほどよく遊びました。

「あっ、傘がない!」
玄関まできて、ふう子とゆり子ママはいっしょに大声で叫びました。先週は雨靴で今度は傘です。ないのです。ふう子は恐ろしくなってがたがたと震えました。

二人で外へ

一週間いやな気分でした。ママに、もう行きたくないと言ってしまいました。
しかも、またまた土曜日は雨なのです。
「こんどはきっとレインコートがなくなるわ。そんな気がするの」
ママは困ったようすでしたが、ちょっときびしい顔をして言いました。
「ふう子、ゆり子ちゃんが好きよね。靴や傘やコートとどっちが大事なのかしら…」
ふう子はじっと考えました。靴…、傘…、コート…、病気のゆり子が、わるがわる目の前に浮かびました。
「わたし、行ってきます。今日のおやつは?アップパイでしょ?」
「当たりっ!あなたたちがいちばんすきなものよ」
「わーい、うれしいー、ありがとう」

ふう子は玄関で脱いだコートが気になりました。いっそ持ってゆり子のお部屋に行きたいくらいでした。でも、びしょびしょですから、そうもいきません。
ふう子ママがハンガーにかけるのを、振り返ってじっと見てしまいました。
「今日はちゃんと気をつけますから。ごめんなさい…」ゆり子ママがすまなそうに言いました。
廊下の奥から大きな声がしました。ゆり子ちゃんです。
「ふう子ちゃーん、早く、早く、わたしを見て!」
いつもと違ってとっても元気な声がします。ゆり子ちゃん?と不思議なくらいに。急いでドアーを開けました!(つづく)

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