人生の逆風の中で見つけた希望の風を、小説、エッセイ、童話、詩などで表現していきます。

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天の星のように―母エバから母マリヤまで 美しき姉妹たち
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世相の風から デパートもスーパーもコンビニも〜〜〜

世相の風から デパートもスーパーもコンビニも〜〜〜

 

 

 

近年、日本の各地で、デパートもスーパーもコンビニもじわじわと閉店し消えているそうである。いわゆる百貨店が統合したり店じまいし、それでも売り上げが減少し続けているのは知っていた。思えば、私自身がいわゆる有名デパートへはおよそ行ったことがない。母とよく出かけたのはいつ頃だったのだろう。古き良き時代だったと括弧で括って思い出の袋にしまい込んでしまっている。それはそれでよい。

 

ところが日用の必需品のため日々出かけるスーパーも閉店しているという。さらには今や全盛時代と思っているコンビニも場所によっては撤退しているそうな。いろいろな理由があるらしい。人口が減っていることや高齢化は何事にも共通するが、大きな理由はネットでの買い物の急激な普及だという。自宅のPCから、いや、自宅にいなくても歩きスマホでも買い物ができる。出勤時の電車の中で、軽く指先を滑らすだけで、帰途、指定したスポットで受け取ることさえできる。これではわざわざお店へ出かけていくことはない。

 

しかし、しかしである。昔人間だからネット買い物はあまりしない。ほとんどしないと言えるだろう。やっと使うようになったのは「本」である。助かってはいる。思わず病みつきになりそうに心惹かれることもある。忙しい人たちが利用するのも無理はないと思う。

 

しかし、しかしである。買い物に行ける限り、近くのスーパーを始め駅ビルの商業施設、そして東京駅や銀座などへも出かけて行ってじかに物を見て、比べて、確かめて買い物をしたいし、また人の中へ出ていきたい。バーチャルショッピングはむなしい気がする。

 

近県に住む友人がいる。彼は月に一度は2時間ほどかけて上京し、神田の古本屋街で目的の古書を探し、獲物を手に入れるといそいそと銀座へ向かうそうだ。そして決まって古くからある洋食屋でお昼をいただく。さらに歩き続け、決まった喫茶室で一休みするという。彼のような昔人間は時代遅れだろうし、これからの時代には存在しないだろう。

 

すべての事が自宅の機器操作ひとつで足りるようになったら、電車もバスも、車も要らなくくなるだろう。仕事も在宅で済むようになりつつあるから通勤ラッシュなんて消えるかもしれない。通りを走るのは配達の車がほとんど、町を行くのは配達の人たちばかり。しかし、病院へは行かねばならない。保育園や学校へは通わねばならない。しかし、高校、大学は自宅で授業が受けられるだろう。在宅医療も増えていくとか。家からどこにも行かなくてもいいのだ。そのうち人間の足は退化するだろう。お暇老人の愚にもつかぬ妄想でした。

 

 

今日の聖書通読から

 

第一サムエル・7章12節

『そこでサムエルは一つの石をとり、

それをミツパとシェンの間に置き、

それにエベン・エゼルという名を付け、

ここまで主が私たちを助けてくださったと言った。』

 

ローズンゲン1/22より

『神よ、慈しみはいかに貴いことか。

あなたの翼の陰に人の子らは身を寄せます』

詩篇36章82節

 

『自分の確信を捨ててはいけません。

この確信には大きな報いがあります』

へブル・10章35節

 

 

 

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