人生の逆風の中で見つけた希望の風を、小説、エッセイ、童話、詩などで表現していきます。

日々の風から 母の日に

日々の風から 母の日に

 

我が教会では月に一回礼拝後に婦人の集いを設けている。「婦人会」と称している。昨今、婦人という言葉に神経質になり、「女性会」と改称している教会もあると聞く。私も本当はそちらに賛成だが、急に声高に叫んでも当惑させるだけではないかと現状をみすえつつ、「婦人会」で甘んじている。この婦人会は実によく働く。《教会の主婦群》である。

 

食事作りや衛生美化など奉仕が主であるが、月一回の「婦人会」は交わりと祈りの場である。長年にわたって女性二人がペアーでその月の会を主催する。メンバーは未婚の若い女性を除く教会の女性全員である。全員と言っても昨今は超高齢の姉妹たちは参加しなくなったので十数名である。

 

今月は年に一度ぐらいの割で回ってくる担当月になった。相棒の姉妹は50代のキャリアウーマン。うちの会社はブラック企業と言いながらも高い地位に就いてバリバリと働いておられる。姉妹と相談してプログラムを作った。メインは「我が母を語る」とした。折から世は《母の日》で盛り上がっている。赤いカ―ネーションをあしらった案内文書を配って呼びかけた。午後だからティータイム付きである。

 

テーブルを囲んで話が始まった。メンバーの中には子供のいない姉妹たちもおられる。しかし、生みの母のいない人は一人もいない。その意味では公平な話題であると思う。最初に85歳の老女性が「やさしい母でした」と一言だけ語られた。息子、娘、孫もおられ、お耳がだいぶ遠くなられたが静かにはっきりそう言われた。私はそれだけで胸が熱くなってしまった。次の姉妹は70代半ば。「私は若いころ反抗的で母につらく当たったが、母は何も言わずいつも大きく受け止めてくれた」と語った。私は同じ地域なのでお母上を存じ上げていたから、姉妹のいうことに間違いはないと頷きながら聞き入った。

 

全員のお話を記すことはできないが、総じて知ったこと感じたことは、皆さん一人一人が母の生き方を胸に秘めそれに倣いたいと思っていること、ある時の母のひとことが忘れられず、その言葉に励まされ、実行したいと願っている、などなどであった。人の前であるから100%実像を語っているとは思わないし、美化していることもあるだろうが、強い母が嫌だったとか、どうも性格的に合わなかったなど率直な話も出た。

 

「我が母を語る」とはほんの数分で済むことではない。たぶん会が終わってから、みなさんの思い出の袋はさらに大きく口を広げ、家で、子どもたちにその続きをしたかもしれない。

 

私はちょうど「断捨離中」で古いアルバムを広げたばかりなので、娘家族に父や母の写真を見せていくつかのエピソードを披露した。母にはひ孫にあたる私の孫たちは、この家から母を天に送ったので記憶の底に留まっていることもあるらしかった。ほんのひと時ではあっても話題を共有できたことは、私はもちろん彼らにも心温まるものがあったにちがいない。古いアルバムの役目は済んだ。もうこれでよい、さらに縮小し処分することにしよう。

 

 

 

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