人生の逆風の中で見つけた希望の風を、小説、エッセイ、童話、詩などで表現していきます。

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天の星のように―母エバから母マリヤまで 美しき姉妹たち
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日々の風から 来る日も来る日も雨ばかり

日々の風から 来る日も来る日も雨ばかり

 

どうしてこんなに雨ばかり降るのでしょう。振り返ると8月も、9月も、そして10月も20日になるのに雨ばかり。からりと秋晴れになった日はほとんどありません。こんなことってあるでしょうか。ずっと梅雨の続きみたいですが、気温はぐっと下がって60年ぶりの寒さとか。一気に防寒具です。ダウンを着込んで手袋までしている方も見かけます。それなのに大型台風が日本列島を狙っている始末です。なんとなく落ち着きません。

 

 

 

昨日は地方まで知人を見舞った。思いがけない病名を付けられて気落ちしている。当然である。私が押し掛けたところでなにができるわけではない。それは十分承知しているつもりである。メールや電話はたびたび交し合っている。だがそれだけでは満足しない心がある。顔を見る。顔を見せる。目と目が合う。そこに通い合うものはいかなる文明の利器もかなわないのではないか。しぼんでいた知人の頬が心なしかふっくらして来た気がする。話す声に力が入ってきたのを感じる。うれしいではないか。滞在時間は往復の時間よりずっと短かった。だが長居は無用である。潔く立って降りやまぬ雨の中を帰ってきた。祈りを置き土産にして。

 

 

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日々の風から 映画「アメイジングジャーニー神の小屋より」

日々の風から 映画「アメイジングジャーニー神の小屋より」

 

久しぶりに映画を見た。春にこの原作の本を読んでいた。本は「The Shack 神の小屋」

という。興味深く面白く読んだ。その映画化である。原作はウイリアム・ポール・ヤング(William Paul Young)といい、敬虔なクリスチャン。作家を目指していたわけではなく子供のクリスマスプレゼントに書いた物語だったとか。それを数人の友人が読んだところ、あまりに好評だったので刊行することにした。出版当時は全く売れず、彼の名を知る人はゼロに等しかったが、一部の熱狂的な支持者によって瞬く間にベストセラーになった。ニューヨーク・タイムスでも、20086月から2010年の初めまでの、最も売れた書籍として紹介している。

 

原作は、キリスト教の三位一体(父と子と聖霊)の概念を取り入れていてそれがストーリーの中心を構成している。しかしながら、三位一体の解釈を巡って物議を醸しだし、大々的に「The Shack」をボイコットしようとする動きもあったそうである。総じてキリスト教を汚しているとの意見も出ているという。

 

そうした賛否はさておき、普通のクリスチャンならすんなりと受け入れられる。多くの場合、三位一体の神の教理を知りながらも、文字や講義で説明されても具体的なイメージが浮かばず、難しい教理だというくらいで素通りしているのが実情だと思うから。

 

映画では、三位一体の神が、一人一人の人間として登場する。一つ小屋にうるわしい関係で住みながら、それぞれの働きを絶妙な調和でなしていく。神は黒人のふくよかな女性。その神を「パパ」と呼ぶ。女性なのにママではない。原作者の深慮が見える。愉快な設定である。しかしこんなことろはとうてい受け入れられない人たちもいるだろう。イエス様は中東の青年が演じる。聖霊はすみれという日本人女性。この三人が、憎しみに燃える一人の中年男性と生活しながら彼の魂に働きかけていく。ついに彼は娘を殺した憎い犯人をゆるしますと告白するまでに至るのである。三位一体の神との交わりの中に真の解決がある、平安と解放がある、喜びがある。私にはすんなりと受け入れられる真理である。観ていて楽しかった。

 

もちろん「本」も「映画」もいわゆるキリスト教の匂いがプンプンする。鼻に付いたら本も読めないし映画も見られないだろう。三位一体を知らない方々がみたらどうだろう。それでもそれなりに深いものを得るだろう。神の愛を信じられたら、たとえ敵でもゆるせるところに心を揺さぶられるだろう。こうした「本」がベストセラーになり、「映画」まで作られるアメリカの文化、キリスト教文化の奥の深さ豊かさをうらやましく思った。

 

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日々の風から 待望の10月スタート

待望の10月スタート

 

月が変わって最初の日に記事をあげたいと毎月思っている。月の最後の日には感謝と別れのあいさつを、新しい月には期待と歓迎のあいさつをしたいと思うが、最近は手際よく物事を進める能力が鈍っておたおたし、この両日に失礼している。9月は大きな行事をこなすことができ、いつまでも思い出に残る感謝あふれる月になった。体調を崩すという招かざる客の到来もあったがこれもまたセットになって記憶に留まるだろう。

 

新しい月を歓迎する。神さまは何事があっても歴史の先頭に立って進んで行かれる。個々人にとってうれしかったこともつらかったことも、大御心に包み込んで深いあわれみの内に先へ先へと歩みを進められる。神の歩みにへばりついてこの月も歩んでいきたい。10月は気候的には最高に過ごしやすいはず。ちょうど5月に相対するのではないか。今年は8月、9月が異変続きだった。雨が多くて梅雨時のようだった。これが私の体調を狂わした大きな原因だと思っている。

 

この10月は、早々から身勝手な解散劇のために小さな狭い日本の国が振り回されている。「おごれるものは久しからず」の大風が吹くことを願っていたがひとまずそのようになること希求する。とってかわる新しい勢力が何をするかわからないが、神様は見ておられる。それもまたいつか「風の前の塵に等し」のルールから外れることはないだろうが、祈りつつ見つめていきたい。私の体調はほぼ回復した。いのちの主に感謝するばかり。爽やかな秋風と澄み渡る空の青さを楽しみながら人生にたった一度の2017年10月を主とともに歩んでいきたい。

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日々の風から 65周年後日物語

日々の風から  65周年後日物語

 

実は不覚にも19日当日一週間前から思わぬ発熱頭痛に襲われていた。かかりつけ医から総合感冒薬を出されたが症状は改善しない。見切り発車で当日を迎え、会場に急いだ。たぶんさえない顔であったろうが、ともかくも役は果たした。帰途は歩く力もなく、限界を感じて途中からタクシーを使い家に転がり込んだ。幸い娘夫婦がいたので、いざというときにお世話になる都立病院の夜間救急外来に運んでもらった。行き届いた問診があり、診察があり、適切な薬が処方された。その夜の内に症状が治まった。その後一週間、微熱は続き、ようやく、この数日体調体力に手ごたえを感じている。「心は熱すれど、肉体は弱し」みことばの前に静まりつつ、あわれみ深い神からのいのちが注がれているのを感じつつ、静かな時を過ごしている。

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日々の風から 多忙風邪から疲労風邪

あの変則的な夏の日々、私はひとつのイベント立ち上げのために寸暇を惜しんでした。少し大げさであるが。仲間たちと連携しながらずんずんと仕事を前に進めていった。30年来活動の軸足の拠点を置き、支えられ楽しんでいる「日本クリスチャン・ペンクラブ」がちょうど創立65周年を迎える。この時に居合わせた者としてはささやかでも感謝の宴を催すのが、過去の先輩たちに対する礼儀でもあり、なによりも吹けば飛ぶような小さな群れをもあわれんでくださる神への捧げものではないか。かくして思いを一つにした仲間たちがそれぞれの得意分野を受け持って、一つの祝会にするべく進んできた。本当にスムースに進んだ。参加人数は予定をはるかに越え、費用も必要が満たされ。神さまの恵みと導きを随所に発見しては皆で喜び合った。日ごろ交わりの少ない関西方面からも数名の兄姉が上京される。

 

今週早々に、必要グッズを詰め込んだ段ボールを、宅配日を指定して早めに出した。一番楽しみにしている愛さん昼食会の仕出し弁当の支払いも済ませた。気が抜けたわけではないが、やれやれここまで来られたという思いはあった。とたんに、発熱した。老いてきて風邪をひいても熱は出ないのに、今回は風邪症状はないのに、私にしては高熱なのである。やっとの思いで病院に行ったが、先生はあっさりと「総合感冒薬」を出しておきましょうで、あっという間の診察だった。そうなのかもしれない。それはそれでいい。昨日夕方あたりからすっと何かが動いた気がした。もう高熱はない。微熱はあるが。感冒薬を飲んではうつらつらと寝ている。明日は本番、当日の日である。すっきりと立ち上がりたい。台風の影響が出ませんように。

 

 

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日々の風から 初秋の教会コンサート

日々の風から 初秋の教会コンサート

 

秋は教会のイベントが多い。我が教会でも一年に一度はクリスチャンミュージシャンをお招きしてコンサートを開催する。数か月前から準備に入る。いちばん大きい準備は地域へのPRである。これを機に、ふだんキリスト教会に関心のない人たちに、何とかしてお越しいただき、音楽を楽しむとともにキリストの福音に触れてほしいとの願いからである。言葉による伝道ではなく、音楽の力による伝道であり、何時のころからか日本中で、もしかしたら今では世界中で主流の伝道方法かもしれない。

 

かつては「伝道集会」とダイレクトに銘打って、外部から伝道説教専門の講師をお招きして集会を開いた。春と秋に催すこともあった。一回だけでなく土曜日、日曜日と連続したこともあった。そのうちに「講演会」と名前を変えるようになった。内容も聖書から直接説教するのではなく、人生の様々な局面での「テーマ」を掲げて、その道の専門家にお話しいただいた。教育であったり、親子問題であったり、夫婦問題であったり、老人問題であったりする。それは今も続いているが、音楽伝道、コンサートが大きな流れを作るようになった。大勢のクリスチャンアーティストが、器楽演奏に声楽にと活躍するようになった。

 

今年、我が教会のコンサートは演奏家の皆さんの都合によって9月第一日曜に決まった。PRは、今回は新聞にチラシを折り込んだ。教会員がポスティングもするが、より広い地域に宣伝することを願ってそのようにした。チラシを見て心動かされ、教会を訪れる人があることを祈りつつ、待ち望んだ。過去から言えばチラシの効果は少ない。今回もアンケートによればチラシで来た人はわずかだった。やはり教会員が友人知人家族を招くことが一番多かった。難しいことである。

 

コンサートはすばらしかった。ソプラノを歌うソリストはお子様二人のお母さんとのことだった。伴奏者もお子さんのおられる女性ピアニストだった。家庭のある女性たちが堂々と活躍している、そのこと自体もうれしかった。キリスト教界は一般社会以上に男性社会である。日本だけかもしれないが。私は今回今までとは違う感動を受けた。お二人の演奏者から、聖霊の咲かせた花を見た気がした。美しい容姿もさりながら、表情や歌声やピアノの音色から花を感じた。聖霊は信仰者には豊かな実を結ばせると約束してくださっているが、花も咲か咲かせるのだと、楽しい思いを与えられた。帰宅してから、ひととき讃美歌集を開いて、歌った。神さまは賛美の中に住まわれるとみことばにあるが、確かに、主が喜んでおられるのをまじかに感じて、豊かな思いに導かれた。

 

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日々の風から 夏は終わりぬ?

 日々の風から 夏は終わりぬ?

 

 

8月31日に駆けこんだはずなのに、ずれてしまいました。

 

8月31日は夏の終わりを告げてくれる日に思える。たとえその日がカンカン照りであっても、ここまで来れば夏は終わり、すぐに秋が来ると思わせてくれる。今日のように台風の影響で雨が降り冷気を含んだ風が吹くといっそうその思いは真実味を帯びてくる。ほんとにこのまま涼しくなってしまうのだろう、たとえ暑い日があったとしても夏の暑さとは違うと、思いはどこまでも秋に向かっていく。8月31日はそんな役目を負っているように思える。

 

私の8月はほとんど在宅の日々だった。予報ほど暑くはなく、連日雨模様ですっきりしなかった。おかしな天候だったと思う。冷たい飲料も冷菓もさほどほしくなかった。こんなことは初めてである。気候だけでなく老いのせいかもしれないが。食欲が特に落ちることもなく、

三食きちんとおいしくいただいた。めったに外食はしない。自分で作るのが一番おいしいと、負け惜しみでなく、心からそう思って、毎食主をあがめつつ楽しんで食事ができている。

 

春からの断捨離作業は行きつくところまで行った。オーバーしたかもしれない。ずっと気になっていた和室を、思い切って洋室にしたのである。畳を処分していわゆるフローリング工事をした。母が暮らした部屋である。すっかり雰囲気が変わって新しい部屋になった。見るたびに晴れやかな思いになる。祈りの部屋にしようと思い立ち、目覚めるとすぐに自室を出てひと時を過ごすことにしている。この夏の大収穫である。主に感謝するばかりである。

さあ、明日からは9月がスタートする。期待することの多い月である。

 

 

 

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日々の風から 私の夏休み 亡き母の里へ

日々の風から 私の夏休み 亡き母の里へ

 

 

 

 

 

 

このところ母の故郷へ行きたい思いが募っていた。つい口に出るものだから、とうとう娘が、夏休みに行ってみようと言ってくれた。夏休みと言っても家族全員が行ける日はなかなか見つからない。ついにそんな日は一日もないことが分かった。しかし部活動でほとんど休みなしの高校生があっさりと自ら外れてくれて、大学生と娘夫婦、いつでも都合の良い私とで出かけることになった。

 

遠路ではない。千葉県銚子の先の灯台で有名な犬吠岬の湾岸を南西に入り込んだ漁師町である。車で走っても130キロほど。大した渋滞もなく早々に着いてしまった。お天気はどんよりとしていたが、海岸に近づくにつれて晴れてきて、ずっと雨続きだった東京を思うと嘘のような青空になり太陽が照り付けた。久しぶりに青々とした空と海と白波を見た。

 

この地に、私は終戦の年の秋から四年近く父母や妹と戦後疎開をしていた。私には唯一、地方暮らしをした場所であり、出生地こそ違うけれど故郷と言ってもいいところである。記憶の底にしっかり堆積し、心の壁に深く刻まれている私の人生の消すことのできない歴史である。今回、思い出の一ページ、一ページに立ってみた。

 

前回来たのはいつだったろうか。そんなに昔ではない。つい先ごろ、私より年下の従妹の葬儀にも来ている。しかし限られた場所だけのとんぼ返りである。今回は車だから自由に動けた。三年生まで通った小学校跡も行ってみた。毎日泳いだ浜辺にも行った。しかし自然は変わる。人が変えるのだ。いたるところに人の手が入っているのがわかる。かつて、祖母から、その浜だけは泳いではいけないと言い含められていた波の荒い浜は、堤防で囲まれて昔日の面影はない。きつい魚臭もなく、潮の匂いさえ薄い気がする。しかし私は落胆しない。心の中の風景と重ね合わせるからか、よけいに感慨は深くなる。

 

あの時10歳にも満たなかった私が、子や孫といっしょに同じ場所を歩いているのだ。自分も変わった。歳月が変えたのだ。かつてのつもりで磯の岩の上を飛び渡ろうとしたら、孫が、そこは危ない、そこは滑るよと言いながらたくましい手を差し出してくる。時は流れていく。海波は寄せては返す。潮は退いてもまた満ちてくる。しかし歳月の川は一直線に流れ過ぎるだけ。婿どのが、行きたいと願っていたところを余すところなく回ってくれた。ふと、見納めという言葉が生々しく横切って行った。

 

お昼に、魚料理のお店を選んだ。久しぶりに、濃くて甘い独特の煮魚に大喜びした。この味は変わっていなかった。この煮魚を食べにまた来ようとひそかに思った。

 

 

 

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日々の風から 真夏の閑けさ

日々の風から 真夏の閑けさ

 

夏の大型年中行事である夏休みも、子どもたちはさておき、大人たちが職場に戻ってそろそろ終わりだろうか。今年は雨続きだったせいか我が家のすぐ脇を通る車の音もふだんとほとんど変わらずだった。お正月の時のように森閑とすることはなかった。

 

最近、大江健三郎氏の著書を再読していて、忘れてしまっていた一文を興味深く読んだ。

講演集の中の一文である。

 

「わたしはパリで公開討論の会に出席しました。日本文化に深い理解を示す、フランスの一詩人が、日本の高名な俳人、芭蕉の俳句を一つ引用して、こういわれたのです。《枯れ枝に  

烏のとまりけり 秋の暮れ》、この十数羽の烏に、日本人の心はよく表現されていると。

私は反論しました。日本人にとって、この烏は一羽でなければならないのだと。ところが同席していた日本の古典詩の専門家が、私にとどめの一撃を加えたのでした。最近のことだが、芭蕉自身がこの句に合わせた絵を描いた作品が発見された。そこには、烏が二十数羽、描かれていると。それ以来、私は外国人の前で俳句の話をする時、単数と複数の表記が日本語では厳密でないこともあり、疑いにとらえられるようになりました。芭蕉のもうひとつの、有名な俳句、《古池や 蛙とびこむ 水の音》。この蛙は一匹なのだろうか、十匹なのだろうか、二十匹なのだろうか、フランス語の世界では、どれがもっとも自然なのだろう。私は長い間、一匹だと信じてしたのですが……」

 

 唸ってしまった。私も、枯れ枝に泊まる烏は一羽、古池にとびこむ蛙は一匹だと固く思っていた。枯れ枝に二十数羽の烏がとまっているなんてとても考えられず、それでは句から受ける感じがまるで違ってしまう。古池の蛙も十匹、二十匹がとびこんだのなら、もう、滑稽になって楽しくなって笑いだしたくなる。一匹だと思って受けたイメージが壊れてしまう。

大江氏でさえ一羽であり、一匹だと信じて疑わなかった。この知者と同じ思いだったというだけで何かほっとするが、これは日本人だからか。日本人でも複数派がいるのではないだろうか。一人一人に尋ねてみたい。

 

もうひとつ《閑けさや 岩にしみいる 蝉の声》。

この蝉は単数か複数か、これも考えてみたいし、訊いてみたい。

いかがでしょうか。

 

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日々の風から 72回目の敗戦記念日 

日々の風から 72回目の敗戦記念日 

 

このところずっと東京は涼しいし、雨が降る。真夏とはとても思えないお天気模様が続いている。一言でいえば異常気象であろう。しかし過去40年前にもこんな夏があったとか。思い出すこともできないが。家に居る者は涼しくて何かと便利であるが、自分の都合だけで喜んでいくわけには行かない。日本中が年に一度のバカンスで沸き立っているときだ。半年、もっと前から子どもたちともども様々なプランを立てて待ちに待った夏休みである。この天気で実現できなかったらまことにお気の毒である。それを当て込んで商売しようとしていた方々もお気の毒である。あの37度にもなった夏はどこへ行ってしまったのだろう。まるで梅雨時のようだ。

 

今日を終戦記念日という。戦争が終わったのはいい。だから終戦、しかしなぜ「敗戦」といわないのだろう。子どものころからずっとそう思ってきた。だれが始めたのかなどの、犯人探しではなく、日本中が素直に、戦争は負けて終ったのだと身を低くして認めたらいいと思う。外国に対して多くの間違いを犯し、多くの犠牲者を出した戦争、一方で自分の国も壊滅的な被害に遭った。とりわけ広島、長崎を経験した。そして日本は負けたのだ。ここからどうやって平和な世界を作り出し、生きていくのかが最優先の課題ではなかったか。その72年ではなかったのか。いつのまにか間違った道ができ、そこを進んでいるのではないか。その舵取りは任された政治家の仕事ではないのか。任す国民にも責任はあるが。

 

72年前の8月15日の夜、母は部屋の電灯に被せる黒い覆いを勢いよくはぎ取って言った。

「今夜からこんなものは要らなくなった。堂々と電気が付けられる。せいせいした」と。

母の顔には見たこともないような晴れ晴れした笑顔があった。私はそれを覚えている。

 

 

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