風の仲間たち ステーキが食べたい!

風の仲間たち ステーキが食べたい!

 

私より10才近く年上の尊敬するT姉に数か月ぶりでクリスマスのごあいさつを兼ねてメールした。その前にカードを郵送したが、いつもと違って音沙汰がない。ご高齢とは言え昔取った何とかで、打てば響くようにすぐにメールで反応できる頼もしい方なのだ。それを当てにして、メール会話が楽しめると思っていた。

 

メールにはすぐにお返事があった。「もう一か月になるのですが、いろいろ慣れなくて時間ばかり経ちます。今お風呂から上がったところです」。「?????」。何も聞いてないが、なにか変化があったに違いないと察して「どちらにおられますか」と訊いた。「あら、年賀状でお知らせしようと準備したので、とっくにご存知かと勘違いしました。子どもたちが私の健康を心配して手配してくれました」

 

T姉にはお若い時から喘息の持病がある。ときどきひどく病むことがある。入院騒ぎもまれではない。それさえなければいたってお丈夫である。この夏は海外旅行もされた。心も意志も強い方である。いちばんの特技は忍耐力と信仰力であろう。決して平たんではなかった人生を乗り越えてこられた。お子様たちもそれぞれに親思いの優しい方々のようだ。

 

どんな施設に入られたのかわからないが、介護認定はされているかどうか。だから特養などとは無関係に違いない。杖も使わずに自力で歩いておられる。今は高齢者向けの様々な施設があるようだ。私はそんなに詳しくはないが、有料老人ホームの類だろう。超高級な施設でないことは確かだ。セレブではないから。さしずめ、今はやりの「サ高住」かなと推察する。

 

外出も外泊も自由にできるそうである。姉妹は積極的にそこのプログラムをこなし、慣れて行こうとしているらしい。たぶん適応能力は抜群と思う。ふと「お食事は満足ですか」と質問した。すぐに「ステーキがたべたい」と返信が来た。びっくりした。施設のお食事は高齢者向けに計算しつくされた健康食なのだろうが、ちょっと物足りないのかもしれない。一瞬笑いたくなったがふと、T姉の心中を思うと胸が詰まった。私は返信できなかった。

 

 

 

風の仲間たち - 19:48 - comments(0) - - -

日々の風から キッテのクリスマスツリー

日々の風から キッテのクリスマスツリー

 

友人が丸の内のキッテに飾られたクリスマスツリーの写真を送ってきましたので、貼り付けてみます。

1Fアトリウムに立っているそうです。

このツリーは今盛んにPRしてますから、

珍しくはないでしょうけれど。

飛んで行きたいところですが〜〜〜。

日々の風から - 21:26 - comments(0) - - -

日々の風から 上野 浅草 スカイツリー(そらまち)

日々の風から 上野 浅草 スカイツリー(そらまち)

 

 

青すぎるほど澄んだ空に磨いたような太陽が燃えている。真冬とは思えない勢いである。北風がチリを吹き払ったためだろうか。家に居てはもったいない日よりである。日光浴を兼ねて外へ出た。この1、2か月異様に心と体が重く、これも老いの一現象かなと一抹のもの悲しさを抱えていたが、主のあわれみによってほぼ以前の心身の状態に戻った。外へ出なければ〜〜、歩かなければ〜〜〜と強い促しが内心から生まれている。

 

外出と言っても下町っ子はしょせん井の中の蛙である。足はいつもの慣れたへ向いてしまう。都バスに乗って上野駅で下車、杜へのぼった。勝手知ったるで、ビルの奥のエレベーターで屋上に出るとそこはもう上野の杜の中である。すぐに目の中に飛び込んできたのは長蛇の列、どこを目指した列なのかと思えば、上野の森美術館の「怖い絵」展を待つ人たちであった。この冬空にとぐろを巻いて延々と続いている。ここまでの列は近頃見たことがない。唖然としてしまった。その人びとをよそ眼に、あの桜で名所の大通りへ出る。もう桜樹の紅葉はすっかり終わっていた。しかし閑散としているとはいいがたい。アジア系とみられる観光客が多い。だいぶ聞き慣れてきた言葉が耳に飛び込んでくる。皆さん元気がいい。国立博物館へ突き当たるまで歩こうと思ったが中断して山を下りた。

 

 

 

またバスに乗って、浅草通りを通過する。いつみても黒山の人が群れている雷門を左に見て吾妻橋を渡る。スカイツリーが迫ってくるので押上で下車。ソラマチへ入った。クリスマスムードいっぱいである。商業施設はシーズンの度にイベントを考え、装飾を変える。年中、さぞ忙しいことだろう。最後は区内のミニバスを使い自宅近くで下車した。締めて2時間ほど。都会の喧騒を行くので散歩と言えるかどうか。それから家でティータイムを過ごす。これが一番ほっとする。

 

日に日に気温が低くなる。木枯らしが吹くような日は気ままな散歩はあきらめねばならない。

しかし東京駅の丸の内広場が完成したと聞くと、見てみたい気がしてくる。

日々の風から - 21:31 - comments(3) - - -

日々の風から 教会のクリスマス会 第一号

日々の風から 教会のクリスマス会 第一号

 

どこの教会もそうであるが、教会のクリスマスは25日前後のクリスマス礼拝や24日イヴの燭火礼拝だけではない。クリスマスコンサートもあれば婦人会主催のクリスマス会もあり、青年会クリスマス、特に、子どもクリスマス会はどこの教会でも盛大に行われる。

 

今日は我が教会では今年のクリスマス行事トップバッターとして婦人クリスマス会が午後から行われた。恒例である。婦人たちが友人知人、家族の方を誘ってくる。だからいつもとは少し違う顔ぶれになる。イエス・キリストの福音を伝える場でもある。

 

メッセージは「平和の君」と題して、イザヤ書を通して、イエス・キリストは争いの絶えない世に真の平和の使者としてご自身をささげるために来られたと語られた。

 

『ひとりのみどりごが私たちのために生まれる。

 一人のおとこの子がわたしたちに与えられる。

主権はその肩にあり、その名は

 「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる』

イザヤ9・6

 

そのあとはこれも恒例の持ち寄りパーティーである。ひとりひとり思い思いの得意料理がテーブルいっぱいに並べられる。和、洋、中華、フィリピン料理が、賑々しくはなやかに並んだ。壮観である。スマホを傾けて写している方もおられた。ビュッフェ形式と言えようか。

 

施設に入居中の二人の老姉妹が連れてこられた。95歳と89歳。奇しくも教会の近くの同じ施設におられる。婦人会には参加資格のない男性会員が送迎の役を引き受けてくださった。かつては手料理を携えて率先して参加された姉妹たちである。95歳の女性は車いすごとテーブルに付いた。今年のクリスマスのトピックである。

 

もうひとつトピックがあった。昨年結婚したばかりのヤングミセスたちがデビューしたことである。昨年まで、いや今も青年会のメンバーでもある。そのお二人が手作りのお料理を持って参加してこられた。お一人は中央官庁の職員でバリバリと働いておられ、もうお一人は来年早々に出産予定。頼もしく思った。婦人会の明日は明るいと希望をいただいた。

 

明日の日曜午後は青年会クリスマス。17日は礼拝前に、成人科のクリスマス。午後は子どもクリスマス。23日は近くの老人施設を訪問して賛美する。その夜は燭火礼拝。明けて24日はクリスマス礼拝と祝会である。ここまでが我が教会の今年のクリスマス諸行事である。健康が支えられて、賛美や食事つくり奉仕に参加していきたい。

 

日々の風から - 20:55 - comments(0) - - -

日々の風から 神宮外苑のイチョウ並木へ

日々の風から 神宮外苑のイチョウ並木へ

 

 

 

あまりにも有名な神宮の絵画館前通りのイチョウ並木を観に行かないかと誘われた。毎年行きたいと思いつつも、遠いような近いような場所だけに機会を逃し続けていた。さぞ見物人が多いだろうと、それを思うと足が鈍ることもあった。しかし思いがけなく声がかかったので飛び上がるように立ち上がった。行けるところまで車で行って、あとは歩こうとのこと。なおなお好都合である。皇居周辺を廻り青山通りを走り、南青山の路地奥に駐車出来た。

通りは交通規制になっていて警察官がアナウンスしながらあふれかえる群衆を誘導していた。皆、静かに整然と規制通りに従って歩き、天を衝くイチョウの黄葉を見上げ、楽しんでいた。ほとんどの人がスマホを掲げて撮影するのは近年の特別風景であろうか。30分ほどであったが濃縮された秋を鑑賞でき、満足したひと時であった。

 

日々の風から - 10:58 - comments(0) - - -

世相の風から 歩きスマホ

世相の風から 歩きスマホ

 

みんな手にしているのはスマホである。よくもこんなに普及したものだと感心する。一時期は携帯電話を耳に当てながら歩いたり自転車に乗ったり、車を運転する人たちをよく見かけたが、今はもっぱらスマホに見入っている。歩きながらよく画面を見られるものかと驚いてしまう。目は一つの物を見ていたら他のものを見ることはできないと思う。ちらちらとは見られるが、集中は一つだと思う。だからうっかりするとぶつかってしまうのだ。

 

最近、今まで経験したことのないような接触に出会う。駅のホームが多いがバッグやリュックが当たってくる。体当たりもある。足がぶつかる。こんなことはなかったことだ。みな片手にスマホを持ち、操作しているのだ。老人がふらふらよろよろしてぶつかるのではない。若い人なのだ。当たる力が違う。恐いことだ。老人は杖こそ使わない人でも自分ひとりを保つのに精いっぱいだ。そこにぶつかってこられたらよろけてしまう。しかし用心のしようがない。歩きスマホへの警告アナウンスがよく聞こえてくる。しかし聞こえているのかいないか、何しろ操作しながら画面に集中なのだから。歩きながらだけはやめていただきたい。

 

 

世相の風から - 22:40 - comments(0) - - -

日々の風から 教会で避難訓練

日々の風から 教会で避難訓練

 

あの3・11以来教会でも危機管理や防災の問題を真剣に考えるようになった。防災委員会が設置され、年に一度は全員で避難訓練が行われる。今年は昨日がその日だった。教会員には年間計画で予告され、1、2週前から説明もあった。訓練はその日の出席者全員が参加することになっている。

 

礼拝後、防災委員から、千葉県北東部にM7.5の地震が発生したので区の指定した避難場所へ行きますと通達があり、号令とともに、1分間椅子の下に頭を入れ、あるいは座席の座布団で頭部を覆った。委員が「揺れがひとまず収まりましたので避難場所へ移動します」とアナウンスがあり、貴重品だけを持って教会の玄関前に集まった。すぐに点呼があり、人数を確認して移動を開始した。高齢の姉妹がモデルになって車いすに乗り青年2名が係になった。ところがふだんは自力で歩いているのに、車いすに乗せられた老姉はさすがに困惑したらしく「恥ずかしいわ」と言ったので大爆笑になり、訓練の緊張が飛んでしまった。

 

踏切を渡り、歩道を歩きだしたが遠足気分、隣り同士でにこやかに話が始まり、列は途中が空いたりして長々と続いてしまった。予め委員からは私語は慎み、間を空けないで整然と歩いてくださいと注意があったがそうはいかなかった。それでも、高齢の方のそばに若い人がそれとなく寄り添ったりして、近くの小学校校門前にたどり着いた。そこが目的地だった。

 

また人員点呼して全員の無事を確認し、今来た道を引き返して教会に戻った。そのあと、しばらく疑問点や反省したことや改善策などを話しあった。いろいろな意見が出たが、車椅子を押した青年からの発言が心に残った。「初めて車椅子を扱ったがとても難しかった。段差や線路などを越していくときの操作に戸惑った。ふだんから慣れておいたほうがいいと思った」と言われた。体験者の声は貴重である。施錠問題も出た。委員からは今日はロックしたが、実際の時は開けたままですとの事だった。私もそう思った。

 

訓練だからか、やはり気は張っていない。しかしまったくやらないよりは良い。私は教会が近いせいか真冬でもコートなし、時にはサンダル履きで行ってしまう。貴重品もなしである。今日の献金と愛餐会費用、携帯と家の鍵くらいしか持たない。しかしこの日ばかりは教会バッグは置いていくので、ポシェットを用意し財布も入れた。いつも持参したほうがいいのだろう。保険証は? いつもの薬は?など考えるときりがないほど課題が出てくる。どうしたものだろう。危機意識の薄い者であり、いい加減人間だが、人に迷惑をかけてはならない。

 

全員参加だとは言え、あそこまではとても歩けないし今日は体調がよくないから残りますという方もおられる。無理強いはできないから残っていただく。しかしいざというときはどうするのだろう。置き去りにするのか、車椅子は何台もない。難題は山ほどある。

日々の風から - 19:26 - comments(2) - - -

日々の風から 今日は立冬

日々の風から 今日は立冬

 

今日は立冬とか。立春と立秋は印象が強いが立冬と立夏は、ああ、そうなの、ほどで強く心動くことはない。なぜだろうか。立冬から立春までが冬だそうだ。木枯らし1号もすでに吹いた。町ゆく人々の服装も冬支度である。服装であるが、このところ20度を超えてかなり暖かい。時に暑く思う。それなのに町ゆく人の中にはしっかりコートを着込んでおられる方が多い。私もコートほどではないがこの気温にしてはなぜが厚着である。一度寒さを覚えた体は気温によってすばやく対応することは難しい。外国の方は半袖で悠然と歩いておられる。人それぞれでいいのだが、暇人の私はバス停でも車内でも、ひとしきり周囲の人々を観察してしまう。もちろんそれとなく。でも失礼なことかも。

 

投かんがてら公園を突っ切った。春に桜を楽しんだ桜樹は紅葉した葉を盛んに落とし、根元を覆い隠している。それもまた見応えがあってうれしい。園内は人が多かった。子どもたちが多かった。近くの保育施設の子どもたちが大勢遊んでいた。叫び声もあり泣き声もあった。遊びに来ている母子連れも何組かいた。ベンチにはご近所の高齢者たちがまさに日向ぼっこである。走り回る子どもたちを眺めている。何十年も前にもこんな光景があったと思と思う。そのころ、ベンチ組の方々は走り回っていたのであろう。歴史は繰りかえしながらそれでも進んで行く。私の周辺の同じような年齢の友人知人たちが確実に一歩一歩と老いを深めて行っている。驚くような事柄が起こっている。自分も例外ではない。この事実をいかに受容していくか、高齢者には高齢者の大きな仕事がある。新しい冒険にチャレンジしていきたい。

 

 

 

 

日々の風から - 11:44 - comments(0) - - -

日々の風から 宗教改革記念日・ルターのエピソード

日々の風から 宗教改革記念日・ルターのエピソード

 

2012年の秋に、お茶の水聖書学院の研修旅行【宗教改革の足跡とバッハをたどる10日間】に参加しました。5年前の事です。今年はルターが今に言う『宗教改革』の発端となったウイッテンベルグ城の扉に「95ケ条の質問状」を張り出してからちょうど500年に当たります。この年を記念して世界中で多くの記念事業が行われていますが、この地を初めルターゆかりの地への旅行も企画されています。ルターについては書物などを通して大方のことは知られていますので今さら私ごときが記すこともないでしょうが、5年前の旅日記からあまり知られていないと思われる一節を見つけましたので、記載してみます。アイゼナハという町で知ったことです。この町はバッバの生誕地です。ルターもかかわりがあり、町には「バッバの家」と「ルターハウス」がありました。

 

 

 

アイゼナハは修道僧になる前(献身する前)のルターが、父の命で、家を離れて聖ゲオルグ教区学校に入学し15才から18才までの3年間ラテン語の勉学に励んだ町です。この町で、ルターは早くも一人の夫人の心を捉えました。ルターは教会や街道や家々の門前で歌を歌う合唱隊に入っていました。当時、少年たちは、大人になってから慈悲深い人になるために合唱隊に入り、街頭や家の門前で歌を歌い、食物をもらう習慣がありました。ルターは熱心に歌を歌いました。その態度が一人の名家の女性、コッタ夫人の目に止まり、心を動かしたのです。やがてルターはコッタ夫人の手厚い保護を受け、寄宿するようになりました。ルターはコッタ夫人の子どもたちの世話をしたり家庭教師の役割をもしたようです。さらに、名家に出入りする宗教界の人々に接して影響を受け、音楽を学ぶこともできました。ルターは宗教改革の嵐の中で再びこの町のワルトブルク城に起居することになります。ルターはこの町を「なつかしきよき町」と呼んだそうです。  

 

 

 

私は、若き日のルターに目をかけたコッタ夫人に非常に惹かれました。こうした話は珍しくはないのでしょう。近代国家が出来上る前は、社会保障や公的救済は皆無でしたでしょうが、日本はさておき、キリスト教信仰が社会の隅々にまで浸透いた西欧には、心ある富者が社会的弱者を積極的に救済した話はよく聞きます。それは慈善とか慈悲という美しい言葉を作りましたが、コッタ夫人もそうした慈悲深い女性だったのでしょう。その彼女が、知らずして後の英雄ルターに目をかけ、ルターを庇護したのです。ただ通りいっぺんの慈悲ではなく、自分の家に寄宿させて養ったというのですから、ルターの中にあるある種のエネルギーに強く打たれたのではないかと思うのです。ルターは幸いでしたが、コッタ夫人もまた、ルターゆえに幸いな女性であったと思います。『ある人は知らずしてみ使いをもてなした』と聖書にありますが、これも主の不思議の一つではないでしょうか。

 

この町の山の上にそびえたつヴァルトブルク城こそ宗教改革の一つのクライマックスです。ここはローマ教皇から国外追放の命を受けたルターが、友人たちの助力によって城の一室に匿われ、わずか3ヶ月で、新約聖書をラテン語からドイツ語に翻訳した場所だからです。

それまで聖書は一般民衆は読むことができませんでした。難しいラテン語でしたから。しかしドイツ語の聖書ができたのです。人々は自分たちの言語で書かれた聖書を手にすることができました。これはそれまでの宗教界(ローマ教皇を中心とするカトリック教会支配の世界)を根底から揺り動かし、改革の一大原動力になりました。ちょうどルターの聖書を待っていたかのように、グーテンベルグの発明による活版印刷の技術が普及し初めました。印刷された聖書、さらにルターの著した書物は、印刷の力によってドイツのみならず他国にまで行き渡り、改革の推進力の一つになりました。ルターは有能な著作家でもあったのです。

 

 

旅の記録は、写真入りで【レター希望の風】に収録してあります。改めて読み返してみて、忘れていた情景を目の当たりにし、ひと時を楽しみました。今、あの10間を再びと言われても体力はないだろうと思い、自信はありません。

 

 

 

 

日々の風から - 21:40 - comments(0) - - -

日々の風から 喜べない10月

日々の風から 喜べない10

 

雨の日も晴れの日も神様がくださったのだから感謝し喜ばねばと、理屈ではわかっていてもこんなに雨ばかり、曇りばかりでは空を見上げる度に恨み節が出る。他の地方はどうなのであろうか。紅葉を楽しんでいるのだろうか。その上、大きなおまけがついた。週末台風と妙な異名のついた季節外れの台風が、日本列島を貫通する。愚痴ばかりだが、心底から困惑している。先週の嵐の中の選挙にも不満がいっぱい。心は不完全燃焼の黒い煤でいっぱい。私はお天気病なのだろうか、体にも意志にも力がない。老いのせいにはしたくない。と言ってお天気を犯人扱いにもしたくない。しかし非生産的な10月もあとわずかである。11月に期待しつつ、10月の一日一日を歩めたことに感謝する。31日は宗教改革記念日。今年は発端となった日から500年の大きな記念の日を迎える。この500年を歴史はそれぞれの立場からさまざまに評価するが、私たちプロテスタントにとってはルターとルターを用いた神様への感謝を忘れてはならない。明日は特別な礼拝をささげる教会もあるようだ。

 

『義人は信仰によって生きる』。この一言に無限の喜びを覚える。

日々の風から - 20:34 - comments(0) - - -

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