世相の風から 新型肺炎とコロナウイルス

  • 2020.01.28 Tuesday
  • 12:32

世相の風から 新型肺炎とコロナウイルス

 

中国で新型の肺炎が流行っていると知って、

ああ、またかと軽く他人ごとに考えていたが、

とんでもない話になった。

今や、日本ではチャーター機で

現地におられる日本人を帰国させる騒ぎになった。

日に日に死亡者が増え、罹患者数もうなぎのぼりだ。

手のつけようがないとはこのことか。

 

今や地球は一つだ。

裏側も表側もない。南も北もない。

遠い国も近い国もない。

こんなにも人々が往来しているとは

一つ所に何十年と住み着いている者には考えも及ばない。

しかし、人々とともにウイスルはやってくる。

手洗いや、うがいや、マスクはするものの、

完全ではないことは確かだ。

恐ろしい世の中になったものだ。

 

 

 

 

 

世相の風から 変貌する師走の我が町

  • 2019.12.09 Monday
  • 13:22

世相の風から 変貌する師走の我が町

 

 

小学校脇にあった小さなお店とその家屋の解体が始まった。ごく普通の2階建て家屋だったが、3、40年前になるだろうか、奥さんがお店を始めた。町では「金魚屋さん」と呼ばれ、親しまれた。はじめは子供相手に金魚やメダカを売っていたが、やがて立派な水槽や熱帯魚も売るようになり、そのころ、家庭でも水槽を備えて珍しい魚を飼うのは流行ったが、ブームでもあったのか、お店の前はいつも人だかりがしていた。

 

ご主人も手伝うようになり、お店は繁盛した。働き者の御夫妻だった。奥さんは朝早くから家の前の道路を清掃し、落ち葉一つないほどきれいだった。道行く人に愛想よく声をかけ、金魚を買わない私でさえ懇意になり話し込むこともあった。

 

数年前から、奥さんの姿が見えなくなった。街路樹の周りも雑草が伸び放題、お店も開いているのかいないのか、薄暗いままになった。たぶん、老齢化しているとは感じていた。そのうちに「町の風」が教えてくれた。奥さんは脳梗塞で倒れ、ご主人がお世話していると。そのうちご主人の姿もぱったりと見なくなった。また町の風が教えてくれた。ご主人が、認知症になり、すでに施設に入所し、奥さんは別の施設にいるとのこと。どこにでもある風景であり風聞であろう。しかし、往年の奥さんの笑顔と、眼鏡をかけ、箒を持つご主人の顔が大きく目の前に見えて、切ない思いになった。

 

町の風である隣家の婦人が「しょうがないよ、みんな年取っていくんだよ。施設の費用のために、この家は売りに出されている。子どもたちが決めたらしい」と教えてくれた。数日前から作業員が動き出した。やがて家全体に足場が組まれシートがかぶせられた。今朝、郵便ポストに行く途中に、重機の音がしてあの巨大な壊し手が縦横に動いているのが見えた。

 

町の風である隣家の奥さんとご主人が現場近くに立ってじっと見つめていた。そういえば、その家の一代前の人たちともあいさつを交わしてきた。住みだしたのは戦後すぐだろうから、かれこれ70年になるだろう。この家は三代でこの地での暮らしを終えたのだ。もちろん三代目はどこかに元気に生きているだろうが、もうこの近辺とは無関係だ。

 

我が家の数軒先の家も、近ごろ売りに出され、今は流行りの駐車場になっている。小さいながらも工場を経営して家はビルに建て直し、町会の役もして活躍していた。3代目で、売りに出した。初代は我が両親と同じ世代、2代目は私と同じ世代、3代目は我が家の娘と同級生だった。別れの挨拶もなく、いつのまにか駐車場になってしまった。戦前に生まれずっと同じ地にいる私は、町の移り変わりをじっと見てきている。今、町には高層マンションがいくつも聳え建っている。アジア系の外国の人たちの姿が目立っている。

 

 

 

世相の風から 戦後74年 昭和20年8月15日

  • 2019.08.15 Thursday
  • 21:37

世相の風から 戦後74年 昭和20年8月15日

 

今年も終戦記念日が巡ってきた。

74回目という。戦後74年になるということだ。

あの日のことを言い表すには、

昭和20年8月15日という呼び名が

私にとっては一番実感がわく。

幼いながらその日を知り、ずっとずっと聞き続けてきたからだろう。

また、1945年の表現も使い慣れた。

 

今年新しい元号になったが、私には今では西暦が一番慣れ親しんでいる。

おそらく今後、令和は使わないだろう。

とはいえ、

全国戦没者追悼式で代替わりした天皇ご夫妻が参列し、

お言葉を述べられたのは新鮮だった。

先の大戦を経験しなかった人たちに、

戦争を嫌い、平和を愛し、

平和のために尽くす人たちが勢いを増すことを願うばかりである。

 

台風10号も恐ろしい。被害がないように、素早く通り過ぎていくように祈ります。

 

 

世相の風から 母の日に

  • 2019.05.13 Monday
  • 12:56

世相の風から 母の日に

 

母の日は今やこの時期の商売の一大広告塔になっている。母の日の起源やスピリットなどどこへやら、とにかく「セール」である。そしてシンボルは「カーネーション」である。昨日、駅前のお花屋さんに近づいてみた。なんと大行列である。いままでも人だかりはあったが、こんなに多くの人がお店を取り巻いていたのには驚いた。今まで見た事もない人員整理のポールまで立っている。とてもおかしく楽しく愉快な気持ちで眺めた。

 

一人ひとりにインタビューしたらどんな答えが聞けるだろうか。遠方のお母さんに送るのなら、当日の夕方では間に合わないだろう。同居のお母さんさんにだろうか。近くに住むお母さんにだろうか。実母だろうか。ご主人のお母さんだろうか。若い女性が多かった。鉢を抱える人も、花束の人も、ほんの数本の人もいた。バレンタインの時の「義理チョコ」を思い出した。とにかく世間の風の手前、「義理カーネーション」でも送らねばという人もいたかもしれない。一人ひとりの理由と心情を知りたい思いになった。たくさんのドラマがあるだろう。贈り物は人の心を和らげるし、なだめる。愛と呼ばれる行為はしたほうがいい。

 

お母さん側からは「その気持ちだけでいい」との意見が多いそうだ。気持ちってなんだろう。目に見えない気持ちはどうやって伝わるのだろう。もちろん日ごろの関係でわかるだろうが、行為や物で伝えるのも一つの方法ではないか。受ける側は素直に感謝して受ければいい。電車の中で席を譲られるのと同じように。素直にシンプルに。贈るほうも「ありがとう」。受けるほうも「ありがとう」。そこに美があり、愛が見える。希望の風が吹く。

世相の風から 時代の節目を迎えて

  • 2019.04.30 Tuesday
  • 21:12

世相の風から 時代の節目を迎えて

 

天皇陛下が自らお仕事を退いて、

いわば自発的に退職されて、

後継者に譲るのは、

まことにご立派なことで、

地位が高い方ほどなかなかできないことだろう。

まして一存ではいかないことだけに、

よくご意志を貫徹されて今日の日を迎えられたと感動する。

30年間、よくぞ激務をこなされたと思う。

 

退位に伴って元号も変わるか、

私はずっと西暦で通してきたし

これからも西暦を使うつもりなので、大きな感慨はない。

先ほどある友人から、

「平成の30年間は個人的にはどんな時代でしたか」と質問され、

はたと考え込んだ。彼女は、

「私はガンになったことと、3・11が一番大きな出来事でした」と言われた。

彼女のように、自分の歴史を振り返る良い節目の時かもしれない。

しばらくそのことについて思いめぐらしてみようと思った。

世相の風から 池江璃花子さんのきびしさ 

  • 2019.03.07 Thursday
  • 13:15

世相の風から 池江璃花子さんのきびしさ 

 

池江さんの発病を知って以来、気にしていました。私の住む地域に近いところにおうちがあるようで、あのスイミングクラブの場所はよく知っています。この地域の子どもたちが通っていますし、送迎バスをよく見かけます。そんなことから親近感を抱いていましたので、発病の報にはびっくりでした。こんなむごいことがあるだろうかと、胸が痛みました。

 

久々にコメント出ましたが「思ってたより、数十倍、数百倍、数千倍しんどいです。三日間以上ご飯も食べれてない日が続いてます。でも負けたくない」の声に、またまた切ない思いをしています。治療を受けた人なら、彼女の発言に大きくうなずくでしょう。ほんとに、思いをはるかに超えて、言葉ではとても表せない状況だと、推察します。小さな体験ですが、したことがありますから。

 

しんどいという語彙は東京の下町にはありませんが、実に言い得ていると思います。「数千倍しんどい」が最適な表現だと思います。しかし、あれだけの偉業を成した方ですから、メンタルは強いでしょうが、体と心は一体です、気持ちがくじけることがあるかもしれませんが「負けたくない」を最後までつらぬいてほしいと願います。

 

最初のころ、彼女が「神は耐えられないような試練には会わせない」と言われましたが、聖書のことばです。神のことばです。今もそのみことばを握りしめて戦い抜いてほしいと願っています。ちなみにみことばは「耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます」と続きます。「脱出の道」が備えらますように。

 

コリント第一・10章13節

『あなたがたの会った試練は,

みな人の知らないものではありません。

神は真実な方ですから、あなたがたを、

耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。

むしろ、耐えられるように、

試練とともに脱出の道も備えてくださいます』

 

 

 

 

世相の風から トランプさん、金正恩さん、しっかり!

  • 2019.03.01 Friday
  • 22:46

世相の風から トランプさん、金正恩さん、しっかり!

 

二回目の米朝会談を楽しみにしていた。全くの野次馬である。こんな無責任な者がいるからお二人もやりにくいだろう。会談の結果は「決裂」とか「合意に達せず」とか、まあ、さまざまな記事と意見が沸騰している。一つのことに対する見方、見解は10人いれば10個あるだろう。よくぞここまで出てくるものだと思う。人々の後ろから背伸びして見物する私でさえなにがしかの思いがあるのだから。一度や二度の話し合いで重大問題が解決するわけがない。みんなわかっているのだ。だから短気を起こさずに、なんどでも会って、議論して、一致点を見出してほしい。一致点とは世界平和のためである、間違っても自分の国や自分のためではなく。ふん、と一笑に伏されてしまうだろうが、あえてそう言いたい。お二人には、イエス様が言うように「平和を作り出す」幸いな人になっていただきたい。

 

世相の風から 移民キャラバンとは?

  • 2018.11.19 Monday
  • 10:43

世相の風から 移民キャラバンとは?

 

近ごろ目につき心を占める世相風景は「移民キャラバン」の様子である。情報は細切れにネットで見聞きするだけだから、ほんもののやじ馬でしかないが、この先どうなるのだろうと、目が離せない思いである。もともとのはどうして起こったのだろうか、だれかが呼びかけたのだろうか、最初は小さな群れであったに違いないが、あれよあれよという間に数千人の大集団になったようだ。中南米の人々が合衆国移住を目標にしているという。

 

「アメリカに行きさえすれば何とかなる、幸せになれる」そうした一途な夢と願いから、今までの自分たちのすべてを置き去りにして家族ともども旅を続けているという。日本という島国生まれ育って、しかも私など、70年以上も同じ場所に暮らし続けている者には、他国へ移住しようとする方々の事情など全くわからない。わからない者が考えたり言ったりするのは余計なことで、邪魔だと一蹴されそうだけど、しかし、考え込んでしまう。

 

このニュースを見た時、とっさに思い出したのは「聖書」にある「出エジプト」したイスラエルの民のことであった。彼らは一人のモーセという力あるリーダーのもとに結集して、エジプトでの奴隷の苦役から集団脱走した。延々と続く行列がイスラエルの民のように見えてしまったのだ。彼らは一夜にして出発した。パンを焼いているお鍋を抱えての旅立ちであった。生まれ場ばかりの赤ちゃんも、歩行困難の老人たちもいただろう。病床に伏していた人もいただろう。しかし全員ひとり残らずエジプトを後にした。まごまごしていたら軍隊が追跡してくる緊迫した状況であった。いのちからがらの脱出であった。

 

「移民キャラバン」の人たちも後戻りはできないに違いない、しかし、入国を拒否された時はどうするのだろう、帰るところはあるのだろうか。こうした現象は今回が初めてではないようだ。近くは数年前、中東からドイツに向かってもっともっと大勢の人たちが移動した。幸い、メルケルさんが寛容政策を掲げて受け入れた。国内は混乱し、義性もあった。今や、メルケルさんはその座を降りざるを得なくなった。合衆国ではトランプさんが最初から両手を広げて通せんぼのアクションを示している。

 

この先どうなるのだろう。あの人々はどこへ落ち着くのだろう。衣食住を得て、安心して暮らせる場所があるのだろうか。出てきた国の為政者はどうするのだろう、通過中のメキシコはどのように扱うのだろう、彼らの目指す国アメリカはどう対処するのだろう。

世相の風から 外食、中食(なかしょく)、おうちごはんのこと

  • 2018.11.12 Monday
  • 22:05

世相の風から 外食、中食(なかしょく)、おうちごはんのこと

 

世の移り変わりはいつの時代もそうなのだろうが、すさまじいものがある。振り返ってではなく、今現在その渦中にいても、目のまわるほどだ。流行というのだろうか、それに付いていけるのは年代の若い人だろう。実は若い人はその流れを作るご当人かもしれない。知らない間に、知らない言葉が当たり前になっている。

 

「中食」がその一つだ。昼食でなく「中食」、「なかしょく」と読むのだそうだ。外食は昔からあったのでよくわかる。毎日家で作る食事は「おうちごはん」というのだそうだ。呼び名はどうであれ、内容はよくわかる。

 

「なかしょく」ってなんだろうと、聞き耳を立てていると、なあんだ、よくわかってきた。お総菜やお弁当など調理済み食品を自宅で食べることを言うのだそうだ。自宅で食べることがポイントのようだ。いわれるまでもなく、どこへ行っても食品売り場にお惣菜やパックに詰められたお弁当があふれている。いかにもおいしそうに、自分ではなかなか作れないようなすてきなおかずが氾濫している。高級なものもあるが、手ごろな値段のもある。家で作ったほうが高くつくものもある。ひとり食事の人にはピッタリだ。便利な世の中になったということか。

 

しかし昔からお惣菜を売るお店はあった。お肉屋さんでコロッケやカツを売っていた。魚屋さんが店先でお魚を焼いていた。乾物屋さんでは、毎日、煮豆や煮物や佃煮を何種類も売っていた。パン屋さんではサンドウィッチやコッペパンにジャムやバターをその場で挟んでくれた。わざわざ「なかしょく」と言わなくてもごくふつうに存在していた。なぜ今「なかしょく」といって話題をさらうのだろう。理由はまだ研究していないのでよくわからない。

 

私の現在の食事スタイルは「おうちごはん」の一言に尽きる。「外食」は時にチャンスがあれば出かける。独りで「外食」することはほとんどない。家族や友人たちと、歓談を主に「外食」することはとてもうれしく楽しみである。この回数は多いかもしれない。誘われれば断ることはない。都合が悪ければお互いに調整し合って実現させる。これはもう単に日常の食事という枠を超えているから話を折ることにする。

 

「なかしょく」であるが、今のところは、敢えて出来たもの買ってくるはしない。お店でおいそうなものが目に入ると、よくよく見てきて作ってみる。それがとても楽しい。私の日常の食事はいたってシンプルである。粗食ともいえる。おいしいものは大好きだが、私の好みや味覚の範囲でのおいしいものである。だから、たかが知れている。

 

格差社会であり、差別も著しい世界である。たとえ粗食でも三食に事欠く人々は無数におられる。外食でもいい、中食でも、おうちごはんでもいいが、一瞬でもいいから、苦境にある方々を覚えて、感謝して食したい。

 

 

 

 

世相の風から スターは一夜にして誕生!

  • 2018.09.15 Saturday
  • 10:54

 

 

台風や大地震の被害状況を知って、心を痛め、うろうろしていたところ、突然に、「大坂なおみ」さんが日本だけでなく、世界中の絶賛を浴びて大スターになった。申し訳ないけれどグランドスラムで優勝されるまではあまり存じ上げなかった。そんなわけで私にはびっくり仰天の出来事であった。しかし、文句なくうれしい!これを快挙と言わずに他に何があるのか。おりしも日本中が痛みに苦しみ悲しみに沈んでいた真っ最中だった。しかもなおみさんの母上は北海道の方だ。現に祖父の方は住んでおられる。かの地は未曽有の災害のただ中にあるが、この朗報は言いしれない力と希望になったことだろう。

 

それにしても、今や、マスコミのどこを見ても「大坂なおみ」一色である。彼女のせいではないが、世相の風とはこうも時の話題に大揺れに揺れるのかと、多少斜めに構えたい思いも沸く。なおみさんにはますます大いに活躍していただきたいが、日本列島どこにもおられる被災者の涙の拭われる日が一日も早く来ますようとの祈りも忘れてはならない。そのように自分自身を戒めている。

 

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