心の風から 老親介護・老老介護

  • 2016.10.21 Friday
  • 21:00

心の風から 老親介護・老老介護

 

私と同年齢の方々はすでに老親介護は終わっている。私は遅いほうだったが、それでも母を天に送ってすでに8年になる。人によって千差万別であるが、私の年齢になると介護される側である。問題なのは老老介護である。介護されても仕方のない方々が、幸い自分自身は今のところ元気ではあるものの、配偶者の介護をすることになってしまうことである。実際、私の友人知人でそんな苦境に立たされている方が何人もおられる。今では珍しくもない社会現象のひとつだが、実際は深刻である。深刻さを増しているのは、ずっと二人暮らしだった方々。同居する家族か、独身でもいいから同居の子どもがいる方々はその困難さが緩和されると思う。

 

ご主人を介護している方の方が多い。奥様のお世話をしておられる男性も存じている。ときにその内情を知ることがある。わりにオープンに話す方もおられる、こぼし話をするということである。一方で、固いガードを張り巡らし、弱音を吐かない人もおられる。それもこれもその人の生き方の姿勢の表れであるとおもう。良い悪いの問題ではない。ただ、外側から、あるいは人づてに、耳に入ることから、多くのことをあれこれ考えさせられる。

 

言葉選びが難しいが、介護するご本人の体力の限界が目に見えている、あるいは限界に達してしまう場合、もっと介護制度のお世話になればいいのにと、いちばんにそこに歯がゆさを感じてしまう。母の場合、介護制度がどんなにありがたかったか、身に染みている。申し訳ないほど便利に利用した。本人の使える保険点数の範囲内でケアマネさんと相談しながら、プログラムを立てていった。母の意志、私のスケジュールをミックスさせながら、日ごとに、時間ごとに、細かい表を作った。そしてその通りに進めた。感謝なことであった。

 

今は制度が目まぐるしく変わって、当時より不便、あるいは悪くなっていると聞く。費用の問題から使わない人もいると聞く。だから、一概に介護制度を利用したほうがいいとは言えないが、共倒れが目に見えている方にはお奨めしたいとおもってしまう。しかし総合してみるとこんな人が多い。

 

いつもそばにいてあげたい、自分のそばから、自分の家から出したくない、人に預けてまで楽するつもりはない。骨が折れてもつらくても、できるだけ頑張りたいというのである。この思いはどこから来るのだろうか。じっと考えるに、やはり最後に残るのは情であろう。愛情であろう。外側からはうかがい知ることのできない長年の絆、関係の深さがそうさせるのではないか。親を思う子の思い、夫を、妻を思う配偶者の思いは一つなのだろう、当事者の関係のただ中に、第三者はうかつには入れない。愚痴を聞かされるときは深くうなずいて聞き、じっとガードを固くして頑張っている人には、背後から祈っていくほかはない。ついに共倒れになった方々には駆け寄って行きたい。

 

 

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