人生の逆風の中で見つけた希望の風を、小説、エッセイ、童話、詩などで表現していきます。

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天の星のように―母エバから母マリヤまで 美しき姉妹たち
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日々の風から コロナ自粛の緩み

日々の風から コロナ自粛の緩み

 

 人間はどれくらい束縛の緊張に耐えられるのだろうか。圧力の種類にもよるが、難しい課題だと思う。自粛というのがよけい難しさを増している。しかも要請であって命令ではない。法律に違反するとか、違反したら罰則があるとなれば、耐えざるを得ないし、耐えやすいだろうが、コロナに係わる自粛要請はあくまで個々人の判断にゆだねられている。

 

とはいえ、自分の生活状況と一般常識の範囲内で解決できる課題であろう。そして、全国民が、幼い子どもたちから高齢者まで、忍耐した。まだしている。その成果が出たのだろうか、このところ全国的に感染者数、死者数が減少してきている。なんとうれしいことだろう。そうなると、先へ先へと思いが走る。これもまた自然なことなのだろう。自粛の緩みと言われ、警戒されるが今までの反動が出るのだろう。

 

GWが明けて、どことなく人出が多いように思う。それを観察する私が早くも自粛違反だと言われそうだが、いえ、いえ、固く守っていますよ。唯一の散歩場所、近くの公園に行くまでの道々でそう思う。社会的距離の危うさを感ずる。そんなときは、一歩も二歩も下がってちょっと待って、大切な空間を作ることにしている。

 

明日にも、39県で解除されるそうだ。私のところは特別警戒都道府県だから、解除の解放感はおあずけである。きちんと解除宣言が出ない限りじっと忍耐するのみである。諸外国の例にあるような、第二波、第三波の悪夢は見たくない。最後の5分間を大切にしたい。

 

 

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日々の風から 自粛要請の続き 新しい生活様式考

日々の風から 自粛要請の続き 新しい生活様式考

 

日本のコロナ禍はほんとうに収束に向かっているのだろうか。様々な情報が飛び交っているが、ほんとのところは誰にもわからないのではないか。暗闇の中で手探りしているような状況ではないだろうか。諸外国の実情が参考になるかもしれないが。また、ひと月ほど自粛要請が延長した。文句を言っているのではない。素人でもそう思うから。一人一人が精一杯励まねばと自分自身に言い聞かせている。期間ではなく、感染者数や亡くなる人が納得のいく数値にならねば、自由な日は来ないだろう。

 

今回の自粛延長で「新しい生活様式」が提示された。イラストに見入ったが、自粛生活がより強化された気がする。自粛から解放されても当分は守るべき事柄なのだろう。コロナは私たちの日頃の生活習慣をも変えるのだ。なるほどとうなずくこともいくつかある。

 

食事の仕方が提示されていた。対面で食べないこと、大皿盛りにしないでめいめいに盛るなどがあった。家庭でもレストランでも対面は当たり前になっている。家庭ではたとえ二人でも向かい合う。横並びはない。これを、どこででも横並びにするのは今までの習慣からは不自然と思える。できるだろうか。

 

ふと、思い出すことがあった。かつては日本旅館に行くと、めいめいにお膳が配られた。今もそうしたところもある。右左の人とも適当に距離がある。対面になる時も真ん中はお給仕する方が入れるくらいに距離がある。あの様式は実に衛生的で、感染症対策にも適している。

また、もっと昔は、家族も大きな食卓ではなく、一人一人が箱型のお膳の前に座った。映画のシーンなどによく出てきた。そして、食事中は話をしてはいけないのだった。学校では、給食の前には厳しく手洗いをしつけられ、食後はうがい、歯磨きも教えられた。

 

考えるに、日本型食事スタイルはコロナ防疫で、新しい生活様式としてラッパを吹くまでもないことなのだ。一つテーブルを囲み、大皿を回し、談笑し合いながら食事をするのが、愛のあるファミリーのモデルのようになったのはいつごろからだろうか。戦後であろうか。欧米文化だろうか。良し悪しは別として、定着したスタイルを変えるのは容易ではないが、コロナに押されて、この際、生活スタイルの見直しをするのは大事なことだろうと思う。

 

 

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日々の風から 受難節に入って

日々の風から 受難節に入って

 

今年の復活祭、イースターは4月12日です。あと一か月ですが、このコロナ騒動はどうなるのでしょうか。先が見えず、社会は不安と不便で満ち満ちています。収束に向かう時なのか、さらに拡大するのか、今は闇のまっ只中です。国からの大規模イベント自粛要請もさらに10日間延長されました。しかしそれで済むのでしょうか。

 

受難節に入ってから、日曜の礼拝には、イエス・キリストが十字架の上で発した7つの言葉が取り上げられています。記してみます。

 

一番目

『父よ、彼らをお赦しください。彼らは、自分が何をしているのかが分かっていないのです』

ルカの福音書23章33〜34節

●これはイエス様の祈りの言葉でした。

●また赦しの言葉でした。イエス様は自分を十字架につけて殺す人たちを赦したのです。

●平安の言葉でした。十字架のみわざのおかげで、今、私たちは平安を与えられています。

 

二番目

『今日、あなたはわたしとともにパラダイスにいます』ルカ23章39〜43節

イエス様が十字架にかけられたとき、左右に二人の極悪人がともに刑を受けました。ゴルゴタの刑場には3本の十字架が立ったのです。その一人が、「イエス様、あなたが御国にはいおられるときは、私を思い出してください」と言いました。

この罪人は

●死んだ後、神様の御前に立つことを知っていた。

●神様に対して罪を犯したことを知っていた

●イエス様が人間ではなく神様だと知っていた。

●神の恵みだけが自分を救うことができると知っていた。

●もし、イエス様に願えば、救ってくださると知っていた。

 まことの救いとは、直ちに救われ、確かに救われ、イエス様とともにあり、永遠の場所に導かれることです。

 

三番目 

『イエスの十字架のそばには、イエスの母とその姉妹、そしてクロパの妻マリアとマグダラのマリアが立っていた。イエスは、母とそばに立っている愛する弟子を見て、母に「女の方、ご覧なさい。あなたの息子です」と言われた。それから、その弟子に「ご覧なさい。あなたの母です」と言われた。その時から、この弟子は彼女を自分のところに引き取った。

ヨハネの福音書19章25〜27節

イエス様は十字架の足元を取り囲む数人の女性たちと愛する弟子ヨハネに語り掛けました。特に母マリヤとヨハネに。母マリヤには、これらかはヨハネが息子と同様になって世話をするから安心するように。また、ヨハネには母マリヤを、自分の母のように親身になって世話をするようにと母を託したのです。人類救済という神様からの命令を遂行するために一身なげうっているイエス様ですが、老いた母を脇に置くことなく、最高の愛を示されたのです。

イエス様の愛から大切なことを教えられます。

●自分の家族を顧みる。

●神の家族を顧みる。

●苦しみの時にも他の人の苦しみを顧みる。

●必要に満たされていない時にも他の人の必要に応える。

 

今日は、東日本大震災 3・11から9年になる当日です。

惨禍に遭遇した方々や地域の嘆きは変わらないでしょうが、その他のところには「風化」という無常風が吹いています。私もその風に身を任せる一人です。申し訳ないと思います。

 

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世相の風から 新型コロナ肺炎感染不安の中で

世相の風から 新型コロナ肺炎感染不安の中で

 

この新型疫病の影響力は測りがたいほど大きい。もう、人のいるところはどこも安全というところはないかもしれない。私のすぐ周辺にもウイルスは活動しているかもしれない。みなそう感じているだろう。そこには不安が付きまとう。人込みを避けることや不要不急の外出は控えるとはいえ、じっと24時間蟄居しているわけにもいかない。

 

今週、電車で移動しての集まりが二つある。一つは昨日であった。東京のど真ん中で開かれた。20名ほどの、ほぼ高齢者が集った。小さな部屋である。あらかじめ、集会を中止するとか無理しないようにとの連絡もなかった。私は役割もあったからいつものように出かけた。朝はラッシュアワーの時間帯であったから車内はぎゅうぎゅう詰め、マスクだけは厳重に着装したが、それしかできない、仕方がない。車内はせき込む人もなく、至って静かであった。会はいつものように和やかに進んだ。唯一のハプニングはがんの宣告を受けている体調不良の高齢女性が遅刻しただけだった。

 

土曜日にもう一つ集会がある。近県からの参加者が多い。都内の人のほうが少ない。10日ほど前から「東京に行くのが怖い、不安だから申し訳ないけど欠席したい」と言ってきた方がおられる。87歳の一人暮らしの男性である。無理もない。その後、こんな時期だから見合わせたいと数名の女性たちも連絡してきた。これも仕方がない。私も迷っているがこの先の情勢をにらみながら最後の判断をしようと思っている。今は行くつもりでいるが。

 

騒動の最中のクルーズ船を思う。限られた場所に大勢の人が一定時間一緒にいるのは危険かもしれない。一日も早く収束するのを祈るばかりである。特効薬があればと、それにも期待する。いのちを落とす人がこれ以上ありませんようにと切に祈ります。

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日々の風から 私の新春

日々の風から 私の新春

 

お正月と言えるのは1月のどのあたりまでだろう。多分15日までは新年のあいさつも許され、お正月気分でいてもいいのではないか。それとも七日、七草までだろうか。そんなごたくはさておき、いつもの4人が初顔合わせをした。女子会とは言いかねる。さしずめ「老女会」がふさわしい。つまりこの4人は今年80歳、77歳、74歳、70歳を迎える女性たちである。

 

74歳のHさんが言い出すには、傘寿、喜寿、古希と3人が特別の名のついた記念の年に当たるのだから、特別に記念になるお祝いをしましょうよと。反対する理由もなく反対する者はいない。小さな旅行ができればいい、そんな程度なのだが。というのは一人は現在あまり体調がよくなくて通院中なのだ。手術とか入院する病ではなく、持病なのだ。無理のない場所で一日過ごせれば最高という程度である。そう言うことで、今日の新年初の「老女会」は盛り上がり、希望を胸にスタートできた。今年のいつ頃、どんなことが実現するか、楽しみである。

 

帰途は雨が降り出していた。不覚にも雨具の用意を忘れたが、簡易傘を買う気にもなれず、コートのフードとショールを巻き付けて歩き出した。心が温かくなっていたのだろう、手袋もせず、若い時のようにずんずんと歩いた。心が弾んでいたのだ。感謝なひと時だった。

 

 

 

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日々の風から 私の年の瀬 神様の求めているもの

日々の風から 私の年の瀬 神様の求めているもの

 

29日は今年最後の礼拝、越年感謝礼拝であった。説教は【神様があなたに求めているもの】と題して、詩篇50篇14〜15節を通して語られた。

『感謝のいけにえを神に献げよ。

あなたの誓いをいと高き神に果たせ。

苦難の日に私を呼び求めよ。

わたしはあなたを助け出しあなたはわたしをあがめる』

牧師は、4つのポイントに分けて解き明かした。

 

/斥佑呂△覆燭亡脅佞魑瓩瓩討い襦

⊃斥佑呂△覆燭棒深造魑瓩瓩討い襦

神様はあなたに信仰を求めている。

た斥佑呂△覆燭某斥佑鬚△めることを求めている

 

思うに、神様が求めておられるものは難題ではない。珍しいものでもない。高価なものでもない。無理をして作り出すものでもない。いつも私の心の中にあるものだ。いつでも取り出してささげられるものばかりだ。今すぐにできる事ばかりだ。それなのに横着して応じないのだ。つまり、神様に感謝していないのだ。誠実でないのだ。信頼していないのだ、不信仰なのだ。仰ぎ、崇めていないのだ。肝に銘じ、胸に刻み込んで、主の求めに従い、新しい年を迎えたい。いのちを懸けて、いのちを捨てて、愛を与えてくださった我が主に。

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世相の風から 私にとっての消費税増税

世相の風から 私にとっての消費税増税

 

10月からひさしく世相に強く吹き付けていた消費税の税率がアップされた。老人の小さな経済だから、大した影響はないと思いながらも、無関心ではいられずなにかにつけ心が揺れる。仕組みはおよそは分かった。とりあえず食べ物は今まで通りというので、ほっとする面もある。外食と持ち帰りで税率の違うのも理解した。出来合いのお弁当を買うことは全くと言っていいほどないし、まして店内、店外と迷うようなことはない。時に友人たちと会食するときは10%なんだなとわかる。それも頻繁にあるわけではなく、高価なお店に入ることはめったにないからあまり心配はない。

 

よく分からないのはポイント還元である。私でさえ銀行の発行するクレジットカードは持っているし、時に使う。また電車に乗る時は必ずスイカである。スイカのついたクレジットカードもある。JRの駅ビルでは毎日のようにスイカを使って現金で買い物をする。ポイントがたまっていくのも知っている。それを買い物に使うこともある。ところが、今回は半年に限ってポイント還元という制度があると大きく取り上げられている。それを理解したいし、利用したいとも思う。

 

ところがよくわからない。なるべく現金を使わないで、クレジットカードを使えばいいのだろうが、日常の小さな買い物はどうしても現金支払いである。それをカードで決済すればいいのだろうか。大根一本、リンゴ一つの買い物もカードですれば、多少のメリットがあるのだろうか。特別にカードを手続して作らねばならないのだろうか。それもたかが半年のことなのに。スーパーの店員さんに訊いてみたが、確たる答えはない。複雑で答えられないのかもしれない。こちらの質問も要を得ていないのかもしれない。もう少しよく調べて、無知からみすみす権利を捨てることない。脳の体操になるかもしれない。

 

どうしたって免れないのは町の病院、医院、調剤薬局である。かっきり10%であろう。支払いにカードを使ったことはない。しかしポイント還元のあるカードが使えるのだろうか。もしかして、年間40兆に達する医療費の2%増税分を、当局は計算に入れているのかもしれない。ふと、そんな思いが頭をよぎった。ともあれ、税金が適正に使われることを祈る。

 

 

 

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日々の風から 遅々たるあゆみながら

日々の風から 遅々たるあゆみながら

 

 

また扇風機を使っている。今度は台風17号の影響によるのだろう。一週間前の3連休とこのたびの3連休は二回とも台風15号、17号の襲来で痛手を受けている。特に15号で大災害を受けた隣りの千葉県は、まだ停電しているところがあると聞く。せめてインフラだけは特急で復旧してほしい。

 

日に追いかけられ、日を追いかけて、いただいているいつくかの働きに係わっていかれるのは思えば幸いなこと、感謝の一言に尽きる。この土曜日は、所属する日本・クリスチャンペンクラブの隔月の例会がある。その集会の準備に追われている。小さな集いではあるが、礼拝の時があり、文章の書き方の学びや証しがあり、持ち寄った作品の合評会がある。参加者は、あらかじめ決められたテーマに沿った一文を持参する。原稿を互いに交換しあって読みながら、感想を述べあうのである。それを家に持ち帰って推敲し、あるいは添削してもらって、作品を貯めていく。ある時が来ると出版する。

 

そんな営みをもう、60年以上重ねてきた。最近では2年以上書き溜めた21名のミニ自分史を『百花繚乱』と題して出版できた。書店の店頭に並ぶことはあまりない。執筆者が伝道用に友人知人に配布する。10冊、20冊と手渡していく。このスピードの時代に、まことにささやかで、亀の歩みより遅い一足一足ではあるが、承知の上で歩んでいる。

 

書くこと、地道に作文に取り組むことが、世間の話題性を失いつつある現在ではあるが、老人ばかりの手慰みではないらしい。会も60年以上続くと高齢化は免れないが、不思議なことに、あかし文章を学びたい、エッセーや童話を書きたいという若い方々が絶えないのだ。人生の第一線の活動に一区切りつけた方々は、その足跡を書いてみたいと思うのは、自然な発想だと思える。そうした方々も扉をたたいてくださる。

 

書くことは人の営為のなかでも最も非日常なことだと、かの大作家はのたもうたが、言いえている。努力しなければ書く場に自分を持っていけない。課題が出されていなければプロでもない限り、自発自力はない。仲間がいて、宿題があるから書く。こうして私も課題に追われて絶え間なく書き続けている。土曜日に会員たちの作品に出会えるのが楽しみである。

 

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書林の風から ジョン・バニヤンと祈り その1

書林の風から ジョン・バニヤンと祈り

 

まだ読書の秋の看板を掲げる時期ではではありませんが、このひと夏を、小さな一冊に費やしました。たぶんどなたでもお持ちではないかと思いますが、書棚の奥にあった一冊に心が留まって読みふけっています。なんどでも読み返しています。ブログ上でもしばらくこの本と過ごしてみようと思います。

 

『ジョン・バニヤンによる祈りの力』著者ジョン・バニヤン、編者ルイス・ギルフォード・パークバースト、訳者棚瀬多喜雄(いのちのことば社)1990年3月30日発行 です。ところどころ製本がほつれてバラバラになっています。

 

ジョン・バニヤンと言えば、不朽の名作『天路歴程』で高名ですが、私が手にしているのは、彼が信仰の故に投獄されていた時、そこで記した多くの著書の中から祈りに関したものを編集したものです。コンパクトにまとめられていて読みやすくなっています。

 

最初にバニヤンの言葉が書かれています。抜き書きします。

『祈りとは、誠実に、はっきりした意識を持って、熱意を込め、キリストを通してたましいを神に注ぎだすこと、また聖霊の力と助けにより、神の約束、神のみことばにかなうものを求めること、そしてそれは、教会の益を願い、信仰を持って神の御旨に従おうとする重いから出てくるものである』

 

   1662年  ベッドフォード牢獄にて

             ジョン・バニヤン

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日々の風から もう立秋!月齢は7日

日々の風から もう立秋!月齢は7日

 

猛烈に厳しい暑さが続きます。猛暑、酷暑、炎暑、極暑、厳暑と、

なすすべもないこの暑さへの呼び名があふれています。

どれが一番ぴったりするでしょうか。

 

今日8日から、今年は立秋に入ります。もう立秋です。

単に暦の上だけのことかもしれません。

毎年、この時期が暑さの頂点ですから。

しかし、日足は確実に短くなっています。

夏至からかれこれ40日になりますから、

時間で言えば日没は30分以上早くなっているはずです。

それがはっきりわかります。夕闇がすっと降りてきます。

 

台風の風の影響かもしれませんが、

空気が澄んでいるのか、夜の月が輝きを増しています。

今晩の月は7日。形は半月です。

フルムーン、満月は15日だそうです。

夜空が楽しみになりました。

結論として秋は近い、そう言いたいし思いたい。

これが本音です。

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