希望の風
人生の逆風の中で見つけた希望の風を、小説、エッセイ、童話、詩などで表現していきます。

日々の風から 計画倒れ

日々の風から 計画倒れ

 

以前にこのブログで、「トルストイ日記抄」を紹介した時に、彼が自分自身に課したいくつかの項目を書き出したことがありました。その一つに、「必ず実行すると定めたことは、どんなことがあっても実行せよ」というのがありました。その時私は思うところがあったのでこれについては後日にしますと述べました。今さらの感がありますが思い出したので、年の瀬も迫っていますから、果たしたいと思います。

 

「必ず実行すると定めたことは、どんなことがあっても実行せよ」とは、自分が自分に誓ったことですから、実行してもしなくても他人にはあまり関係がありません。まして迷惑の掛かることではないでしょう。あくまでも自分の事です。自分の内面の問題です。私自身を振り返ってみても、実行しようと決めたことはいくらでもあります。大きなことから毎日の小さなことに至るまで、いつも決め事をして進んでいます。だれでもそうでしょうけれど。トルストイが自分に課した「実行すると決めたこと」が何であるか、具体的な内容は知る由もありませんが、たぶんかなり大きな難題なのかもしれません。

 

私がこの項目に出会ってふと思っことは、昨今の自分のことです。トルストイの思いからはだいぶかけ離れ、「実行すること」が「大きな目標」ではなくて、単に予定、計画、プランのたぐいで、「しようと思ったことは必ずし終えたい」程度のレベルのことです。実はそのことなのですが、往年の自分は、たぶん、しようと思ったことは必ず完了させていたと思うのです。ひと様に係りあることはもちろんですが、自分だけに課したことでもやり遂げねば自分で自分がゆるせない、そんな人間ではなかったかと思います。

 

ところが、最近気が付いたことがあります。今日中に、あるいは何日までに「しようと思ったこと」をしないのです。し残したことがあっても、「明日ね」で済ませることが多くなりました。いわゆる計画倒れというのでしょうか。無理なプランを立てているつもりはないのですが、「明日ね」が多いのです。そして、そんな自分をゆるせないって𠮟る自分がいないのです。これも老いの一現象でしょうか。老いのせいではなく、私自身の人間性が退化したのか崩れたのでしょうか。

 

若き日の、一途に人生をひた走る偉人トルストイに刺激されるのも、そもそも分に似合わないことですが、「必ず実行すると定めたことは、どんなことがあっても実行せよ」のトルストイを懐かしみながら、あれこれと頭の散歩をしたことでした。それにしてもこの12月は「明日ね」に延ばせない事柄がいくつかあります。「どんなことがあっても実行せよ」と言い聞かせねばなりません。

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日々の風から 教会が主役・クリスマスの月

日々の風から 教会が主役・クリスマスの月

 

12月は教会が多忙である。一年で一番行事の多い月である。師が走る。信徒が走る。11月最後の週からすでに始まっている。12月第一週からの降誕節を迎えるために、まず教会の大掃除をした。毎年のことなのでそれぞれ自分がするべきことはわかっている。最後にクリスマスツリーを立てた。教会の外と会堂の中に、本物ではないが飾りつけもして楽しみながら進めた。大勢でいっせいに働く姿は麗しいかぎりだ。台所もピカピカに磨き上げるので、今日だけは炊事は無しで、近くからお弁当を買ってきてすませた。これもまた楽しからずやであった。

 

12月1日土曜日、降誕節の始まるその一日前、教会は恒例の婦人会主催のクリスマス会が開かれた。対象は教会の婦人会メンバーが主で、家族友人知人の方々も参加された。やや内向きの会で外部には大々的には呼びかけない。婦人たちがそれぞれにお料理を持ち寄る。「一品持ち寄り」が原則である。

 

まず牧師のクリスマスメッセージを中心にして礼拝が持たれた。クリスマスとは、神が地上に来られた、それも私たちと同じ人間となってこられた、さらに、ごく平凡な貧しい家庭に赤子として生まれてくださったこの奇跡の出来事をいうのであると説かれた。この事実を、私のためなのだと受け入れる時、クリスマスは単なる年末の一行事ではなく、私個人の喜びと感謝のうるわしいクリスマスになるのだと思う。

 

集まった女性たちの中には、まだ個人的な関係でクリスマスを理解できない方々も何人かおられた。そうした方々がメッセージを聴いてくださったことに大きな意義がある。「良い知らせ」はまず伝えなければならない。知ってもらわなければならない。実際に教会へ来られて、自分の耳でじかに聞くことに大きな意味があると思う。神のことばはきっとその人の魂に入り込み、救いのみわざをなすだろうと信じる。たとえ時間がかかろうとも。

 

礼拝のあとはお待ちかねの食事会になる。ともに食し、ともに語り合う時こそこの日のもうひとつのメインである。二十数名の人たちが、二十数種類のお料理の前でひとつテーブルを囲んだ。なかなかの壮観である。既製品ではないのだ。それぞれが心を込めてお得意のお料理を作ってきた。世界で一つしかないテーブルなのだ。その合間に、証しがあり、ソロの賛美があり、ゲームがあって、プチプレゼントがあり、最後にキャンドルライトで「きよしこの夜」を賛美して散会となった。世界でたった一つの小さいけれど恵みに満ちたクリスマス会であった。

 

教会は23日のクリスマス礼拝、24日夜の燭火礼拝に向かって、途中、いつくかのクリスマス会を重ねながら進んでいく。教会を建て上げるために来られたイエス・キリストの目的に向かって、教会はますます力強く進んでいく。今年もそのクリスマスでありたい。

 

 

 

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日々の風から 師走の前の静けさ

日々の風から 師走の前の静けさ

 

 

 

一か月ほど前に、久しぶりに旧友と会う時が与えられた。T姉妹はちょうど一年前に最愛の家族を失い悲嘆のどん底をさ迷った。やたらに言葉を掛けられるような状況ではなかった。それを察して敢えてそっと見守った。最近、一年の記念会を直系家族だけで済ませたと聞いた。そのあとで会うことになった。お互いにひと昔ふた昔のまえの話をし続けた。長い時間が過ぎたので、そろそろお開きにしたほうがいいと思った。核心の話は一言も出ない。もちろんこちらからは言い出せない。第一、詳細なことを知っているわけではないから切っ掛けも作れない。しかしたわいない話ではあるがたくさんでき、笑い合うこともできた。それでいいと思った。

 

そろそろお終いのご挨拶をと思っていた時、彼女の口が自然に開いて、私の知らない渦中のことをすらすらと気負うこともなく話し出した。私がすべてを知っているかのように。私は静かに黙して心の奥深くに留め胸に収めた。その時私は、彼女は今、大きな山を一つ越えたのだと悟った。それを機に姉妹はますます軽やかに今日までのことを話し続けた。よかった、会ってよかった。彼女の心が一歩前に向かったことがわかって、感謝の祈りを捧げ合った。

 

それから一か月後の昨日、また会う機会があった。姉妹はお茶の来る前から例の話を話題にした。先の時にはまだ話し足りなかったのだろう、たくさんたくさん語った。心の隅の隅まで洗いざらいを、自分の言葉で表現しているようであった。半分は自分に語っているようであった。心の整理をしているようであった。私はその場に居合わせたことを主に感謝した。

 

メールがあった「お祈りに感謝しながらやっていこうと思います。私なりの進み方でゆっくり歩いていこうと思います」と。姉妹の中で一つの決意が生まれ、これからの生き方の方法が見えてきたのだと思った。11月末にしては暖かい静かな日であった。

 

『主は与え、主は与えられる。

     主の御名はほむべきかな』ヨブ1・21

 

 

 

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世相の風から 移民キャラバンとは?

世相の風から 移民キャラバンとは?

 

近ごろ目につき心を占める世相風景は「移民キャラバン」の様子である。情報は細切れにネットで見聞きするだけだから、ほんもののやじ馬でしかないが、この先どうなるのだろうと、目が離せない思いである。もともとのはどうして起こったのだろうか、だれかが呼びかけたのだろうか、最初は小さな群れであったに違いないが、あれよあれよという間に数千人の大集団になったようだ。中南米の人々が合衆国移住を目標にしているという。

 

「アメリカに行きさえすれば何とかなる、幸せになれる」そうした一途な夢と願いから、今までの自分たちのすべてを置き去りにして家族ともども旅を続けているという。日本という島国生まれ育って、しかも私など、70年以上も同じ場所に暮らし続けている者には、他国へ移住しようとする方々の事情など全くわからない。わからない者が考えたり言ったりするのは余計なことで、邪魔だと一蹴されそうだけど、しかし、考え込んでしまう。

 

このニュースを見た時、とっさに思い出したのは「聖書」にある「出エジプト」したイスラエルの民のことであった。彼らは一人のモーセという力あるリーダーのもとに結集して、エジプトでの奴隷の苦役から集団脱走した。延々と続く行列がイスラエルの民のように見えてしまったのだ。彼らは一夜にして出発した。パンを焼いているお鍋を抱えての旅立ちであった。生まれ場ばかりの赤ちゃんも、歩行困難の老人たちもいただろう。病床に伏していた人もいただろう。しかし全員ひとり残らずエジプトを後にした。まごまごしていたら軍隊が追跡してくる緊迫した状況であった。いのちからがらの脱出であった。

 

「移民キャラバン」の人たちも後戻りはできないに違いない、しかし、入国を拒否された時はどうするのだろう、帰るところはあるのだろうか。こうした現象は今回が初めてではないようだ。近くは数年前、中東からドイツに向かってもっともっと大勢の人たちが移動した。幸い、メルケルさんが寛容政策を掲げて受け入れた。国内は混乱し、義性もあった。今や、メルケルさんはその座を降りざるを得なくなった。合衆国ではトランプさんが最初から両手を広げて通せんぼのアクションを示している。

 

この先どうなるのだろう。あの人々はどこへ落ち着くのだろう。衣食住を得て、安心して暮らせる場所があるのだろうか。出てきた国の為政者はどうするのだろう、通過中のメキシコはどのように扱うのだろう、彼らの目指す国アメリカはどう対処するのだろう。

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世相の風から 外食、中食(なかしょく)、おうちごはんのこと

世相の風から 外食、中食(なかしょく)、おうちごはんのこと

 

世の移り変わりはいつの時代もそうなのだろうが、すさまじいものがある。振り返ってではなく、今現在その渦中にいても、目のまわるほどだ。流行というのだろうか、それに付いていけるのは年代の若い人だろう。実は若い人はその流れを作るご当人かもしれない。知らない間に、知らない言葉が当たり前になっている。

 

「中食」がその一つだ。昼食でなく「中食」、「なかしょく」と読むのだそうだ。外食は昔からあったのでよくわかる。毎日家で作る食事は「おうちごはん」というのだそうだ。呼び名はどうであれ、内容はよくわかる。

 

「なかしょく」ってなんだろうと、聞き耳を立てていると、なあんだ、よくわかってきた。お総菜やお弁当など調理済み食品を自宅で食べることを言うのだそうだ。自宅で食べることがポイントのようだ。いわれるまでもなく、どこへ行っても食品売り場にお惣菜やパックに詰められたお弁当があふれている。いかにもおいしそうに、自分ではなかなか作れないようなすてきなおかずが氾濫している。高級なものもあるが、手ごろな値段のもある。家で作ったほうが高くつくものもある。ひとり食事の人にはピッタリだ。便利な世の中になったということか。

 

しかし昔からお惣菜を売るお店はあった。お肉屋さんでコロッケやカツを売っていた。魚屋さんが店先でお魚を焼いていた。乾物屋さんでは、毎日、煮豆や煮物や佃煮を何種類も売っていた。パン屋さんではサンドウィッチやコッペパンにジャムやバターをその場で挟んでくれた。わざわざ「なかしょく」と言わなくてもごくふつうに存在していた。なぜ今「なかしょく」といって話題をさらうのだろう。理由はまだ研究していないのでよくわからない。

 

私の現在の食事スタイルは「おうちごはん」の一言に尽きる。「外食」は時にチャンスがあれば出かける。独りで「外食」することはほとんどない。家族や友人たちと、歓談を主に「外食」することはとてもうれしく楽しみである。この回数は多いかもしれない。誘われれば断ることはない。都合が悪ければお互いに調整し合って実現させる。これはもう単に日常の食事という枠を超えているから話を折ることにする。

 

「なかしょく」であるが、今のところは、敢えて出来たもの買ってくるはしない。お店でおいそうなものが目に入ると、よくよく見てきて作ってみる。それがとても楽しい。私の日常の食事はいたってシンプルである。粗食ともいえる。おいしいものは大好きだが、私の好みや味覚の範囲でのおいしいものである。だから、たかが知れている。

 

格差社会であり、差別も著しい世界である。たとえ粗食でも三食に事欠く人々は無数におられる。外食でもいい、中食でも、おうちごはんでもいいが、一瞬でもいいから、苦境にある方々を覚えて、感謝して食したい。

 

 

 

 

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書林の風から 「トルストイの日記抄」から 11月の初めに

書林の風から 「トルストイの日記抄」から 11月の初めに

 

もう11月と、だれもが言ったであろう。わかっていても言わずにはいられない。今年もあと2か月になった。ここまで無事に来られたことは大いなる感謝であるが、悔いも反省もある。大みそかには同じことをまた言うかもしれない。

 

以前に買い求めた古書「トルストイ日記抄」をぽつぽつとめくっている。彼が19歳の時に書いたものからはじまっている。冒頭に目が留まって何度も読んだ。彼は自分を完成させるためにいくつかの規則を課した。とても興味深いので、本のとおりに書き出してみる。

 

1、必ず実行すると定めたことは、どんなことがあっても実行せよ。

2、実行することは立派に実行せよ。

3、忘れたことを決して本で調べるな、自ら思い出すように努めよ。

4、常に自分の智力を能う限りの力を持って働かしめよ。

5、常に声に出して読み、声に出して考えよ。

6、邪魔になる人に向かって、邪魔になる、ということを恥じるな。まず、感ずかしめよ。彼が理解しないなら        ば、無礼を謝して、彼らにこれを言え。

 

この日記は1847年から始まっている。今2018年だから173年前になる。時代のずれを思わせるものはない、違和感は6番目くらいだろうか。そうそうできることではないから。

 

一番参考になったのは5番である。声に出して読めとは、心がけていることだから。しかしすべての本を声に出して読むことはとうていできない。聖書はできるだけ音読がいいと思っている。特に詩篇は声に出して読むようにしている。

 

「声に出して考えよ」とは、独り言のことだろうか。これはどうだろうか。文章を書く時も、音声で言ってから書くことはしない。ただし、お祈りは努めて声に出して祈る。努めてはっきりと声に乗せて祈るようにしている。電車の中では無音で祈るが、歩いている時は、だれもいなかったら声に出すことにしている。

 

3番目も興味深い。忘れたことを思い出せとは、老化防止にもいいだろう。どんなに頑張っても思い出せないこともあるが、安易に「あれ、あれ」などと言わないようにしたい。

 

一番目については思うところ大なので、またにします。

 

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旅の風から 紅葉の中へ 軽井沢雲場池 

旅の風から 紅葉の中へ 軽井沢雲場の池

 

 

 

誘われて、渡りに舟とばかり北陸新幹線に飛び乗り、紅葉真っ盛りの軽井沢へ駆けつけました。軽井沢へは東京から一時間と少し。新幹線の威力でしょう。下車すると待機していた友人の車に移動し、いたるところ鮮やかに葉を染めた幾種類もの樹々の間を走り廻りました。今回はどうしても観ておきたい場所があり、そこへ案内してもらいました。

 

1990年代から約20年間、それまでは関係のなかった軽井沢の地が私の生活圏内に勢いよく入ってきました。御茶ノ水の学び舎が毎年その地でサマースクーリングを開催しました。また、同時進行で所属した「あかし文章」の書き仲間の合宿が同じ施設で持たれました。まだ新幹線のない時期もありましたが、毎年一回だけでなく、二回も三回も行くようになりました。そのたびごとにエピソードがあって、私の小さな人生史の中にかなりの分量で足跡を残しており、今では貴重な思い出、無形の財産になっています。

 

 

 

 

 

 

 

近年は、いっしょだった友も恩師も、ぼつぼつと永遠の御国へ旅立ちはじめ、思い出はますます濃密に結晶し、宝物のように光り、輝きを増しています。光が視線に入れば涙がこぼれ胸がうずくのです。「私には懐古趣味はないわ」と友に言い切ったものの、もしかしてこれが本物の懐古趣味かもしれません。理屈はさておき、思い出の象徴ともいえる雲場池の紅葉を訪ねてきました。もう一か所、恩師たち同窓の友たちと懇親会を開いたホテルのラウンジでお茶してきました。軽井沢でも奥まった地域なので森閑と静まり返り、ラウンジには人影もなく、椅子の配置も当時のままです。時が止まったようでした。あの時の一隅から、一人一人の姿が浮かび上がり、談笑する声まで聞こえてくるようでした。しばらくは我を忘れ、切ない思いが高まりました。浦島太郎の様な気分にもなりました。

 

 

 

 

 

紅葉に囲まれた池巡りをしているうちに、自分を取り戻し、感謝が噴き出しました。私の人生にあんなにも豊かな喜びに満ちあふれた一時期を築いてくださった神への感謝です。さらに、歳月を経て、かつての地を訪れ、恵みを思い起こすことのできる、今現在へ感謝です。

 

『まことに私の生きている限り、恵みといつくしみとが私を追ってくるでしょう。

私はとこしえに主の家に住まいましょう』詩篇23篇

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日々の風から 主の日礼拝風景

日々の風から 主の日礼拝風景

 

お天気が続いてまさに秋はたけなわ。過酷な夏を過ごしてきたこともあって、みな、ほっとしているのだ。あいさつの笑顔もひときわ輝いている。どんな時代も人間は自然に左右されながら生きているのだとつくづく思う。どんな高度な科学文明も荒れ狂う自然の力の前にはひとたまりもない。私たちの日常はたぶん昔から変わらず、今日のお天気は?雨は?風は?気温は?と日々刻刻気にし続けてきたのだと思う。

 

いい陽気になったこともあって、教会では皆さんの体調も安定している。高齢者や持病に悩む方々も心に病を持つ方々もわりあいお元気だ。皆さんいそいそと礼拝に来られる。このところ我が教会では地方から用事や旅行で上京し、礼拝を守ろうとするお客様が多く、会堂はひところよりずっと多い。うれしく感謝なことだ。礼拝後はあちらこちらでお客様を囲んで歓談の輪ができ、話が弾んでいた。

 

礼拝の説教は詩篇23篇5節が開かれた。このところこの有名な個所がワンフレーズずつ取り上げられている。今日の説教は5節から「私の杯(さかずき)はあふれています」とタイトルが付けられた。イエス様は御自ら私たちのために食事の支度をし、みずみずしい新しい高価な香油で歓待してくださる。しかも溢れるほど気前よく祝福し恵みを与えてくださる。

 

『私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、

私の頭に油を注いでくださいます。私の杯は、あふれています』

 

私たちは衣食住から始まってささいなことに気を奪われ、心配し、不安になり、思い煩ってしまう。頭ではわかっていてもいつのまにか足をすくわれて、主への信頼を失くしてしまう。しかし主の日のたびごとに教会へ急ぎ、恵みのみことばをいただき、不信仰を悔いあらため、信仰を立て直していただく。そして『私の杯はあふれています』との約束を握って、新しく一週間の旅路を進んでいくのだ。なんと幸いなことだろう。そうしたくり返しの中で、多少とも学習能力が身に付き、成長していけるのだろう。確かに主は成長させてくださる。

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日々の風から 芸術の秋・二つのコンサート

日々の風から 芸術の秋・二つのコンサート

 

秋は深まっていく。季節が進んでいくのを「深まる」と表現されるのは「秋」だけではないだろうか。ほかの3つの季節にはそうした表し方はないように思う。「深まる」とはいい響きであり、味わい深いものがある。秋は「芸術の秋」、「読書の秋」とも呼ばれる。これもそれだけで心の奥深くに浸み込んでくる。清少納言は「秋は夕暮れ」と、切れ味のいい一言で中心に迫った。

 

芸術の秋らしく、キリスト教界ではこれからクリスマスに向かって各所でコンサートが催される。「春のコンサート」より「秋のコンサート」の方が気持ちに添ってしっくりする。二日続きでコンサートに係わった。この土曜日は御茶ノ水の母校で、音楽教師によるコンサートが開かれた。近年恒例になった。日ごろ、教室で生徒たちに音楽理論、音楽実技を教える先生方が、この日だけは舞台に立つ。同じ音楽に携わるとはいえ、教師と演奏家は同じではない。先生方はさぞ大変だと思う。ふだんとは違う力が必要なのではないだろうか。

 

先生方の生徒たちや同窓生、ゆかりの方々が大勢来られて、盛大なコンサートになった。先生方に交じって、日ごろ薫陶を受けている聖歌隊も演奏の祝福に与かった。私もここ数年聖歌隊の末席に加えていただいているので、大いに緊張して舞台に上がった。ヘンデルの「メサイヤ」から12番「かみのひとり子を」と「ハレルヤ」を賛美した。神さまの恵みとあわれみを満喫して喜びの時になった。

 

明けて日曜日は「教会コンサート」。年一回開いている。外部からクリスチャン演奏家をお招きし、地域にチラシを配布しての開かれたコンサートである。チラシやHPの効果、また教会員家族や友人たちがお出かけくださって、ふだんとは違った賑やかな場になった。さすがに演奏家はその名にふさわしくプロとしての本領発揮、聴衆の心に訴える構成、コメント、演奏を熱演してくださった。牧師が核心をついた伝道メッセージをされ、教会ならではの「コンサート」になり、楽しくうれしかった。二つのコンサートとも、バッバがすべての作品の最後に署名したという「ただ、主だけがあがめらるように」が輝いていたことに大きく同感し感動した。かくて秋は深まっていく。ハレルヤ!

 

『御前に進み、感謝をささげ、楽の音に合わせて

喜びの叫びをあげよう。

主は大いなる神』詩篇95:2、3節

(ローズンゲン10/23日より)

 

 

 

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書林の風から 『トルストイの日記抄』古本のおもしろさ

書林の風から 『トルストイの日記抄』古本のおもしろさ

 

この夏にヘンリー・ナウエンの著作を立て続けに読んで、学ぶところ大なりの2乗、3乗の収穫をいただいた。その中で、初めて読んだ「最後の日記」は再読しているところだが、ふと、「日記」というジャンルに心惹かれた。「日記文学」と言っていいと思うが、以前に、ドナルト・キーンの「百代の過客」(続)についてはこのブログでも感想を述べたがあれ以来、「日記文学」に捕らえられていた。若い時から文豪たちの小説はずいぶん読んだが、「日記」は読まなかった。そこまでは思いが行かなかった。しかしここにきて偉人たちの日記を読みたくなり、手始めに、トルストイが頭に浮かんだ。それで、調べ始めた。簡単に文庫本でもないかとネット検索して見つけた。思ったものがなくて、岩波文庫の「日記抄」を買ってみた。

 

古いものしかなく、半分心配しながら取り寄せたが、開けてびっくりで、触りたくないくらい古い。中から虫でも出てくるような気配。手袋をして開きたかったがそれではページがめくれない。1,2頁立ち読みしたが、読み続ける気になれず、図書館を思い出して走った。

 

文庫はなかった。職員がていねいにパソコン遊泳してくださったが、私の持っているものが国会図書館にあり、データ化されたものを見るだけという。よく、現物がありましたねと感心されてしまった。そんな稀少なる本なのかとこちらも感心したが、しかし読み続ける気になれない。奥付を見ると、『昭和十年七月十五日 第一刷發行 昭和二十五年十二月十日 第十刷 発行 定価(価は旧字)六十圓』とあり、印紙が貼ってある。

 

もう少しきれいな本がないかとまた検索して、しかし、高額でないものを買ってみた。すぐに届いた。こんどは触われるし、シミも汚れも少ない。これなら読めると安心した。そして奥付を見た。『昭和十四年一月二十五日 第五刷發行 定価(価は旧字)四十銭(銭は旧字)』印紙は訳者除村氏の印鑑が押してあった。つまり、あとから買ったほうが前のより十年も前に発行され、戦前である、定価も四十銭と、想像もできない時代の本なのだ。さらに、表紙のタイトルの横書きは、右から始まっている。驚きの連続である。

 

私は本の内容や日記文学をさておいて、二つの本を前にして「本」に対して味わったことのない新しい興味が湧き、心が掻き立てられている。神田の「古本屋街」が意味を持って迫ってきた。「本」の持つもうひとつの一面を垣間見た気がした。

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