人生の逆風の中で見つけた希望の風を、小説、エッセイ、童話、詩などで表現していきます。

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光の風から 受験勉強真っただ中

 

中三の孫のS君に夏休みはない。この夏は高校受験準備の正念場である。我が家は歴代、公立を選んできた。資力がないからである。その中でも少しでもレベルの高いところに行きたいのである。今は、選択の範囲も広くなり自由になった。それだけに競争もエスカレートしている。

 

S君はこの夏、有名受験塾に通っている。初めて体験するハードな訓練に、息せき切っている。この酷暑の日々を、朝から夕方までお弁当持参で取り組んでいる。夜も翌日の学びに備えて遅くまで机にかじりついている。本来彼はのんびりした典型的な長男タイプである。生後一か月から教会生活をしているせいか、体も心も敏捷に働き、小さな奉仕も率先してできる。話好きで、人の中が大好きである。

 

家庭、教会、地域の学校と、いわば温室の中で育ってきた彼が、苛烈な受験戦争の戦場に立たされている。初陣と言うべきか。初めて競争社会の入り口にいるのだ。かつて私自身も無我夢中で戦い、通過してきた道ではあるが、おばばの立場になると、孫がいじらしい。雄々しく挑戦して欲しい反面、不憫にもなる。矛盾した思いを持ちながらそっと見守っている。

 

少し話をした時にS君はこんなことを言った。「神様が必ず守ってくださるという心の余裕が、大きくなりすぎて、無責任や怠惰に向かいそう。それを戒めている。ある時、神様が守ってくださるから大丈夫だと、手放しで自転車を乗りまくることは危険だという説教を聞いた。それがなぜか心に残っていて忘れられない」

 

多いに安心した。勉強しすぎて落ち込んで精神を病むようなことはないだろう。逆に、常識はずれなノーテンキにもならないだろう。自分の立場を正しく認識して、自己と戦いながら、外の戦いも勇ましく応戦するだろうと、バババカのおばばは主に感謝した次第である。




モンゴルへ


ついでながら、
20日(月)から28日(火)まで、モンゴルへ行ってきます。首都ウランバートルです。

我が同盟基督教団主催のミッション・トリップに参加して、派遣宣教師と宣教地を訪問し、活動を視察しながら、できることをしてきます。観光旅行とは違うサバイバルな旅になりそうです。礼拝の中でも祈られましたが、覚えてお祈りいただければ感謝です。

 

 

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光(キッズ)の風から  流感による学級閉鎖
 

六義園の梅

 


孫娘小5年生の
Mちゃんのクラスが閉鎖になった。Mちゃんは幸いなことに問題はない。問題は元気すぎることかも知れまい。ところが3日間蟄居を命じられたのた。学校の時間内は外に一歩でも出てはいけない、学校の時間割通りに勉強するべしとのことである。

 

Mちゃんはその決まりを正しく守っている。きっちり勉強し、休み時間もきっちり休んでいる。おかしいほどである。給食は、配布されている表と同じものをママが作る。笑ってしまう。ところが、二日目の今日、すでに爆発しそうなのだ。エネルギーが有り余っている。

無理もない。下校時間が過ぎたら、お使いに行こうねとママが言って、なだめている。

 

学校の前を通ったら、休み時間なのだろう、校庭には通常通りの子どもたちが広がりあふれかえっていた。今は二クラスが閉鎖とのことである。あと一日だがMちゃんのはちきれる生命力はどんな形をとるだろう。

 

突然、玄関のチャイムが鳴った。クラスの女子がMちゃんを訪ねてきた。外に出はいけない時間である。暴走である。その子は、エネルギーをバレンタインのチョコつくりに注いだらしい。クッキーやら手作りチョコの入ったきれいなプレゼントを持参したのである。Mちゃんは顔と手だけを出して受け取った。「私は金曜日に渡すからね!」との声が聞こえてきた。明日、Mちゃんは手作りチョコに励むようだ。

 

子どもたちはバレンタインのチョコを、本来の用途から外して、女の子同士でも送り合って楽しんでいる。町のお店には、そのためのさまざまなグッズが並んでいる。カラフルなセロファンの袋やシールや小さな手提げ袋などが果てしなく並んでいる。いつからこんな商売が生まれたのだろうと、ただただ驚くばかりである。子どもたちの世界を垣間見ると、見知らぬ国に迷い込んだような気がしてくる。

 

 

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光(キッズ)の風から おばばバカにおつきあいを!

みお
 

孫娘Mちゃんの通うピアノ教室主催の発表会がありました。Mちゃんは土曜日なので参加できました。(日曜日と重なったら最初から出演固辞。教会優先です)昨年も土曜日でしたので出演でき、おかげで私も観客席に陣取りました。出演者は幼児から大人まで、総勢50人ほどでした。はじめから最後までですと長時間になりますので、Mちゃんの出番のころを見計らって出かけました。場所は建設中のスカイツリーから近い、地域の文化センターです。

パパはビデオ撮りに、兄のSくんはカメラと録音に精を出していました。

 

センターの近くには教会の姉妹たちが数人住んでおられるので、おばばバカの厚かましさを承知でお誘いしました。皆さん喜んで駆けつけてくださり、楽しんでくださいました。来年も土曜日になることを願い、期待しているのですが。

 

Mちゃんは音楽が大好きです。ピアノはもちろん、歌うことも、踊ることも、作詞、作曲もです。学校ではクラスの友人たち数人とグループを組んで、新曲に取り組んでいましたが、先週の音楽集会で、先生から出演を依頼され、全校生徒の前で披露したそうです。

以上、おばばバカでした。

Mちゃんの演奏曲目は、メンデルスゾーンの無言歌から、『胸騒ぎ』という曲です。表現の力量を問われる曲のようです。 

 

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光(キッズ)の風から  読書貯金

カボチャ 


孫のMちゃんは小学四年生女子。「わたしの読書貯金は51161ページだよ」と言った。驚いた。数字にではない。【読書貯金】なることばに、である。耳慣れないことばではないか。思わず「それってなんのこと?」と聞き返した。

 

Mちゃんが説明するには、発案は担任の先生。一枚のシートが配られ、そこに自分の読書状況を記録していくのである。記録の明細は、月日、題名、作者、ペース数、累計となっている。興味深いのはページ数と累計である。9月からは【ひとこと感想】の欄が増えた。ちなみにMちゃんの読書量であるが、5月から9月までで、266冊、ページ数累計は51161ページでる。本の種類は、岩波少年文庫などの古典子ども向けのものや現代日本児童文学のたぐいで、もちろん漫画などはない。夏休みだけで96冊読んだそうである。貯金高はクラスではダントツだそうだ。

 

ほとんど学校図書と地域の図書館の本である。図書館へはいつもリュックを背負っていく。最近は自転車に積んでくる。図書館にメール登録しておいて、新聞などで知って読みたいものを予約する。ときどき自分のメールを開けて確認する。自分専用のPCはないから、ママのはもちろん、私のPCから覗いている。

 

私はあっけにとられている。とっくに白旗を揚げているが、大いに刺激される。もっと図書館へ通わなくてはとも思う。本に関するアンテナをもっと高く掲げて、古典ばかりでなく、新しいよい本に出会っていきたい。幸い、図書館にリクエストしておくと自分で買わなくても読むことが出来る。Mちゃんのように自宅から依頼できる。

 

恥ずかしい話だが、昨今積ん読の常習犯になった。信仰書ばかりは図書館とはいかない。ずっと手元に置きたいからつい買ってしまう。かくして、今、分厚いのが3冊も開かれるのを待っている。こうなったら同時進行するほかない。その前に、Mちゃんから借りた『ドリトル先生』シリーズを離せないでいる。

 

Mちゃんの【読書貯金】はいいアイデアだ。長年、読書ノートに失敗し続けているが、これならできそうだ。メモ程度でいいから記録しておきたい。たいそうな感想を書こうとするから出来ないのだ。負うた子に教えられると言うが、孫の場合はなんと言ったらいいのだろう。21世紀の超新人類の彼女は、PCもデジカメも携帯もいつのまにか使いこなしている。私はひたすら目を丸くして声も出ない。

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光(キッズ)の風から 我が家の春 その2 孫たちの受洗

 イースターに先駆けて、孫たち二人がそろって洗礼の恵みに与った。S君は小学校を卒業したばかりの12才。Mちゃんはすぐ4年生になる9才の少女である。昨年一年は信仰告白から洗礼の決意へ向かう躍進の年であった。教会の牧師と教師兼母である娘は、主から教会に託された魂としてじっと、あるいはそっと、二人の信仰の歩みに付き添ってきた。私はうすうす気づきながら、新生の日はいつになるのだろうかと、黙して祈りつつ待ち焦がれていた。

 

受洗準備の学び、教会役員の諮問会など、いくつかのハードルをクリヤーして、晴れの日に至ったのである。大人だったら一も二にもなく受け入れられることでも、年が若いと言うことでかえって難しかったそうだ。主の教会の一員として、大人だろうが子どもだろうが一人前の扱いなのだから。またその自覚をしなければならない。しかし教会の寛容と愛と祈りが幼い信仰をしっかり受け止めてくださった。過去に6年生の洗礼の例はあるが4年生はなかった教会であった。

 

待ちに待った日がとうとうやってきた。この式にはなんとしても出ずばなるまいとずっと思い願ってきた。私は自分の教会に事情を話して(皆さん大喜びしてくださった)娘ファミリーの奉仕する教会へ出かけた。礼拝の後、講壇下に設けられている洗礼槽が開かれて、彼らは次々に水に沈んで洗礼を受けた。孫たちが水中に沈むのを見て(もちろんほんの一瞬であるが)私は初めて強い衝撃を受けた。罪に死んで、キリストのいのちによみがえることが、はっきりと確認できた。牧師に抱き起こされて立ち上がった孫たちはほんとうに新生した。逞しく生き生きと水から上がった彼らが、何にも勝って美しく清らかに見えた。

 

思えば、孫たちの救いとその洗礼式を目の当たりに出来るなど、こんな恵みがあるだろうか。

主は私に世界一すばらしいプレゼントをくださった。これ以上の宝はない。

 

もちろん、我が子たちの救いのときも感動は天に達するほどであった。そして、親としての大きな責任をひとつ果たしたという安堵感もあったが、これからも手取り足取りで教育し導いていくのだとの新しい責任と緊張は大きかった。(受洗は長女が中学二年生、次女は中学一年生)

 

孫たちのことでは、両親がいるし、教会中が愛し見守っていてくださる。その安心感は大きい。おばばである私はむしろ引き下がっていたほうがいい。ただ一つ、祈ること、全幅の信頼をもって主に委ねることが私の大きな任務だと思う。

 

礼拝の中で、S君もMちゃんも講壇に上がって堂々と救いの証しをした。孫びいきと笑われてしまうが、実に立派な証しだった。神様が彼らを確実に御手の中で取り扱い、救いに導いていく軌跡を鮮やかに知ることが出来た。主は生きておられ、聖霊は勢いよく働いていることが息苦しいほどに伝わってきた。

 

私はまたも一つのみことばを噛みしめた。主の御名はほむべきかな。

『主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたも、あなたの家族も救われます』(使徒の働き16章31節)

 

 
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光(キッズ)の風から 子ども読書感想文に奮闘
 

 学習指導をしている生徒や孫たちの読書感想文につきあわされている。夏休みの宿題である。

ふつう学習塾ではそこまではタッチしないのだが、父兄からの依頼で5年のNAちゃんに係わることになった。ついでだから、我が家の孫たちのもチェックすることにした。

 

指導するからには本そのものを知っておかねばならない。そこで3冊の児童書を読む羽目になった。その読書がひどく楽しかった。

 

『ヨハネスブルクへの旅』

 アパルトヘイト下で差別に苦しむ主人公とその家族、友人たちの物語である。子ども向けだが内容は深刻。姉とその弟が、はるかヨハネスブルクの白人屋敷ににメイドとして働く母親を訪ねるのだ。彼らは祖母と留守を守っているのだが、下の妹が重病になり今にも死にそうなる。近くには病院もないし、医者にかけるお金もない。ついに二人は母親を呼びに、徒歩でヨハネスブルクまでいくのである。そこで、奴隷のようにこき使われている母親を見る。うっかり白人専用のバスに乗ろうとして、罵声とともに引きずり下ろされ、はじめて差別を知る。二人を助けてくれた黒人の女性から、過去の暴動の話を聞かされる。

わずかな期間の休暇をもらった母親と家に帰り、妹を入院させる。どうにか危険を脱し退院できるが、劣悪な医療期間の様子、死んでいく子どもなど、凄惨な場面もある。

 

読んでいて、私の胸は大きく波立った。こんな非人道的なことがつい最近まであったのだ。いや、今だって見えないところで続いているのだろう。

 

ところが、そうした問題を知らない日本の子どもたちには、想像すら難しい。共感も、感情移入も遠い話である。まともな感想文が書けるわけがない。それでも、よく考えていくうちに感想が生まれる。今度はそれを自分のことばにして紙に綴っていくのだ。傍らで、私はひたすらじっと待った。骨の折れることだった。

 

とりあえず出てきたことばを書き付け、翌日また書き直し、3度目に清書してようやく完成した。たぶん、この作業を通してずいぶん成長したと思う。社会への目も開かれたろう。書いて、書き直して、清書するという忍耐のいる作業の苦しさも味わっただろう、そしてついに完成した喜びや満足感も、すばらしい体験になったことだろう。

 

『12歳たちの伝説』

著名な児童文学者後藤竜二の作品である。これにも私はのめり込んだ。

『学級崩壊』をさせる問題児とそのクラスの子どもたち、そのクラスをついに変える偉大な教師の物語である。

 

内容もさりながら、私は作家の力量に感嘆した。多少、文章を書く者として、時に児童文学にも挑戦する者として、鏡のように手本にするべき作家であり作品であると思った。さっそく学び合っている仲間たちに知らせて、次の会合に取り上げたいと熱く迫られた。

 

『オズの魔法使い』

知らない人のいない名作中の名作。しかし、これを感想文にするのはかなり難しい。これも汗を流した。

 

こうして、私はくたくたになった。作文指導は難しい。その他の教科ならここまで苦労はしない。子どもたちもそれなりにやりこなせる。おそらく、私がこんなに手こずったのは、ふだん、学校ではあまりしていないからではないだろうか。要するに慣れていないのだ。訓練されていないのだ。それを、夏休みの宿題にするとはどういうことかと考えてしまった。

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光(キッズ)の風から 孫に牽かれて舎人ライナー探訪
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土曜日の午後、孫のS君(小6年生)と電車の旅(?)に出かけました。Mちゃんはママの勉強会にくっついていきました。ちかごろS君は電車の旅に凝っています。電車が停まる度に駅名をメモっていきます。電車に乗るときは先頭車両の運転手さんのすぐ後ろに陣取ります。立ちっぱなしです。

 

この度は、かねてから一度乗りたいと思っていた新線、舎人ライナーに挑戦しました。我が墨田区のお隣さん、荒川区と足立区を南北に走る新交通システムの機関です。S君は電車を一目見るなり、あっ、ゆりかもめと同じだと言いました。なるほど、そうでした。13駅を20分で行く空中バスのような電車です。東京湾を一望するゆりかもめとは景観が違いますが、とても快適でした。開通して一年少しのせいか、観光気分の人が多いようです。デジカメをフル稼働していたS君のフォトを数枚借りましたのでアップします。












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光(キッズ)の風から 孫たちからの光を浴びて
 名古屋で団体の会議に出席、その足でY市の長女宅を訪問しました。母が入院中のこの一大事の時にと、心身裂かれるような思いもありますが、どうしても素通りするわけには行きませんでした。毎日の病院通いを妹たちに頼みました。それで万全というわけではありません。もちろん私がそばにいても万全などは絶対にありません。医療の専門家達に取り囲まれていてもです。

私は最近こんな祈りをしています。

神様、私は母を医師に託したのではありません。あなたに、あなたの御手に託します。母を愛してくださっているあなたが、母にとって最高のことを、それは私にとっても最高です、なしてくださることを信じます。何よりも神様の栄光があらわされ、尊い御名が崇めらるように祈ります。

主は私の重い心を担ってくださり、孫たちに会いに行かせてくださいました。

「改札を出たら、そこで待ってて。荷物を持って階段を下りなくてもいいよ。僕が行くから」
携帯に5年生のSくんから歯切れの良い声が響いてきてほどなく、Sくんがダッシュしてきました。スーツケースを抱えると飛ぶように階段を駆け下り、こっち、こっちと合図、ロータリーに待機していたママとMちゃんに迎えられて車中の人になりました。

彼らの生活スケジュールの真っ直中へ入るのですから、特別待遇はありません。すぐにMちゃんは教会の英語クラスに、Sくんは自転車を飛ばしてスイミングスクールです。ママが夕食の支度をしている間はさっそく勉強の指導をさせられました。夕食後はMちゃんに今、夢中になっている児童書を1冊渡されました。パディントンシリーズです。引き込まれた私は真夜中まで読みふけっています。

彼らはまさに光の子です。光で出来ているのではないかと思うほど、まぶしく輝いています。神様が今の私に処方された最高の特効薬です。

さあ、明日は早々に帰京し、母の病院に行きましょう。戦いの最前線へ雄々しく出かけていきましょう。光(キッズ)の風の中に希望の風をみつけましたから。
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光(キッズ)のから 頼もしい孫の手

母のショートステイの時に、家で使っているエアーマットを持ち込むようにと、ホームドクターからアドバイスされました。
寝たきりになり、自力では指一本動かせないのですから、(手はどうにか動きますが)ベッド上の体位のために高性能のエアーマットを使っています。モニターが別に付いていて凹凸や空気圧や空気の流れを自動的に調節してくれます。

ホームでももちろん寝具はその人にふさわしい対応がされていますが、慣れたものがいいと言うことで運び込むことになりました。
マットもモニターも大層な重量ではないのですが、寝ている母を車いすに移動させ、電源を切ってモニターを外し、マットの空気を抜き、たたんで持てるようにして、車に積み込には手間と体力が要るのです。さらに、ホームに入室したらまたもとのようにセットしなければなりません。

「僕がするよ、いっしょにホームへいってセットするよ」
滞在中のSくんが快く申し出てくれました。
何とこころ強く頼もしい孫の手でしょうか!!
彼の手がまぶしいほどに光ってみえます。もちろん希望の風がさわやかです。
こんな喜びを味わえるなんて、生きててよかった!
思わず恵み深い神様に感謝しました。

折りたたんだマットとモニターをいれた大袋を抱えて、Sくんはホームからの迎えの車に乗り込んでくれました。母は車いすのまま、私は着替えや最近とみに増えてきた医薬品の箱を提げて同乗しました。

母に割り当てられた部屋は3階の個室でした。職員さんに誘導されて入室すると、Sくんは早速電源を探して差し込み、モニターのスイッチを入れました。職員さんがびっくりしながら顔一面をほころばせてSくんを眺めていました。

母はそのまま昼食の始まる食堂へ向かっていきました。
10日間のホーム生活が守られるようにとひたすら神様に祈りつつ、いつものように多少後ろ髪を引かれる思いで託してきました。

私の夏休みが始まりました。2週間の東京滞在を終えて帰る孫たちに同行して、数日過ごしてこようと思っています。
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光(キッズ)の風から 大きな悲しみとすばらしい喜び あれから10年 
今からちょうど10年前、父が召天した翌日に、初孫Sくんが誕生しました。長女はその2日前から入院していました。微弱陣痛のために時間がかかったのです。私は無我夢中で病院と産院を行ったり来たりしました。結局長女は祖父の葬儀にはでられませんでした。しばらくしてからも、祖父の死を実感できないと言っていました。

Sくんは元気いっぱいで生まれてきました。我が子誕生とは一つも二つも違ったしみじみとした幸いを噛みしめ喜びを味わいました。そして、親バカから今度はばばバカに変身して、新しいいのちの誕生に熱狂することになりました。

そのSくんが10歳になったとは、驚くばかりです。昨年の転勤騒動で今は生活の場が違いますので時々しか会えませんが、会うたびに背丈も伸び、言動も違ってきて、その成長ぶりには感嘆せずにはいられません。

とりあえずメールで誕生カードを送ったら、メールで感謝のカードが届きました。10歳記念に自分のアドレスを取得したそうです。IT時代の子どもですから、否応なしにパソコンとは深く係わっていくことになるのでしょう。

最近のエピソードです
長女が、育児日記にはSくんが2か月の時から聖書の話しをしてあげたと記録してあると話しますと、彼は「よし、僕がおとうさんになって赤ちゃんが生まれたら、生まれたての赤ちゃんに創世記から聖書を読んであげることにしよう」といったそうです。立派なお父さん像ではありませんか。

あと10年で成人です。私は今おかしな欲望を募らせています。20歳の青年Sくんをこの目で見たいものだと。

来週は遅ればせながらハッピーバースデイのお祝いに駆けつけたいと思っています。

 

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