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2018.06.19 Tuesday

日々の風から またも大地震

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    大阪北部地震に見舞われて直接に被害を受けた方々、

    恐ろしい思いをした方々、

    日常生活が非日常になって、

    不便や苦痛を強いられている多くの方々に、

    小さな心からですが、お見舞い申し上げます。

     

     

    先週一週間は世紀の政治ショーと呼ばれる日朝首脳会談について、外野のお偉方が声高くもっともらしく賛否両論の花火を打ち上げ、マスコミ界を賑やかにしていた。ところで、主役を演じたお二人は今、どんな顔をし、どんな思いをしているのだろうか。暇な私はあれこれひそかに想像の小羽をパタパタさせている。

     

     

    今日の聖書通読箇所

    第二コリント13章13節

    主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、

    あなたがたすべてとともにありますように。

     

    ローズンゲン6月19日 新約聖書の箇所から

    第一ペテロ・1章18〜19節

    あなたがたが先祖伝来のむなしい生活から贖われたのは、

    金や銀のような朽ちはてるものにはよらず、

    キリストの貴い血によるのです。

     


    2018.06.13 Wednesday

    世相の風から 米朝会談 二人の怪(快)物たちの出会い

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      世相の風から 米朝会談 二人の怪(快)物たちの出会い

       

      昨日はほとんど一日中テレビ漬けであった。これだけは見逃せないではないか。世界中が注目し、観た人たちは、政治のプロもアマも、強い感想があったに違いない。プロたちの大きな声ばかりが聞こえてくるが、叫ばなくても口に出さなくても、考えさせられたことはたくさんあるだろう。私ごときでも、家人や友人と語り合ったのだから。

       

      政治音痴の私の感想を一言でまとめれば、顔と顔とを合わせて、互いにしゃべり、しかも会食したことは文句なしによかったと思う。それだけである。大きな問題がすぐに解決するわけがないではないか。居ながらにして自分の国にとっての利益ばかり求めるのはおかしいではないか。

       

      34歳?の青年と72歳の初老年の対面は父親と息子のように思えて、世紀の出来事という大仰な触れ込みを消して、何かしらほほえましいユーモアさえ感じた。つい先ごろまで、互いに罵倒し合い、恐ろしい武器さえちらつかせていた二国、二人が、おなかの中はともかくも、手を差し出して、握手したのだ。何度も何度も手を握り合ったのだ。お芝居であってもいい、それができたことはよかったと、超単純人間は思ったことである。もちろん、二人を舞台に乗せるまでに陰で労したいくつかの国、大勢の人々の力も大きかったと思う。いくつかの会場に添えられた白と緑の盛花がいかにも涼しげで心和んだ。

       

      『平和を作る者は幸いである』マタイ5・9

       

       

       


      2018.06.06 Wednesday

      日々の風から 雨 ざあざあ 降ってきて

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         とうとう梅雨に入った。来るべくして来たのだから何も言えない。当然の事として迎えなければならない。しかもよく考えれば大事なお客様である。しかし大事なお客でも待ちに待った歓迎すべきお客様とは言い難い。ごたごたと歯切れの悪い物言いになったが、さあ、この梅雨のひと月あまり、用心して過ごしたいと思う。この時期は私にとって一番体調に悪いからだ。だれしもそうであろうけれど。また、大きな自然災害がないようにと願う。

         

        今年の梅雨はきっぱりと入ってきた。雨脚も勇ましく音を立てて入ってきた。まさしく、ざあざあ降りだった。JR駅ビルのスーパーに行くのをやめて、近所で済ませた。途中、公園の中を横切った。きっとふだんとは違う表情をしているに違いない、梅雨入りの特別な顔が見られるかと期待して寄ってみた。樹々の枝々が雨水を含んで生き生きとしていた。人っ子ひとりいなかった。雨脚がいつもの騒音をかき消して森閑としていた。通ってよかったと思った。帰りも通ったが、だれもいなかった。気をゆるしたのか一羽のスズメが私の気配にも動じず、ゆっくりと大樹の後ろに入って行った。

         

        樹も草も しづかにて  梅雨はじまりぬ 日野 草城

         

         

         


        2018.06.02 Saturday

        日々の風から 去る月、来る月 

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          季節の一般的なイメージでは、一年で一番過ごしやすいのが5月ではないだろうか。特に風がいい。薫風と呼ばれて人気がある。陽光もいい、さつき晴れと聞くと心まで爽快になる。

           

          その5月も去った。追いかけるように入り込んできたのは6月さん。お気の毒だがちょっと敬遠したくなる。6月のせいではなく、梅雨だから。梅雨ももちろん欠かせない大事な自然現象であり、避けては通れない。しかし雨の過多は直接私たちの生活に多大な影響を及ぼす。大雨も困るが、水不足はもっと困る。その6月に入った。どんな一か月になるのだろう。このひと月のためにご支配者である神様に祝福をいただけるように祈りを捧げねばならない。

           

          自然の事だけではない。世界情勢のためにも思いを込めて祈らねばならない。米朝のトップたちが顔を合わせるかどうかが目下最大の話題だ。一度会ったからといってすべてが解決するわけではないことはだれもがわかっているが、会うことはいいのではないか。人と人は顔と顔を合わせることが大事だと思う。世界のトップだけでなく、私たちも親族や友人たちと疎遠すぎるのはよくない。この6月、ご無沙汰している方々と会える月にしたい。

           

          思いのままに書いていると、筆がぶれて方向を見失う。しかし、思いのままに書くのも一興ではないかなどと、書きながら我流に道を与えてしまう。老々の思考は迷走する。

           

          次回はシャキッとした記事になるように励みます。

           

           

           

           


          2018.05.28 Monday

          風の仲間たち 私のお手本

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            先日、書き仲間の先輩を囲んでお祝いをした。お祝いの理由は米寿を迎えられたこと、お国から叙勲されたこと、私たちの小さな組織に30年にわたって属し、活動のすべてに一度も欠かすことなく参加され続けたことであった。模範的な先輩であり私のお手本である。

             

            彼は奥様をだいぶ前に亡くされて以来、ほとんどお一人暮らしである。一時期ひそかに心配したこともあったが、心も生活も立て直して、今ではすっかりマイペースで進んでおられる。彼はご自分を「プログラム人間」と呼ぶ。つまり、一日24時間をきっちり時間割し、その通りに活動するそうだ。お話を聞いていると実に楽しい。マネしたくなってくる。

             

            掃除も洗濯も買い物の時間ももちろんある。お食事つくりは大事なプログラム。何にもまして驚嘆するのは、聖書を読みお祈りをし、その後午前中はたっぷり研究と執筆に当てる。これがすばらしい。聖書研究から始まって内外の文学者の働きを調べてはまとめている。資料を求めて月一回は上京し、神田の古書街を歩き、銀座の教文館へ行かれる。その辺りでお食事とか。判で押したように長年続けてこられた。夕方は讃美歌や唱歌を小一時間歌うそうである。これがなんとも珍しくおもしろい。触発されてこれだけはすぐに始めた。執筆の中に時々俳句集があり、短歌集があり、短詩集がある。多彩である。

             

            こうして彼は90歳への坂をゆっくりと上っている。最近、杖を用意しましたと言われたが、この日、それは見当たらなかった。東京まで約2時間を往復されている。皆で書き合った色紙を本棚に飾っていますと早速メールがあった。彼の足跡を辿らねば。

             

             


            2018.05.21 Monday

            日々の風から 五月晴れと呼べる日はわずか

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              今日のお天気は理想的な五月晴れではないだろうか。日差しは強くまともに浴びるのは怖い。帽子か、それより日傘がいい。しかし吹く風は正に薫風、緑の下では緑風と呼びたい。速足で長く歩けば汗ばむが不快なほどではない。空は真っ青である。湿度はどれほどであろうか。からりとしている。遠出はできなかったが、家の周辺を3度も廻った。もったいなくて日暮れ前にもう一度近くの公園を巡った。こんな日はめったにない。それに、5月も下旬に入った。五月晴れと名づけられる日は幾日あるだろうか。この日を喜び感謝せずにはいられない。

               

               

               

              昨日は教会ではペンテコステ礼拝が行われた。「ペンテコステ」とはギリシャ語で50と言う意味である。主の復活の日から50日目、12弟子、女性たちを始め120人ほどのイエス様の弟子たちが祈っていた。そこへ突然に激しい風が吹き響き渡って聖霊が下った。聖霊は三位一体の一位格の神様で、いわばイエス様であり父なる神様でもある。

               

              礼拝の説教は、聖霊が下ったすぐ後に、ペテロの説教によって3000人もの人が救われた大きなみわざを記す聖書記事から、現在の教会がこのペンテコステの祝福のみわざを得るための備えについて語られた。第一は、心を一つにして祈ること。第二は聖書を重んずること、第三は神に従順にしたがう献身が必要であること。

               

              三つの教えはいわば信仰生活、クリスチャンの基本である。だれでも祈っている、聖書を読んでいる、神に従う思いは強く抱いている。しかし、どこかで不徹底であり、自己流が混じっている。一人では祈るが、親子、夫婦、特に教会で大勢が一致して祈ることは足りないかもしれない。祈祷会が振るわない。聖書は片時も離さない、しかしみことばを100%信じているかと問われれば、理屈や言い訳が入る。神に従い神に捧げることもしているが、全き献身ではない。自分のご都合が入る。ああ、こんな基本ができていないのだ。伝道しにくい世の中になったのではないのだ。私一人の態度がいい加減なのだ。これではペンテコステの礼拝に集っても形式にすぎない。この日の説教で、深いところを探られ抉られた思いである。

               

               


              2018.05.14 Monday

              旅の風から 新緑の森にたぬき出没

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                近年十年余り、八ヶ岳南麓に移住した知人宅を訪れる特権に与かっている。春も夏も秋もそして冬もいい。いつでも来てと言われるとすぐその気になるが、頻繁に行けるものではない。年に一、二度がせいぜいである。今年は桜を観にぜひ行きたいと思っていたが逃してしまった。そこで新緑こそと思い、急きょ出かけた。すでに緑一色であった。

                 

                知人も年々年を重ね、運転も遠出は無理。それでもサービスしてくれて、当日は白州方面へ走り、甲州街道を少し辿った。かつての面影が残っていて風情ある道だった。翌日は八ヶ岳を見ながら清里方面へ走った。ちょうど数日来ぐずついていたお天気が回復し、いつもの山々が勇ましい姿を見せてくれた。まだ深々と雪帽子をかぶった富士山、残雪を縦じま模様にした南アルプスの山波、そして八ヶ岳連峰が重なり合って聳えていた。

                 

                午後まだまだ日が明るい頃、家の西側の窓から森を眺めていたら、すぐ近くになんとたぬき悠々と歩いていた。知人もびっくり。狐はよく見かけるけどたぬきは初めてとか。私たちに気が付いたのか振り返ってじっとこちらを見るのだ。目が合ってしまった。丸い目であった。こちらの目も彼に劣らず大きく丸かったに違いない。すぐにのっそりと奥に去った。私たちは思わず笑い転げた。しかし、もし、外でじかに出会ったらどうしただろう。まず恐ろしい。恐ろしさのあまり逃げただろうか、追いかける習性があったらどうするのか。あちらが逃げてくれれば一番いいけれど。とにかく今回は窓越しだったので助かった。こんなことは都会では想像もできないことである。

                 

                たぬき事件は今回のトピックである。いいお土産話ができた。次回はいつ来られるだろうかと早くも胸算用しながら「あずさ」号に乗った。ところがこれが新型の「あずさ」。すばらしい車両だった。お土産話がもう一つ増えました。

                 

                 

                 

                 


                2018.05.06 Sunday

                書林の風から 『百代の過客<続>』ドナルド・キーン 金関寿夫訳 講談社学術文庫

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                  GWは去った。風とともに去りぬ、ではなくて、五月の薫風を残して去った。その風を楽しんでいる。風は本のページをめくってくれた。少し前に紹介した800ページ近く、厚さ3.3僂傍擇峙霏腓癖幻頬椶任△襦いくら読んでもまだまだ半分もいかない。速読できないこともある。副題は【日記にみる日本人】である。作者の視点のユニークさ、鋭さに驚く。確かに日本には「日記文学」と呼ぶジャンルがある。他の国の事は知らないし、日本の日記文学についても知ることは少ない。ただ、平安時代に紀貫之を始め多くの文人たちが日記を書き、それが今に至るまで残っており、学校でもそのさわりを学んだ覚えがある。

                   

                  しかし、作者のキーン氏は全く違う見方で多くの日記を紹介している。名前を一度も聞いたことのない人たちの日記、それも文学ではない日記を丹念に読み込んでいる。途方もない作業である。日本文化の研究家とは言え、外国の方だと思うだけでただただ驚くばかりである。この膨大な本を、たとえエッセンスだけでもまとめたいと思えども、難業である。

                   

                  しかし、この本にはぜひ挑戦してほしいと願う思いでいっぱいである。キーン氏は、日本人には日記をつける習慣が強い位置を占めているという。そういえば私なども小さい時から日記を付けてきた。一年の初めに日記帳を買った。「三日坊主」などと嫌味なことわざは日記の事でよく使われた。

                   

                  とりあえず目次を紹介する。簡単なコメントを付けてみた。

                   

                  *遣米使日記・作者は村垣淡路守範正・日米修好通商条約を批准するため万延元年(1860年)にアメリカへ派遣された使節団の副使として渡米。その旅日記である。

                  *奉使米利堅紀行・作者は幕府の軍艦奉行、木村摂津守喜毅・有名な咸臨丸に乗り込む。艦長は勝海舟だが、勝は日本を出る前から発熱し、航海中もずっと船酔いのため自分の船室を出ることはほとんどなく、艦長としてはあまり役に立たなかったそうである。 

                  *西航記・作者は福沢諭吉・幕府が派遣する。ヨーロッパの各国へ。

                  *尾蠅(びよう)欧行漫録・作者は市川渡・先の福沢諭吉らの使節団の副使の従者・自分は馬のしっぽにくっついた蠅ほどのものであると卑下している。諭吉とは違う視点で見て書いている。使節団員中、物事を一番しっかり観察した人。

                  *仏英行・作者は幕府の官僚柴田剛中・幕府が派遣した第四回使節団。横須賀に建てる製鉄所の建設準備のためにフランスとイギリスを訪問する。

                  *航西日記・作者は渋沢栄一・幕府の公式使節団6つの内の最後。フランス政府の要請によって慶応3年(1867年)送られた。時にパリで万国博が開かれていた。団長は将軍慶喜の弟徳川昭武、30人の幕吏で組織された。渋沢は財政方面で注目されていた。

                  *米欧回覧実記・作者は久米邦武、使節団の正式書記官として任命。明治政府がアメリカとヨーロッパへ初めて派遣した使節団。大使岩倉具視率いる48人。副使として木戸孝允、大久保利通、伊藤博文など明治政府の重要高官が加わる。それぞれの国へ散るたくさんの留学生とともにアメリカの飛脚船アメリカ号に搭乗する。

                  *航西日乗・作者は成島柳北・明治4年、東本願寺現如上人のヨーロッパ旅行に随行。幕府官僚の子。西洋に通じていたことから外国奉行に任命されるが明治の代になってすぐに職を辞す。二君に仕えるのを拒否したからである。当時の他の日記にはない洗練された文学的な文体。書くのが楽しいから書き、人を楽しませるために書いた。

                   

                  以下なお23の日記が続く。中には漱石日記、新島襄日記、一葉日記、津田梅子日記、子規日記、啄木日記などなども収録されている。初めの方の日記で、あの幕末の動乱期の中で、幕府がアメリカにヨーロッパに、6回も公式使節団を派遣しているのを知ったことは大きな驚きであった。幕府は自分たちの世が続くことだけに汲汲としていたと思っていたが、大きな認識不足であった。歴史観が間違っていたのかもしれない。今後この本についてここで触れることはないだろうが、じっくり読んでいきたい。

                   


                  2018.05.02 Wednesday

                  日々の風から さすがGW

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                     じっと考えるに、関東あたりのことだが、5月、GWに入るころようやく心地よい気候になるのだ。毎年の事ながら、なかなかそれが待てない。今日は寒い、今日は暑すぎるなどと一日一日、その日の気温や雲行きに神経を尖らせる。しかし、ここにきて、ああ、今が一年で一番うるわしい季節なのだと顔をほころばせている。

                     

                    第一に、暖房も冷房もいらない。戸を開けると室温よりちょっとひんやりした風が入ってくる。カーテンの裾がそっと揺れているのでそれがわかる。おもわずにやりとしてしまう。

                    水道水も気持ちがよい。お湯にしたり手袋を使うこともない。素手に触れる水がいとしくなるほどだ。体がシャンとしてくる。掃除がしたくなる。ウエットシートのモップ掛けなどまどろっこしい。水拭きがいい。這いずり回って床を拭く。体が動くから不思議である。

                     

                    朝一番で知人から野菜一箱が届いた。ゆでたてのタケノコがびっしり入っている。すぐに食べられる。新玉ねぎ、葉っぱ食べられますとのメモがあって、セロリが丸ごと。柔らかいパセリなどなど。家庭菜園どころか市場に出荷できるほどの年季がしのばれる。五月の薫風と新鮮なお野菜で、冬の間に体中にこびりついた不要物を追い出したい。

                     


                    2018.04.27 Friday

                    世相の風から 北朝鮮と韓国、南北両首脳会談

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                      つい先ごろまで、ミサイルを発射し続けて世界を脅かしていた北朝鮮、ならず者国家と言われて世界から恐れられ嫌われていたリーダーが、今日は何と韓国の首相と今まで見たこともないような笑顔で握手し手をつなぎ、ハグしあっている。この変わり方は何か。世界中がいろいろに批評しているが、私は映像を見ているだけの野次馬だが、ミサイルを打ち上げるより、笑顔で握手する方が見ていて心地よかった。この先の事は分からず、お芝居かもしれないが、仲良くしようとする姿は歓迎したい。一つの民族が一つになれる日を期待したい。

                       


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