書林の風から ジョン・バニヤンと祈り その2

  • 2019.08.25 Sunday
  • 22:36

書林の風から ジョン・バニヤンと祈り その2

 

本の目次の最初に「ジョン・バニヤンの生涯」が紹介されています。短い一文ですがさらにその要約をしてみます。

 

『ジョン・バニヤンは1628年(江戸時代の初めですね。家康が江戸に幕府を開いたのが1603年ですから)、英国のベッドフォードに近いエルストウに生まれた。両親が貧しかったため(家業は鋳掛屋とか)正規の教育は受けられず、読み書きは常に親しんでいた聖書で培われた。ピューリタン革命({1642年ごろ}の時はピューリタンの側について戦った。1643年に結婚。妻は持参金の代わりに信仰書2冊を送った。それをきっかけに霊的な生活への関心が高まり、1653年、独立派の教会に加わった。

 教会で説教をし始めたが、正規の資格を持っていなかったので厳禁されたが従わず、その後12年間を牢で過ごした。王政復古で、スチュアート朝チャールズ二世の世になり、英国の教会は統一されて一つになり、一つの形をとることになった。礼拝の形式は「祈祷書」の通りにしなければならなかったが、バニヤンは反対した。

 牢獄の中で、バニヤンは次々に名作を書いていった。「天路歴程」、「恩寵あふるる」など。そのほか、獄の中で書物やトラクトを書いた。その中の祈りに関する文章がこの本の元になっている。1672年、釈放された後も、ベッドフォード近辺で説教と伝道活動をした。1688年、波乱の生涯を閉じた』

 

 次いで目次には「序」があり、編集者の一文があるので、そこも要約してみます。

『貧しくて、教育も受けられない鋳掛屋だったジョン・バニヤンは、資格なしに公に説教した罪で、また英国における信仰の自由のために活動したということで投獄された。しかし孤独な牢獄生活の中で、彼は祈ることを学んだ。また、たましいに感動を得て、こんにちキリスト教界で古典と呼ばれる書物を書いた。バニヤンが手元の書物から学んだことは、どんな苦難に中にあっても、たとえ断頭台へ登るようなことになったとしても、なお神に栄光を帰することができる道が一つある。それは絶えず祈ること、深く祈ることであると確信した。それを書き留めて牢獄の外に手渡して、妻を力づけ、迫害と投獄と死に直面している人々を励まそうとした。

 英国国教会から分離した他のキリスト者と同じように、バニヤンもまた、キリスト者が自由に説教し、自由に祈れるようになることを望んだ。英国国教会の支配者層は、人々の宗教生活が「祈祷書」を中心して行われるべきだと考えた。バニヤンや他の独立派の人たちは、それぞれが聖霊に導かれて祈るべきだと考えた。

祈りに関するバニヤンの著作を31章の黙想に編集した。読者がバニヤンの原則のように自分の状況を当てはめて自分自身の祈りを祈ることができるようにと願っている。

1989年 神の国のために L・G・パークハースト

 

このあと、31章に渡って、バニヤンの勧めが書かれています。

 

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