2011年クリスマスによせて ルター家の聖夜    

  • 2011.12.23 Friday
  • 10:22

銀座のツリー

 

2011年クリスマスによせて 

 

         ルター家の聖夜        

 

いずこの家にも/めでたき音ずれ/伝うるためとて/あめよりくだりぬ

神なるイエスこそ/罪とがきよむる/きずなき小羊/救いの君なれ
                                                    
讃美歌一〇一番 マルティン・ルター作詞

 

ルター家の居間から、賛美の声が聞こえてくる。子どもたちがルター夫妻を囲んでいる。時は一五三五年クリスマスの宵。入り口のそばにはリンゴとローソクで飾られた背の高いもみの木が置かれている。ルターが寄宿している学生たちと近くの森から抜いてきたものだ。ルターは子どもたち一人一人に笑顔を向けながら、言い聞かせるようにゆっくり話し始めた。

「今年は、みんなには、お金で買ったプレゼントはないんだよ。でもこころからのプレゼントがある。これから父さんと母さんが歌う歌だ。今年のプレゼントはこの歌だよ」

 ルターと妻のカタリーナは、子どもたちの前にすくっと立ち上がると、胸を張り、リズムを取りながら歌い出した。以後、この歌はクリスマスには必ず歌われ、時にはみんなが手をうなぎ合って輪になって歌ったという。

 

こころの臥所(ふしど)の/塵をば払いぬ/愛するイエス君/靜かにいねませ

馬槽のそばにて/マリヤが歌える/み歌にあわせて/我らも主をほめん

 

ルターとは、宗教改革の英雄マルティン・ルターのことである。妻の名はカタリーナ・フォン・ボラ。もっともルターはケーテと、愛を込めて呼んでいたが。彼らはヴィッテンベルグ城教会からほど近くに住んでいた。フリードリヒ賢明王が提供してくれたものだ。王は、改革の嵐の中からルターの身柄を守り続けた。ルターには神からの使者とも思える命の恩人である。ある時、命を狙われたルターは、変装してアイゼナハのワルトヴルグ城に逃げ込み、身を潜めていたこともあった。

 

歌い終わるとケーテが胸をぽんと叩きながらやさしく言った。 

「みんなの大好物、お肉のお団子入りのスープが大鍋いっぱいに、できてますよ!」

子どもたちは歓声をあげた。

その夜、ルター家のクリスマスは讃美歌とスープしかなかったが、神の愛とルター夫妻の愛が満ち満ちていた。そこには五人の子どもたちだけでなく、親戚から押しつけられた十人の子どもたちと、ルターを頼って地方から来ている貧乏な学生たちが何人も寄宿していた。多いときは三十人もいたという。ルターの人柄が偲ばれる。それはまた、妻カナリーナの器量に寄るところが大きいはずだ。


  二人の結婚は、ルターは四二歳の時、カタリーナは二六歳だったとか。

当時の常識から言えば、聖職者が結婚するのは型破りも甚だしく、異端児でなければできないことだった。もっともルターは八年前の一五一七年を契機に、ローマカトリックの世界にプロテストしていた。ルターはいのちを賭けて自分の信じる神と聖書と聖霊に固く立って、信念の道をひた走っていたのだ。

 

カタリーナは、没落貴族の娘だった。幼いとき母を亡くした。父は口減らしのため修道院に送ったという。当時はそうした方法がまかり通っていたのだろうか。修道女たちの生活は過酷を極めたようだ。

一五二三年、ルターは友人たちと十二人の修道女たちの脱走を手助けし、彼女たちを救出した。解放された女性たちを故郷へ帰したり、結婚相手を探して家庭を持たせたりした。 


  カタリーナはその中の一人だったが、ルターへの思慕を募らせていた。さすがの英雄も、結婚には悩んだらしい。修道僧としてのルターの人生辞書には、結婚という文字はどこにも見あたらなかった。しかし、ルターは強い決意をして結婚に踏み切った。一五二五年のことであった。この結婚には理解者もいたが、激しい非難と、嘲笑を浴びせる者たちもいた。 


  主婦カタリーナは、聖書の【箴言】にある賢い妻以上に働いた。農場と果樹園を借り、畑仕事、家畜の世話、大家族の世話をこなした。心臓の悪いルターのために、独学で医学を学び看病した。カタリーナはただの女性ではなかったのだ。ルターにふさわしい、神が選ばれた伴侶だったといえよう。


    ルターは公言してはばからなかった。

    このドイツをくれるといわれても、

私は、それよりも、やさしい妻がいる家庭を選ぶ。


  ルター家には次々と子どもが与えられた。結婚の翌年に長男ヨハネスが生まれた。二人は六人の子どもの親になった。しかし長女エリザベスを生後八ヶ月で亡くし、後年、十三歳のマグダレーナを天に送らねばならなかった。

 

宗教改革は、当時の世界、ヨーロッパをずたずたにする一大出来事であった。ルターはその立役者の筆頭である。どんなにか厳しく、どんなにか多忙であったろうか。ゆかりの地に立つルター像や、友人カルナッハ描く肖像画を見る限り、彼はいつも聖書を胸に抱き、天を凝視している。しかし、ルターは愛の深い、情熱の人でもあった。妻を愛し、子どもたちをかわいがり、隣人へも心を砕いた。


  時代の嵐がどんなに激しくても、ルター家のクリスマスのキャンドルや歌声を消すことはできなかったのだ。ルター家のクリスマスは、五〇〇年の歳月を跳び越えて、すぐお隣の家のことのように思える。ドアーを開けて歌声に和し、肉入りのお団子スープのお相伴に与りたい衝動を覚える。きっとケーテさんは、大きくドアーを開けて迎えてくれるだろう。

 

マッチ売りの少女が雪の降りしきる寒空の窓越しに見たお金持ちの家の居間にはだれがいたのだろう。ノックしても開けてはくれなかったであろう。もしかしたら、《クリスマス・キャロル》の冷酷な守銭奴スクルージのような老人がひとりぼっちでいたのかもしれない。

 

マリヤとヨセフが迎えた初めてのクリスマスは、家畜小屋だった。しかし孤独ではなかった。羊飼いたちがどやどやと入ってきた。羊飼いから聞いた町の人たちも次々にやってきた。  遠く東の国から博士たちも訪れた。もちろん家畜たちもいた。


  ルター家のように、マリヤとヨセフのように、我が家の聖夜を祝いたい。 

 



                  この秋に、宗教改革の足跡を辿る研修旅行に参加し、

ルターが活動した現場を巡りました。そのときの見聞をもとに綴りました。

 

 











スポンサーサイト

  • 2020.05.31 Sunday
  • 10:22
  • 0
    • -
    • -
    • -
    コメント
    すてきなクリスマスの分かち合いをありがとうございます!!
    • 遠藤優子
    • 2011/12/23 6:06 PM
    本文は縦書きで、旅の時に撮ったルターやカタリーナの写真を入れました。メール発信もしました。旅して体で体験するっていいですね。無理なく自然に書けるように思いました。本や想像力だけでは限界があると感じました。良い勉強になりました。
    ご家族の上に、お働きの上に主の祝福を祈ります。
    • 遠藤優子様
    • 2011/12/23 11:28 PM
    コメントする








        

    PR

    calendar

    S M T W T F S
     123456
    78910111213
    14151617181920
    21222324252627
    282930    
    << June 2020 >>

    selected entries

    categories

    archives

    recent comment

    recommend

    recommend

    美しき姉妹たち
    美しき姉妹たち (JUGEMレビュー »)
    三浦 喜代子
    最新本です。
    ぜひお読みください。

    links

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM