人生の逆風の中で見つけた希望の風を、小説、エッセイ、童話、詩などで表現していきます。

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世相の風から キレる高齢者と失語高齢者

世相の風から キレる高齢者と失語高齢者

 

 

自分が高齢者であるのはわかりきっているのだが、運転ミスをはじめ高齢者の不祥事を知ると、いつのまにか自分を部外者にして、困ったことだと批判心が活発になる。それを踏まえつつであるが、こんな記事がに目に留まった。「キレる高齢者・増える暴言、暴力トラブル」。

 

かつては老人のイメージは、年をとると性質はま〜るく穏やかになって、物分かりがよくなって、若い人たちのかたわらで物静かに微笑みをたたえている。さまざまな欲得からも解放され、高潔な人格の人になっていくと、こうではなかったろうか。私は単純にそう思っていた。

 

ところが、それは絵空事ではないかと思うようなことをよく見かける。ま反対なのだ。柔軟性がなくなり、自己主張が強くなり、つまり頑固になり、自制のタガが外れたように非常識なことをズバズバいうようになり、自分は決して悪くない、いつも正しいのである。私自身も他の人に言わせれば当てはまるのかもしれないが、戸惑うようなことに出くわすのだ。

 

それはさておき、記事では、今までと人が変わったように突然、人の中であろうとお構いなしに怒鳴ったり、果ては暴力までふるう人が増えているという。これはいったいどういうことだろうか。理由に、脳内の神経細胞が減少し徐々に萎縮して、その脳の変化が行動にも表れていく、すなわち脳には感情、理性、意欲、思考を司る前頭葉の部位が萎縮して機能が低下し、その結果感情を制御できなくなったり、判断力が衰えたりすることで、性格の変化が起こるとあった。つまりは老化現象ということであろうか。老化を避けられる人はいない。とすると、高齢者になるとみなキレる人になってしまうのだろうか。もちろんそんなことはない。老いてほんとうの賢者になる人だってたくさんおられる。

 

「キレる高齢者」と反対に「失語高齢者」を私はよく見かける。この言葉はどこにもない。

私が今思いついた造語である。説明すると、お元気な方であっても、お話ししていてもどうも言っていることが要領を得ない。半分意味不明。言葉が足りず、また、言葉が出てこないのだ。言葉を忘れてしまったような症状である。「失語」なのだ。何かの病気の後遺症ではないのに。これはどういう原因によるのだろうと思っている。

 

思い当たることは、耳が遠くなって人の話が聞きにくい、あるいは聞こえない。独居の方は話し相手がないからしゃべることが極端に少ない。家族がいても、耳が遠いとついつい話しかけるのが面倒になり、会話が少なくなるのでしゃべらない。そのうちに言葉を失っていくのではないか。また、思いはあるが、それを口に乗せるまでに時間がかかる。それが自分でも億劫になり、つい、頷くくらいで済ましてしまう。また、家族は忙しいから、お年寄りの相手をしているどころではない。老人が口を開く前に、二言も三言も先取りして言ってしまう。かくして老人の物言う場がなくなっていく。ついに「失語」状態になる。私はそんなふうに推測してみた。

 

突然人が変わったようにキレる高齢者も反対に物言わなくなる人も、日ごろのストレスの結果だそうだ。親身になって話を聞いてくれる人、しゃべる機会を与えてくれる人がいたら、そうした悲しい現象も緩和されるのでないだろうか。

 

記事には、解決策として「受容、傾聴、共感」が大切だと結んでいた。「受容、傾聴、共感」とは知識としてはだれでも知っているし、そういう心構えで人と接していると自負する方は多い。しかし、実際は難しい。上から目線でそんなふりをしても、高齢者は人生を歩いてきた人たちである、確たる「人格」、「個」があるから、返って怒りや悲しみが増すばかりであろう。

 

私はこの一文を閉じるにあたって、何を「結語」としようかと思う。見聞きしている高齢者のこうした悲しい事態を深く心にとどめ、思いめぐらすしかない。

 

『それゆえ、神に選ばれた者、聖なる、愛されている者として、

あなたがたは深い同情心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい。

互いに忍び合い、だれかがほかの人に不満を抱くことがあっても、

互いに赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、

あなたがたもそうしなさい。

そして、これらすべての上に、愛を着けなさい。

愛は結びの帯として完全なものです』 

コロサイ312〜13

 

世相の風から : comments(4) : - : kibounokaze :
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コメント
みことば感謝!

大切なものを、身につけたいです。

新約の時代の平均寿命は
30歳代とのこと。

高齢が当たり前で、
死に方ばかりか
老い方も模索しないといけないこの世の有様を、

イエス様はどう見てくださっているのでしょうね・・
| のんびりハンナ | 2017/02/15 5:17 PM |
「老いについて」は私自身がその真っ只中ですので、当事者として日々切実な問題です。

また多くのことを見聞きする中で、「思慮のある賢い、愛され、受容される高齢者」になりたいと願い、祈っています。

今のところは「受容し傾聴し共感出来る人」でありたいとも願っています。


| ハンナさん | 2017/02/16 7:28 AM |
思い当ります。老女はさておき、元気な老人が増えたのに居場所が無くて、エネルギーを持て余しているのではないでしょうか。この前、夫とバス停で待っていた時いきなり怒鳴られました。もっと席を詰めろと言うのですが、そこは私の背中に痛いのでどうぞと言ったらさらに怒った後、急に年甲斐もなく、と、反省して見せました。齢を聞いたら、私たちよりお若いのです。何だか可笑しな人でした。
| 美雨 | 2017/02/16 3:23 PM |
コメントありがとうございます。具体例を感謝します。まさに「キレる高齢者」ですね。

「元気な老人なのに居場所がない」「エネルギーを持て余している」、これも一理ありますね。

しかし、いただいている元気さを、持て余して、突然、キレるのは迷惑千万ですよね。「可笑しな人」で片づけられてしまいますものね。
| 美羽さま | 2017/02/17 7:35 AM |
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