人生の逆風の中で見つけた希望の風を、小説、エッセイ、童話、詩などで表現していきます。

上五島のカトリック教会群を巡る旅 その10 昼食「扇寿」→頭ケ島天主堂

上五島のカトリック教会群を巡る旅 その10

 

 

昼食「扇寿」→頭ケ島天主堂

さて、待望の昼食「扇寿」へ急ぎます。予定時間を超えています。東シナ海に面する有川港ちかくです。お店に滑り込みますと、店内はたいへんな混みようです。評判のお店なのでしょう。予約席へ着くと、すでに名物五島うどんのお鍋がたぎっていました。地獄炊きうどんというのだそうです。うどんはほとんど食べ放題、それに生きのいいネタの握り鮨でした。

 

頭ケ島天主堂・石造りのロマネスク様式

 

 

 

 

 

午後一番の見学教会は頭ケ島教会です。この午後は5つの教会を巡ります。国道384号は昼食をいただいた「扇寿」のある有川港あたりで終わり、その後は県道62号に変わって、頭ケ島に入ります。頭ケ島は新上五島町の北東部、五島列島の最東端に当たり、現在は橋で結ばれていますが幕末まで無人島でした。1859年(安政6年)に、鯛ノ浦のキリシタンが迫害を逃れて住みつきました。

 

教会は明治3年、ドミンゴ松次郎が、長崎でプチジャン師の教えを受けて島に帰り、住家を青年伝導士養成所とし、仮聖堂を置いたのが始まりです。1887年(明治20年)最初の教会を建設しましたが、1910年(明治43年)大崎八重神父のもとに鉄川与助の設計、施行によって松次郎の屋敷跡に、島で産出する石材を使って総石造りの聖堂の建設に着手、7年余の歳月をかけて大正(1917年)大正6年に、ロマネスク様式の石造り天主堂が完成しました。その間には島の信者による資金集めや労働奉仕など献身的な努力があったそうです。2001年には国から重要文化財に指定されました。教会には常駐の主任司祭はおられず、カトリック鯛ノ浦教会の巡回教会となっているそうです。教会近くの浜辺には、キリシタンの墓地が今も残されています。

 

周辺を歩いているときはあまり気にならないのですが、眼下に広がる五島灘の海を見、また特に地図で確かめると、島は今にも教会もろとも海にこぼれ落ちそうに見えるのです。島民はわずか17名とか。しかしこんな小さな島に1981年(昭和56年)には東部の山を切り開いて上五島空港が建設され、開港にあわせて頭ヶ島大橋が架けられて、本土ともいえる中通島と結ばれたのです。交通の便が良くなったことで一躍脚光を浴び、島を訪れる観光客も増加したそうですが、残念ながら現在空港は閉鎖されています。頭ケ島大橋は300メートルのアーチ橋です。橋の色は赤です。海の深い青と山々の緑と赤い橋はみごとなコントラストを生み出し、旅人の胸を躍らせます。これもドミンゴ松次郎を筆頭に、先人信徒たちの苦闘が生んだ思わぬ遺産ではないかと思いました。

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