人生の逆風の中で見つけた希望の風を、小説、エッセイ、童話、詩などで表現していきます。

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天の星のように―母エバから母マリヤまで 美しき姉妹たち
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日々の風から 涼風を求めて その3

 

敗戦して73年になる。あの時わずかうん歳だった私は、玉音放送を聴いたわけでもなく、それを知ったのさえいつだったか、記憶にはない。だから戦争体験があるとは言えない部類に入るだろう。幸いなことに父は戦地に行かずに済んだ。徴用工として国の命ずる軍需工場で終戦の日の午前中まで働いていたという。しかしその日のうちに全員解雇された。しかも家族ともども強制的に移住させられていた社宅は早々に退去せねばならなかった。しかし以前の職場は閉鎖されたままで、経営者もすぐには事業を開始できなかったようだ。つまり、敗戦の翌日から、私たち家族は住むに家なく、父は働くに職場がなかったのだ。

 

我が家族が東京に戻り、父が元の職場に復帰したのは4年の後である。この間のことは記憶も鮮やかで、懐かしい思い出に満ちている。父母の苦労は並大抵ではなかったろうが、子どもの特権で、私はのんきなものだった。もちろん子ども心にも悲しいことや不快な思い出はいくつもあるが、今思い返しても、一巻のドラマのようで、どことなく現実味にかけている。それが子ども時代というものなのだろうか。それとも私は鈍感だったのだろうか。

 

15歳で洗礼を受け、その後の、今に至るまでの歳月は、脳裏には実にクリヤーに刻まれている。眠りから覚めたように、意識も感覚もはっきりしている。自己責任で生きねばならない年代に入ってきたせいだろうか。つまずいたり、失敗したり、絶望したり、病んだり、傷んだりと、人生の喜怒哀楽に見舞われながらも、とにかく戦後の73年をここまで生きてこられた。そこにはまがうことのない神の愛による唯一無二の涼風「生かされて」が吹いていた。それに包まれ運ばれてきたのだ。

 

神の愛の涼風は今日も35度の熱風にもびくともせずに吹き続けている。そのおかげで、私の心とたましいは涼やかである。

 

 

 

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