人生の逆風の中で見つけた希望の風を、小説、エッセイ、童話、詩などで表現していきます。

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天の星のように―母エバから母マリヤまで 美しき姉妹たち
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日々の風から 芸術の秋・二つのコンサート

日々の風から 芸術の秋・二つのコンサート

 

秋は深まっていく。季節が進んでいくのを「深まる」と表現されるのは「秋」だけではないだろうか。ほかの3つの季節にはそうした表し方はないように思う。「深まる」とはいい響きであり、味わい深いものがある。秋は「芸術の秋」、「読書の秋」とも呼ばれる。これもそれだけで心の奥深くに浸み込んでくる。清少納言は「秋は夕暮れ」と、切れ味のいい一言で中心に迫った。

 

芸術の秋らしく、キリスト教界ではこれからクリスマスに向かって各所でコンサートが催される。「春のコンサート」より「秋のコンサート」の方が気持ちに添ってしっくりする。二日続きでコンサートに係わった。この土曜日は御茶ノ水の母校で、音楽教師によるコンサートが開かれた。近年恒例になった。日ごろ、教室で生徒たちに音楽理論、音楽実技を教える先生方が、この日だけは舞台に立つ。同じ音楽に携わるとはいえ、教師と演奏家は同じではない。先生方はさぞ大変だと思う。ふだんとは違う力が必要なのではないだろうか。

 

先生方の生徒たちや同窓生、ゆかりの方々が大勢来られて、盛大なコンサートになった。先生方に交じって、日ごろ薫陶を受けている聖歌隊も演奏の祝福に与かった。私もここ数年聖歌隊の末席に加えていただいているので、大いに緊張して舞台に上がった。ヘンデルの「メサイヤ」から12番「かみのひとり子を」と「ハレルヤ」を賛美した。神さまの恵みとあわれみを満喫して喜びの時になった。

 

明けて日曜日は「教会コンサート」。年一回開いている。外部からクリスチャン演奏家をお招きし、地域にチラシを配布しての開かれたコンサートである。チラシやHPの効果、また教会員家族や友人たちがお出かけくださって、ふだんとは違った賑やかな場になった。さすがに演奏家はその名にふさわしくプロとしての本領発揮、聴衆の心に訴える構成、コメント、演奏を熱演してくださった。牧師が核心をついた伝道メッセージをされ、教会ならではの「コンサート」になり、楽しくうれしかった。二つのコンサートとも、バッバがすべての作品の最後に署名したという「ただ、主だけがあがめらるように」が輝いていたことに大きく同感し感動した。かくて秋は深まっていく。ハレルヤ!

 

『御前に進み、感謝をささげ、楽の音に合わせて

喜びの叫びをあげよう。

主は大いなる神』詩篇95:2、3節

(ローズンゲン10/23日より)

 

 

 

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書林の風から 『トルストイの日記抄』古本のおもしろさ

書林の風から 『トルストイの日記抄』古本のおもしろさ

 

この夏にヘンリー・ナウエンの著作を立て続けに読んで、学ぶところ大なりの2乗、3乗の収穫をいただいた。その中で、初めて読んだ「最後の日記」は再読しているところだが、ふと、「日記」というジャンルに心惹かれた。「日記文学」と言っていいと思うが、以前に、ドナルト・キーンの「百代の過客」(続)についてはこのブログでも感想を述べたがあれ以来、「日記文学」に捕らえられていた。若い時から文豪たちの小説はずいぶん読んだが、「日記」は読まなかった。そこまでは思いが行かなかった。しかしここにきて偉人たちの日記を読みたくなり、手始めに、トルストイが頭に浮かんだ。それで、調べ始めた。簡単に文庫本でもないかとネット検索して見つけた。思ったものがなくて、岩波文庫の「日記抄」を買ってみた。

 

古いものしかなく、半分心配しながら取り寄せたが、開けてびっくりで、触りたくないくらい古い。中から虫でも出てくるような気配。手袋をして開きたかったがそれではページがめくれない。1,2頁立ち読みしたが、読み続ける気になれず、図書館を思い出して走った。

 

文庫はなかった。職員がていねいにパソコン遊泳してくださったが、私の持っているものが国会図書館にあり、データ化されたものを見るだけという。よく、現物がありましたねと感心されてしまった。そんな稀少なる本なのかとこちらも感心したが、しかし読み続ける気になれない。奥付を見ると、『昭和十年七月十五日 第一刷發行 昭和二十五年十二月十日 第十刷 発行 定価(価は旧字)六十圓』とあり、印紙が貼ってある。

 

もう少しきれいな本がないかとまた検索して、しかし、高額でないものを買ってみた。すぐに届いた。こんどは触われるし、シミも汚れも少ない。これなら読めると安心した。そして奥付を見た。『昭和十四年一月二十五日 第五刷發行 定価(価は旧字)四十銭(銭は旧字)』印紙は訳者除村氏の印鑑が押してあった。つまり、あとから買ったほうが前のより十年も前に発行され、戦前である、定価も四十銭と、想像もできない時代の本なのだ。さらに、表紙のタイトルの横書きは、右から始まっている。驚きの連続である。

 

私は本の内容や日記文学をさておいて、二つの本を前にして「本」に対して味わったことのない新しい興味が湧き、心が掻き立てられている。神田の「古本屋街」が意味を持って迫ってきた。「本」の持つもうひとつの一面を垣間見た気がした。

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日々の風から 台風はもうたくさん!

日々の風から 台風はもうたくさん!

 

このブログの「日々の風から」を「日々の台風から」にしたいくらい、あとからあとから発生し、しかも、日本へ向きを変えて襲い掛かり、しかも今回はまるで巨大な大男が日本列島をくまなくのし歩いたように、足跡、いや、傷跡を残して去っていきました。なんということでしょう。違う話題を書きたいと思いながらもついついショックにかられて、心が他に向きません。

 

24号はひどかったです。真夜中の雨と風の音は近年聞いたことがないと、床に入ったもののじっと身をひそめていました。案の定、都心でも40m近く吹いたのです。観測史上3番目とか。私が最初に台風に恐怖を覚えたのは昭和24年8月31日のキテイ台風です。あのときは確か33mと聞きました。東京下町では焼け野が原に建ちかけた家が軒並み倒れました。今は家がもろに倒れることはありませんが、あの風の音は私の体の奥深くに刻み込まれていたと感じました。もう台風はたくさんです。

 

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日々の風から 秋は雨から

日々の風から 秋は雨から

 

季節が刻々と進んでいる。夏から秋に向かっている。雨が多い。季節の変わり目はたいてい雨がふる。春の長雨、秋の長雨と。季節を先導するのは雨なのだろうか。

 

傘の出番が多い。出したり入れたり干したりたたんだりと、玄関先の傘立てと家の中の傘の収納場所への移動や整理は私の仕事になっている。5人分の傘が右往左往する。愛用の傘から折りたたみ傘、簡易のビニール傘も仲間入りして、傘立てはぎっしりと満員である。

 

傘と言えばかすかに思い出すことがある。須賀敦子の本に出ていたが、彼女が言うのは、イタリヤ人は雨が降ってもめったに傘は使わない、日本人のようにすぐに傘をさす習慣はないと。ある時、雨が降ってきたので傘を持って夫を迎えに行ったら、彼がけげんな顔をして、手にした雑誌を頭にかざして走って行ってしまったそうだ。司馬遼太郎の著書にもあったが、雨が降ると、東京の人はすぐに傘を差し、あっという間に傘一色の風景になる、その早いことに驚く、大阪はそうではないと。これらはだいぶ前に読んだので、記憶違いもあるかもしれない。

 

急に雨が降ってきた時は、帰る人を傘を持って迎えに行くという風景がよく見られた。童謡に「あめあめ 降れ降れ かあさんが 蛇の目でおむかえうれしいな ピッチ ピッチ チャップ チャップ ランランラン」と、こんな歌があった! 今は死に絶えた光景か。

 

今朝から雨がひどく予定していた外出がままならない。時折止むのでその合間に出ようと狙っているうちにまた降り出す。外出と言っても緊急ではない。いわば不要不急なのだ。玄関を開けたり閉めたりして様子を見る。玄関わきのミニ花壇に、まだ毎朝咲き続ける真っ赤なハイビスカスと、夏一杯咲いてくれて今もまだつぼみを膨らませているバラを見つめる。

あと3日を残すだけとなった9月が惜しい。

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日々の風から 高齢社会と高齢者

日々の風から 高齢社会と高齢者

 

 

敬老の日という祝日があり、その前後には高齢者の話題が市場に溢れる。長生きすることが珍しく大きな喜びであった時代ならいざ知らず、いまでは祝日という感は少ないのではないだろうか。反対に高齢者は社会のマイナス的な課題を多く抱える問題児になってしまったようだ。日本の総人口の4人に一人は65歳以上の高齢者だと大々的に報じられ、100歳以上が6万人以上もいる、今や「人生100年時代」だとかが、なにやら皮肉っぽく聞こえてくる。75歳以上を後期高齢者という通称もすっかりまかり通っている。その一人として、肩身が狭い思いがする。「後期高齢者ですみません」、「長生きしてすみません」とどこかに向かって謝罪したいような気になる。とはいえ断っておきますが、私は100歳にちかくはありません。

 

今ある命を投げやりにはしなくない。「もうじき死ぬんだから」と迫りくる壁を意識しながらも、それはそれ、どこか観念的で、他人事で、今すぐ死ぬとは思わないし、一日一日を大切にしたいと思うから不思議なものだ。

 

周囲を見廻しても、高齢者はせっせとジムに通い、運動に励み、水泳をし、ヨガをし、体力維持あるいは増強に命を懸けている。健康に良いと言われれば好き嫌いは別としてすぐに食べ、一日になんども医院を渡り歩く。そのエネルギーはすさまじい。特に女性たちに目を瞠る。その際、自分はその中に数えていないが、質において同じかもしれない。

 

開き直りの後期高齢者が吐き出している短文に出会ったので記します。

 

年を取れば、誰だって退化する。

鈍くなる。

緩くなる。

くどくなる。

愚痴になる。

淋しがる。

同情を引きたがる。

ケチになる。

どうせ「すぐ死ぬんだから」となる。

身なりにかまわなくなる。

なのに「若い」と言われたがる。

孫自慢に、病気自慢に、元気自慢。

これが世の爺サン、婆サンの現実だ。

六十代に入ったら、絶対に実年齢に見られてはならない。

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世相の風から スターは一夜にして誕生!

 

 

台風や大地震の被害状況を知って、心を痛め、うろうろしていたところ、突然に、「大坂なおみ」さんが日本だけでなく、世界中の絶賛を浴びて大スターになった。申し訳ないけれどグランドスラムで優勝されるまではあまり存じ上げなかった。そんなわけで私にはびっくり仰天の出来事であった。しかし、文句なくうれしい!これを快挙と言わずに他に何があるのか。おりしも日本中が痛みに苦しみ悲しみに沈んでいた真っ最中だった。しかもなおみさんの母上は北海道の方だ。現に祖父の方は住んでおられる。かの地は未曽有の災害のただ中にあるが、この朗報は言いしれない力と希望になったことだろう。

 

それにしても、今や、マスコミのどこを見ても「大坂なおみ」一色である。彼女のせいではないが、世相の風とはこうも時の話題に大揺れに揺れるのかと、多少斜めに構えたい思いも沸く。なおみさんにはますます大いに活躍していただきたいが、日本列島どこにもおられる被災者の涙の拭われる日が一日も早く来ますようとの祈りも忘れてはならない。そのように自分自身を戒めている。

 

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日々の風から 台風の次は北海道に大地震

 

 西日本を襲った台風20号、21号に心を痛め西の方ばかりを気にしていたら、今度は突然北海道で大地震が起こった。北海道の地名は読みにくい。なんと発音するのか戸惑うことが多い。こんども画面に厚真町、安平町と出ても、何と読むのか、いったいどのあたりなのか、見当もつかなかった。さらに胆振地方となるとこれにも困った。ぜひフリガナをしてもらいたい。しなくても済むことに神経が刺激されて、イライラと心が騒ぎ、被災地の思いが乱されてしまった。

 

それにしてもこんなに頻繁に大災害が起きていいのだろうか。いまやここに入れば安全というところはない、どこでいつ何が起こるかわからない、起きて当然だと、聞こえてくるが、そんなことで済まされることではない。起きたら困るのだ。被災者の皆さんは突然の出来事に生きた心地はしないだろう。「夢であってほしい」との嘆きが胸に痛く響いてきた。

 

今回は被災しなかった私たちが思いを馳せ、祈り、特に政府を始め各行政はできるだけの救援をしてほしい。東京都もいち早く液体ミルクなど支援が始まったそうだ。

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日々の風から 9月は台風からスタート

 

9月の幕開けは台風21号の襲来ですさまじいものとなった。西日本がこの度も標的になり、20号にもまして大きな被害が起きている。映像を通してではあるがその光景を目にするたびにため息の連続である。この台風は一地域だけにとどまらず、北海道を含めて正に日本列島に荒々しく乗り込んできた。台風の進路は日本を取り囲む気象状況によるのだろうが、地図を見ていると、なぜこの小さな日本ばかりめがけるのだろうかと、台風に訊いてみたいようだ。特に、関西空港が水浸しには驚いてしまった。最先端の知恵と技術の結晶である人工島なのだろうが、数時間の雨や風で機能不全になるとは、あまりにもはかない。

 

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日々の風から 45年前の事故 その2

 

待望の9月に入って、その感動を記そうと思っていますが、8月末の記事がその1なので区切りまで行かなければと、今回はその続きを進めます。

 

私の怪我は重く、当初は6か月の入院、その後はリハビリ専門病院で療養と診断されましたが、その半分の3か月で退院できました。リハビリ病院なんてとんでもない、まだ就学前の娘たち二人を置いて、これ以上どこへ行けましょう。何とか自力で歩けるのを良しとして、私は懐かしの家庭に戻りました。日々の家事や家業がリハビリの代わりをしてくれたと思っています。

 

今、45年経って改めて気が付くことですが、あの当時、私に対して集中された多くの人たちの愛の業と祈りです。私の病床にはひきも切らず身内を始め、教会の兄姉、その他の友人知人が見舞ってくださり、家族へまで救援、救助、お世話する方々で満ちていました。必要な物の差し入れ、励ましや慰めや希望の言葉かけなどが慈雨のように注いでいました。ある期間、教会の先生方は娘二人を牧師館に引き取り、24時間面倒を見てくださいました。何よりも気がかりであった娘たちが保護されていることに大きな安心と平安を得ました。

 

輸血のための献血が呼びかけられた時には、友人の友人、知人の知人など、私の存じ上げない方々まで協力してくださいました。弱い一人の者に対して、教会は一丸となり、家族親族は一つになり、友人知人も気に懸け心にかけ惜しみなく奔走してくださいました。そこには見返りを求めない与えるだけの真実な愛がありました。ほんとうに、みなさん優しかった、まぶしいほど愛に満ちていました。その美しい愛に囲まれて私は、医師が奇跡ですと叫んだほど見事に回復していったのです。

 

私は、多くの人たちのただ中に働く神の愛を決して忘れることが出来ません。私がいちばん弱い時に人びとの愛が強くなり、神の愛が完全に働いたのです。神の愛の本質を教えられたと信じています。私の身体は事故以前に比べると半分ほどに弱くなりました。しかし、神により頼み、すがる信仰は強くされたと思っています。

 

「キリストの力は弱さのうちに完全に現れる」

「キリストの力がわたしをおおうために、

むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう」

 

近年は、「老い」という弱さも加わって、ますます弱くなりました。

しかし、あまり心配していません。

あの弱さの中で強く表れた神の愛が今も私を取り囲んでいるのですから。

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日々の風から 45年前のこの日 その1

 

あの日も朝から焼き尽くすような陽が燃えていて暑い日だった。夏休みもあと二日だけになり、月末が迫っていた。私はなんとなくせわしい思いに駆られ気が散っていたのだろう。家の近くを自転車に乗ってお使いをしていた。広い都道と狭い区道の交差点で信号が変わるのを待っていた。

 

私はまっすぐに都道を走って家に向かうつもりであった。信号ばかり見ていた。すぐ右側にいる巨大なトラックは気にしていなかった。青信号になって、走り出した。

 

右側のトラックが左折して区道に入ってくるのがわからなかった。あっと思った時、私の頭を超えるほどの大きなタイヤが私をめがけて突進してきた。もう一度気が付いた時、私は路上に投げ飛ばされていた。左折する車の後輪に引っかかったのだそうだ。よく下敷きにならなかったと後で言われたが、どうにもなるものではなかった。

 

けたたましい救急車の音も聞いた。大きな病院に運ばれるのも知っていた。真夜中まで手術を受けたことも、あとで知った。二人の娘が5歳と4歳だったこともよく覚えている。

 

今ここにすべてを書きつくすことはできないが、とにかくも、私は願ったとおり祈ったとおり、12月のクリスマスには家に戻って、娘たちとクリスマス礼拝に行くことが出来た。

 

あれから45年が経つ。足一本失うほどの大怪我であったが、今はどうにか自力で歩行ができている。『主の恵みによって今日のわたしがあるのです』!!

 

 

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