日々の風から 台風15号の奇襲

  • 2019.09.11 Wednesday
  • 12:13

日々の風から 台風15号の奇襲

 

 

15号台風には発生当初から危機感を抱いていた。台風は避けて通れない夏の終わりの招かざる客だ。どうしたってやってくる。直接であろうと間接であろうと、日本列島がああした位置にいる以上、出会わないわけにはいかない。大変失礼なことだが直接出っくわさない場合は内心ほっとする。しかし今回は最悪の進路になるのではないかと、大いに気をもんだ。東京湾から上陸するのを恐れた。さえぎるもののない海上から、いきなり陸に上がる勢いはすさまじい。

 

かつて、その進路を通った台風でひどい被害を受けた思い出がよみがえってくるのだ。戦後間もなくの台風だった。私はまだ10歳にも満たなかった。家は瓦もまだ乗っていないバラックだった。近くの川も、今のような護岸はできていなかった。おそらく台風の勢いは15号ほどではなかったろうが、家はばらばらと倒れ、堤防が決壊して洪水になった。その時の風の唸り声、真夜中にはだしで水の中を避難した記憶がこびりついている。その後は台風のニュースが聞こえてくるたびに身を縮めた。15号はその時の台風と同じ進路を取った。

 

8日の夜から9日にかけて、15号の風は唸り続けた。今では木造ではなく鉄筋の家になり、おそらくびくともしないと思っている一方で、一睡もできなかった。昨今は風よりも浸水が気がかりである。堤防の決壊はないだろうが、短時間の豪雨で排水機能が追い付かず、道路が冠水しその水が低いところへ流れ込む。一階のトイレやお風呂場から水があふれることもある。いくつかの情報から、ポリ袋に水を満たして排水溝の上に置いて備えた。停電になることもあるので、明かりも用意した。幸い、どうにか無事に済んだが、花壇の草花が無残な目に遭った。

 

そのあと、成田空港の混乱や千葉県の大規模停電を知って心が痛んだ。千葉に住む知人宅も停電になり、困ったそうだ。冷蔵庫やエアコンが使えず、お風呂も入れないのが厳しかったそうだ。幸い、すぐに復旧した地域だったが、今日現在、まだ被災したままのところもある。

 

そして、台風一過の猛暑である。暑さの塊を残していくなんて、台風の去り方はスマートではない。台風は自然界の鬼っ子、駄々っ子だ。始末に負えない。短絡的な見方、考え方でしかないが、このたびの台風15号には悲鳴を上げた。遠方からお見舞いメールをくださり、祈ってくださった友人の皆様に心から感謝します。

 

 

日々の風から 9月の風は気まぐれ風

  • 2019.09.07 Saturday
  • 10:19

日々の風から 9月の風は気まぐれ風

 

9月1日が日曜日だったので、秋の入り口の月のついたちに、主を礼拝できて、感謝ですねとみなで喜び合った。今年も3分の2が過ぎて、残りは3分の1だね、きっとこの3分の1は超スピードで進むねと語り合い、少し涼しくもなったから、手つかずだったあれもこれも素早く片付けよう、できるだろうと頭の隅で段取りをつけていた。

 

ところが、この2、3日は真夏の暑さが戻り、げんなりしている。もう着ないだろうと、畳み込んだTシャツをまただしている。エアコンを切ってみたり、また入れたりである。

冬から春への移行の日々を三寒四温というが、夏から秋へは、同じような適切な四字熟語はないものだろうか。三暑四涼、なんてどうだろうか、おかしいかしらと、苦笑しながら言葉遊びなどをしてみた。

 

一日の出来事を記録する暇もないほど時は早く過ぎていく。汗をかいたと思うすぐそばから秋めいた涼風に出会って足元に冷えを感じ、思わず長い靴下を履いたりする。着たり脱いだり、脱いだり着たりと、しばらくはあわただしいことだろう。こんなどうでもいいことを書いて、ブログとしてアップするなんて、おこがましい。そんなことも思う。気まぐれなのは秋風でなくて私なのかも。まとめ始めたジョン・バニヤンの祈りも、続けていきたい。

 

 

 

書林の風から ジョン・バニヤンと祈り その3

  • 2019.08.30 Friday
  • 11:54

書林の風から ジョン・バニヤンと祈り その3

 

明日一日だけで8月も終わります。気候がぐんぐんと変わっていきます。暑さは時に猛烈ですが、朝夕の空気や草花たちの元気度、雲の流れに、確実に秋を見ます。あの耐え難い巨大な猛暑の塊も、創造主は動かし溶かし消滅させるのかと、改めて目を瞠り、心震わせています。感動にです。一方、雨にも風にも負けてしまう弱い肉体は、四苦八苦しています。

 

ジョン・バニヤンの祈りの本を開き、続けていきます。

この本は31章に構成されていて、デボーションに用いるように配慮されているようです。

  1.  ほんものの祈り
  2.  誠実な祈り
  3.  恵みを求める祈り
  4.  感情のこもった祈り
  5.  たましいを神に注ぎだすこと
  6.  キリストを通して祈る 
  7.  聖霊によって祈る
  8.  祈りと神のみことば
  9.  教会のための祈り
  10.  神の御旨に従う祈り
  11.  わたしたちの弱さに打ち勝ちたもう御霊
  12.  御霊と効果ある祈り
  13.  正しい祈り方
  14. 「主の祈り」を祈る
  15.  神を仰ぎ見る
  16.  神のふところに安らう
  17.  うめきとため息の中で祈る
  18.  気落ちせず祈り続ける
  19.  霊と知性をもって祈る
  20.  神と論じ合う

㉑ 御霊に照らされた知性

㉒ 根気よく祈る

㉓ どうしても祈ることができないとき

㉔ 聖霊を求めて祈る

㉕ 恐れと望みをもって祈る

㉖ 聞かれない祈り

㉗ 力ある祈り

㉘ 励ましの言葉

㉙ 恵みの御座に近づいて祈る

㉚ 聖霊を悲しませてはならない

㉛ 人ではなく神を第一に

  *祈りに関するジョン・バニヤンの臨終の言葉

  *主の祈り

  *「霊的市民」のインマヌエルへの祈願

                      以上

 

一度に、一気に読むのもよけれど、それで終わりではなく、次は一日一章ずつ味わうのがいいと思って、そうしています。就寝前の祈りの時、まず開いて読み、霊性を整えてから祈ると、祈りの場が充実して、たましいに平安と喜びが与えられ、感謝です。

 

書林の風から ジョン・バニヤンと祈り その2

  • 2019.08.25 Sunday
  • 22:36

書林の風から ジョン・バニヤンと祈り その2

 

本の目次の最初に「ジョン・バニヤンの生涯」が紹介されています。短い一文ですがさらにその要約をしてみます。

 

『ジョン・バニヤンは1628年(江戸時代の初めですね。家康が江戸に幕府を開いたのが1603年ですから)、英国のベッドフォードに近いエルストウに生まれた。両親が貧しかったため(家業は鋳掛屋とか)正規の教育は受けられず、読み書きは常に親しんでいた聖書で培われた。ピューリタン革命({1642年ごろ}の時はピューリタンの側について戦った。1643年に結婚。妻は持参金の代わりに信仰書2冊を送った。それをきっかけに霊的な生活への関心が高まり、1653年、独立派の教会に加わった。

 教会で説教をし始めたが、正規の資格を持っていなかったので厳禁されたが従わず、その後12年間を牢で過ごした。王政復古で、スチュアート朝チャールズ二世の世になり、英国の教会は統一されて一つになり、一つの形をとることになった。礼拝の形式は「祈祷書」の通りにしなければならなかったが、バニヤンは反対した。

 牢獄の中で、バニヤンは次々に名作を書いていった。「天路歴程」、「恩寵あふるる」など。そのほか、獄の中で書物やトラクトを書いた。その中の祈りに関する文章がこの本の元になっている。1672年、釈放された後も、ベッドフォード近辺で説教と伝道活動をした。1688年、波乱の生涯を閉じた』

 

 次いで目次には「序」があり、編集者の一文があるので、そこも要約してみます。

『貧しくて、教育も受けられない鋳掛屋だったジョン・バニヤンは、資格なしに公に説教した罪で、また英国における信仰の自由のために活動したということで投獄された。しかし孤独な牢獄生活の中で、彼は祈ることを学んだ。また、たましいに感動を得て、こんにちキリスト教界で古典と呼ばれる書物を書いた。バニヤンが手元の書物から学んだことは、どんな苦難に中にあっても、たとえ断頭台へ登るようなことになったとしても、なお神に栄光を帰することができる道が一つある。それは絶えず祈ること、深く祈ることであると確信した。それを書き留めて牢獄の外に手渡して、妻を力づけ、迫害と投獄と死に直面している人々を励まそうとした。

 英国国教会から分離した他のキリスト者と同じように、バニヤンもまた、キリスト者が自由に説教し、自由に祈れるようになることを望んだ。英国国教会の支配者層は、人々の宗教生活が「祈祷書」を中心して行われるべきだと考えた。バニヤンや他の独立派の人たちは、それぞれが聖霊に導かれて祈るべきだと考えた。

祈りに関するバニヤンの著作を31章の黙想に編集した。読者がバニヤンの原則のように自分の状況を当てはめて自分自身の祈りを祈ることができるようにと願っている。

1989年 神の国のために L・G・パークハースト

 

このあと、31章に渡って、バニヤンの勧めが書かれています。

 

書林の風から ジョン・バニヤンと祈り その1

  • 2019.08.22 Thursday
  • 17:10

書林の風から ジョン・バニヤンと祈り

 

まだ読書の秋の看板を掲げる時期ではではありませんが、このひと夏を、小さな一冊に費やしました。たぶんどなたでもお持ちではないかと思いますが、書棚の奥にあった一冊に心が留まって読みふけっています。なんどでも読み返しています。ブログ上でもしばらくこの本と過ごしてみようと思います。

 

『ジョン・バニヤンによる祈りの力』著者ジョン・バニヤン、編者ルイス・ギルフォード・パークバースト、訳者棚瀬多喜雄(いのちのことば社)1990年3月30日発行 です。ところどころ製本がほつれてバラバラになっています。

 

ジョン・バニヤンと言えば、不朽の名作『天路歴程』で高名ですが、私が手にしているのは、彼が信仰の故に投獄されていた時、そこで記した多くの著書の中から祈りに関したものを編集したものです。コンパクトにまとめられていて読みやすくなっています。

 

最初にバニヤンの言葉が書かれています。抜き書きします。

『祈りとは、誠実に、はっきりした意識を持って、熱意を込め、キリストを通してたましいを神に注ぎだすこと、また聖霊の力と助けにより、神の約束、神のみことばにかなうものを求めること、そしてそれは、教会の益を願い、信仰を持って神の御旨に従おうとする重いから出てくるものである』

 

   1662年  ベッドフォード牢獄にて

             ジョン・バニヤン

世相の風から 戦後74年 昭和20年8月15日

  • 2019.08.15 Thursday
  • 21:37

世相の風から 戦後74年 昭和20年8月15日

 

今年も終戦記念日が巡ってきた。

74回目という。戦後74年になるということだ。

あの日のことを言い表すには、

昭和20年8月15日という呼び名が

私にとっては一番実感がわく。

幼いながらその日を知り、ずっとずっと聞き続けてきたからだろう。

また、1945年の表現も使い慣れた。

 

今年新しい元号になったが、私には今では西暦が一番慣れ親しんでいる。

おそらく今後、令和は使わないだろう。

とはいえ、

全国戦没者追悼式で代替わりした天皇ご夫妻が参列し、

お言葉を述べられたのは新鮮だった。

先の大戦を経験しなかった人たちに、

戦争を嫌い、平和を愛し、

平和のために尽くす人たちが勢いを増すことを願うばかりである。

 

台風10号も恐ろしい。被害がないように、素早く通り過ぎていくように祈ります。

 

 

日々の風から もう立秋!月齢は7日

  • 2019.08.08 Thursday
  • 22:36

日々の風から もう立秋!月齢は7日

 

猛烈に厳しい暑さが続きます。猛暑、酷暑、炎暑、極暑、厳暑と、

なすすべもないこの暑さへの呼び名があふれています。

どれが一番ぴったりするでしょうか。

 

今日8日から、今年は立秋に入ります。もう立秋です。

単に暦の上だけのことかもしれません。

毎年、この時期が暑さの頂点ですから。

しかし、日足は確実に短くなっています。

夏至からかれこれ40日になりますから、

時間で言えば日没は30分以上早くなっているはずです。

それがはっきりわかります。夕闇がすっと降りてきます。

 

台風の風の影響かもしれませんが、

空気が澄んでいるのか、夜の月が輝きを増しています。

今晩の月は7日。形は半月です。

フルムーン、満月は15日だそうです。

夜空が楽しみになりました。

結論として秋は近い、そう言いたいし思いたい。

これが本音です。

風の仲間たち

  • 2019.08.02 Friday
  • 11:22

風の仲間たち 一気に猛暑 教友を天に送る

 

この猛暑もまだほんの短期間なのに、一か月遅れだった長い梅雨の日などすっかり忘れて、もうへなへなしています。改めて、夏は確かに来るんだなあと、妙なことに感心している有様です。しかしすでに八月です。今年の暑さは昨年に限って比べれば1か月は雨の中に隠れて、過ぎてしまったといえます。9月いっぱいは暑いとはいえ、先が見えたように思うのは愚かな判断でしょうか。暑さ対策の気休めにしているのですが。

 

この猛暑の中で、60年以上もともに教会生活に励んできた友、T兄を天に送りました。我が教会は今年創立70周年を迎えます。今は5人目の牧師を迎えています。草々の5年ほどの間に信徒になった人が現在わずかに4人、その一人が召された兄で82歳です。4人の中のしっぽが私です。最長老は88歳の男性、次が85歳の女性です。(現在の教会員には、96歳を頭に10名ほど私より高齢の方がおられますが、草創期の方々ではありません)

 

私が中学3年生の時、兄は早稲田の大学生でした。外資系の世界的企業に就職し、高度成長期の日本をまさに背負うがごとく、企業戦士として世界を走り回って働きました。単身赴任もあり、ご家族そろっての転勤もあり、出張は年がら年中で、礼拝もままならない時期がありました。しかし、教会の大切な時には必ず論を尽くして教会中を納得させ、教会の歩みをいつも主のみ心にかなう道に導かれました。私は彼の論にたいてい同調できました。

 

T兄は70歳を過ぎたころからいつくかの病に襲われましたが、何度も何度も奇跡的に回復し、よく、礼拝で主のみわざを証しされていました。しかし今回はついに力尽きたのです。もちろん神の時だったのです。容体が急変する数時間前まで、意識ははっきりしていて、自力で歩き用を足していたそうで、いかにも勇敢な兄らしい最期でした。万全を尽くした医療環境の中で、自宅から天に帰られました。理想的な生き方死に方をされたと、思い返しています。前夜式、告別式と、全葬儀に思いを込めて参列しました。

 

『主の聖徒の死は、主の目に尊い』詩篇116:15

『こうしてヨブは死んだ。年老いて、満ち足りた生涯であった』ヨブ42:17

日々の風から 梅雨明けやらず

  • 2019.07.24 Wednesday
  • 21:37

 

長い長い梅雨にはさすがに辟易した。

明けた地方もあるが、関東地方はまだ宣言が出ていない。

昨年は一か月も早く6月にすでに明けていたそうだ。

それから延々と長く厳しい高温の日が続いた。

よく生きていたと思うほどだった。

それを思うと今年の夏は短いのではないかと、

今からそんないい加減な予測をしてみる。

 

来年のオリンピックの日々はいかなることになるのだろうか、

ちょうど一年前だという。

いまから盛んに対策が練られている。

開催国としてはできる限りの策を練り、

プログラムを作るのは当然であろう。

 

いただいた朝顔の鉢に、毎朝美しい花が開くのは格別に楽しい。

 

旅の風から いずこも同じ梅雨寒の空

  • 2019.07.18 Thursday
  • 14:58

いずこも同じ梅雨寒の空

SLに出会う

 

旅とは言えない外出である。新幹線や特急に乗ればこれはもうれっきとした旅であろう。たまに車に乗せてもらうこともあるが。最近はいわゆる観光旅行のチャンスがない。自分から計画を立てて友を誘うこともしていないし、誘われることもなくなった。高齢の故であろう。と言っても、旅心が消えたわけではない。旅の風はそよいでいる。弱風になったかもしれないが。ときどき折りたたんだ旅の翼がむずむずすることがある。その時は、いつでも歓迎してくれる2か所へかわるがわるに飛んでいく。今回は上州路である。

 

ツバメの巣に出会う

 

今回はお天気具合もチェックしない。先方と私の都合の良い日を最優先した。これがなかなか合わない。こちらは旅気分でもあちらは活動のさなかが多い。梅雨空を承知で出かけた。ごく軽装である。ふだんのバックと薄い手提げ袋一つである。リュックばやりであるが、背中がうっとうしい気がした。手に持つのもつらいものがあるが、そのくらいは我慢しなければならない。バスに乗り電車に乗り換え、新幹線ホームに行く。たどり着くと言いたいくらいそれだけでもハードになってくる。まして一人旅。勘違いも多くなるから、切符とホームの表示を食い入るように何度でも見て確認する。老いてしまったものだ。

 

幸い、大雨はなかったが、いずこも同じ梅雨空である。そして梅雨寒である。今年の梅雨は気温が低い。どことなく冷えを感ずる。妙義の山の頂上はけぶり、浅間は見えなかった。

PR

calendar

S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930     
<< September 2019 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

recommend

recommend

美しき姉妹たち
美しき姉妹たち (JUGEMレビュー »)
三浦 喜代子
最新本です。
ぜひお読みください。

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM