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2023.08.01 Tuesday
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日々の風から 私の梅雨物語 町の話
日々の風から 私の梅雨物語 町の話 生まれたときから一つ所にいる私には、親戚でも友人でもないけれど、顔を見知っている人たちがたくさんいる。挨拶するほどの仲でもでもない、もちろん深入りしたお付き合いは原則としてしない。昨今は、向こう三軒両隣すらあまりお付き合いはない。父や母の代の方々で生存している方はほとんどいない。私の代ですら、ちらほらと欠けていく。また、介護を要する方もおられる。 子どもの頃、小学校のすぐ前に油屋さんがあった。広い間口のお店だった。私は、ジャムやマーガリンをよく買いに行かされた。このお使いは好きだった。真っ赤なイチゴジャムと、真っ黄色のマーガリンだったように思う。石油缶のようなブリキの大きな缶から量ってもらうのだ。今だったら食品○○法に引っかかるような代物だったのではないか。でも、おいしかったし、淡い夢すらかきたてられた。当時、グラムだったか匁だったか覚えていないが、確かまだグラムではなかったような気がする。 そのお店に一人娘がいた。私より2つくらい上だった。色白のすてきなお姉さんだった。憧れを覚えるような人だった。小学校からすぐに私立の学校に行ったと聞こえてきた。それからはあまり見かけることはなくなったが、ある時、その油屋が近くの通りにガソリンスタンドを開いた。元の家は住まいだけに建て替えた。スタンドは繁盛しているようであった。一人娘だったからお婿さんを迎えたようだった。 憧れのお嬢さんは、すっかりガソリンスタンドのおかみさんになって、エプロン姿で男性もかなわない蛮声を張り上げて車を誘導しているのを見るようになった。あまり似つかわしくなかった。なんだか悲しくなった。 つい半年ほど前になるが、スタンドの数軒先のスーパーへ行く途中のことであった。夕方であったが、あたりかまわず喚きどなる声がきこえた。びっくりした。スタンドの脇で男女が殴り合いをしていた。なにごとかと、見ないわけにはいかなかった。スタンドの例の奥さんがご主人に飛びかかってどなっている。ご主人は収めようとしていたようだ。何を言っているのだろうかと、私は離れたところで立ち止まった。人を殺したとか、盗んだとか、わめいているのだ。これは妄想だと直感した。じきにそこを離れたが、老いの悲しい症状が出たのだろう。その後、ぱったりと姿が見えなくなった。入院でもさせたのではないかと思った。 一か月ほどすると、例の人の姿があり、スタンドから自宅へ帰るらしかった。あっと驚いた。別人のような老婆になっていた。顔は黒く皺だらけ、目がいやに大きく、以前の人ではなかった。自宅は昼間からどの窓もシャッターを降ろし、入り口が小さく開いているだけ。出るとシャッターを降ろし、入るとまた降ろした。 最近は、髪の毛は伸び放題、いつ見ても同じブラウス、同じエプロンである。スーパーとスタンドと自宅をひっきりなしに行ったり来たりしている。私はまるでストーカーのようだが、実は私も日に一回や二回はその道を往復する。近くにはミニ公園もあるので、散歩がてらよく通るのだ。私には好奇心も大いにあるが、それだけではなく、この人にとって人生ってなんだったんだろう、生きるってなんだったのかとつくづく思うので、どうしても観察してしまう。子どものころを知っているだけにショックである。激しい症状が出る前に兆候があったのだろうか。だれも気付かなかったのだろうか。それとも、何かのきっかけで突然、そうなったのだろうか。 認知は人格障害のような症状が出る人もいると聞いた。以前の人とどう考えても変わったと思えたら、疑ったほうがいいとも聞いた。もちろん責めているのではない、誰に責める権利があろう。しかし予防はできかったのか、あんな姿で街を歩かせないでほしいと思う。でも、人の力の及ばないことなのだろう。今に行方不明になるのではないかとハラハラする。 最近、何年もゆくへのわからない高齢者のことがたびたび報道されている。無事にご家族のもとに帰ってほしいと願うばかりだ。次は高齢者の楽しいお話をしたい。 2014.06.28 Saturday 17:25
日々の風から 私の梅雨物語 その3 土砂降り
日々の風から 私の梅雨物語 その3 土砂降り なんとも荒々しいことだ。私のイメージでは梅雨とはしとしととうんざりするほど何日も雨が降り続く日々のことだ。冷たい雨があればむしむしと不快な雨もあった。今年の梅雨は乱暴だ。不意に降る。奇襲攻撃である。だから予測ができない。昨日は午前中に集中した。特に雷がひどかった。用心してパソコンの電源を切った。午後から学びのために外出の予定があるが、その時はせめて雷は避けたいと願った。 雨が上がったとたんに照りつけて、いっときほっとしたが、何やら雲行きは怪しい。予定よりだいぶ早く出掛けた。それがよかった。なんと思わぬ人に3人も出会えて、ちょっとしたお互いの宿題が進んだ。行きも帰りも傘は使わずに済んだのは幸いであった。 ところが、東京の西方面からきたクラスメートたちがずぶ濡れだった。後で知ったが、西方面の一部では時ならぬ多量の雹が降ったそうだ。雹が雪のように地面を白くしたなんて聞いたことがない。雹は雪とは違って固形物である。氷のかけらが降ってくるのだ。当たれば痛いだろう。畑のキュウリに穴が空いたと報じていたが、さもあろう。 今朝は6時半ごろから猛烈な雨になった。ちょうど孫たちが登校する時間に重なり、着替えをもったりして玄関先は慌ただしかった。30分ほどしたらさっぱりと上がった。今、正午前であるが、また猛烈なのが襲ってきた。窓が開いていないかと家中を見廻った。雷鳴も遠く響いている。どこかが集中攻撃されているのかもしれない。心までも平静ではいられない。 人はすぐに影響される。心がささくれ立ってこないようにと祈るばかりである。 2014.06.25 Wednesday 12:07
日々の風から 私の梅雨物語 その2 浅草へ
日々の風から 私の梅雨物語 その2 浅草へ 毎年この時期に知人から声が掛かる。浅草に行きましょうと。すぐに快諾する。浅草は近いし、何度行ってもいいし、そこかしこのどこにも幼いころからの思い出がある。乗り物は家の近くを走る東武曳舟線に乗り、一つ先の曳舟から浅草線に乗る。2つ目である。ところがこの浅草線が、東武スカイツリーラインと変わったのには驚いた。スカイツリー駅と改名した駅はもとは業平と言った。古文にも有名な在原業平にちなんだ歴史名なのだ。 しかし、時代には勝てない。スカイツリーもおらが町の名所だからそれもありかと、最近では納得している。思えば自分ながらひどくいい加減だと思う。 梅雨のさ中なのに、いっときひどく降り続いた雨もこのところ中休みにしては晴れが多い。梅雨はどこかへ行ってしまったのかと思うほどである。晴れは便利でいいが、樹木を見るとお水がほしそうである。雨傘ではなく日傘を持って出かけた。日差しは強い。 スカイツリーラインは以前は地味なローカル線だったが、今や観光線である。いきなり5、6名の若い男女の大声集団がいた。高校生ではない、大学生なのだろうか、正体不明。男の子は大学生の感じがするが、女の子は何者だろう。ファッション雑誌そのものの風貌だ。お化粧はばっちり、ひらひらふわふわの服装はすばらしく良く似合うが、品位に欠ける。この平日に、スカイツリー駅で雪崩下車して行った。 浅草も昨今は大変な混雑だ。一時さびれた感じがしたときもあったが、今や一大観光地、東京の欠かせない名所だ。人力車が走るようになって変わったと思う。初めはギョッとしたが今は見慣れたふう風景になった。知人が言うには、私たちは東京に生まれたときから住んでいるわりには、東京を知らな過ぎる。地方から上京して住みだした人に案内してもらうしまつだ。もっと知ったほうがいいと。それは全く同感である。足元さえ知らないのだから。私も数年前に関西から来られた方によく連れて行ってもらう。 知人は、最近、新聞に漱石の「こころ」が連載され出したが、引き込まれて読んでしまう、かつては抵抗した作家だったが、今は心に入る。ついでに漱石の作品に出てくる場所を書き出して訪ね歩きたいと言った。人は変わるものだとそっと苦笑しつつも、場所の探訪はいいかもしれない。知人はひところは一か月とおかず海外へ飛んだ人であるが、今は事情があって飛び廻れない。そのストレスもあるのだろうか、近いところを走っている。ものは書かないが読書人で、近年は古事記、日本書紀だそうだ。これにはついて行けない。 浅草も丹念に歩いていないからと、雷門の正門から一本脇の道を伝法院通りまで行き、左に曲がってオレンジ通りを戻るように歩いた。右手の舟和で、いも羊羹やあんこ玉の詰め合わせを買い、浅草通りへ戻って、都バスに乗った。バスに揺られながら吾妻橋を渡っていると、東京現物をしているようでおかしかった。 隅田川には優雅なクルージングの船が行き交っている。あれにも乗ってみたいねと言えば、知人は、やだ、この川は、関東大震災や東京大空襲の時は死人でうずまったのだ、川の底にはまだその残骸があるかもしれない、それを思うとのんきに船になど乗れないと。それはそうだけどーーー。私は鈍感かもしれない。 道々さりげなくこぼれ聞こえる知人の事情は、私の日々の祈りの課題である。 2014.06.19 Thursday 17:41
日々の風から 私の梅雨物語 落し物をして
日々の風から 私の梅雨物語 落し物をして そろそろすいか(Suica)チャージをしておかなくちゃと、いつものカード入れを取り出した。ないのである。落としたことは明らかだった。最近、差し込み口が緩くなってきたので、ちらちらと気になっていたのだ、多分抜け落ちるだろうと。悪い予想とは当たるものだ。 どこで落としたのかも見当がついた。きっとさっきの都バスだろう。個人名を入れたものだから、バスの中だったら、ドライバーに渡すだけのことだから、面倒がらない人に拾われれば、こちらに追いかける熱心さえあれば戻る可能性はある。 カードの残高はわずかだったと、うろ覚えている。苦労して追いかける価値はあまりない。ただし、持たないままでは不便だ。すぐにでもほしい。もし新しいのを作るなら、費用が多少は要る。ともかく、JRの窓口に行って、事情を話した。記名式だから残高は調べられるし、新しいのにその金額をプラスすることはできるようだ。しかし、手続きをしても今すぐもらえるわけではない。どうしますかと促されて、う〜〜ん、いつになくためらいがあり、もう一度探してみますと引き返してしまった。 落とした手応えがあるが、それでもと、心当たりをくまなく探したが、やはりなかった。都バスの営業所に連絡する気持ちは失せていた。まず営業所を探して、電話して、説明して、いろいろな質問に答えて、それで、さあーーー届いていませんねえと言われた時の情けなさを思うと、いっそ積極的に諦めてしまったほうが心の負担が少ないと考えて、忘れることにした。それにしても、落し物だの、忘れものだのと、これも老いのせいかしらと、愉快ではなかった。 夜になって、明日は新しいのを作りに行かねばと思っていた矢先、電話が鳴って、こちらは都バスの〇〇営業所ですがと聞こえてきた。わっ、すいかだ、私のSuicaのことだと元気いっぱい応答した。印鑑と身分を証明できるものを持って来てくださいと。しかしその場所はかなり遠いのだ。でも、断る理由はない。係員は、何度もお電話していたんですよと言われた。 やはりバスの中だったのだ。都バスの運賃支払いにはスイカは使っていない。バス用のカードを使っている。それらを一つのカード入れに入れてあるのもだから、口の甘い方のSuicaが抜け落ちたのだ。落ちたカードを運転手さんに渡してくれた人もありがたいが、何度も連絡してくれた係員にも感謝であった。 それにしても、営業所は遠方だ。しかし覚悟を決めて出かけて行った。近隣の区ではあるが、一度も来たことのない地域だ。延々とバスに揺られた。こんなところがあったのか、旅に出たようであった。東京見物であった。しかしスカイツリーが大きく見えるから遠くはない。 折から土砂降りになった。靴の周りから湿っぽさが伝わってくる。愉快ではない。 失われた物を探すのは、わずかなものでも骨の折れることだと、イエス様のご苦労を万分の一ほど実感しながら、見知らぬ街の見知らぬ交差点で行先の方向を見定めた。 ようやく営業所を見つけ、都バスが何十台も並んでいるうす暗い事務所の奥で、まぎれもない、マイSuicaを受け取った。手にしてみれば感動が沸く。見切りをつけて新しくしなくてよかったと思う。 それにしても、JRの窓口での一瞬のためらいは、短気な私にしては上出来であった。わずかだがよけいな費用も掛からずにすんだ。こんなところにも神様の親切を感じて、感謝した。愉快な思いがよみがえってきて、この午後の残りの時間は、煩わしい出来事の中にいるあの姉妹を訪ねようとの思いが動き出した。行き道で走ったばかりの≪明治通り≫の標識を、ひどく懐かしく見ながら、遠い旅からの帰途のように再びバスに乗った。今年の梅雨物語はまだまだ続くだろう。愉快な出来事に出会いたいものだ。 2014.06.11 Wednesday 21:04
日々の風から 降りこめられて
日々の風から 降りこめられて 早くも梅雨入り宣言が出た。平年より3日、昨年より5日早いという。全国的に早いように思える。私の季節感覚だと、6月上旬は五月晴れの続きのような好天が続いている頃なのだ。とはいえ、入ってしまったのだから止めるすべもない。しかも大雨である。 昨夜もいっときバケツの水をひっくり返すように降っていた。我が教会の祈祷会の部屋はプレハブだから、屋根を叩きつける雨音は轟々たるものだ。人の声が聞こえないくらいなのだ。嘘ではない。このところ木曜の夜の、祈祷会の時間にこの豪雨が襲ってくる。オートバイで来る兄がおられるが、こうなると欠席なのだ。雨を恨みたくなる。 昨夜はわりに近くに住む高齢の一人暮らしの兄からメールがあった。「この雨でどうしようかと迷っています―――」。兄は自転車で来るのだ。思わず「危ないから、出ないでください。時を合わせて賛美し、みことばを開き、お祈りしてください。兄のために祈ります」と言ってしまった。そして、私はといえば、大きな男性用の傘を差し、雨用の古い靴を取り出して出かけて行った。ちょっと矛盾しているなあ、もしかして、私は主の前によからぬことをしたのかもしれないと、チクチクと胸が痛んだ。 今朝は、今日こそあのことを決行しようと意気込んで、相手にも連絡した。ところがだんだん雨脚が強まり、窓を激しく打ち付けてくる。だんだん気が削がれてしまった。もちろん緊急ではないので、思い切って断念することにした。その旨伝えたら、無理しないでと慰められた。一日中、止み間なく降り続いている。延期してよかったと思ってはいるが、梅雨入りしてわずか一日でもう音を上げている自分がおかしいやら情けないならで、もてあましている。お腹がすかない。こんな時に無理して詰め込む必要ない。カロリーオーバーはよくない。 半分でいい。あとは明日にでもいただくことにしてラップしてしまった。 介護の現場で働く友からメールが飛び込んだ。「今から頑固なおじいさん宅へ行きます。ご機嫌が悪いと門前払いされるので祈ってください」と。ああ、たんへんだなあと思う。若い姉妹とはいえ、この大雨の中を訪問するのだ。いやな思いだけはしないで済みますようにと祈ったことである。雨に降りこめられて、溜めていた作業がだいぶはかどった。 先週、友とバラを見に行きました。一足もふた足も遅かったようで、名残りのバラでした。 それをご覧ください。大雨の日は紫陽花が似合うでしょうが、まだ紫陽花鑑賞には行ってませんので。 2014.06.06 Friday 17:18
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