人生の逆風の中で見つけた希望の風を、小説、エッセイ、童話、詩などで表現していきます。

日々の風から さつきの風の連続プレゼント
日々の風から さつきの風の連続プレゼント








 
GWといわれても毎年じっとしている。今年は特に期限のある手持ちの雑事が詰まっているのでそちらを最優先することにした。我が家は、婿殿はカレンダー通りのお休みである。それでも束の間であるが通勤から解かれることは大いなる休養になると思った。いつもすれ違いの家族の一家団欒も楽しめるのではないと、おばばは陰なら願っていたが、孫たちはそれぞれ自分たちのワールドで超多忙らしい。いつもと同じようにお弁当まで持って、早朝から勇ましく出かけていく。GWなんてどこ吹く風のようだ。それならそれもまたよし、と思う。
 
その矢先、長女夫婦に声をかけられて、ガラガラ空きの都心へ誘われた。都内の庭園へ出かけることになった。浜離宮と古河庭園。庭園のはしごはさすがに電車ではできない。思いがけないプレゼントである。さつきの風の恵みである。いそいそと車に乗り込んだ。

 




 
 
 
 

 
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世相の風から エコノミークラス症候群の恐怖
世相の風から エコノミークラス症候群の恐怖
 
熊本地震発生から一週間が経った。被害の深刻さは増すばかりだ。ずっと、ずっと報道に聞き入り、映像に見入っている。今回は前震、本震などと、初めてのことばを聞いて、びっくりした。震源が一つだけでなく、いくもの断層が同時に活動していることも新しい現象ではないだろうか。そして、なおその活動は収まらない。これでは避難する人たちの不安は増すばかりだ。たとえ家が倒壊していなくても、じっと家になどいられないだろう。
 
エコノミークラス症候群で命を落とす人があり、その症状が増えているという。恐ろしいことだ。車の中で過ごしたくなるのは当然ではないか。ペットを飼っている方や、小さなお子さんを抱えたご家族が車中生活をしておられた。車の方がいい。しかし、そこには命を奪う危険があるのだ。犠牲者は高齢の女性が多いそうだ。なぜかと思ったら、水を制限してなるべくトイレに行かないためだとか。もっともな理由だ。よくわかる。しかしそれが死に至るとは、ほんとに恐ろしい。
 
被災した人たちは想像もできない苦難の中におられるのだ。支援の手もミスマッチが多いとのことである。なんとかしてニーズにあった支援がなされていきますようにと、心をそこへ傾けながら願い祈ります。
 

 
 
 
 
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世相の風から 熊本・大分の大地震お見舞い
世相の風から 熊本・大分の大地震お見舞い
 

 
被災された数多くの方々に、遠くからですが、お見舞い申し上げます。
自分が当人だったらと、できるだけ我がこととして考えながら、
体いっぱい、心いっぱい受け止めて、祈りを重ねています。
今朝は日曜日です。これから教会の礼拝に出かけます。
聖書のみことばに耳を傾けながら、祈り続けます。

イエス・キリストの助けと慰めを祈ります。

 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
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日々の風から 大雨降って春本番か
日々の風から 大雨降って春本番か

東側の窓ガラスに当たる雨の音で何度も目覚めた。昨夜半から明け方のことである。派手な音であった。天気予報通りだと、妙に感心、納得して朝を迎えた。月曜日の朝だから、婿殿を筆頭に、孫たちもいつもの通り学校へ出かけて行った。こんな大雨は久しぶりではないか。出勤、登校時の強い雨は歓迎できない。しかし、真冬の雨とはどこか違う。春を運ぶ雨だからだろう。春は風が運ぶと思っていたが、雨もひと役買っているようである。温かい朝である。寒いとそれだけで気持ちが萎縮するが、こんなに暖かいと雨も怖くない。気分は上向きである。

 
ふと、いつもいつも天気や気温や寒暖に振り回され、そのたびに心も体もアップしたりダウンしている自分に呆れてしまう。しかし切実でもある、気候、季節に合わせて、何を着ようか、何を食べようかと考えざるを得ない。時に悩むことも多い。そのたびに、イエス様の言葉が頭を横切る。『何を食べようか、何を着ようかと思い煩うな』。もちろんみことばの真意はほかにあるだろうが、案外、こんな些細なことをも指しているのではないだろうか。
 
午後になって雨は上がった。日差しまでには至らないが、外気はすがすがしい。ミニ花壇の花たちが喜んでいるのがよくわかる。水道の水よりずっとおいしいのだろう。神様からの慈雨なのだから。
 
『ほら、冬は過ごさり、大雨も通り過ぎていった。
地には花が咲き乱れ、歌の季節がやってきた。
山鳩の声が私たちの国に聞こえる』雅歌2章11、12節。
 
季節的にいくらか早いかも知れないが、一年に一度は載せずにはいられないみことばである。
 
 
 
 

 
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日々の風から 今年最初のクリスマス
日々の風から 今年最初のクリスマス
 


11月の最終土曜日は、我が日本クリスチャン・ペンクラブは一足早いクリスマスと称して、いつもの例会をクリスマス集会にしています。12月に入れば会員の所属するそれぞれの教会でのクリスマス行事が立て込んでくるからです。今日がその日。朝から雲一つない青空が広がり、外に出てみると空気もさほど冷えていません。外出日和で感謝です。「あかし文章」を書く集まりのせいか、会員の年齢は高めですから、悪天候では困ってしまいます。
 
今日は久々のお顔がちらほらと見える予定です。この秋に長い厳しい介護の末に母上を天に送って娘としての大役を果たし、そのすぐ後に一人娘さんの結婚の祝事があって母親としての大役も果たしたT姉が約一年ぶりで来られます。また、大きな手術と闘病が続いていたS姉も愛息に付き添われて出席されます。岩手から夜行バスでS・S姉が駆けつけます。あの大水害のそばの常総市からM牧師がメッセージに来られます。今年も皆勤ですが、水戸の先から85歳のK兄が参加されます。老老介護の戦場からH姉が茶菓を準備して来られます。
 
一人ひとりが命がけの日常からしばしの時を捻出して抜け出してくるのです。しかも遠方からです。二時間足らずの小さな集会ですが、そこには人生の「喜怒哀楽」が凝縮していると思います。支払う犠牲は大きいのです。それだけに、犠牲を補って余りある確かな収穫を得る時でありたいと思います。もちろん収穫は目に見えません。掌に乗せることもできません。魂に注がれ、心を満たすものです。それを期待すればこそ、参加するのです。そして、それは確かにあるのです。
 
クリスマスのヒーロー、イエス・キリストが待っておられます。私たちを罪の暗闇から救い出してくださる神の御子イエスさまが、私たちを迎えてくださいます。参加者はこのお方に会いに来るのです。日々会っている方ですが、この集会でもお会いしたいのです。そろそろ私も出かけます。『かいばの桶にねている/やさしい顔のイエスさま』にお会いするために。
(会の様子はまたお伝えします)

 
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日々の風から 長かった九月
日々の風から 長かった九月
 
いつもは時の経過を、あっという間にと、恐ろしく月並みな言い方を借りて済ませていましたが、この九月ばかりは長かったとため息を交えてつぶやかざるを得ませんでした。
もったいぶったいい方ですが、私にとっては一大事が起こってやきもきしたからです。
 
毎日毎日身の回りで何よりも長時間愛用している、いや、お世話になっている、そうではなく酷使しているパソコンがついに動かなくなってしまったのです。昔風に、揺すったり叩いたり、今風に、繋いでいるコードを全部外したり、入れたり切ったり、たいてのことは試みたのですが、作業の途中にもかかわらずまるで突然死のように凍結してしまいました。もう手も足も出ず、万事休す、です。気分がどんどん沈んでいき、力も抜けていきました。
 
努めて冷静に娘に話し、アドバイスに従って販売店に電話を掛け、状況を詳しく説明し、あちらの意見に従って見ていただくことになりました。つまり故障を直してもらうために持参することになったのです。パソコン入院です。むなしくも、モニターとキーボード、マウスを机上に残して、本体を包んで秋葉原へ出かけました。
 
やっとのことで、あの特殊な雰囲気の秋葉原電気街の細い路地の小さなお店の地下へ導かれました。一階のお店には見慣れた製品が美しく並び、背広姿の元気な店員さんがセールスに専念しておられましたが、地下は一転して恐ろしく殺風景でシンとしていました。冴えない色の作業着姿の、技術者なのでしょうか、若くない男性たちがごそごそと無言で動いておられ、それでも、一人の方が、狭い小さなカウンター越しに、とても丁寧に応対してくださいました。
 
娘と私を相手に一時間くらいあれこれとテストし、説明し、その場では無理とのことで、預けることになりました。一番気になる修理期間を問えば、あっさりと1,2週間と言われましたが、受け入れるしかありません。ちょうど折悪しくシルバーウイークとやらに突入、これではますます遅くなると、気分は滅入るばかりでした。
 
昨日、引き取って来るまでの10日間、マイパソコン不在の日々を書くとしたら、膨大な量になるでしょうから、割愛します。家族の大きな助けがあり、友の祈りと慰めや励ましがあったことだけは省くわけにはいきません。
 
最後に、修理の甲斐があって、今現在支障なく動いていることを伝えますと、驚いたことにみなさんから判で押したように同じ言葉が返ってきました。
「やりすぎないように」、「ほどほどに」、「休み、休み、ね」でした。肝に銘じます。
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日々の風から 雨の9月1日

                           夏の思い出・松原湖

日々の風から 雨の9月1日
 
9月は月の変わり目だけでなく季節の変り目の時期でもあって、意識的に注目の月です。
たいてい9月の声を聞くとホッとするものです。立秋は現実には残暑厳しき頃ですから、気休めの秋です。しかし今年はこのところずっと肌寒い様なぐずぐずした雨模様の日が続いているので、9月1日の感慨は味わえません。季節感がますます薄らいでいる気がします。
 
かつては、9月1日は登校する子どもたちが朝の通りを元気に賑やかに埋めたのですが、今朝はどうだったか、いつもと変わらなかったように思います。それというのも、すでに先週当たりから始まっている学校もあるのです。3期制の学校もあり、二期制のところもあって、一斉ということはなくなりました。昔人間から見ると、締りもメリハリもなく、ボケボケしているように感じます。
 
子どものことばかりでなく社会全体に感じます。個人個人は十分にメリハリのある生活をしているのでしょうが。それもいいのかもしれません。社会全体がいつも一色なのはむしろ危険かもしれません。それにしてもオリンピックの準備はこんなにボケボケしていていいのでしょうか。会場騒ぎが続いているさなかに、シンボルのマークがなにやらおかしいです。
世界中が期待し注目しているのですから、もう少しパキッとしてもらいたいです。年寄りに小言を言わせないでください。せっかくの9月1日がおかしな記事になりました。
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世相の風から 栄枯盛衰・シャッター通りに木枯らし吹いて
世相の風から 栄枯盛衰・シャッター通りに木枯らし吹いて
 
わが世の春が永遠でないことは自明の真理。盛者必衰の理あり、です。最新の世相を見てふと口をついたのは平家物語の冒頭です。「たけき者も遂にはほろびぬ、 偏に風の前の塵に同じ」。しかし、当事者の心中は「この世をば/わが世とぞ思ふ/ 望月の/かけたることもなし/と思へば」なのでしょう。
 
話題は変わりますが、所用があって久しぶりにかつて毎日のように歩いた通りに行きました。同じ町内ですが、近年はぱったりと行かくなっていました。私の生活スタイルが変わったせいもあって行く必要がなくなったのですが、そこが、まさにシャッター通りになっていたのです。
 
もともと下町の密集地帯なので大型店舗が入ってきて、営業妨害されたのではないはずです。
後継者へのバトンタッチがうまくできていない場合が多いようです。初代が命がけで築き、二代目はその光りでなんとか持ちこたえますが、三代目になると、息が切れてしまうのでしょうか。三代目の個性が強く出てくることもあります。従順に引き継いで行く場合と、全く違う働きを選ぶことだって大いにあります。職種によっては世の中の変遷によって、今や斜陽の仕事になっていることもあります。一様に三代目を無能者呼ばわりはできないとも思います。かつて、尊敬する老年者から『売り家と唐様に書く三代目』と聞かされました。それももちろん一理はあるでしょうけれど。
 
シャッター通りを歩きながら、ここは○○店だった、ここは△△屋さんだった、ここは大きな工場だった、会社だったと思い出しました。シャッターを降ろしているところと、マンションや駐車場にしているところが目立ちました。まさに時代の象徴です。
 
相続争いでどうにもならず、当時のまま手付かずに閉めたままになっている大きなお店があります。駅の近くなのにもったいないと思います。敷地を分けて、すてきな邸宅を建てたのに、無人のままの家が2か所あったのには驚きました。同じ表札を掲げている隣りの古いままの家には人が出入りしていました。どんなドラマが潜んでいるのでしょう。
 
暇人の老女と思われるでしょうが、70年も住み続けている我が町なので自然と目に入り、耳に聞こえてきます。町や人の変わり様は、私には人生勉強の貴重なテキストです。生の現実と聖書が重なってきます。『草は枯れ、花はしぼむ。しかし主のことばはとこしえにたつ』が最近しきりに脳裏を去来します。『主のことば』に強く捕えられます。マリヤのように静かに深く思い巡らしたいと思います。
 
八十代に入った姉妹が少し弱くなってきました。女傑でした。信仰街道をまっしぐらに走ってきました。それこそ脇目も振らずに。健康そのもので病らしい病に罹ったことはない方です。ご両親も長命でした。その姉妹が、足腰を弱くしています。これは自然なことなのでしょう。明日の、すぐ近くの明日の、自分だと思います。私は健康そのもので来たわけではなく、怪我や病気をいくつも経験してきているので、もっと老いは早いと覚悟していますが。ですから行きつくところは、「今日も一日生かされた」その感謝以外にありません。
 
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日々の風から 教会はアドベント第一週
日々の風から 教会はアドベント第一週

 
悪天候で迎えた師走の一日は、寒気は弱くわりに暖かい日でした。お茶の水の一室に、所属する日本クリスチャン・ペンクラブの奉仕者が集まって委員会を開きました。
 
先月下旬に、すでにクリスマスムードで例会を催し、はやばやとクリスマスの讃美歌を歌い合いました。小さな団体ですが、「あかし文章」をもって、神の恵みを発信しています。ちょうどこの時期に合わせて、二年がかりで会員の作品集『春夏秋冬』を出版できました。一テーマを400字、あるいは1200字の超ミニ文章にまとめます。この一冊には約150篇の作品が収録されました。執筆する会員はいずれかの教会に席を置く信徒たちです。日々の生活の苦楽の中で体験するイエス・キリストの愛、救い、赦しなどの恵みを書き綴っています。
(この本については、HPに案内があります。ご覧いただけたら幸いです。アドレスは 
http://jcp.daa.jp/ です)
 
今年最後の委員会では、一年を振り返って感謝するとともに、早速1015年の年間計画を練りました。二年後に、また新しい作品集を出版することを目標に、隔月ごとの例会では、テーマ作品を持ち寄って、文章作法の学び、グループ別の合評会を通して作品を完成させていく、地道な歩みを重ねていこうと、決意を新たにしました。
 
とはいえ、委員会メンバーはどうしても高齢者になってしまいます。次に作品集を生み出すまでのたかが2年先でさえ、元気で奉仕できるかと、そこへ話が散ってしまいます。感謝なことに一人、二人と、少し若い年代の方々が加わっており、よく学び、よく書き、小さな働きも喜んで手伝ってくれます。そうしたメンバーを視野に入れつつ、できるところまで精一杯働いていこうと励まし合いました。
 

今週、教会暦ではアドベント第一週に入りました。21日のクリスマス礼拝の日まで、教会は様々行事でフル回転です。すでに教会の玄関わきにはクリスマスツリーも飾り、講壇脇のクリスマスクランツには、4本の赤いキャンドルが立ち、その1本が点灯されました。この6日土曜日の午後は、恒例の婦人会主催の【レディース・クリスマス】です。メッセージや特別賛美や軽食など、婦人会はすでに活発に動いています。私も担当のところで一働きがあります。体調を整え体力をつけて参加しようと思います。ハレルヤ!
 

 
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日々の風から もうひとつの秋の庭で
日々の風から もうひとつの秋の庭で





16日に関東を襲ったM5.6の地震には強いショックを受けました。私には311の次に大きかったような気がします。心はじきに立ち直ったのですが、体そのものが無意識のうちに反応したのか、ガクガクとして、しばらく両手が震えていました。それにもまた驚きました。突然のことには弱いものだなあと実感しました。先日のゲリラ豪雨といい、この秋は慌てふためいています。
 
一方で、自然界は予定通り運行して、美しい秋へと進んでいます。今年は一か月早いと言われているように、秋のスピードは加速しているようです。公園ではすでに落葉が始まっています。
 
知人に誘われて、江戸川を渡って市川へ行きました。京成線国府台で下車し、江戸川堤を里見公園に向かって歩き、横切るようにして東へ進み、とある園芸農園に入りました。小さなカフェもあって、一休みしました。そこで、カメラを取り出したわけです。最近はふだんの外出でも万歩計を持参しますが、この日は期待したのですが一万歩には届きませんでした。




 


 
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