人生の逆風の中で見つけた希望の風を、小説、エッセイ、童話、詩などで表現していきます。

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天の星のように―母エバから母マリヤまで 美しき姉妹たち
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旅の風から 上五島のカトリック教会群を巡る旅その5 希望の聖母像と浜串教会、民宿えび屋へ

旅の風から 上五島のカトリック教会群を巡る旅 その5

希望の聖母像と浜串教会、民宿えび屋へ

 

 

 

 

 

 

二つ目の教会、浜串教会に行く前に「希望の聖母像」を見に行きました。聞いていなかった場所ですが、教会が航海の安全と大漁を願って1954年に建立し1996年に建て替えたものだそうです。像は漁港の入口近く、五島灘に向かって突き出した岩場の先端に建っていました。像のそばに行くには岸壁を削って作られた曲がりくねった道を進むのです。道はところどころに波しぶきのためかぬかるんでおり、滑ったり転んだりしたら一大事ですので、おそるおそる一足一足慎重に歩きました。

 

辺りの岩場には波が轟音を立てて砕け散り、岩の裂け目めがけて生き物のように盛り上がって流れ込んでは引いていきます。柵にしがみつきながら見ていると吸い込まれそうで、ぞくぞくしました。聖母像にはライトはついていませんでしたが、船の上からは昼夜を分かたず見えて、漁師さんたちに大きな安心感を与えているのでしょう。プロテスタントの私たちにはこうした像には違和感があり手を合わせることはありませんが、心を鎮めながら、祈りの心で眺めてきました。

 

 

 

 

 

岩場の道を引き返してバス乗るとあっという間に浜串教会に着きました。おりしも祈祷会の最中だとのことでしたが、お許しを得て聖堂に入り、祈りの中に加えていただきました。迎えてくださった初老の女性が「今月はロザリオの祈りをしています」と教えてくださいました。ところで、「ロザリオの祈り」って、なんだろう。カトリックの集会についてはほとんど知識がありません。広々とした聖堂にはちらほらと信徒の方々が座っておられました。私たち20名も空いているベンチに座りました。前方で数名の子どもたちが大きな声で先導すると、会衆が祈りの言葉を唱えます。祈祷文の通りなでしょうか、しかし、聞き取れません。

 

しばらくすると日本語で祈っていることがわかり、じっと耳を澄ませました。聞き覚えのあることばに出会いました。主の祈りがあり、使徒信条があり、頌栄がありました。ところが、終わったかと思うとまた元に戻ります。それが延々と何回でも繰り返されるのです。いささか戸惑ってしまいました。時間がどんどん過ぎていくからです。宿に知らせてある時間があるからです。しかしそれは私たちの勝手な都合にすぎません。信徒の方々は熱心に時を忘れるようにして祈り続けました。私たちも最後まで参加しました。終わって、皆さんとお交わりをし、記念の集合写真も撮りました。聖堂内の撮影はここだけ許されました。

 

祈りを先導した子どもたちは最近洗礼を受けたそうです。びっくりしました。現に、伝道活動が行われ、実がなっているのです。教会は生きており、神は救霊の御業をなさっておられるのです。私たちは過去の歴史を見学に来たのでない、遺跡を見に来たのではない。今、正に生きている、活動している教会を訪ねているのだ、殉教者の血は無駄には流されなかったと改めて気づかされ、深い感動をおぼえて胸が熱くなりました。

 

浜串教会は外海地区から安住の地を求めて海を渡った信者が隠れ住んだ地域です。1899年、鯨捕獲の利益金で初代の教会が建立されましたが、その後老朽化したことから、1966年、海の近くに敷地を求め、現在地に新教会を建設しました。さらに教会から700m離れた港口に、先に見た「希望の聖母像」を建てました。

 

予定より小一時間遅れて、私たちは2日間お世話になる民宿「えび屋」に到着しました。

広間には夕食のお膳が並べられているところでした。

 

 

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