人生の逆風の中で見つけた希望の風を、小説、エッセイ、童話、詩などで表現していきます。

旅の風から 上五島のカトリック教会群を巡る旅 その7 ハリノメンドについての一考

旅の風から 上五島のカトリック教会群を巡る旅 その7

ハリノメンドについての一考

 

「キリシタン洞窟」ハリノメンドという珍しい言葉に引っかかっています。特に「ハリノメンド」です。この地にキリスト教を伝えた宣教師のお国の言葉か、あるいはラテン語かと思ったりしました。それが五島の方言で「針の穴」と分かった時、頭の中で動くものがありました。「メンド」とは「穴」という意味になります。「めど」が浮かびました。「めど」とは、≪めどがつく≫とか≪めどが立たない≫など、いまでも使われている言葉です。「めど」とは、めざすところ、めあて、大体の見当、目標の意だと辞書にあります。この時の「めど」は「目処、目途」と書きます。「穴」から来ていると思います。

 

ところで、母の故郷は千葉県の東端、犬吠埼の灯台で知られている近くの漁村です。そこに戦後疎開していたことがありますが、土地の人たちが「あな」を「めど」と呼んでいたのです。「メンド」とまでは言わないけれど「めど」記憶にあるのです。茨城県のことばにもあるそうです。

 

なぜこんなことを考えるのかと言えば、「五島」の言葉が、流れ流れて千葉や茨城に渡ったのだと思うからです。今だけでなく昔も人々は決して一つの地域にとどまり続けていたわけではないと思います。特に漁師たちは漁をしながら自由自在に海を渡ります。嵐に遭って見知らぬ国に漂着しそこに住みついた話などはよく聞くことです。母の里で、この地の人たちの祖先は和歌山から来たと聞いたことがあります。

 

話は飛びますが、今年の読書で大きな刺激を受けた『みんな彗星をみていた』の中に、作者の星野博美さんは、自分は東京人だけれど、祖父母は千葉の内房の人で、その人たちの祖先は和歌山だと、証例を挙げて書いています。千葉県には内房にも外房にも和歌山の人たちが入っているのです。その和歌山の人たちもたぶんどこからか移住してきたのでしょう。直接に五島の人たちでなくても、巡り巡って「メンド」という言葉もわたってきたのだと思います。壮大な海のロマンです。いや、そんな甘いものではなく、実際は命がけの出来事があったに違いありません。

 

そもそも五島の祖先は大陸から漂流した人々が住みついたとあります。人間同士のことです、瞬く間に言葉を交わし合い、暮らしに溶け込み、当然、結婚もあり、新しい子孫たちが増えていきます。それは、今も大昔も少しも変ってはいないのです。

 

話が大きく飛びますが、日本人は単一民族だなどどうして言えるでしょう。私たち一人ひとり、小さく言えば家族一族であっても、肌が白くて鼻の高い人、丸顔で浅黒く丸い鼻の人がいます。北方系かな、南方系かななどと考えることもあります。ふと、自分は何者ぞなどとも思います。世界は一つなのだ、人間は一体なのだと強く思います。

 

「ハリノメンド」が私を壮大な人間物語へと連れて行ってくれました。人間物語の上には「神様のストーリー」があることは言うまでもありません。

 

 

 

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