人生の逆風の中で見つけた希望の風を、小説、エッセイ、童話、詩などで表現していきます。

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きのうの風から 創作童話 観覧車に乗る その3 終り
大観覧車

「あっ!」
「あっ!」
「ゆり子ちゃんよ、ママ!」
「ふう子ちゃーん」ゆり子の声です。
踏切の向こう側から車いすのゆり子がやってきます。
ふう子はママの手を振り切って飛び跳ねながら両手を高く上げて合図しました。
踏切のこちら側と向こう側の間に電車が入ってきて停車し、また走り出しました。
ふう子とママは乗ったかですって。もちろん乗りませんよ。
ふう子とゆり子にとって、踏切が上がるのがどんなに長かったでしょう。
ふう子は踏切を飛び越えて、車いすのそばに駆けよりました。
「ふう子ちゃん、ごめんなさい」ゆり子待っていたように言いました。
「ううん、もう、いいの。ウフフフ」ふう子は笑いました。
「ウフフフ」ゆり子は小さく笑いました。
「アハハハハ」ふう子がもっと大きな声で笑いました。
「アハハハハ」ゆり子も同じくらい大きな声で笑いました。
笑って、笑って、笑いごろげて、二人の体が大きく大きくゆさゆさと揺れました。風ができました。大きな大きな風になりました。

「うわっ、海が見える!」
「ほら、船も見えるわ!」
二人を乗せた観覧車がゆっくりと上昇しています。二人はピンク色の車に乗ったのです。
「ママが小さい!」
「ママが小さい!」
「真っ青な空!」 
「真っ青な海!」
「ほら、飛行機がきたわ」
「うわっ、大きいっ。飛行機のお腹が見えた」


ゆり子の家へ

踏切のそばでふう子ママとゆり子ママがお話ししています。
「先日はまことに申し訳ございませんでした。お電話ですませてしまって。お伺いしたかったのですが、ふう子ちゃんやゆり子のことを考えると、どうしたものかと迷いました」
「あれから、ふう子には何も言いませんでした。それとなく様子を見ていましたが、あの子、今日になって始めて話したのです」
「ふう子ちゃんは大人ですね。えらいわ。ゆり子ときたら、お恥ずかしい」
「ゆり子ちゃんの強さは大切ですわ。これからきっとお役に立つでしょう」
「ゆり子は謝ることができました。これは大きな成長です」
「そうですね。ふう子もゆるすことができました。大きな成長です」
ふう子ママとゆり子ママのお話しはつきないようです。
ふう子はそっとママの洋服を引っ張りました。
「ごめんなさい。お引き留めして。お出かけのようでしたね」ふう子ママはあわてて言いました。
「ええ、お宅へ」ゆり子ママが言いました。
「まあ、私たちこそお宅へ行くところだったのです。そうね、ふう子ちゃん」
「……」とっさにふう子は返事ができません。
ママったら、全く変だわ。ついていけないわ。
でも、ママのアイデアが一番。
「今日はね、サンドイッチがあるの、それと、バナナケーキ」
ふう子はバスケットを持ち上げてみせました。
「ねえ、ふう子ちゃん、さっきの観覧車のお話しましょうよ」
「楽しかったわねー」
二人はまたアハハハハと笑いころげました。

「そうそう、お二人にお話ししなきゃ。今日、主人が病院に行って、新しいお薬の説明を聞いてきます。次の診察の時、いただけるかも知れません」
ゆり子ママは目を輝かせて言いました。
「わたしに椅子を押させて。ゆり子ちゃん、いいわね」
ふう子はハンドルを握ると力を込めて、そっとそっと押し始めました。

                     この篇おわり


希望の風創作の小さな童話をご愛読くださり感謝します。学び会提出のためにせき立てられるようにして書いたものですが、ふう子とゆり子を主人公として、早くも3篇が生まれました。

初めはシリーズにするつもりはありませんでした。今、3篇になって、この先も二人の少女を追いかけてみたいと思うようになりました。彼女たちも、ちょうど私たちと同じように、様々な問題にぶつかって、苦しんだり、悲しんだり、失望したり、時にけんかをしたり、生きるのが苦しくなったりしながら、生きています。

その姿を捕らえて、絵に描くように、写真に撮るように、文字を使って表現したいと思います。私自身がだんだんと彼女たちをかわいく思うようになってきています。愛情が芽生え、増していっています。続編ができましたら、また読んでください。

なお、前作はカテゴリーのきのうの風を開くと読めます。
きのうの風から comments(4) -
きのうの風から 創作童話 観覧車に乗る その2    
ママとお出かけ ふう子とふう子ママ
その出来事を、ふう子はママに言いませんでした。家に帰る途中でそこまでは決心したのです。でも、何日たってもゆり子に会いたくない気持は消えませんでした。
土曜日が来て、ママがおやつバッグを用意したとき、話し始めたのでした。
「そんなことがあったの。悲しかったでしょう。心が痛かったわね。でも、今日まで我慢できて、えらかったわ。話してくれて、ママはうれしいわ」
ふう子ママはそう言うとふう子の顔をのぞき込み、それからにこっと笑いました。
「……」
ふっと、心が軽くなり、明るい風に包まれたような気がしました。
「行きたくないのは当然よ。ママだったら迷わず行かない!。そうだわ、今日はママとお出かけしましょ。このおやつバッグ持って、海の公園に行きましょう。ふう子の好きな観覧車に乗りましょう!」
ふう子ママは楽しそうに言うと、ふう子の肩をぽんぽんと叩き、頭をぐるぐるっと撫でました。
「支度してくるわ」
ママは風のように行ってしまいました。
ふう子はぼんやりしています。心は軽くなったけど、ママのようにうきうきとまではいきません。
「ママって、変だわ。ついていけないって感じ…」
相変わらずゆり子の家に行く気はしないのですが、しょんぼりとベッドに横になっているゆり子が目の前に見えるようでした。


ママとお出かけ ゆり子とゆり子ママ
ゆり子もゆり子ママもじっと耳を澄ましています。玄関のチャイムが鳴るのを待っているのです。
「ママは、ふう子ちゃんは来ないと思う」
「そうかしら、そうかもしれない…でも、でも、ふう子ちゃんのことだから」
「いいえ、いくら優しいふう子ちゃんでも、来られないでしょうね。帰れっていったのはあなたなのよ」
「あの時は、気持が押さえきれなかったの」
「それでも、言っていいことと悪いことがあります」
そうです、二人はこの一週間ずっと同じことを言い合っているのです。
「ふう子ちゃんが来なかったらどうするの」
「……」
「あなたにできることがひとつだけあるわ」
「謝まることでしょう」
「そうです。それだけよ。そうだわ、これからふう子ちゃんのお家に行きましょう」
「えっ、ふう子ちゃんのお家に?」
「そう、それしかないでしょう」
ママは支度をしますといって、風のように行ってしまいました。
「ママは厳しすぎる。いつものママじゃないわ。とっても変だわ。でも、ママは正しい…」
ふう子ちゃんは今ごろどうしているだろう、他のお友だちと楽しく遊んでいるかも知れない…そう思うと、心に冷たい風が吹いてきて泣きたくなってしまいました。

ふう子とママは海辺公園行の電車駅へ向かっていました。ふう子はママと並んで歩いていましたが、気持も体もママに引きずられているようでした。海辺公園は好きなところですし、観覧車は大好きです。でもふう子の心はゆり子の家のほうに向いてしまうのです。
「ふう子ちゃん、うれしくないの。お天気もいいし、観覧車からの眺めはすばらしいわよ」ママの声はいつもの二倍くらい明るいのです。
変だわ今日のママ、ついていけないわ。
線路脇の小道を歩いていくと、駅の踏切の音が聞こえました。
「電車だわ、ふう子、走って。これに乗りましょう」
ママはぐいっとふう子の手をつかみました。 続く
きのうの風から comments(2) -
きのうの風から 創作童話  観覧車に乗る その1  
 会いたくない

ふう子は土曜日が近づいてきてもうれしい気持になれません。それどころか暗く狭いところへ沈んでいくような気がします。
会いたくないのです、ゆり子に。こんなことは初めてでした。
「ママ、わたし、もうゆり子ちゃんのお家にはいかないわ」
「どうしたの、とつぜんに」ふう子ママは驚いてしまいました。
「行きたくないの、会いたくないの…」ふう子は悲しい顔で言いました。
「まあ…」ゆり子の顔を見たママはそれ以上言葉が出ませんでした。
ふう子の目からぽろっと大粒の涙がこぼれました。

ゆり子が病気になって学校へ行けなくなってからというもの、ふう子はほとんど毎週欠かさずに土曜日が来るとゆり子の家に行っていたのです。
理由は、ゆり子が好きだったからです。大好きなゆり子が重い病気になったことが悲しくてたまりませんでした。自由に外へ出られないゆり子が気の毒でなりませんでした。
なんとかしてゆり子ちゃんを助けて上げたい。
ふう子ははち切れそうな愛を抱えて、ゆり子を訪ねました。ゆり子はうれしくてうれしくてたまりません。ゆり子ママもありがたくてありがたくてお礼の言いようがないほどでした。

ふう子とゆり子の間には熱い友情があるのです。健康だとか病気だとかは全く関係がありませんでした。ふう子はゆり子が病気になるずっと前から大好きでしたし、ゆり子のほうももちろんそうでした。
二人の性格をみると、ふう子はわりにおとなしく、ゆり子は好き嫌いがはっきりして、活発でした。いつでも先に言ったりやり出すのはゆり子で、ふう子はついていくほうでした。でも、ふう子がお姉さんで、ゆり子は甘えん坊の妹のようでした。
病気になったゆり子は、気持の上がり下がりが大きくなりました。だんだんと手や足や体が不自由になるにつれて、ますますそうなっていきました。



悲しいこと

先週の土曜日のことでした。ふう子はいつものようにお昼ご飯を済ませると、ママの作ってくれたおやつバッグを持って出かけていきました。おやつはレモンクッキーです。
その日は前からの約束で、近ごろ二人が夢中になっているアイロンビーズをすることになっていました。材料はゆり子ママが準備してくれます。プラスチックでできた、ちょうどストローを輪切りにしたようなビーズを型の上に並べていきます。型は鳥や花やちょうちょなど様々な種類があり、ビーズにはあらゆる色があります。思い思いに配色をして並べ終わったら最後に熱いアイロンを当て、型から外すとでき上がりです。
二人とも夢中になってビーズを並べていきました。初めはおしゃべりをしていましたが、だんだん熱が入ってきて、話もしなくなりました。
ビーズを型の上に並べるだけの簡単なことなのですが、くり返していると疲れてきます。時々並べたものが転がってやり直したり、配色を考えていると気持も疲れてきます。

とつぜん、がさっと音がして、ビーズが飛び散りました。
「アイロンビーズなんか大嫌い!」ゆり子が高い声で叫びました。
ゆり子は型をひっくり返し、ビーズの入った箱を放り投げたのです。
ふう子はこんなに驚いたことはありませんでした。
ゆり子は金切り声で泣き出しました。
「ふう子ちゃんのいじわる!こまかいことがわたしにはできないってこと知ってるでしょう。早くビーズをつまめないし、きれいに並べられない!
わたしが一つ作るうちにあなたは三つも作ったわ。もう、いや!」
「……」

ゆり子ママが飛び込んできました。
「どうしたの?これはいったい、なあに」
部屋中に散らばったビーズをみて、ゆり子ママもびっくり仰天です。
「ママもひどいわ!わたしにはできないのよ。それなのに…」
「いいえ、いつも上手に作っているわ。楽しいから今度もしたいって言ったのはあなたですよっ。ゆり子」
ゆり子ママはきつい口調で言いました。
「ふう子ちゃんに失礼でしょう。せっかく遊びに来てくださっているのよ」
「そうね、わたしをかわいそうに思って、来てくれているのね。もういいわ、ふう子ちゃん、帰って!もう来ないで!ほかの人と遊んで」
「なんてことを…ゆり子、わがままがすぎます。謝りなさい!」
ゆり子ママの声が大きくなりました。

ふう子は悲しくて胸が張り裂けそうでした。どうしていいか分かりません。
涙があふれ出ました。
帰ろう、お家に帰りたい。
泣き顔のままふう子は表に飛び出しました。
「ふう子ちゃん、待ってーごめんなさーい」
ゆり子ママのおろおろ声が聞こえました。もっともっと大きなゆり子の泣き声も聞こえました。  (つづく
きのうの風から comments(2) -
光(キッズたち)の風から 早くも夏一番!! 久々に孫たちのこと
長女家族が転居して3か月になりました。もう3か月なんて思いません。まだわずか3か月なの、2年後には戻ると言っていたけれど、なんとはるか遠い日でしょうと嘆くばかりです。
孫たちはすっかりあちらの子になり、学校にお稽古ごとに没頭しているようです。もっと多忙になったようです。4年生になったS君はスイミングとバイオリンの他に教会の英会話教室、アワナクラブ活動にも加わりました。Mちゃんはピアノ教室に入り、英会話とアワナクラブにも参加とのこと。充実しきった日々のようです。

昨日長女が言うには、二人とも一年前に比べて、S君は7センチ、Mちゃんはなんと9センチも身長が伸びたのです。すごい!3月生まれでなんとなく小粒だったMちゃんだけにすっかりうれしくなりました。そして私は来年の終りにはS君に追い越されるでしょう。

彼らの夏休みのプログラムがようやく決まったようです。7月下旬から8月半ばまで東京を拠点に動くことになりました。まずは、卒業した幼稚園のキャンプに参加です。教会学校が幼稚園を巻き込んでキャンプをしています。卒園生も歓迎なので、今年も二人で参加となりました。頼まれて参加費用を納めてきたところです。夏一番が吹き出しました。続いて、東京の自分たちの教会主催の子どもキャンプです。これは長女がスタッフとして働きますから準備からしてたいへんでしょう。

そんなわけで、あと、一ヶ月すると、我が家の静寂は破裂することになります。
光(キッズ)の風から comments(2) -
日々の風から 東京の新名所新丸ビルへ
新丸ビル

外出のついでに、オープンしたばかりの新丸ビルを散歩してきました。東京駅北口を出ると目の前に被さるように迫ってくる巨大なビルです。37階建て。ちなみに隣の丸ビルは36階です。地下一階から7階までがショッピングやレストランゾーンです。そこでショッピングする気もなく高級レストランに入る気もなく、単なる野次馬的入場者なのです。一度は見たいという好奇心だけで覗いてみました。
ビルについてひと言ものが申せるような鑑賞眼や批評眼は皆無ですが、スペースには全体的にゆとりが感じられ、落ちついた雰囲気がありました。

道路の対岸には、オレンジ色にライトアップされた東京駅が小雨の中に浮かび上がり、メルヘンチックな思いも呼び覚まされ、なかなかの景観です。まったくの人工美ですが、都会育ち人間には違和感はありません。格別用事があるわけではありませんから、今後はめったにくることもないでしょう。

総じて、東京はまた姿がわりしているなあと感じます。大規模に変わっていると思います。めまぐるしいくらいですが、それが東京の特徴なのでしょうか。その中で、何十年と同じような生活を続けているのですが、どんなに周辺が変化しようと、内なる自己を見つめながら、落ちついた生き方を探りそのように生きていきたいと思います。

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日々の風から 教会は初夏の特別集会
昨夕から今日と3回の特別集会が開かれています。我が教会本年度前半期の大きな行事です。キリストの福音を広く伝えるために、特別伝道集会を計画し、ずっと準備をしてきました。地域に教会員総出でちらしを配布しました。ところが最近はマンションで入れないところが多いくなり、新聞を使いました。2万枚の及ぶ枚数を用意しました。

昨夜、ちらしを片手に来てくださる方もあり、第一回目の集会を終えました。講師は私たちの教団で長く重責を務めた有名牧師Y先生。71才になり今は御自分の教会だけを牧しておられます。

『愛するゆとりを』と大きなテーマを掲げて、聖書からお話くださいました。現代社会で一番書けているものは何か、それはゆとりではないかと切り出して、家族を初め係わる人たちと時間をかけ、心をかけて交わり対話することの重要性を説かれました。
さて、今朝の礼拝ではどんなメッセージが聞けるでしょうか。ちらしを見た方々やダイレクトメールで誘った方々が来会されることを祈ります。また、しばらくお休みしている方々や、かつて教会生活をして、今は長期欠席の方々が、思い出してキリストの下に帰ってくることを切望します。
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銀(シルバーエイジ)の風から 雨の中を母帰る
今日は母がショートステイを終えて帰宅する日です。やっと梅雨らしく雨が降ってきたのは喜ばしいことですが、母の帰宅する時間に降っていたらどうしようと、雨足と雨空を幾度も眺めながら思案が続きました。ホームまでは10分くらいですので、私が直接車いすを押して送迎することにしています。いままで一度も雨には遭わないですみました。が、今日はそうもいかないような気配です。

約束は5時ですが、早めに行こうと空を見れば、だんだん雨足が強くなっています。どうしよう。母には頭からレインコートを着せ、私もその類のものを羽織って、帽子をかぶって突っ走ってこようと決めました。しかし、はたと考え込んでしまいました。母を車いすから立ちあがらせて家の中まで伝い歩きさせるのですが、もし足腰がくずおれたら、雨の中でしりもちをついたり転ぶことになってしまいます。そうなったらとても起きあがらせることはできない、体重をかけられたら私も転んでしまう…、

だめもとを覚悟でホームに連絡し、送ってもらえないかと頼みました。どうにもならないとのこと。それも無理からぬこと。意を決して出かけることにしました。と、電話があって、相談しまして、今、車で送っていきますとのこと。こんなに助かったことはありません。施設内の男性職員二人が、エプロン姿のまま車に乗り込んで我が家の玄関先まで車を入れてくれました。母は頭からすっぽりと雨具を着ています。職員は二人で車いすを抱えて玄関の中まで入れてくれました。母は苦労なく自分の部屋に入れました。ほんとうに、ほんとうに感謝でした。

大きな施設ですからきちんとプログラムが組まれてそのとおり動いているのでしょうから、突発的な対応はできないだろうし、してはいけないかもしれないのです。そこを敢えて融通を利かせてくださったことに、この施設の血の通った生きた介護を見せていただいたようで、たいへんうれしく頼もしく思いました。

母をひとまず落ちつかせると、私はすぐ施設へ飛んでいきました。いつも帰り際に清算するのでそれを済ませるためと、臨時の送迎の費用も支払わねばなりません。それに、雨に濡れながら作業してくださった職員にお礼を言いたかったのです。

これからも、今日のような場合、少し早めに連絡してくだされば臨時でも送りますと言ってくださいました。よかった…。心配が一つ解消しました。実は昨晩、そのことを考えていたらなかなか寝付けませんでした。
今回のショートステイは施設のご配慮で感謝のうちに無事終となりました。
銀(シルバーエイジ)の風から comments(6) -
聖書の風から 詩篇を愛して その16 詩篇27篇  一つの願い
主は、私の光、私の救い。だれを私は恐れよう。主は、私のいのちのとりで。だれを私はこわがろう。
たとい、私に向かって陣営が張られても、私の心は恐れない。たとい、戦いが私に向かって起こっても、それにも、私は動じない。
私は一つのことを主に願った。私はそれを求めている。私のいのちの日の限り、主の家に住むことを。主の麗しさを仰ぎ見、その宮で、思いにふける、そのために。
それは、主が、悩みの日に私を隠れ場に隠し、その幕屋のひそかな所に私をかくまい、岩の上に私を上げてくださるからだ。
今、私のかしらは、私を取り囲む敵の上に高く上げられる。私は、その幕屋で、喜びのいけにえをささげ、歌うたい、主に、ほめ歌を歌おう。
聞いてください。主よ。私の呼ぶこの声を。私をあわれみ、私に答えてください。


詩篇は150篇ある。当然、好みのものがある。自分の状況にぴったりのに出会うと忘れられなくなる。こうしてお気に入りの篇が年々増えていく。

『私は一つのことを主に願った。私はそれを求めている。私のいのちの日の限り、主の家に住むことを。主の麗しさを仰ぎ見、その宮で、思いにふける、そのために。
それは、主が、悩みの日に私を隠れ場に隠し、その幕屋のひそかな所に私をかくまい、岩の上に私を上げてくださるからだ』

ここはお気に入りの中でも特に好きな箇所である。この前でどんなに立ちつくしたことだろう。振り返ってみると状況が一番厳しいときであった。終わりのないような闇の細道を辿っていた。助けも解決も見えなかった。神さまに祈り他は何もできなかった。

長く苦悶の祈りが続いたが、あるとき、神に近づき祈ることそのこと自体が喜ばしく楽しくなった。神さまのそばにいることがこんなに楽しいなら、この苦闘が長引いてもかまわないと、そんな思いにまでなった。

私は口ずさんだ。《私は一つのことを主に願った。私のいのちの日の限り、主の家に住むことを。主の麗しさを仰ぎ見、その宮で、思いにふける、そのために》
《主が、悩みの日に私を隠れ場に隠し、その幕屋のひそかな所に私をかくまい…》
以来今日まで、この歌は我が歌となっている。
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銀(シルバーエイジ)の風から 最近の母
ときどき我が母の様子を書いてきました。母がすっかり介護の人になってしまってまもなく一年になります。思いがけなく(私の認識不足のため)介護人の役を割り当てられ、あわてふためきつつ、一年が経ちます。

思い返すと、母は昨年6月の末にとつぜん老いの襲撃を受けて、あっという間に全面介護の人になってしまいました。その変容は鮮やかでした。ある日突然、介護老人になってしまったのです。いまでも、それが不思議でなりません。老いとは徐々に徐々に忍びよってくるものではないでしょうか。

介護制度やその内容についての知識など皆無でしたが、否応なしに現場に引きずり出されて、戸惑いつつも、制度を利用させていただきながら、ようやく昨今、いろいろなことに慣れてきました。そうです、慣れたのです。母も私も現状に順応したのでしょう。

家にいるときの介護の方法も教えられながらどうやらできるようになりました。入浴サービスやデイサービスやショートステイも利用させていただいています。大いに助かります。母のプログラムに私の日程を合わせていきます。その調整をするのに一苦労です。かつては自分一人のスケジュール帳で事足りました。今は母の介護スケジュールとして毎月カレンダーを作り記入しています。

ショートステイは月初めに2か月先を申し込みますから、母のスケジュールは常に3か月先まで立っているのです。それをにらみながら自分の計画を考え立てていきます。妹たちが来ると母のカレンダーを広げ、自分たちの手帳を取り出して調整し合うのです。おかしな光景がくり広げられます。

私たちが四苦八苦して日程の調整をしているのに、ご当人の母はどこ吹く風。いたってマイペースです。大型船に乗るように、スケジュールに従って、過不足なくしているようです。公的介護をいやがることもありません。最近はよく、朝になると、私は今日はどこに行くのかねと質問します。デイサービスとショートステイの区別が付かないようです。似たような施設ですから、ぼけていなくても、無理もないでしょう。

明日から3泊でショートステイです。荷造りをしなければなりません。この度は、私は、冒険の旅には出られません。会議や学びが飛び飛びに入っているので、それに参加します。時間を気にせず外出できるのは大きな感謝です。

介護一年を経て、母は安定はしていますが、確実に老いています。足腰が極端に弱くなりました。支えても、補助器具に捕まっても、容易に立ち上がれなくなりました。この先はどうなるのだろうと、ふと、不安風がよぎります。
銀(シルバーエイジ)の風から comments(4) -
日々の風から 梅雨の花たちのピンチ
紫陽花2

梅雨入り宣言が出たので、今年もいよいよと覚悟を決めていたのに、昨日、今日と、かんかん照り。日本のどこかでは梅雨模様が展開しているのでしょうか。

空はどこまでも高く青く澄みきり、まるで南国のようではありませんか。夕焼けの美しさもただごとではありません。しばらく息を呑んで見とれていました。まだまだ湿気のすくない風は肌に優しく、非の打ち所のない天候ですが、さてさて、梅雨の時期だと思うと大いに戸惑います。紫陽花も干からびそうです。雨に濡れて水滴をしたたらせているのが紫陽花の美というものです。

少しぐらい凌ぎにくくても、いつもの通りの季節の顔が見たいのです。何事も異常は不安です。そのうちまとめて、いやというほど降るのでしょうか。大きな被害があると困ります。

明日、教会は23日、24日の特別集会にそなえて、大掃除をします。これには晴天は好都合です。
日々の風から comments(4) -
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