人生の逆風の中で見つけた希望の風を、小説、エッセイ、童話、詩などで表現していきます。

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天の星のように―母エバから母マリヤまで 美しき姉妹たち
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世相の風から スーパーが消える

世相の風から スーパーが消える

 

日常の買い物を近所の二つのスーパーで済ませることが多い。どちらのお店もおよそ買うものが決まっている。私の家を中心にすれば北と南のま反対にあるので、一日のうちに両方へ行くことはない。ましてこの真夏にはいくら近くてもあっちにもそっちにも行く気になれない。どちらもいかない日もあるくらいだ。

 

ふと北の方のお店に行ってみた。閉店の貼り紙があった。びっくりである。夏休みではないのだ。閉店なのだ。どういうわけだろうと、なんとなく満たされない思いのままいろいろ考えてみた。そういえば昨今いつ行っても閑散としていた。私の頻度も少なくなっていたかもしれない。と言って、南の店にせっせと通うほどでもない。

 

人口減少か、高齢化か、不景気か、よくわからない。あるニュースで、スーパー化するコンビニとあった。スーパーよりコンビニの方が手軽で利用客が多いとは聞いてはいたが、いたるところにあるコンビニが敏感にお客のニーズを感じ取って、形を変えているのだ。つまりスーパーの働きもしているのだ。日常のあらゆる必要に的確に答えているのだ。コンパクトなお店で用が足りるならわざわざ広いスーパーの店内をうろうろことはない。そのほうが便利である。だから、なまじっかなスーパーは利用者が減るのだろう。コンビニは昔の雑貨屋の面影がある。何でも売っていた。子どものお菓子までもあった。

 

もうひとつ大きな理由はネット買い物をすることが多くなったのではないだろうか。あれほど便利なものはない。机の上のPC、いやそれも時代遅れで、手元のスマホからどんどん買い物ができる。スマホさえあれば歩いていようと電車の中であろうと注文できる。時間指定で、ちょうどよい時に玄関先まで届けてくれる。重い物もかさばる物も、文庫本の一冊まで何から何まで届けてくれる。今や年間37億個の荷物が宅配されているそうだ。宅配便とはかつてのように贈り物だけに限らないのだ。自分で注文したものが自分宛てに届くのだ。実はそのほうがずっと多い。我が家も宅配便のチャイムが鳴らない日はない。お店は閑古鳥が鳴くわけである。社会現象とはおもしろいものだ。現象なのだ、だれかが仕掛けたのではない、仕掛け人もいるかもしれないが時流ができるのは総意があるからだ。かくして、世は大きく流れていく、変わっていく。

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