旅の風から 宮古島の旅その4 見たこと聞いたことその3

  • 2019.11.18 Monday
  • 22:31

旅の風から 宮古島の旅その4 見たこと聞いたことその3 

 

 

 

 

 

 

翌日朝9時に、ホテルのフロントに観光タクシーの運転手さんが来られました。2時間の観光をお願いしてありました。まず3540mの伊良部大橋を渡りたい、伊良部島の北端の白鳥岬にも行きたいと、観光案内書を開きながらお願いしました。運転手さんは心得たもので、島全体を海岸に沿って周り、名所のビーチ数か所で下車し、浜を歩いたり海に入ったりして、2時間でホテルまでたどり着けるようにプランを立ててくださいました。お天気は上々、気温は28度。蒸し暑さはなく、夏の帽子で十分な気候でした。

 

伊良部島は、生活圏は宮古島の西岸と向き合う、東部の一地域だけでそこは路線バスが通っていますが、島内一周などはないそうです。車窓から見る限り、海岸線の景勝地を除いてはどこもサトウキビ畑だけ、ひどくそっけなく荒涼としています。昨今は野菜や果物も作られるようになったそうですが、一昔前は、お米をはじめ食料などすべての生活用品は沖縄から買い求めたそうです。田んぼなどは全く見かけません。

 

サトウキビは沖縄が琉球であった時代は強制的に栽培させられました。薩摩藩の琉球の扱いは苛酷で、島民はまるで奴隷であったと、昨今読んでいる幕末時代の本にあります。サトウキビの一本一本まで監視され、違反すると極刑に処せられたのです。かつての悲惨な歴史を知ってか知らずか、海は明るく凪ぎ、観光客は波打ち際ではしゃいでいます。私は黒糖の塊をほおばりながらも、口に残る苦み渋みにこの島の過去の呻きを感じました。

 

伊良部島の子どものように下地島が繋がっていますが、橋はありません。どこかに境界はあるのでしょうが。西側に飛行場がありました。途中に、似つかわしくない建設中の立派な集合住宅群が見えてきました。ひどく違和感を覚え訊きますと、自衛隊500人が新たに駐屯するために建てられているそうです。国はそんなことをせっせとしているのだと、急に現実の厳しい場面を見せられ、重いものを感じました。

 

さすがプロの運転手さんだけあって時間内にすべてを案内してくださいました。いや、30分ほどオーバーしていましたが、サービスですと笑顔で走っていきました。お人柄か、島民の心か、温かいものが伝わってきました。

 

午後は、相棒の要求で、温泉施設に行くことになりました。そここそ、バスで往復しようと、フロントで時刻表をもらい、往復を確かめて出かけました。宮古島の南の海に面している場所でした。ところがこの往復に、泣きだしたいようなことがありました。温泉施設に一番近いバス停で下車したとき、運転手さんに帰りのバスのことを聞きますと、自分がまた来ることになっているとのこと。乗客は私たちだけだったので、道々ついつい話しかけ、また彼も質問以外のことをたくさん話してくれましたので、帰りもこの方なら安心と、必ず乗りますからお願いしますと言って、温泉へ行きました。ところがです、泣きたいとこの一つが起こりました。施設はすぐそばにあるものと思って下車したのですが、とんでもないことでした。路線バスは生活バスらしく、観光客の温泉施設直行ではなかったのです。方向は間違っていないはずなのに行けども行けどもありません。尋ねようにも人影もありません。人家もありません。これが夜だったらと、ぞっとしました。

 

ほんの数分で着くと思っていたのに、小一時間は歩いたでしょうか、短気な私は怒りさえこみ上げましたがやっと堪えて、ようやく小さな施設につきました。案内書ではかなり豪華な施設のように出ていましたが、感覚がづれていたのでした。またあのバス停まで戻る事を考えると温泉も上の空、友人は悠々と楽しんでいましたが。

 

友人を促して早め早めに帰り支度です。思いついて、施設のフロントで、バス停までタクシーをお願いしました。わたしは二度と歩けない、歩けるものではないと固く心に決めました。それに夕方が迫っていました。さっき降りたバス停の反対側にバス停がありました。ホッとして、しばらくバスを待つことにしました。薄暗い道路の片隅で、私たちはじっと立ち尽くしました。ホントにバスは来るのだろうかと、それさえ疑うような心細い心境になりました。

 

やがて、バスがやってきました。みれば行きの懐かしい運転手さんの顔が見えました。彼はここが終点で、バスはぐるりと向きを変えるが、もう乗りなさいと言ってくださり、私たちはバスに駆け上りました。結局最後まで二人だけでした。バスは中心街に入って道路も広くなり、車も多くなり、都会感覚を味わってホッとしました。

 

ところがまた困ったことになりました。このバスは、出発したときの平良港に行くのではなく、中心街で終わりとのこと。そんなところで降ろされては、ホテルまでタクシーを探さねばなりません。私たちの困り果てた様子を見た運転手さんが、いったんこのバスは車庫へ戻るが、改めて平良港発で、もう一回仕事がある、このバスに乗ったままで待っていてくれれば、車庫で手続きをして、ホテルのそばの平良港に行くからと言ってくださったのです。

 

信じられないようなこの幸運に、私たちはひたすら感謝して、運転手さんのご厚意に甘えました。うれし泣きの涙がにじみました。朝の観光タクシー運転手さんと言い、このバスの運転手さんといい、気持ちのいい方々を備えてくださったと、主のあわれみに感謝しました。

 

道々彼が語ったことをまとめます。50代ごろの方とお見受けしました。

若いころは九州の熊本で働いていたが島に帰ってきた。昼はバスの運転手をしているが、夜は、代行と言って、レンタカーを借りた観光客が飲食して運転できないときの代わりをする。組織があって登録しておくとたいていしごとがある。夜遅くまで働く。朝は、牛の面倒を見る。(牛とはびっくりしたのですが)種牛を育てている。今5頭いるが、一年半ほど育てて売る。まとまったお金が入る。この種牛は、神戸に行けば神戸牛になり、三重に行けば松坂牛になるそうです。珍しい話に驚いてしまいました。働けるうちにどんどん働いておきたい。夢は?と訊きますと、マンションのオーナーになることだと即座にはっきり言いました。しかし今、太りすぎで医者から注意され、減量に励んでいるとのことでした。夢を目指して3つもの仕事に精一杯励んでいる彼に、人間としての尊厳を見、旅の貴重な出会いに心が熱くなりました。

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  • 2020.05.31 Sunday
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