人生の逆風の中で見つけた希望の風を、小説、エッセイ、童話、詩などで表現していきます。

日々の風から 72回目の敗戦記念日 

日々の風から 72回目の敗戦記念日 

 

このところずっと東京は涼しいし、雨が降る。真夏とはとても思えないお天気模様が続いている。一言でいえば異常気象であろう。しかし過去40年前にもこんな夏があったとか。思い出すこともできないが。家に居る者は涼しくて何かと便利であるが、自分の都合だけで喜んでいくわけには行かない。日本中が年に一度のバカンスで沸き立っているときだ。半年、もっと前から子どもたちともども様々なプランを立てて待ちに待った夏休みである。この天気で実現できなかったらまことにお気の毒である。それを当て込んで商売しようとしていた方々もお気の毒である。あの37度にもなった夏はどこへ行ってしまったのだろう。まるで梅雨時のようだ。

 

今日を終戦記念日という。戦争が終わったのはいい。だから終戦、しかしなぜ「敗戦」といわないのだろう。子どものころからずっとそう思ってきた。だれが始めたのかなどの、犯人探しではなく、日本中が素直に、戦争は負けて終ったのだと身を低くして認めたらいいと思う。外国に対して多くの間違いを犯し、多くの犠牲者を出した戦争、一方で自分の国も壊滅的な被害に遭った。とりわけ広島、長崎を経験した。そして日本は負けたのだ。ここからどうやって平和な世界を作り出し、生きていくのかが最優先の課題ではなかったか。その72年ではなかったのか。いつのまにか間違った道ができ、そこを進んでいるのではないか。その舵取りは任された政治家の仕事ではないのか。任す国民にも責任はあるが。

 

72年前の8月15日の夜、母は部屋の電灯に被せる黒い覆いを勢いよくはぎ取って言った。

「今夜からこんなものは要らなくなった。堂々と電気が付けられる。せいせいした」と。

母の顔には見たこともないような晴れ晴れした笑顔があった。私はそれを覚えている。

 

 

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日々の風から 夏の牙

日々の風から 夏の牙

 

春夏秋冬と聞けば、豊かで穏やかで美しい日本国の諸情景が次々と浮かんで顔がほころんでくるものだ。DNAのなせるわざだろうか。それともかつての日本の四季はそうだったのだろうか。しかし春夏秋冬のそれぞれに厳しい一面があることは昨今の事ではない。特に夏と冬には生活そのもが脅かされたことだろう。豪雪はその大きな難事、夏の干ばつや長雨には飢饉をももたらした。

 

かつて、日射病と言って、夏のカンカン照りの下で長くいると倒れるとよく聞いた。帽子をかぶりなさと注意されたものだ。しかし、熱中症とは言わなかった。日射病の別名かと思っていたが、熱中症日差しの中にいなくても罹る。家の中でも夜中でも発生するそうだ。

 

どこへ行っても「こまめに水分補給を」と言われる。あまり聞くので最近は「こまめに」という言葉が鼻についてうんざりするようになった。「お年寄りは喉が渇いたのも気がつかない、暑さも感じないから」と追い打ちをかけられるとむっとしてくる。思えばこのかたくなさも老いの特徴かもしれないが。

 

夏には牙がある。今朝は一度に数名の友人たちから連絡があった。「このところ真夜中に鼻血がでます。今日こそ医院に行ってきます」、「腹痛が治りません。たぶん冷たいものを摂り過ぎたのかもしれませんが、苦痛です」、「喉の痛みが取れません。ずっとエアコンにあたっているからかも」、「腸の痛みに七転八倒しました。タクシーで病院に行きます」。皆さん独り暮らしなのだ。マンションや一軒家に一人で暮らしておられる。聞いても地方の方もおられるし、近くたって飛んではいけない。一人暮らしは大変だとつくづく思う。夏の牙から守られますようにと、ひたすらに祈る。

 

 

 

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日々の風から 若者の夏、高齢者の夏

日々の風から 若者の夏、高齢者の夏

 

8月1日がスタートしました。高温に呻吟し、突然の豪雨に仰天し、隅田川の花火が中止になるのではないかとハラハラしながらも夏は進んでいます。そして、小さな日常も生きている限りなにやかやと多忙です。身の回りの断捨離と同じように活動の場も少しずつ整理してきてゆとりある日々に移行していますが、まだいくつかとは関係を続けています。負担になるようなことはなく、むしろ楽しみであり、生活のメリハリとなり、ストレスになるどころか反対にストレス解消にもつながっています。しかし気を付けなければならないことがあると自戒しています。一つは《老害》であり、《裸の王様》であり、《鈴をつけるに手を焼く猫》にならないように自分自身を見張ることです。

 

夏休みといっても高齢者には関係がありません。一年中夏休みのようなものです。特別にこの時期に遠出することもありません。この時期だからこそかえって遠出は避けます。日ごろ働きづめの現役の方々に席を譲るのが礼儀でしょう。子どもたちが夏休みの日記帳に(いまごろはそんな課題はないのかもしれませんが)書ききれないほどたくさんの思い出ができますように。とは言っても、家族そろってたとえ故郷へ行くにしても出かけられる人たちばかりではないでしょう。まして海外へ、などは、飛行場があんなに混雑していても少数の人たちでしょう。この時期にお仕事から離れられない親たちもいます。学童保育で日々過ごす子どもたち、保育所に通い続ける子どもたちもいることでしょう。

 

我が家の孫たちは今では大学生と高校生。すっかり大きくなりました。同じ家にいても、婿殿と同じように顔を見ない日もあるくらいそれぞれに多忙です。夏休みも同じです。昨日は大学生が大きなスーツケースを牽き、さらにリュックを背負って研修旅行に、今朝は下の孫が真っ赤なスーツケースとともに部活動の合宿に出かけました。無事を祈りつつ見送ったことです。

 

 

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日々の風から 友が言うには

日々の風から 友が言うには

 

今日は驚くほどの激しい雨が降って、排水処理能力を超えるのではないかと恐ろしくなった。いつだったか、またたく間に道路が一面冠水したことがあった。なにしろこちらは海抜ゼロメートル以下の地域なので。午後になって上がったので一安心した。30度を切って、北風なのだから、昨日とは天地の差があるように感ずる。

 

体調を崩していた友から久しぶりにメールが入った。私よりもいくつか年上だが日ごろ頭の回転がよく舌鋒も鋭くシャキシャキした老女性である。その彼女が「脳が溶けようで思考停止、考えがちっともまとまらない」とおっしゃる。才女も暑さには勝てないというところか。

 

まして、愚鈍女には炎暑はきつい。画面に向かっていても、ただそうしているだけでキーが叩けない。言葉は指先からは生まれてこない。脳の指令によって動くのだ。ところが脳が指令を出さないのだ。停止しているのがわかる。暑さとは恐ろしいものだ。

 

 

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日々の風から 一気に梅雨明け これからが夏本番とは〜〜

日々の風から 一気に梅雨明け これからが夏本番とは〜〜

 

 

気象庁から宣言が出て、

四国から関東甲信地方の梅雨がいっせいに明けた。

梅雨はどこへ?

と言ったばかりなのでちょっと笑いたくなった。

ずっと真夏並み、それ以上の猛暑で、

すでに夏負け状態ではあるか、

こうして公に「梅雨明け」と言われると

かえって覚悟ができるからこれもおかしなものだ。

 

ともかくも夏本番なのです!

 

例年7月20日前後が平均らしいので、

今年は異常ではないようだ。

かつて、雷が鳴ると梅雨が明けると聞いてきたが、

今年の東京はゲリラ豪雨、雹のプラスαまで加わって、

鳴り物入りの立派な?梅雨明けとなった。

さあ、これからどうしましょう。

 

「暑さ寒さも彼岸まで」の約2か月間、

暑さ戦争が続くのだ。

エアコンを入れたり切ったり、

扇風機の風力を強めたり弱めたり、

努めて水分補給して、

一日、一日、いつものように暮らすしかない。

家に閉じこもりすぎて足腰が弱くなるのが心配です〜〜〜。

 

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日々の風から 梅雨はどこへ行ったやら

日々の風から 梅雨はどこへ行ったやら

 

私の記憶にある梅雨は、何日何日も雨が降り続き、

すべてが湿っぽくなり黴臭くなり、布巾などは煮沸消毒したものだった。

蒸し暑い日もあるが時に肌寒い日もあり、小さなストーブは片づけられなかった。

近年はそうした時期はすっかり影を潜め、

ゲリラ豪雨とか集中豪雨などと物騒な名前のもとに荒々しい現象が起こりその被害も驚異的になった。

本来の梅雨はどこへ行ってしまったのでしょう。

 

だれもが何かが狂っていると感じている。

その原因は人間の側にあるとこれもかすかに感じている。

単なる自然現象ではないとわかってきている。

世界中が一致協力すれば遅ればせながらではあるが何かできると、そう考えている人たちもいる。

世界に大国だと自負する立派な国のリーダーの皆さん、

どうかかけがえのない地球のため、そこに住む同じ人間のため、愛のわざに励んでください。

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日々の風から 断捨離後遺症 

日々の風から 断捨離後遺症 

 

断捨離完了などと大げさな勝利宣言をしてしまって今さらであるが、前後左右、アップダウンする情けないわが心境を隠すのはフェアーでないと思い恥をさらします。

 

実は、私の断捨離は「捨」の他に部屋の模様替えも含めて部屋そのものも替える大掛かりな改革、革命ともいえるものであった。おなじ小さな一軒の家の中ではあるが常住する「わたしの部屋」を替えたのである。これがまた一大決心なのであった。思うところがあってそうした。

 

最初は小さな断捨離であったが日ごとに規模が大きくなった。今の内なら大抵のところは自力でできると、若い者たちが出払った日中に、ひとりでせっせと汗を流した。ところが汗といっしょに涙も流したのである。今だから言えるが、大声で泣きながらゴミにした。

そんな自分をバカみたいと笑う自分がいるのだが、感情というものは理屈には絶対に屈しない。

 

「捨」とはわずか一文字にすぎないがほんとのところ「捨」なんてないのだ。自分の生きた確かな跡であり、その時は「いのち」でもあったものだ。それを捨てるとは、自分の人生を消していくことに他ならない。片手をもぎ取り、片足を切る、そんな思いになった。私が無くなっていく、私が消えていく、死ぬような思いになった。

 

なんどか大波にさらわれてアップアップしたが、次第に感情は収まってきて理屈が勝つようになってきた。かつては大事であり必要であったが、今、今日を生きるために不要であれば、「捨」でいいのだ。明日のことはあまり深刻に考えなくてもいい。「明日は明日自ら思い煩わん」とイエス様も言われた。そういうことからも断捨離は「己を捨てて我に従え」の実践編、応用編として腑に落ち納得できてくる。

 

時々揺れ戻しが来る。余震のようなものであろうか。後遺症と言ったが、後々まで残る負を引きずるものではない。それはわかっている。

 

みことばの励ましをいただいた。

『ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろの物を忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目指して一心に走っているのです』ピリピ3章13、14節

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日々の風から 断捨離完了宣言

日々の風から 断捨離完了宣言

友人からいただいたジャカランダ

 

一年の後半期に入り、スタート地点にシャキッと立とうとしている。日常はまったく代り映えしないのだが、せめて心持ちだけでもそうした心境に向けたい。体力、体調は梅雨の時期もあってシャキッとなどとは程遠く、立つにも座るにも掛け声の連発ではあるのだが。

 

この一両日は一大イベントである「都議選劇場」にすっかり釘づけにされてしまった。特に開票の夜は途中経過もすっかり観戦し、就寝がいつもより大幅に遅れてしまった。テレビの前に座り込んだのはトランプ氏がトップに就いた時以来である。思えば、若いころから政治には無関心で、無責任な国民、都民、区民であったが、昨今、多少でも関心を持つようになったのはネットの力に影響されてのことだと思う。手軽にみられるからだ。パソコンは一日中ほとんど開いているからついつい見てしまう。しかしネット記事、ネットニュースはテレビ以上に選択や判別力が問われるそうだから気を付けたいと思う。

 

今日のテーマの「わたしの断捨離」であるが、ほぼ完了である!

だいぶ時間がかかったが、かなり徹底したと我ながら思う。要するに「捨」以外の何物でもない。

今や私は身一つになった。

もともと大したものはないのだがますます無くなった。

あまりにも身軽になったせいか、わずか一陣の風でも空中に舞い飛んでしまいそうである。

 

しかし、である。老いたとはいえ神の創造のわざである私が有る。物としての私が存在し、私の中には肉の目には見えないが神の霊が宿っている。聖霊がおられる。愛の神が住んでおられる。「日ごとの必要を備えてくださる」神がともにいてくださる。これで十分ではないか。これ以上なにが欲しいというのか。「原点」を心に刻もう。すっきりシャキッとしてまずは真夏の希望の風に吹かれたい。

 

 

 

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日々の風から  今年半年を生かされて

日々の風から  今年半年を生かされて

 

6月30日は半年後の12月31日と対になる大きな節目の日である。若い時は今のように大きな感慨は持たなかったように思うが、この年になると、過ぎた半年がとても貴重でしかもいとおしい。そして、ともかく半年を何とかクリヤーできたことは、神によって生かされたこそであると、本心からしみじみと思い、頭を深く垂れて感謝せずにはいられない。

 

生きるも死ぬるも、いのちは創造主である神様の御手の内にあり御心によるのだからと、理屈と信仰では理解しているが、いざ、今日一日、明日一日と、目の前の現実に直面すれば、正直なところ大過なく過ごせることが願いであり祈りである。そしてこれこそが最大の恵みでありあわれみである。もちろん、無理に求めはしないが思わぬ嵐に遭うことは無きにしも非ず、その時はまた助けぬしなる神様に解決を祈り求めるだろうが、その時はその時のこと、今、2017年6月30日を閉じるにあたって、ここまでのあわれみと恵みを心から感謝せずにはいられない。

 

この半年、あるいは昨今、大過なく過ごすことができなかった愛する友人たちの苦悩へと思いを馳せる。加齢によるのだろうか、脊椎損傷や圧迫骨折で激しい痛みと体の不自由を強いられている友には限りなく同情する。膝の痛みが続いてついに手術した友が早く以前のように自転車に乗りたいともがいている。突然膠原病と診断され、ステロイド投与のためにお月さまのように真ん丸の赤い顔をしてベッドから離れられない友がいる。幼なじみであるが持病があってずっと独身を通してこられたが、ついに一人暮らしが困難になり、ホームに移った友がいる。かなり遠方なのでめったに訪ねられない。ようやく先日会いに行った。元気にしていたのでほっとしたが、帰り際の玄関先で、抱きついてきた。頬に大粒の涙が流れたのを、まさかここで泣くとはと、言葉もなかった。道々も、帰宅してから、就寝してからも、大粒の涙が忘れられず、切ない思いは今も消えない。

 

明日から今年の後半が始まる。あと半年、何があるかわからないが、神の御手の中にいることを日々実感しながら、神の御前で、平安に、思い煩うことなく、生まれたばかりの赤子のように神を信頼し、慕い、喜び、楽しみ、賛美して、一日一日を精一杯、神のくださるいのちを巧みに用いて生かされていきたい。

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日々の風から 試みの逆風 

日々の風から 試みの逆風 

 

旅の記事を書き続けているうちに6月が終わりそうです。本来ならあと一回締めくくりをしようと思っていたのですが、突然ブログに入れなくなり、だいぶ日数が過ぎてしまいました。

 

問い合わせると一日ほどで回答メールが来るのですが、その通りにしてもちっとも解決には至らず、なんども繰り返して、本日ようやく入れました。私の単純なミスだったのです。

 

ミスに気付かせてくださったのは神様に違いないのです。気がつかなかったら何度でも質問メールをし続けて、あちらも困り果てたでしょう。すぐに解決した旨知らせまして、あちらからもよかったと返信が来て、一件落着と相成りました。一時は、もうこのままブログから引退しようと思ったほどです。しかし、また書いていきたいと気を取り直したところです。

 

希望の風は試みの逆風には弱く、じきにあきらめ風に倒されそうなります。今夜はしっかり祈って、新鮮な希望の風をいただき、6月のみそかを迎えたいと願います。

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