人生の逆風の中で見つけた希望の風を、小説、エッセイ、童話、詩などで表現していきます。

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日々の風から  アフタークリスマス〜ビフォーニューイヤー その2
日々の風から  アフタークリスマス〜ビフォーニューイヤー その2




思い切って決行した24,25日の一泊の旅では、都会ではどう探しても出会えない白き山々や冬木立や、ところどころに降り溜まったままの残雪を目の当たりにすることができ、こころ広がる安息の時になりました。ときどきシャッターを切ることが出来ましたので数枚アップします。薪ストーブで料理するレストランに案内されたので、この時ばかりはカロリーや体重を無視することにしました。






 
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日々の風から アフタークリスマス〜ビフォーニューイヤー
日々の風から アフタークリスマス〜ビフォーニューイヤー
 



クリスマスの行事が続いた一日、一日を紹介したい思いであふれていましたが、出来事のど真ん中に身を置くことが精いっぱいでパソコン君と会うこともままならずでした。今年のクリスマスシーズンは、スタート時点から近年になく心に熱く満ちるものがあり、同時に体も軽やかさを感じ、感謝しながら走っていました。歩くではなく、走る日々でした。

数えてみれば、今年のクリスマスはちょうど60回目に当たりました。洗礼を受けた日がクリスマスでしたから、それを第一回目と数えていいわけです。主はそれを喜んでくださって、いつもよりも充実した、完熟した果物のような豊潤なクリスマスをくださったのだと思います。60回目のクリスマスの味をいまさらながらに噛みしめました。
 
数を数えることについては良し悪しが取りざたされますが、私は数えるのが好きです。ここまで来られた、ここまで守られた、恵みによって続けられたと感謝以外にないからです。『主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな』は、主とともに歩んだ足跡を一つ一つ数え確かめて分かることです。
 
23日の、老人施設へのキャロリンク、その後の燭火礼拝をおえて翌日、早朝から八ヶ岳の見える知人宅へ急ぎました。いつでも泊まって、専用の部屋も用意してあるからとは、ずっと言われ続けていましたので、このチャンスを逃すことはないと心が決まって、ふだんはめったに着ないダウンのコートや毛糸の帽子であずさ号に乗り込みました。何年ぶりかの宿泊は心身のリフレッシュには特効薬になりました。聳える真白き富士、歩き出して近づいてきてくれたような南アルプスの山々、八ヶ岳連峰をひたすら眺めつづけました。
 
帰宅して、新年からのいくつかの働きに取り掛かろうとしたところ、親しい友からの火急の電話、メールが入って、訪問までして、まる二日が消えるようになくなりました。すぐに完全解決とはいきませんが、ともかく、吹き出した血を止めるだけはできたようです。姉妹に密着しながら、人には生きている限り、突然に、何が起きるが分からないと、身につまされ主の御前に心を引き締めたことです。
 
慌ただしく今年最後の礼拝に駆けつけることになってしまいました。
 
 
 
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日々の風から 天上のクリスマス・地上のクリスマス


日々の風から 天上のクリスマス・地上のクリスマス
 
21日はどこの教会でもクリスマス礼拝が捧げられたことでしょう。クリスマスシーズン中には各種のキリスト教諸機関で思い思いのスタイルでクリスマスの集会が行われましたが、21日の礼拝はそれらの中心だと思います。私は、この日こそクリスマスの本番という思い入れで、自分の教会の礼拝に出かけました。振り返れば私にとって60回目のクリスマス礼拝なのでした。それもおそらく、幸いなことに一回も欠かしたことはなく、一回もよその教会であったこともありません。これを恵みというのでしょう。
 
四本のキャンドルの揺らめきの中で、シンプルではありますが、前奏から礼拝が始まりました。聴き入るうちに私の脳裏には、同じ時間に執り行われている娘たちの教会が思い浮かびました。どうか、主の栄光に包まれたみこころにかなう礼拝でありますようにと祈るうちに、日ごろ親しくしている友人知人の方々の教会の名前が一つ一つ思い出され、熱い思いで主の祝福を祈りました。
 
思いはさらに広がって、今、この同じ時刻に、イエス・キリストを頭といただく日本中の教会がクリスマス礼拝をしているのだなあと、深い感動を覚えました。さらに、時間の差はあるものの、アジアでもアメリカでもヨーロッパでもアフリカでも、南半球、北半球を問わず、地球上の、世界中の、あらゆる教会が、降誕を記念する礼拝を捧げているのだと気が付き、その壮大さに圧倒されました。
 
神さまは遥かなる天上から一瞬のうちにすべてを見渡してどのような思いを持たれただろうか、たぶん、心から満足され、喜び、一つ一つの教会、一人一人の信徒たちにご自身の栄光を大きく広げて包みこまれたのではないかと、今までに感じたことのないスケールの大きな感動に揺さぶれました。
 
地上もさりながら、天上では天の大軍勢による想像を超えた壮大厳粛な礼拝がなされているだろうと、そんなことも考えました。あのベツレヘムの野原に現れた天使の賛美が天上に響き渡ったことでしょう。先に主の元に帰って安息の眠りにいる先輩たちはこの時、どうしているのだろうか、クリスマス礼拝に与っているのだろうかと思いが走りました。神学的な正解はしりませんが、おそらくクリスマスを知って、喜んで賛美し、感謝の礼拝の思いの中にいると信じます。天上も地上も、過去現代未来まで、ありとあらゆる存在が一つになって、私たちの主、贖い主イエス・キリストをほめたたえたことでしょう。これ以上の幸い、これに勝る喜びがあるでしょうか。これを越える美しき光景があるでしょうか。これこそ、どんな悪も闇もその一指さえ触れることのできない真の光の饗宴ではないでしょうか。
 
『いと高きところに、栄光 神にあるように。
地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように』
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世相の風から 栄枯盛衰・シャッター通りに木枯らし吹いて
世相の風から 栄枯盛衰・シャッター通りに木枯らし吹いて
 
わが世の春が永遠でないことは自明の真理。盛者必衰の理あり、です。最新の世相を見てふと口をついたのは平家物語の冒頭です。「たけき者も遂にはほろびぬ、 偏に風の前の塵に同じ」。しかし、当事者の心中は「この世をば/わが世とぞ思ふ/ 望月の/かけたることもなし/と思へば」なのでしょう。
 
話題は変わりますが、所用があって久しぶりにかつて毎日のように歩いた通りに行きました。同じ町内ですが、近年はぱったりと行かくなっていました。私の生活スタイルが変わったせいもあって行く必要がなくなったのですが、そこが、まさにシャッター通りになっていたのです。
 
もともと下町の密集地帯なので大型店舗が入ってきて、営業妨害されたのではないはずです。
後継者へのバトンタッチがうまくできていない場合が多いようです。初代が命がけで築き、二代目はその光りでなんとか持ちこたえますが、三代目になると、息が切れてしまうのでしょうか。三代目の個性が強く出てくることもあります。従順に引き継いで行く場合と、全く違う働きを選ぶことだって大いにあります。職種によっては世の中の変遷によって、今や斜陽の仕事になっていることもあります。一様に三代目を無能者呼ばわりはできないとも思います。かつて、尊敬する老年者から『売り家と唐様に書く三代目』と聞かされました。それももちろん一理はあるでしょうけれど。
 
シャッター通りを歩きながら、ここは○○店だった、ここは△△屋さんだった、ここは大きな工場だった、会社だったと思い出しました。シャッターを降ろしているところと、マンションや駐車場にしているところが目立ちました。まさに時代の象徴です。
 
相続争いでどうにもならず、当時のまま手付かずに閉めたままになっている大きなお店があります。駅の近くなのにもったいないと思います。敷地を分けて、すてきな邸宅を建てたのに、無人のままの家が2か所あったのには驚きました。同じ表札を掲げている隣りの古いままの家には人が出入りしていました。どんなドラマが潜んでいるのでしょう。
 
暇人の老女と思われるでしょうが、70年も住み続けている我が町なので自然と目に入り、耳に聞こえてきます。町や人の変わり様は、私には人生勉強の貴重なテキストです。生の現実と聖書が重なってきます。『草は枯れ、花はしぼむ。しかし主のことばはとこしえにたつ』が最近しきりに脳裏を去来します。『主のことば』に強く捕えられます。マリヤのように静かに深く思い巡らしたいと思います。
 
八十代に入った姉妹が少し弱くなってきました。女傑でした。信仰街道をまっしぐらに走ってきました。それこそ脇目も振らずに。健康そのもので病らしい病に罹ったことはない方です。ご両親も長命でした。その姉妹が、足腰を弱くしています。これは自然なことなのでしょう。明日の、すぐ近くの明日の、自分だと思います。私は健康そのもので来たわけではなく、怪我や病気をいくつも経験してきているので、もっと老いは早いと覚悟していますが。ですから行きつくところは、「今日も一日生かされた」その感謝以外にありません。
 
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日々の風から 我が教会のクリスマス行事
日々の風から 我が教会のクリスマス行事
 
教会にはクリスマスの時期になると数々のクリスマス行事がありますが、一般の方々はどこまで知っておられるでしょうか。どこの教会も不特定の人々に配布するチラシや教会ゆかりの方々にはダイレクトメールで案内文書を送付します。また、教会だけでなく、各種のキリスト教機関でもクリスマスの行事をします。クリスマスコンサートもあれば、クリスマス講演会もあります。その集大成ともいえるのが21日のクリスマス礼拝でしょう。
 
24日のクリスマスイブには、教会でなにか集会があるだろうと、一年に一度は教会へ行きたいと考えている一般の方々をお迎えして、燭火礼拝をおこないます。今やどこの教会でも恒例になっているようです。24日ではなく23日の休日を使うところも多々あります。私の教会は近年、23日になりました。
 
私の教会のクリスマス行事をご紹介しますと、まず12月第一週の土曜日は毎年婦人会主催のクリスマス会です。すでに終了しました。第二土曜日の夕方は青年会のクリスマスです。青年教会員たちが時に外部の友人たちを誘って集まってきます。夕食付のようです。
 
明日14日は、いつも礼拝の前に行われている成人科クラスのクリスマス会があります。実は、私はずっとこのクラスを担当していますので、この数日はその準備で多忙であったのです。クリスマス会と言っても時間は30分。学びもしますので盛りだくさんのプログラムはできません。それでもクリスマスらしい学びと交わりをしたいと企画しました。
 
これも恒例で、担当者の私がメンバーをお招きするスタイルにしています。もちろん姉妹たちも協力してくださいます。いつも聖書とテキストが中心の机には、クリスマスナプキンが敷かれ、紙皿と紙カップを置きます。簡単です。紙皿には、カットしたクリスマスデコレーションケーキが配られます。このケーキを作るのが私の役目です。今日は朝の内に20センチのスポンジを2つ焼きました。それからスーパーへ行って苺を買いました。お値段も手ごろになってきたので使うことにしました。小さなカップに、口直しのゼリーも作りました。
 
明日はふだんより90分早く教会に行く予定です。ケーキのデコレーションをするためです。生クリームを泡立てて、2つ、デコレーションするのです。だれもいない時の方が集中できるのです。すでにすべての道具を運んでおきました。昨年まではお皿もカップも瀬戸物を我が家から運んだのですが、もう体力がありません。思い切って明日は紙皿、紙カップにします。かなり寂しい気がしていますが、外側のことに執着が強すぎては本末転倒です。イエス様のご降誕を心から感謝する信仰を最優先しなければいけません。内側と外側がバランスよく美しい一体となることを願います。
 
明日の午後は教会学校のクリスマスです。教師として奉仕する兄姉の皆さんが、アイデアを持ち寄って子どもたちを歓迎します。たくさんの子どもたちが来てくれることを祈っています。娘たちが奉仕する教会でも、明日はそれぞれに子どもクリスマス会です。期末テストが終わった我が家の孫たちも心置きなく奉仕できるでしょう。彼らはもう生徒ではなくお手伝いができるようになりました。
 
 
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日々の風から 今年四つ目のクリスマス会へ
日々の風から 今年四つ目のクリスマス会へ

食べ過ぎ、飲み過ぎ(勘違いしないでください、コーヒーと紅茶の)で、我が大切な命の袋、胃腸さんたちは戸惑っているかもしれません。もしかしたら怒っているかもしれません。一昨日は学び舎かつての学友と久しぶりにお誘があって、ランチとお茶で4
時間歓談し、心身共にうれしい時でした。クリスマスランチと言ってもそこは貧しき老女たちですから暗黙の裡に行き慣れたお店のささやかな昼食です。そのうえ、最近はスイーツの入る別腹も退化してしまったのか、『見てほしくなり』の誘惑には乗りたくてついて行けません。ウエイトレスさんがつぎ足してくださるお水で十分なのです。しかしおしゃべりのほうはまだまだ衰えず、時を忘れて近況を語り合いました。独身貴族で通してきた姉妹の珍しいお話しからさまざまな刺激を受け考えるヒントをたくさんいただきました。
 
昨日はまたいくつかの場面に入り込み、胃腸さんたちに迷惑を掛けました。学び舎のクリスマス会に参加するのがメインで午前中から出掛けました。たぶんお昼は仕出し弁当だろうと想定して、朝食はパンにしました。副食もごくごく軽く。ところが定番のサンドイッチボックスともうひとつバジルチキンを挟んだパニーノがあって、すべてパン。しかし勢いにのって完食してしまいました。
 
クリスマス会は創立以来の同じスタイルで行われました。形は同じでも、学院生、講師の諸先生、ソリストたち、メッセンジャーなどの配役は年々歳々ちがいますので、それなりに新鮮です。テーブルに着く半分以上は同窓生たち。懐かしのお顔がそこここに見えてうれしい限りです。と言ってもほとんどの方とはこの一年の内に何度かお会いしていますので、サプライズ的再会ではないのです。しかし、ともに食し、ともに賛美し、ともにクリスマスメッセージに耳を傾けるのこの時期しかありません。クリスマスの集いは貴重です。
 
そのあとは、所用で上京していた娘と待ち合わせ、界隈を歩き、かねて友人から教えられていた神保町の有名紅茶店を探し当ててお茶しました。興味のある方にはお教えしますよ。店内の作りも雰囲気もチェーン店では絶対に味わえないオリジナルです。近頃はどこに行っても同じ看板のお店があって、それはそれで安心材料にはなりますが、独特さがありません。失敗はない代わりに冒険の余地は消滅です。
 
お茶を選び、種類は少ないですが手作りのスイーツを選んで楽しみました。今日は別腹が復活していました。娘の次の用事の時間までとどまりましたが、お客はまばらでゆっくりした空気に包まれ居心地がよかったです。
 
外へ出るとすでに暗くなっていて、冷えた風が強く吹いていました。本格的冬だと痛感。娘が用事を済ませて新幹線に乗り自宅に着くのは真夜中になるなあと思い、寒空にすきっ腹では体調が崩れるだろうと心配が先に立ち、夕飯をいただくことにしました。昼間は店の外に行列ができると言われる安価でおいしい天麩羅屋さんに入り、なんと天丼を食べてしまいました。三食のうち二食も外食することは近年にはないことです。やはり私にとっては少々無理でした。それに、疲労もかなりあって、自室にくつろいでようやくパソコンを開けたものの思考は停止状態、睡魔さえ襲ってくる有様でした。
 
すぐに就寝したかったのですが、真夜中近くの田舎道に車を走らせることになる娘が気になり、無事に帰宅したとメールがあるまではと、手元に携帯をおいてまどろみ状態をつづけました。十時過ぎ、東京駅から乗ったとあり、ちょうど真夜中になって、着いて暖房を入れたと一報があったので、ホッとし、おやすみと返送して消灯しました。
 
母親とは子どもがいくつになってもこんなことをするのですね。最近は娘たちに遠慮なく老いぶりを指摘されて小さくなることもありますが、親の心は老いず、それを子は知らないのだと思うのです。私も母にそのように心配されながら、母の心を知らなかったのかもしれませんが。
 
私の愛する大切な胃腸さんたちのことですが、今日こそやさしくお付き合いしたいと思います。なにより過労働をさせてはいけないでしょう。一食は抜いた方がいいのかもしれません。
 
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風の仲間たち 竹馬の友とのランチはお鮨
風の仲間たち 竹馬の友とのランチはお鮨



かつて、向こう三軒両隣の近さで戦後まもない時代を過ごしたS子さんと、今でも時どき会っています。60年以上の友です。辞書の定義通りの竹馬の友、幼なじみと言えるでしょう。けんか友達でもありました。今は他の区に住んでいますが遠くはないので、わりに頻繁に電話がかかってきます。お昼やお茶をいただきながら、身辺のよもやま話をし合います。待ち合わせ場所はたいてい浅草です。次に多いのが銀座、上野。下町っ子なのです。
 
とはいえ、S子さんは、ひところは年に何回も海外を旅し、日本の百名山を何十と征服し、ミステリーの本は今や海外ものも含めてほとんど読みつくし、いまだに趣味は数学の難問を解くこと、他の友人と古事記や日本書紀を読み合っている宇宙人的女性です。クリスチャンではないので、私にとっては数少ない貴重な未信の友なのです。
 
私と会うときは浅草が多いのは、私に合わせているのでしょう。私には好都合な場所です。今日も、スカイツリーの足に触るようにして浅草に行きました。S子さんは今日は何を食べたいかと必ず訊きます。たいてい私の言う通りなのがおかしいのですが。私はあらかじめ考えておきます。今や、料理は決まってしまいました。お鮨、天ぷら、中華の三種類をその時の気分でいただいています。今日はお鮨です。お店も決まっています。笑えるほどに同じことを繰り返しています。食事の後は浅草の時は新仲見世通りをまっすぐに進み、オレンジ通りと交差する角の舟和の本店に行きます。喫茶室があります。さすがに名物でも「いも羊羹」は無視して、コーヒーをいただくのです。ミスマッチかもしれませんが、メニューにあるのです。
 
S子さんがしみじみと話したことが胸の中に留まっています。
「いつのまにかこんな年になってしまった。やりたかったけど、どうしてもできなかったことがいくつもある。しかしいまさらどうにもならない」と。私も同感です。あの戦後の混乱期です、一般庶民の家は皆一様に貧しかったのです。例外はあるでしょうが。大学へ行くのすらわずかの人でした。S子さんは超優秀で勉強の虫、がむしゃらに勉強して現役でT大へ入りました。それでも、もっともっと専門に進みたかったと言います。しかし働かざるを得ませんでした。それは私も同じで、見果てぬ夢がいくつもあります。しかし、クリスチャンになって、無い物ねだりをする我執から解放されたことは何よりの幸いです。
 
S子さんは50代でご主人を亡くしました。息子と娘はそれぞれ結婚し、今やお孫ちゃんもいて、暮らしは独居ですが、そこそこの戸建ての家があり、悠々自適、健康そのものでしかも健脚です。かつての職場のお仲間といまだに軽い登山はしているようですし、町歩きも相当にこなしています。明日は、新聞に掲載中の「三四郎」が歩いた千駄木、根津、谷中界隈を歩くと言っていました。一方で「最近、ミスが多い。忘れ物や落し物が多い。この先どうなってしまうのだろう。自分に自信がなくなる」と不安げです。それはお互い様なのですが、自分だけが頼りの人生観、生き方には限界があるなあとつくづく思いました。
 
S子さんは私がキリスト信者であることをよく知っています。ですから、日曜日に誘ってくることはありません。今では、あなたは行けないわねと、こちらが断る前にその一言が自然に出てきます。私の食前の祈りの間は、有声の時も無言の時も静かに待っています。私の方がいくつか年上ですが、いつか彼女の心が干からびて荒野に伏すような時があったら、神の愛のいのちの水を差しだしたいと祈っています。
 
帰り際に、S子さんは息子が立ち寄っておいて行ったからと、キウイの袋を渡してくれました。私は、友人から送られた掘りたてのさつま芋数本を手渡し、じゃあねと、次回には触れずに別れました。たぶん、新年も終わって立春を過ぎたころだろうと推測しています。
 
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日々の風から 教会はアドベント第一週
日々の風から 教会はアドベント第一週

 
悪天候で迎えた師走の一日は、寒気は弱くわりに暖かい日でした。お茶の水の一室に、所属する日本クリスチャン・ペンクラブの奉仕者が集まって委員会を開きました。
 
先月下旬に、すでにクリスマスムードで例会を催し、はやばやとクリスマスの讃美歌を歌い合いました。小さな団体ですが、「あかし文章」をもって、神の恵みを発信しています。ちょうどこの時期に合わせて、二年がかりで会員の作品集『春夏秋冬』を出版できました。一テーマを400字、あるいは1200字の超ミニ文章にまとめます。この一冊には約150篇の作品が収録されました。執筆する会員はいずれかの教会に席を置く信徒たちです。日々の生活の苦楽の中で体験するイエス・キリストの愛、救い、赦しなどの恵みを書き綴っています。
(この本については、HPに案内があります。ご覧いただけたら幸いです。アドレスは 
http://jcp.daa.jp/ です)
 
今年最後の委員会では、一年を振り返って感謝するとともに、早速1015年の年間計画を練りました。二年後に、また新しい作品集を出版することを目標に、隔月ごとの例会では、テーマ作品を持ち寄って、文章作法の学び、グループ別の合評会を通して作品を完成させていく、地道な歩みを重ねていこうと、決意を新たにしました。
 
とはいえ、委員会メンバーはどうしても高齢者になってしまいます。次に作品集を生み出すまでのたかが2年先でさえ、元気で奉仕できるかと、そこへ話が散ってしまいます。感謝なことに一人、二人と、少し若い年代の方々が加わっており、よく学び、よく書き、小さな働きも喜んで手伝ってくれます。そうしたメンバーを視野に入れつつ、できるところまで精一杯働いていこうと励まし合いました。
 

今週、教会暦ではアドベント第一週に入りました。21日のクリスマス礼拝の日まで、教会は様々行事でフル回転です。すでに教会の玄関わきにはクリスマスツリーも飾り、講壇脇のクリスマスクランツには、4本の赤いキャンドルが立ち、その1本が点灯されました。この6日土曜日の午後は、恒例の婦人会主催の【レディース・クリスマス】です。メッセージや特別賛美や軽食など、婦人会はすでに活発に動いています。私も担当のところで一働きがあります。体調を整え体力をつけて参加しようと思います。ハレルヤ!
 

 
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