人生の逆風の中で見つけた希望の風を、小説、エッセイ、童話、詩などで表現していきます。

書林の風から 未知の人、未知の世界へ――読書街道から

書林の風から 未知の人、未知の世界へ――読書街道から

 

「堀田善衛」古い人である。生まれは大正7年(1918年)没年は1998年。名前だけは耳底にあるが著書を開いたことはなかった。まったくもって私の読書街道は貧弱なのだ。

それが、昨年晩秋辺りからまるで本人ご自身が近づいて来こられたような肉感を感じさせながら私の前に表れた。――いつまで私の存在に気がつかないのか――とじれったそうなのである。まずは手ごろな文庫本2冊を私のバッグに押し込んだ。『スペイン断章』の上・下巻である。

 

ああ、紀行文ね、ちょっと心が動く。

しかし、スペイン〜〜?

ここで私の食わず嫌いが頭をもたげる。旅行には目がないほうだが、どうもスペインには興味やあこがれがない。と言って皆無ではない。断片的には、プラド美術館には行きたいなあとか、フランシスコ・ザビエルの出身地バスク地方ってどんなところだろう。カトリックの巡礼地最後のサンティアゴ・デ・コンポステーラは見届けたいなどの思いがちぎれ雲のように漂ってはいた。

 

文庫本上巻の裏表紙の一文をまず読んだ。「歴史は読むものではなく見るものである――。スペインに強く魅せられ長く滞在した著者が、急峻な山々を分けて訪れたイベリア半島で眼にする有史以来現代史に至る、転変著しい歴史の足跡。感動と経験の積み重ねのなかから人間への深い洞察がにじみ出る、ノンフィクション文学の傑作」。

 

下巻の表紙裏の一文にも目を通す。「ヨーロッパ文化とアラブ文化の接点にあったスペインは、刻々の時代の爪痕を断層のように残す。キリスト教の奇蹟伝説、近くはスペインの内戦。その時代を動かそうと燃え盛った情熱の行く末とは―――。作家はスペインに腰を据え、人びととの触れ合いのなかで、人間とその歴史を、自らの眼で見据え、再発見する」

 

『歴史は読むものではなくて見るものである』との冒頭の言葉に深く納得しつつもスペインに長く滞在することなんてできない、滞在どころかたかが数日だって行けないんだから、と反発しながらもページを繰ることになった。すなわち、スペインという国を総なめする旅に参加することになったのである。当然ながら、私の幼稚なスペイン観が打ち砕かれ、現地へ行って「見て、住んだ」著者の世界に引き摺り込まれたのである。私のスペイン観は見事に変身した。それは単にスペイン観を変えただけでなく、今抱いている世界観にも大きく及んでいる。歴史は読むものであってもいいと思った。

 

堀田善衛氏は1952年「芥川賞」を受賞し、多くの小説を書いている。活躍のジャンルは広く、私としては大江健三郎氏を凌ぐ方ではないかと掛け値なしに言いたい。ノーベル文学賞をなぜ受賞できなかったのかと残念なほどだ。また稿を改めます。

 

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書林の風から 『みんな彗星を見ていた・私的キリシタン探訪記』星野博美 文芸春秋社

書林の風から 『みんな彗星を見ていた・私的キリシタン探訪記』星野博美 文芸春秋社

 

昨年末から気になっていた本である。新聞の書評を切り抜いて机の前のボードに貼りつけたはいいが、買おうか図書館かと迷っているうちに日が過ぎてしまった。折しも、ノン・フィクション好きな姉妹が、キリシタンものだからとわざわざ知らせてくださった。図書館はリクエストが多すぎてようやく借りたとのこと。姉妹を追いかけてみましょうと、買うことにした。早速ネットで注文した。ハードカバーで462ページの大冊がきた。著者の星野さんはクリスチャンではないがプロテスタント系ミッションスクール出身で、キリスト教をたっぷりと肌に擦りこまれた人ではないかと思う。引きこまれて読んだ。

 

目次を見るだけでも心そそられた。

第一章 リュート

 キリシタンの時代

 縦割りの西洋梨

 リュートとビウエラ

 楽器の進化

第二章 植民地

 澳門

 世界市場

 千々の悲しみ

第三章 日本とスペイン

世界分割

家康とスペイン

嵐の前ぶれ

第四章 有馬

 リュートとマンドリン

 有馬のセミナリヨ

 原城

 1614年

 聖人と福者

第五章 大村

 大村家の苦悩

 純忠の影

 鈴田牢

第六章 第殉教

 空白の二年半

 つまずき

 カルヴァリオの丘

 絵に描かれた真実

第七章 スペイン巡礼

 バスクへ続く道

 ビトリアへ

 ラ・ハナ

 ロヨラとバスク 

 

400年前の日本にはスペイン、ポルトガルなどからいわゆる南蛮文化が押し寄せてきていた。戦国末期から江戸時代初期である。とくに華々しかったのはキリスト教の浸透であった。しばらくは物珍しさから寛容であった為政者は、やがて禁教に走った。弾圧と迫害、虐殺が徹底して行われた。それを星野さんは「東と西が出会った」と表現し、「その現場にいた人たちはどのような葛藤を感じたのか、異文化はどう受容され、拒絶されたのか。それを自分の体で感じてみたい」と思い立ち、体で感じるための試みや旅が始まって行く。

 

まず星野さんは(1966年東京生まれの女性、ノンフィクション作家)は天正遣欧使節としてローマに行いった四人が秀吉の前で音楽を演奏するが、その時使われた楽器リュートに興味を抱き、神田神保町の音楽院でレッスンを受けはじめる。この好奇心と実行力は、さすがにプロのすごさだとまず感動した。しかしリュートが主役でないことは明らかだ。読者歓迎の門口の花かご役である。

 

本著は日本キリシタン史を知るのにも役に立つ参考書ともいえる。イエズス会の宣教師フランシスコ・ザビエルから始まって、日本で活躍し、その名を知られている宣教師たち、九州のキリシタン大名たち、「天正遣欧少年使節団」のこと、秀吉による長崎での「26聖人の殉教」、家康と宣教師たちの動向、仙台藩による支倉常長率いる「慶長遣欧使節」、マニラに追放されたキリシタン大名高山右近、島原の乱原城など、本や映像でもたびたび出会ってきた出来事が次々に登場する。知らなかった初めての事件もあり、勉強になった。

 

最後に星野さんはスペインのバスク地方へ冒険の旅に出る。バスク地方はザビエルの出身地であるが、星野さんは日本へきて布教し殉教までした宣教師たちがどんな場所から来たのかを知りたいと思った。「キリシタン宣教師の入国者名簿」を調べてくと意外な事実が見えてきた。地図上に、出身地を赤○で囲んでいくと、スペインのバスク地方にかたまっているのに気が付いた。マニラの宣教師もバスク出身者が多い。それから星野さんは宣教師の出身地を一つ一つ訪ねていく。

 

最終章のスペイン巡礼にはその旅の様子が詳しく語られている。現地の人々や教会を守る神父との交流を通して、400年前の人々と、現代に生きる人たちの心が結ばれる一瞬を星野さんは実体験する。星野さんは信仰心を強調せず、迫害されても追放されても潜伏し続ける宣教師を、単に布教のためだけとは考えない。神父にとっては生まれたばかりの信徒の行く末と信仰の成長が気がかりだからと解く。神父たちは信徒の告解を聴きつづけるために残るのだと。それが真の使命だと。今の、教会用語では「牧会」であろう。

 

確かに、現代でも、信仰を持ってもじきに教会を離れ信仰を忘れる人たちが多いのを見たり聞いたりするが、その原因は「魂のケアー」つまり「牧会」の不十分さから来ていることもあると、そんなことを思った。

 

牢に繋がれた宣教師たちが、あの手この手で監視の目を盗みながら、本国やマニラの仲間たちに書簡を送り続けている。その中には苦難の中にいる日本のあの人、この人を金品で援助するようにとまで書かれている。そんな資料が残っているらしい。驚くばかりである。それらの一つ一つを星野さんは探して訪ねて、この一冊をものした。知られざるキリシタン史であるが、もっと知らねばならない、考えねばならない、そして今、もっと行わねばならないと強く迫られた。

 

 

 

 

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書林の風から 今年のノーベル文学賞作家 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチさん
書林の風から 今年のノーベル文学賞作家 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチさん
 



先日図書館でスヴェトラーナさんの本を借りようとしたら一冊もありませんでした。無いのを承知で尋ねてみたのです、話題の人ですから。それからしばらく諦めていたのですが、いよいよ授賞式の時期になり、受賞者たちが続々とストックホルム入りをしてノーベルウイークを過ごしているのを知って、また図書館で探してみました。残念ながら彼女の講演は聞き逃しました。本は一冊だけありました。『ボタン穴から見た戦争』白ロシアの子供たちの証言という本です。借りてきました。まだ読んでいませんが、怖いような気がしています。
 
ベラルーシという国さえ馴染みがなく、調べなければわかりませんでした。近くは旧ソ連邦の構成国の一つ「白ロシア共和国」でしたが、ソ連崩壊後の1991年に独立し、ベラルーシ共和国となったそうです。白ロシアとベラルーシと同じ意味です。
 
『ボタン穴から見た戦争』の著者紹介によりますと、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチは、社会の大きな流れの陰に隠れた小さき人々の声に耳を傾ける新しいタイプのルポルタージュ作家として旧ソ連時代から著作を発表していたとあります。
 
また、訳者のあとがきによりますと、第一作目は『戦争は女の顔をしていない』で、二作目がこの本です。ともに1941年、ナチス・ドイツに侵攻され占領され、残虐の限りを経験した生き残りの人々の証言集です。一作目は女性たちの証言、本著はそのとき〇歳から14歳だった子供たちを、「孤児院育ちの人々の会」などを訪ねてその体験を丹念に取材、記録したものです。
 
――爆弾が落ちるところを見たくて怖がりながらも、ひっかぶったオーバーのボタン穴から覗いていたジェーニャ――など200人以上を取材、その中から101人の子供たちの感覚で受け止められた「戦争」の話だそうです。

読んでみます。

 
 
 
 
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書林の風から ノーベル文学賞


書林の風から ノーベル文学賞
 
私の趣味は読書と、月並み過ぎて一笑される看板を恥じらいもなく掲げてうん十年、文字通りの趣味なので、好きなものをつまみ食いしただけだから、読書界の深さ広さなど知る由もなく、昨今ではただの趣味でよかったと、なお、好きなものだけを追かけている。ノーベル文学賞は世界最高峰の賞だから、だれが受賞するのかも毎年興味深く見ている。特に日本人では川端康成と近くは大江健三郎のお二人が受賞しているのは誇らしい気がしている。
 
今年はベラルーシ人のスベトラーナ・アレクシェービッチさんである。国もあまりなじみがない上に女性なので興味が強まった。読んでみたいと思った。すぐに図書館に行ったが、何もなく、ふと、昨年の受賞者の本を探してもらった。フランス人のパトリック・モディアノ氏である。この作家のことも気になって、その時の新聞を切り抜いておいた。読もう読もうと思っている間に一年が過ぎてしまったのだから、怠慢は言うまでもないが、月日の速さに驚くばかりである。氏の書棚に案内されて、見れば何冊も並んでいた。小さな図書館なのにと驚いたが、さすがにノーベル賞作家のせいだろう。3冊借りてきた。改めて昨年の10月9日朝日新聞の切り抜きを読んでみた。
 
モディアノ氏は今年70歳。受章の理由は『記憶を扱う芸術的手法によって、最もつかみがたい種類の人間の運命について思い起こさせ、占領下の生活、世界観を掘り起こした』、またスエーデン・アカデミーの事務局長は『彼は記憶やアイデンティティー、失われた時を探し求め、時代を超越した主題を書いている。繰り返しこの主題に回帰し、作品すべてが一つのジグソーパズルのように結びついている点がユニークだ』とたたえた、とある。
 
『作風は抒情的でミステリアス』の一文に惹かれた。氏の父はユダヤ人で、仏での迫害は切実な問題だった。フランスでは『モディアノ中毒』という言葉があるほど人気が高く、最も偉大なフランス作家の一人と言われている。
 
そんな前知識を持って作品を読みだした。初めに『パリ環状通り』、そしていまは『失われた時のカフェで』の頁を繰っている。しかし、である。う〜〜〜んと首をひねったり、ため息をついたりしている。ひとことで言えばわからない――――である。まるで抽象画を見ているようだ。考えてみれば私の読書はいわゆる世界名作全集に名を連ねる、だれでも知っている古典ばかりなのだ。20世紀の人では、プルーストまで。ジョイスになるとわからなくなってきた。今読んでいる『失われた時のカフェで』の題名でプルーストの『失われた時を求めて』を思い出し、どこかで重なる所があるのだろうかと、そんな思いで読んでいる。感想はまだ言えないが『作風は抒情的でミステリアス』は大いに感じている。もう数冊読んでみたい気にはなっている。それが氏の文学力かも知れない。
 
半年ほどしたら今年の受賞者ベラルーシ人のスベトラーナ・アレクシェービッチさんを読んでみたいと思っている。そもそもベラルーシという国すらよく知らないのだ。彼女は受章のことばを『私ではなく、私たちの文化、歴史を通して苦しんできたこの小さな国への受賞だ』と語っている。心に深く残る言葉である。
 
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書林の風から ネット読書会今年の課題本『ウジェニー・グランデ』バルザック 続き

 

ネット読書会今年の課題本『ウジェニー・グランデ』バルザック 続き

 

バルザックの『ウジェニー・グランデ』は、過去のどこかで読んでいるのですが、どんな本だったかは全く記憶にありません。そのころはたいてい学校の図書室の本でした。自分で買うことはしなかったと思います。どしどし本を買えるほどお小遣いはありませんでしたから。

 

『ウジェニー・グランデ』に決まって、いざ本を買おうとしたら新刊はなし。そこで中古を取り寄せました。汚くはないのですが、いかにも中古そのものです。周囲がすっかり黄ばんでいますし、印字がかすれています。そのうえ、何と小さい文字でしょう。実に読みにくい。幸いなのは、280ページほどで、大した厚さではないことです。しかも一冊だけです。これなら我慢できる範囲です。

 

ところが、お仲間の一人が、中古で、中央公論世界文学全集を購入したとのこと。新品同様であるとのことでした。当時の定価は390円であったそうです。ところがです、そのとたん、ふだんよれよれしている私の記憶が勢いよく動き出しました。中央公論の文学全集、390円!この二つのフレーズが鍵でした!

 

この本、持っているはずだと閃光が走ったのです。飛んで行って調べますと、私の書庫の一番上の棚に、ずらりと静かにしっかりと並んでいるではありませんか。頑丈な箱入りですが、箱の背文字は焼けてほとんど読めません。ようやくバルザックを見つけまして、中身を取り出しました。中は鮮やかです。きれいな赤なのです。そこに、『ウジェニー・グランデ』が収録されていました。もどかしく頁を繰りますと、読んだ形跡があり、本文中に私が付けたのに違いないしるしがあったのです。

 

奥付には、昭和40121日初版印刷、1210日初版発行、定価390円とあります。記憶が動き出して、いろいろ思い出しました。この全集は私が390円を工面して、毎月楽しみにしていたものでした。数字が記憶を呼び戻したとは、ちょっと切ない話ですが、たぶん、毎月この額を別にしておいて買い続けたのでしょう。昭和40年とは西暦1965年です。

 

なんと今から49年前のことです。ところがこの全集がこの書棚に納まったのはわずか14年前です。その間私は5回は移転しています。毎回この全集を持って歩いたとは思えません。実家に預けっぱなしだったのかもしれません。49年間、約半世紀の自分の歴史が思い出されてきました。喜怒哀楽を包み込んだたくさんの出来事を、です。なにやら胸が熱くなり、涙もじくじくしてきました。

 

若いころに読んだ本をもう一度読むことは、単に再読するだけに終わらない思わぬ付録がついていました。人生の深い味わいということでしょうか。老いを生きることの豊かさを知った思いです。(おわり)

 
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書林の風から ネット読書会今年の課題本『ウジェニー・グランデ』バルザック

ネット読書会 今年の課題本『ウジェニー・グランデ』バルザック 

 

 

 

 

2006年に本好きな友人たちと始めたネット読書会『カラマの会』は、今年2014年は9年目を迎えました。今年選ばれたのは、オノレ・ド・バルザックの『純愛 ウジェニー・グランデ』なる一冊です。この会の趣旨は、ひとりでは読めない名作です。当然、長編大作が狙われます。キリスト教文学には限定しませんでした。

 

今までに読破したのは『カラマーゾフの兄弟』、『白痴』、『悪霊』、『エデンの東』、『クォ・バディス』、『レ・ミゼラブル』、『こころ』、『戦争と平和』、『デビッド・コパーフィールド』です。偏りすぎているかもしれません。ドスト氏の人気は否定しがたいものがあります。いっそドスト氏の全作品に挑戦したいという意見もあります。トルストイだってもっと読みたいのです。日本からは漱石が入りましたが、感想はさんざんでした。理由は多岐にわたりますのでここで触れませんが、今後日本文学が登場するチャンスはないかもしれません。

 

メンバーは10名ほどですが、わりに高年齢の方が多いです。青春時代に、世界文学日本文学の世界を経験した方々です。大作を中途止めにした方もおられます。生噛りのままの方もいます。未消化なのは全員かもしれません。その代り、郷愁は大きなものです。そこで、楽しく読み合いましょうということになったのでした。

バルザックがあまり読まれていないので、今回取り上げることになりました。バルザックと言えば『人間喜劇』に集約され、膨大な本があります。大作もありますが、まずは小品で、あまり心にかかる負担が大きくないものを選びました。こうして今年は『ウジェニー・グランデ』に決まったのです。

 

ところが、この文庫本は新刊がありません。びっくりしました。駅ビルの書店などでは他の本すらないのです。大文豪バルザック氏も時代の波には逆らえないのでしょうか。図書館しかりです。図書館がです。これはもっと驚きました。今やネット界に頼らざるを得ないのです。一人一人が赤茶けた中古本に甘んじなければなりませんでした。

ところが、意外なエピソードもありました。(続く)

 

 
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書林の風から 夏の勢い・幸田文とブラームス

 

小さなきっかけから一人の文学者の大きな世界へ引きずり込まれてしまった。その人の名は幸田文。誰一人として知らぬ有名人なのに、いままでしっかり対面したことがなかった。今回は、文さんの方から手が出てつかまれた気がするほど、引力が強い。一冊、また一冊と文庫本を開くうちにはや12冊。今や私の足腰が立ち、逆に私の方から追いかける気持ちになっている。

 

岩波から全集が出ている。1994年から1997年まで、全巻23冊である。図書館に行ったら、墨田区ゆかりの作家として特別コーナーに並んでいた。そうなのだ、幸田文は私と同じ墨田区で生まれた。もっとも生地は、当時、東京府南葛飾郡大字寺島村と呼ばれていた。そこに関東大震災に遭ってこの地を離れるまで、19歳まで、暮らし続けたのだ。震災直後は千葉県四街道市に避難、その後は小石川に転居する。父親露伴はこの家を蝸牛庵と名付けた。露伴は、蝸牛庵とは、家がないということ、身ひとつでどこへでも行ってしまうということさ、といったそうな。

 

幸田文全集は23巻である。今のところ読破しようと、大きなことを思っている。大きすぎるかもしれない。夏のエネルギーに乗せられて、心身が高揚しているせいかもしれない。

 

しかも、この暑いのにブラームスの、それも大曲を聞き続けている。暑苦しいではないかと思われそうだが、理屈などなんのその、体の奥にずいずいっと快く入っていく。幸田文とブラームスなんて、どこにもリンクするところがないとおもう。ミスマッチの代表のようだ。もっともマッチさせようと思ったわけではない。自然の成り行きである。しかし、もしかしたら、幸田文がブラームスを呼んだのかも知れない。とかく不思議に満ちているのが真夏の世の夢だから。

 

これから時どきこのブログに幸田文が登場するかもしれない。ちなみに幸田文といえば終生着物(きもの・和服)を着続けた人である。『きもの』という小説もある。自伝的小説だが、その主人公の名は、るつ子なのだ。一瞬、ルツ記を思い出したのは私だけではないだろう。幸田文もルツ記を重ねていることは疑いない。

キリスト教の色濃い環境で育っている。聖書は体いっぱいに入っているはず。ところが幸田文はそれをきものの奥に隠してしまったのか書き物にはほとんど出てこない。洗礼も受けている。家庭で日曜学校を開いて、子どもたちの世話をし、お話までしているのだ。先ごろのブログにも書いたが、私はこの謎に迫ってみたい。真夏の世の夢で終わらせたくない。

 

 
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書林の風から ネット読書会『カラマの会』2013年課題本



2013年カラマ

 

 

2006年にスタートした友人たちとのネット読書会は今年8年目に入ります。年末から一大会議?が展開され、ついに白羽の矢が立った名誉ある一冊は、チャールズ・ディッケンズの『デイヴィッド・コバフィールド』です。文庫本は新潮と岩波があります。さて、どちらにしようかと、これも思い思いに意見を出して交換し合い、ついに岩波になりました。新しい訳であることと、なんといっても挿絵があることが決定打となりました。『レ・ミゼラブル』も、豊富な挿絵にずいぶん助けられました。出版された当時のものだと思われます。

 

挿絵のページに来るとホッとするのです。薫り高いコーヒーとは程遠く、むしろお番茶といった雰囲気ですが、それでもアツアツをいただいている気分になります。今度も、きっとそうしながら読み進めて行くことになるでしょう。本は5冊です。ディケンズといえばすぐに『クリスマス・キャロル』を思い出します。たぶん、ストーリーを楽しめるのではないかと期待しています。

 

昨年は、ドストエフスキーの『白痴』と『悪霊』でした。みんなへとへとになりました。『悪霊』と格闘したのです。感想もしどろもどろでした。手に余る大作でした。しかし、ますます、ドスト氏にのめり込みそうになりましたが、今年は趣を変えてロシアからイギリスです。お国柄も興味深いです。

 

ちなみにこの8年間に読み合った本をご紹介します。2006年・カラマーゾフの兄弟。2007年・エデンの東。2008年・クオワディス。2009年はレ・ミゼラブル。2010年・戦争と平和。2011年は、こころ。2012年・白痴&悪霊。そして今年2013年は『デイヴィッド・コバフィールド』です。ちりも積もればなんとやらーーー。分厚い文庫本で30冊近くになります。これは人生の快挙です。読書ほど楽しいことはありません。先人たちの遺産に感謝! 


第一巻

 

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書林の風から 『海からの贈物』その8 アン・モロウ・リンドバーグ 吉田健一訳 新潮文庫
  

一区切りしたものの、目次に従えばあと2項目残っているのです。★いくつかの貝★浜辺を振り返って、です。二つともいわば著者のまとめの論といえるでしょう。

 

休暇の何週間かを家族から仕事から都会から離れて、人気の少ない島でひとり暮らしをしたアンは、浜辺を歩きながら深い思索にふけり、ある確信を握って、もとの生活の場へ戻ろうとしています。海から得たものをアンは『海からの贈物』と名付けたのです。

 

★いくつかの貝

アンは帰りの荷造りをしながら、浜辺であれこれと考えたことから何を得、生活のためのどんな解決を見つけただろうかと、ポケットの貝殻を手掛かりに自問しています。

 

まず、アンは、最初は夢中でたくさんの貝を拾ったが、完全な形のものだけを残して後は全部捨ててしまいます。一つの種類は一つでいいと気が付きます。空間の中に一つだけあることに意味がある、空間が大切だと言います。びっしり詰まった手帳、仕事、持ち物、会わねばならぬ人などが多すぎる。一人でいられる空いた部屋がない。自分の生活には空間があまりにも不足していることを知ります。

アンの言葉

『質ではなくて量が、静寂ではなくて速度が、沈黙ではなくて騒音が、考えではなくて言葉が、美しさでなく所有欲が価値の基準になるが、どうすればそれに抵抗できるだろか。どうすれば人間をいくつにも分割する圧力から自分を守れるだろうか』

『島の教訓は、なるべく簡素な生活をすること、体と知性と精神生活の間に均衡を保つこと、無理をせずに仕事をすること、意味と美しさに必要な空間を設けること、一人でいるために、あるいは二人でいるために、時間を取っておくこと、生活の断続性を理解すること、努めて自然に接近すること。島の生活はもとの生活を調べるレンズ役をしてくれた。このレンズをなくしてはならない。貝殻はそれを思い出させる島の眼になってくれるだろう』

 

★浜辺を振り返って

島の生活を終えるにあたって、アンの思考はもう島から抜け出して、ある広がりに発展しています。世界的風潮から考えています。(おそらく今から30年くらい前、マスコミが走り出した頃、グローバルという言葉はまだつかわれていなかった頃だと推察します)

そのころすでにアンは言います。

『世界は今日、われわれの周囲に益々広くなって行く輪を描いて鳴動し、火を噴き始めている。我々から一番遠い輪に当たる所で生じた大緊張や対立や災難も我々に影響せずにはおかないし、無関心ではいられない』

『世界中のものに同情し、道徳的行為に移すことを要求されている。心に入りきれないほどの多くの人間のことを絶えず思っていなければならない。それは人間の体力が堪え得る限界を超えている。こういう困難に直面して、どうしたらいいのだろうか』

アンの言葉は続きます。

『この世界的な感覚と、厳しい良心を調和させることができるのだろうか』

『一人一人について考えるわけにはいかないので多数という名で一つの抽象として扱おうとする。現在の複雑な状態に手を焼いて、未来という簡単な夢に生きる。しかし、多数という抽象に心を動かすことができるだろうか。未来は現在の代用になるだろうか。』

『自分から離れた場所のことが取り上げられて、自分が現にいる場所は無視され、個人は多数によって圧倒されている』

 

アンは力を込めて『ここ』と『今』と『個人』こそ、生活の基本であり世界を作っているものの要素である、それを無視することはできない。この中心にあるものから出発すれば、輪の外側まで広がっていくと、主張します。

 

アンはさらに興味深い言い方をします。『地上にある神の王国は、今ある喜び、ここにある平和、自他にある愛で作られている』

 

アンは海の教えに耳を傾けます。忍耐、信念、寛容であり、質素、孤独、断続性です。

さらに、行ってみなければならない浜辺はまだいくつもあり、貝殻もまだ幾種類もある。私は一歩を踏み出したに過ぎないと。

 

アンはまた休暇を利用して、いや、無理にでも休暇を作って、まだ行ったことのない浜辺へでかけ、まだ拾ったことのない貝殻を手にするでしょう。そのたびにアンは成熟するはずです。

 

アンは1906年に生まれ2001年に亡くなっています。実に20世紀をまるごと生き抜いたのです。おそらく一人の晩年の時期が長くあったのではないでしょうか。アンはどんな高齢者だったのでしょう。どんな信念で老いの日々を生きたのでしょう。おそらく、『ここ』と『今』と『個人』に愛を注ぎ、さらに中心から外の輪へ向かった先駆的なグローバル人だったのではないでしょうか。

 

 

 

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書林の風から 『海からの贈物』その7 アン・モロウ・リンドバーグ 吉田健一訳 新潮文庫
 

★たこぶね

この貝も聞いたことがありません。一度も聞いたことがありません。アンも海岸で見つけたのではなく専門家の収集でしか見たことがないと言っています。アンは貝そのものよりもたこぶねの生き方に魅力を感じています。たこぶねの生態については他で知識を得たほうがいいと思います。私も、本書からは具体的な生息の様子を知ることができませんでした。

 

要するに、これはタコの一種で、自分で貝を作り、ひと時住まいますが、産卵後子どもたちがこの貝の中で育ち(アンは子供のための揺籃と言っています)海へ泳ぎ去ると、母のたこぶねは貝を捨てて新しい生活を始めるのです。貝は子供にとっても母親にとっても仮の住まいなのです

 

本文抜書き

『これは人間と人間の関係が次に達すべき段階の象徴と考える。中年の牡蛎の状態を脱出した時、貝を離れて大海に向かったたこぶねの自由を期待していいのだろうか。想像力の世界に向けて出帆することになる』

『二人の関係(おもに夫婦でしょうか)は初期の排他的な性質のものではなく、牡蛎のように仕事本位の、相手を頼りにしあっているものでもなく、成熟した二人の人間としての関係がある。各自がさらに成長する余地があり、自由があり、お互いが相手の解放の手段になる関係、二つの孤独が触れ合うという考え方は、簡単には自分のものとしすることはできない。女が大人にならなければ実現できない。そのために女は自分一人で努力しなければならない』

 

『女は自分で大人にならなければならない。一人立ちできるようになることが、大人になることの本質である。成長とは分離することであるが、木は一本の木である。二つの別々の世界、あるいは二つの孤独は各自が貧弱な一つの部分の半分だった時より多くのものをお互いに与えることができるのではないだろうか。二人が二人の間にある距離を愛するに至るならば、二人だけのまたとない生活が始まることになる』

 

『我々の感情や付き合いの「真実の生活」も、断続的なものである。潮が満ちてくるとそれに飛びつき、引き始めると慌てて抵抗し、潮が二度と満ちて来ないことを恐れる。恒久的な持続に執着するが、生活でも、愛情でも、その持続は成長、流動的、自由であることにしか求めることはできない。しかし、断続的であることを自分のものにすることは非常に難しい。生活が引き潮になっている時に、どうすれば生き抜くことができるだろうか。波の谷に入った時にどうすればいいのだろうか』

 

『この浜辺での生活から私が持ち帰ることになった一番大事なことは、潮が満ち引きするどの段階にも、波のどの段階にも、人間関係のどの段階にも、意味があるという思い出かもしれない。集めた貝はポケットに入れて持っていける。貝は海が引いてまた戻って来るのを永遠に繰返していることを、私に思い出させるためだけかもしれない』

 

アンは家族から離れ、都会の喧騒からも離れて、島に滞在して、何種類かの貝を掌に乗せて、制限されない自由な時間に浸りながら、本書一冊書くだけの思索をしたのです。

 

私は、都会の自室の机上でアンとその著書に対峙し、小さな感想文を書くつもりだったのが、11月一か月を費やしてしまいそうです。よい書物に出会いました。そもそも本書を見つけたのは、須賀敦子の一冊からです。そこにはこんなフレーズがあります。『人生のいくつかの場面で、私を支えてくれた、書物というかけがえのない友人たち』。こんな風に表現できたらと、ため息まじりにほれぼれとします。

 

それはそうと、『海からの贈物』は、浜辺からもとの日常へと戻る支度をしているアンが、島の生活を総括している記事が続きます。私もこの書物全体の総括をしたいと思っていますが、ちょっと時間が必要かもしれません。ひとまずこの項は終了します。

 

 

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