書林の風から ジョン・バニヤンと祈り その1

  • 2019.08.22 Thursday
  • 17:10

書林の風から ジョン・バニヤンと祈り

 

まだ読書の秋の看板を掲げる時期ではではありませんが、このひと夏を、小さな一冊に費やしました。たぶんどなたでもお持ちではないかと思いますが、書棚の奥にあった一冊に心が留まって読みふけっています。なんどでも読み返しています。ブログ上でもしばらくこの本と過ごしてみようと思います。

 

『ジョン・バニヤンによる祈りの力』著者ジョン・バニヤン、編者ルイス・ギルフォード・パークバースト、訳者棚瀬多喜雄(いのちのことば社)1990年3月30日発行 です。ところどころ製本がほつれてバラバラになっています。

 

ジョン・バニヤンと言えば、不朽の名作『天路歴程』で高名ですが、私が手にしているのは、彼が信仰の故に投獄されていた時、そこで記した多くの著書の中から祈りに関したものを編集したものです。コンパクトにまとめられていて読みやすくなっています。

 

最初にバニヤンの言葉が書かれています。抜き書きします。

『祈りとは、誠実に、はっきりした意識を持って、熱意を込め、キリストを通してたましいを神に注ぎだすこと、また聖霊の力と助けにより、神の約束、神のみことばにかなうものを求めること、そしてそれは、教会の益を願い、信仰を持って神の御旨に従おうとする重いから出てくるものである』

 

   1662年  ベッドフォード牢獄にて

             ジョン・バニヤン

日々の風から もう立秋!月齢は7日

  • 2019.08.08 Thursday
  • 22:36

日々の風から もう立秋!月齢は7日

 

猛烈に厳しい暑さが続きます。猛暑、酷暑、炎暑、極暑、厳暑と、

なすすべもないこの暑さへの呼び名があふれています。

どれが一番ぴったりするでしょうか。

 

今日8日から、今年は立秋に入ります。もう立秋です。

単に暦の上だけのことかもしれません。

毎年、この時期が暑さの頂点ですから。

しかし、日足は確実に短くなっています。

夏至からかれこれ40日になりますから、

時間で言えば日没は30分以上早くなっているはずです。

それがはっきりわかります。夕闇がすっと降りてきます。

 

台風の風の影響かもしれませんが、

空気が澄んでいるのか、夜の月が輝きを増しています。

今晩の月は7日。形は半月です。

フルムーン、満月は15日だそうです。

夜空が楽しみになりました。

結論として秋は近い、そう言いたいし思いたい。

これが本音です。

日々の風から インフルエンザ被害

  • 2019.01.31 Thursday
  • 19:06

日々の風から インフルエンザ被害

まだまだ冬枯れの上野公園

 

一月最後の日を迎えた。なんと早いこと。もう一月は終わりかとびっくりする。しかし、神さまの時計は狂ったことがない。創造の初めからそうなのだろう。これほど正確なことはない。これを正確というのだろう。人は一日を、一か月を、一年を、長く感じたり短く思ったりする。いったいどんな測り方をしているのだろう。よく言われることだが、子どもの頃は一日も一年も非常に長く感じた。年を取るごとに短く思うと。様々の理由付けがされるが、ほんとのところはだれにもわからないし、正解はあるのだろうか。

 

寒い寒いと言っても今冬は昨年に比べると気温が高い。私は早朝の室温を気にしているが、昨年は2、3度低かった。今、だれも暖冬とは言わないが、私は自分の部屋の室温から判断して暖かいと思う。だが、インフルエンザの猛威は昨年並みのようだ。予防注射をしても安心できない。もっとも予防注射をすれば絶対にインフルには罹らないとは医師は言わない。軽く済みますと教えられた。先だって定例の集会をしたが、急にバタバタとインフル罹患の連絡が入り、皆さん苦しめられているのがわかった。

 

今晩は雨が降り出した。乾燥が収まれば風邪菌も鎮まるだろう。

2月3日は節分。翌4日は立春である。心が軽くなる。

 

 

日々の風から さつきの風の連続プレゼント

  • 2016.05.09 Monday
  • 22:16
日々の風から さつきの風の連続プレゼント








 
GWといわれても毎年じっとしている。今年は特に期限のある手持ちの雑事が詰まっているのでそちらを最優先することにした。我が家は、婿殿はカレンダー通りのお休みである。それでも束の間であるが通勤から解かれることは大いなる休養になると思った。いつもすれ違いの家族の一家団欒も楽しめるのではないと、おばばは陰なら願っていたが、孫たちはそれぞれ自分たちのワールドで超多忙らしい。いつもと同じようにお弁当まで持って、早朝から勇ましく出かけていく。GWなんてどこ吹く風のようだ。それならそれもまたよし、と思う。
 
その矢先、長女夫婦に声をかけられて、ガラガラ空きの都心へ誘われた。都内の庭園へ出かけることになった。浜離宮と古河庭園。庭園のはしごはさすがに電車ではできない。思いがけないプレゼントである。さつきの風の恵みである。いそいそと車に乗り込んだ。

 




 
 
 
 

 

世相の風から エコノミークラス症候群の恐怖

  • 2016.04.20 Wednesday
  • 20:45
世相の風から エコノミークラス症候群の恐怖
 
熊本地震発生から一週間が経った。被害の深刻さは増すばかりだ。ずっと、ずっと報道に聞き入り、映像に見入っている。今回は前震、本震などと、初めてのことばを聞いて、びっくりした。震源が一つだけでなく、いくもの断層が同時に活動していることも新しい現象ではないだろうか。そして、なおその活動は収まらない。これでは避難する人たちの不安は増すばかりだ。たとえ家が倒壊していなくても、じっと家になどいられないだろう。
 
エコノミークラス症候群で命を落とす人があり、その症状が増えているという。恐ろしいことだ。車の中で過ごしたくなるのは当然ではないか。ペットを飼っている方や、小さなお子さんを抱えたご家族が車中生活をしておられた。車の方がいい。しかし、そこには命を奪う危険があるのだ。犠牲者は高齢の女性が多いそうだ。なぜかと思ったら、水を制限してなるべくトイレに行かないためだとか。もっともな理由だ。よくわかる。しかしそれが死に至るとは、ほんとに恐ろしい。
 
被災した人たちは想像もできない苦難の中におられるのだ。支援の手もミスマッチが多いとのことである。なんとかしてニーズにあった支援がなされていきますようにと、心をそこへ傾けながら願い祈ります。
 

 
 
 
 

世相の風から 熊本・大分の大地震お見舞い

  • 2016.04.17 Sunday
  • 08:22
世相の風から 熊本・大分の大地震お見舞い
 

 
被災された数多くの方々に、遠くからですが、お見舞い申し上げます。
自分が当人だったらと、できるだけ我がこととして考えながら、
体いっぱい、心いっぱい受け止めて、祈りを重ねています。
今朝は日曜日です。これから教会の礼拝に出かけます。
聖書のみことばに耳を傾けながら、祈り続けます。

イエス・キリストの助けと慰めを祈ります。

 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 

日々の風から 大雨降って春本番か

  • 2016.03.07 Monday
  • 21:59
日々の風から 大雨降って春本番か

東側の窓ガラスに当たる雨の音で何度も目覚めた。昨夜半から明け方のことである。派手な音であった。天気予報通りだと、妙に感心、納得して朝を迎えた。月曜日の朝だから、婿殿を筆頭に、孫たちもいつもの通り学校へ出かけて行った。こんな大雨は久しぶりではないか。出勤、登校時の強い雨は歓迎できない。しかし、真冬の雨とはどこか違う。春を運ぶ雨だからだろう。春は風が運ぶと思っていたが、雨もひと役買っているようである。温かい朝である。寒いとそれだけで気持ちが萎縮するが、こんなに暖かいと雨も怖くない。気分は上向きである。

 
ふと、いつもいつも天気や気温や寒暖に振り回され、そのたびに心も体もアップしたりダウンしている自分に呆れてしまう。しかし切実でもある、気候、季節に合わせて、何を着ようか、何を食べようかと考えざるを得ない。時に悩むことも多い。そのたびに、イエス様の言葉が頭を横切る。『何を食べようか、何を着ようかと思い煩うな』。もちろんみことばの真意はほかにあるだろうが、案外、こんな些細なことをも指しているのではないだろうか。
 
午後になって雨は上がった。日差しまでには至らないが、外気はすがすがしい。ミニ花壇の花たちが喜んでいるのがよくわかる。水道の水よりずっとおいしいのだろう。神様からの慈雨なのだから。
 
『ほら、冬は過ごさり、大雨も通り過ぎていった。
地には花が咲き乱れ、歌の季節がやってきた。
山鳩の声が私たちの国に聞こえる』雅歌2章11、12節。
 
季節的にいくらか早いかも知れないが、一年に一度は載せずにはいられないみことばである。
 
 
 
 

 

日々の風から 今年最初のクリスマス

  • 2015.11.28 Saturday
  • 09:50
日々の風から 今年最初のクリスマス
 


11月の最終土曜日は、我が日本クリスチャン・ペンクラブは一足早いクリスマスと称して、いつもの例会をクリスマス集会にしています。12月に入れば会員の所属するそれぞれの教会でのクリスマス行事が立て込んでくるからです。今日がその日。朝から雲一つない青空が広がり、外に出てみると空気もさほど冷えていません。外出日和で感謝です。「あかし文章」を書く集まりのせいか、会員の年齢は高めですから、悪天候では困ってしまいます。
 
今日は久々のお顔がちらほらと見える予定です。この秋に長い厳しい介護の末に母上を天に送って娘としての大役を果たし、そのすぐ後に一人娘さんの結婚の祝事があって母親としての大役も果たしたT姉が約一年ぶりで来られます。また、大きな手術と闘病が続いていたS姉も愛息に付き添われて出席されます。岩手から夜行バスでS・S姉が駆けつけます。あの大水害のそばの常総市からM牧師がメッセージに来られます。今年も皆勤ですが、水戸の先から85歳のK兄が参加されます。老老介護の戦場からH姉が茶菓を準備して来られます。
 
一人ひとりが命がけの日常からしばしの時を捻出して抜け出してくるのです。しかも遠方からです。二時間足らずの小さな集会ですが、そこには人生の「喜怒哀楽」が凝縮していると思います。支払う犠牲は大きいのです。それだけに、犠牲を補って余りある確かな収穫を得る時でありたいと思います。もちろん収穫は目に見えません。掌に乗せることもできません。魂に注がれ、心を満たすものです。それを期待すればこそ、参加するのです。そして、それは確かにあるのです。
 
クリスマスのヒーロー、イエス・キリストが待っておられます。私たちを罪の暗闇から救い出してくださる神の御子イエスさまが、私たちを迎えてくださいます。参加者はこのお方に会いに来るのです。日々会っている方ですが、この集会でもお会いしたいのです。そろそろ私も出かけます。『かいばの桶にねている/やさしい顔のイエスさま』にお会いするために。
(会の様子はまたお伝えします)

 

日々の風から 長かった九月

  • 2015.10.02 Friday
  • 18:48
日々の風から 長かった九月
 
いつもは時の経過を、あっという間にと、恐ろしく月並みな言い方を借りて済ませていましたが、この九月ばかりは長かったとため息を交えてつぶやかざるを得ませんでした。
もったいぶったいい方ですが、私にとっては一大事が起こってやきもきしたからです。
 
毎日毎日身の回りで何よりも長時間愛用している、いや、お世話になっている、そうではなく酷使しているパソコンがついに動かなくなってしまったのです。昔風に、揺すったり叩いたり、今風に、繋いでいるコードを全部外したり、入れたり切ったり、たいてのことは試みたのですが、作業の途中にもかかわらずまるで突然死のように凍結してしまいました。もう手も足も出ず、万事休す、です。気分がどんどん沈んでいき、力も抜けていきました。
 
努めて冷静に娘に話し、アドバイスに従って販売店に電話を掛け、状況を詳しく説明し、あちらの意見に従って見ていただくことになりました。つまり故障を直してもらうために持参することになったのです。パソコン入院です。むなしくも、モニターとキーボード、マウスを机上に残して、本体を包んで秋葉原へ出かけました。
 
やっとのことで、あの特殊な雰囲気の秋葉原電気街の細い路地の小さなお店の地下へ導かれました。一階のお店には見慣れた製品が美しく並び、背広姿の元気な店員さんがセールスに専念しておられましたが、地下は一転して恐ろしく殺風景でシンとしていました。冴えない色の作業着姿の、技術者なのでしょうか、若くない男性たちがごそごそと無言で動いておられ、それでも、一人の方が、狭い小さなカウンター越しに、とても丁寧に応対してくださいました。
 
娘と私を相手に一時間くらいあれこれとテストし、説明し、その場では無理とのことで、預けることになりました。一番気になる修理期間を問えば、あっさりと1,2週間と言われましたが、受け入れるしかありません。ちょうど折悪しくシルバーウイークとやらに突入、これではますます遅くなると、気分は滅入るばかりでした。
 
昨日、引き取って来るまでの10日間、マイパソコン不在の日々を書くとしたら、膨大な量になるでしょうから、割愛します。家族の大きな助けがあり、友の祈りと慰めや励ましがあったことだけは省くわけにはいきません。
 
最後に、修理の甲斐があって、今現在支障なく動いていることを伝えますと、驚いたことにみなさんから判で押したように同じ言葉が返ってきました。
「やりすぎないように」、「ほどほどに」、「休み、休み、ね」でした。肝に銘じます。

日々の風から 雨の9月1日

  • 2015.09.01 Tuesday
  • 21:30

                           夏の思い出・松原湖

日々の風から 雨の9月1日
 
9月は月の変わり目だけでなく季節の変り目の時期でもあって、意識的に注目の月です。
たいてい9月の声を聞くとホッとするものです。立秋は現実には残暑厳しき頃ですから、気休めの秋です。しかし今年はこのところずっと肌寒い様なぐずぐずした雨模様の日が続いているので、9月1日の感慨は味わえません。季節感がますます薄らいでいる気がします。
 
かつては、9月1日は登校する子どもたちが朝の通りを元気に賑やかに埋めたのですが、今朝はどうだったか、いつもと変わらなかったように思います。それというのも、すでに先週当たりから始まっている学校もあるのです。3期制の学校もあり、二期制のところもあって、一斉ということはなくなりました。昔人間から見ると、締りもメリハリもなく、ボケボケしているように感じます。
 
子どものことばかりでなく社会全体に感じます。個人個人は十分にメリハリのある生活をしているのでしょうが。それもいいのかもしれません。社会全体がいつも一色なのはむしろ危険かもしれません。それにしてもオリンピックの準備はこんなにボケボケしていていいのでしょうか。会場騒ぎが続いているさなかに、シンボルのマークがなにやらおかしいです。
世界中が期待し注目しているのですから、もう少しパキッとしてもらいたいです。年寄りに小言を言わせないでください。せっかくの9月1日がおかしな記事になりました。

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