<< March 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>

日々の風から さくらが咲いた・春本番!

日々の風から さくらが咲いた・春本番!

 

 

今日、東京では標準木に5つ以上の花が咲いたとかで、

開花宣言が発表された。宣言である、発表である。

なんとも平和な光景ではないか。

平和ボケだと言われて久しいが、

日本の風物詩の最たるものである。

しかし嫌味は禁物。

ついに桜が咲き出した。手放しで春を喜ぼう。

 

「春をつくられた 神さまを 歌おう」

 

 


日々の風から 春をみつけて

日々の風から 春をみつけて

 

 

 

 

 

 

行きつ戻りつの春の歩みは、

ここにきてたまらなくもどかしく思う。

かといって、一足飛びに春に突入されても、

こちらの心身が、特に心がついていけないだろう。

何とも悩ましい季節である。

毎年の事ながら同じことを思っている。

 

創造主である神様は大いに苦笑されているだろう。

移り行く季節のスピードくらい、

もう覚えておいてもいいのではないか、

何十年くり返しているのだと言われてしまいそうだ。

 

梅が散っていく。

桜のつぼみがふっくらとしてきて、

いとしく、愛らしい。

種類によってはすでに開花した桜もある。

花壇のパンジーの株がしっかりして、

背丈がぐんと伸び、

花に力がある。冬とは大違いである。

 

 

 


世相の風から 池江璃花子さんのきびしさ 

世相の風から 池江璃花子さんのきびしさ 

 

池江さんの発病を知って以来、気にしていました。私の住む地域に近いところにおうちがあるようで、あのスイミングクラブの場所はよく知っています。この地域の子どもたちが通っていますし、送迎バスをよく見かけます。そんなことから親近感を抱いていましたので、発病の報にはびっくりでした。こんなむごいことがあるだろうかと、胸が痛みました。

 

久々にコメント出ましたが「思ってたより、数十倍、数百倍、数千倍しんどいです。三日間以上ご飯も食べれてない日が続いてます。でも負けたくない」の声に、またまた切ない思いをしています。治療を受けた人なら、彼女の発言に大きくうなずくでしょう。ほんとに、思いをはるかに超えて、言葉ではとても表せない状況だと、推察します。小さな体験ですが、したことがありますから。

 

しんどいという語彙は東京の下町にはありませんが、実に言い得ていると思います。「数千倍しんどい」が最適な表現だと思います。しかし、あれだけの偉業を成した方ですから、メンタルは強いでしょうが、体と心は一体です、気持ちがくじけることがあるかもしれませんが「負けたくない」を最後までつらぬいてほしいと願います。

 

最初のころ、彼女が「神は耐えられないような試練には会わせない」と言われましたが、聖書のことばです。神のことばです。今もそのみことばを握りしめて戦い抜いてほしいと願っています。ちなみにみことばは「耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます」と続きます。「脱出の道」が備えらますように。

 

コリント第一・10章13節

『あなたがたの会った試練は,

みな人の知らないものではありません。

神は真実な方ですから、あなたがたを、

耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。

むしろ、耐えられるように、

試練とともに脱出の道も備えてくださいます』

 

 

 

 


世相の風から トランプさん、金正恩さん、しっかり!

世相の風から トランプさん、金正恩さん、しっかり!

 

二回目の米朝会談を楽しみにしていた。全くの野次馬である。こんな無責任な者がいるからお二人もやりにくいだろう。会談の結果は「決裂」とか「合意に達せず」とか、まあ、さまざまな記事と意見が沸騰している。一つのことに対する見方、見解は10人いれば10個あるだろう。よくぞここまで出てくるものだと思う。人々の後ろから背伸びして見物する私でさえなにがしかの思いがあるのだから。一度や二度の話し合いで重大問題が解決するわけがない。みんなわかっているのだ。だから短気を起こさずに、なんどでも会って、議論して、一致点を見出してほしい。一致点とは世界平和のためである、間違っても自分の国や自分のためではなく。ふん、と一笑に伏されてしまうだろうが、あえてそう言いたい。お二人には、イエス様が言うように「平和を作り出す」幸いな人になっていただきたい。

 


心の風から 記憶ちがい、勘ちがい

心の風から 記憶ちがい、勘違い

 

最近、ひとりの人を調べていて、過去の人だから書物に頼るばかりだが、書かれている出来事が著者によって一致していないのに気が付いて驚いてしまった。著者の一人は親類縁者で、主人公とは親しい間柄だから、昔話としてではあるが出来事について直接聞いている。もう一人は学者で、綿密に資料に基づいて事実関係を調べている。主人公の年表も作成している。もう一人は晩年の主人公に直接インタビューしている。

 

私が驚いたのは、主人公の生涯にとって二つとないような大事件のとき、主人公の親はすでに亡くなっていた。年表によればである。しかし親類に当たる人の著書には、その事件の時にはすでにこの世にいないはずの親が大きく影響を与え、事件の原因にもなっていると説いている。これはおかしいではないか。明らかに記憶ちがいではないか。思い込みで書いているとしか言いようがない。

 

私は主人公にとってあってはならない悲しい大事件がなぜ起こったか、その真相が知りたくてたまらないのだ。だから、あれこれと資料を探している。何とかして理由が、原因が、またそこに直接かかわった人がだれであるのか知りたいのだ。ところが、信用していた親類縁者の本には、すでにこの世にいないはずの主人公の親がでてくるのだ。著者は親の心の内にまで想像の筆を差し込んでいる。著者の勘ちがいにちがいない。

 

「記憶にはございません」、「全く覚えていません」は、どこかで、偉い方々が逃げ切るための方便としてよく使うセリフであるが、実際問題として記憶ちがい勘ちがいは大いにありうる事だとつくづく思った。自分を振り返ってみても、覚えているようで覚えていないことも多い。年代も曖昧な部分も多い。ましてその時自分が言ったこと、相手が言ったことをその通りに覚えているかと言えば、自信はない。もちろん、あの時のあの人の一言で死ぬような思いをしたとか、反対にあの一言で生きる力が生まれたとか、鮮やかな記憶もあるが、全体としては不正確である。まして、自分以外の人のことについては、早く言えば霧の中である。

 

話が枝葉にまで分かれて、本筋が見えなくなってしまったが、私には著者たちの記憶ちがい、思い込み、勘ちがいからいくつかのことを発見した。あることを、一人の人の言うことだけで鵜呑みにするのではなく、複数の人の言うことや、本を読み、比べること、その大切さと、また楽しさを知った。それらを使ってなにか大層なことをしようとは毛頭思ってはいない。ただ、その作業が実に楽しいのだ。すでに世の多くの方々はしておられることだろうが、私はこの歳になってようやく発見した新しい世界なのである。

 

すぐに「白」だとか「黒」だとか決めて、それを振り回して判断の物差しにしたがる私であるが、待て待て、神様じゃあるまいし、白も黒も一応受け止めて、灰色も緑も黄色も赤もあることを知って、深く大きく考えていきたい。そのためには、もっともっと読み、聞き、調べる作業を深めていきたい。手元に集まった資料を咀嚼消化する時間も楽しみたい。つまり思いめぐらすこと、思索することを楽しみたい。できればそれらをベースにして、隠し味にして、エッセーなり、童話なり、物語などに挑戦してみたい。


昨日の風 130年前の2月11日のこと

きのうの風 130年前の2月11日のこと

 

1889年(明治22年)2月11日、今からちょうど130年前、この日は日本の国にとって忘れてはならない歴史的大祭の日であった。大日本帝国憲法発布の式典が行われた日である。ただしここはその憲法の内容がどうのこうのと、たいそうなことを論ずる場でないことは明らかである。

 

日本の国に、明治維新というかつて経験したことのない大改革が行われて20年余、ようやく国の基本法が作られ、発布されることになったその日、一大事件が起こった。その大事件に興味(野次馬で申し訳ないのですが)をそそられている。

 

事件は、時の文部大臣森有礼が、大礼服に身を包み威を正して正に家を出ようとした矢先に、刺客よって命を奪われたのである。なんとすさまじいことか。又もいいわけであるが、そのことの詳細を記すのが本意ではない、私は歴史の研究者ではない。ただ、被害者と言える森有礼その人に関心を抱いている。有礼その人と共に、もっと思い入れているのはその夫人の森寛子である。

 

何冊かの本を通して、今、私は森寛子夫人に熱を上げている。寛子夫人が愛した森有礼という政治家にも親近感を抱いている。一番の理由は、寛子夫人は逆境のなかでクリスチャンになったからである。特に晩年は朝な夕なに数時間も祈り通したと知ったからだ。今、生涯を掌篇にまとめている。森寛子は、かの明治の元勲岩倉具視の五女なのである。

 

 


日々の風から 春はいずこに

日々の風から 春はいずこに

 

 

 

最強寒波襲来、東京も積雪すると報じられ、日曜日の空模様がとても心配だった。幸い土曜日の雪は束の間で、積もる程でなかったが冷え込みは厳しい。教会へ行くと、さすがに高齢の兄姉がそろって欠席である。インフルエンザとは聞かないが、腰痛がひどくて歩けない、胃腸の具合が悪いなどなど、この寒さのせいで体調がダウンしている。ご家族に止められる方もおられる。真夏の暑さと真冬の寒さは外出にはつらいし、危険でもある。

 

礼拝後、80歳になる兄と玄関先で立ち話をした。彼とは50年以上もともに教会生活をしてきた。大きな病もなく無事にこんにちまで来られた。夫人も同じ年齢で同じ教会員である。そもそもかつて教会で結婚式を挙げたカップルである。最近夫人がなかなか来られない。理由は、ご実家でただ一人残っているお姉さんの介護に係っているためである。

 

80歳でさらに年上の姉をケアーするのは大変なことである。しかし種々の理由で施設に入居することができない。自分たちのところに引き取りたいが、姉が同意しない。それもあるが自分自身の老化がとみに進んで姉を見る自信がない。自宅から教会までの往復さえも時々電車を間違えてしまう。兄はしみじみと80歳を過ぎたら急な坂を下るように老いが進むのがよくわかる。こんなことはつい昨今まで考えもしなかった。若い時はもちろん老いなんて知らなかった。老いるとはすさまじいことだと語っておられた。うなずきながら、気を付けて帰ってくださいねという言葉しかなかった。

 

 


日々の風から 手袋も、ショールも、マスクも忘れて

日々の風から 手袋も、ショールも、マスクも忘れて

 

 

先月下旬から今週初めまで、教会を始め係わっている組織の活動でいささか多忙であった。一段落ついてホッとしているところへ節分、立春と季節の節目が心楽しい名前をつけて巡ってきた。折しも、一足飛びに気温が上昇し、冬を忘れそうになった。

 

近所へお使いに出て、気が付けば手袋もなし、ショールも忘れ、マスクもしていない。暖かさに浮かれている自分に呆れ、笑いだしてしまった。歩いているとコートさえ放り出したいくらいだ。束の間の、仮の、慰めの、春シーンだろうが、なんとうれしいことだろう。明日は一気に寒くなるとか。気を付けねばと言い聞かせる。昨年は三月だったか大風邪をひいてひどく体調を崩した。冬将軍は簡単には矛を収めてくれないのだ。


日々の風から インフルエンザ被害

日々の風から インフルエンザ被害

まだまだ冬枯れの上野公園

 

一月最後の日を迎えた。なんと早いこと。もう一月は終わりかとびっくりする。しかし、神さまの時計は狂ったことがない。創造の初めからそうなのだろう。これほど正確なことはない。これを正確というのだろう。人は一日を、一か月を、一年を、長く感じたり短く思ったりする。いったいどんな測り方をしているのだろう。よく言われることだが、子どもの頃は一日も一年も非常に長く感じた。年を取るごとに短く思うと。様々の理由付けがされるが、ほんとのところはだれにもわからないし、正解はあるのだろうか。

 

寒い寒いと言っても今冬は昨年に比べると気温が高い。私は早朝の室温を気にしているが、昨年は2、3度低かった。今、だれも暖冬とは言わないが、私は自分の部屋の室温から判断して暖かいと思う。だが、インフルエンザの猛威は昨年並みのようだ。予防注射をしても安心できない。もっとも予防注射をすれば絶対にインフルには罹らないとは医師は言わない。軽く済みますと教えられた。先だって定例の集会をしたが、急にバタバタとインフル罹患の連絡が入り、皆さん苦しめられているのがわかった。

 

今晩は雨が降り出した。乾燥が収まれば風邪菌も鎮まるだろう。

2月3日は節分。翌4日は立春である。心が軽くなる。

 

 


日々の風から 大寒の歴史散歩・鹿鳴館跡

日々の風から 大寒の歴史散歩・鹿鳴館跡

 

 

 

 

この半年ほど追いかけている明治初期の女性の足跡が東京に集中している。もともとは京都のお公家さん出身だが、明治になると間もなく東京に住むようになった。もちろんみやこが遷都したのだから東京に入った人は夥しい人数だったろう。いずれ彼女のことは一文にまとめたいと思っているが、それまでにはたくさんの勉強が必要だ。歴史上の一人物が、私の中で今生きている人のように、親友のように、尊敬でき、愛せる人として、毎日私の隣に座ってくれるようになるまでには相当の時間がかかる。途中で、私自身がその人を受け入れられなくなり、やめた人も何人かいる。理由は、その人の生き方に共鳴、共感、感動できなくなった時だ。特に晩年時代の生き方による。その人の思想、信条、日常の言動に感激できなければとても書けるものではない。つまり、私がその人を最高に愛せなければ、例え一枚のエッセーでも書けない。私自身がその人のように生きたいと思わなければ書けない。

 

その意味で、小冊子にした『荻野吟子』と『若松賤子』は私の最愛の女性たちである。そこへもう一人、席を設けたいのである。さて、しかし、いつのことになるか。また、私が最後まで彼女について行けるか、それはこれからの学びと人間理解にかかっている。

 

彼女を巡る時代や事件、取り巻く人々を調べるのが先決である。それがまた楽しいのだ。というわけで、この一月になってから近場を歩くことにした。先週見に行ったのは、「鹿鳴館跡」である。彼女は鹿鳴館で踊ったことはないだろうが、その音楽が聞こえてくるほど近くに住んでいた人である。鹿鳴館とはだれでも知るところだろうが、いったいどこにあったのか、ずっと以前からかすかな疑問を抱いていた。と言っても強い思い入れはなかった。

 

ところが彼女の姉が鹿鳴館の花の一人だった。それを知って、鹿鳴館が一歩近くなった。ちょっと調べると、なあんだというほど、わかりやすい場所だ。しかし今は一枚のプレートがビルの塀に貼り付けられているだけという。

 

行ってみた。帝国ホテルの隣だった。通りをへだて日比谷公園がある。気が付かずに通り過ぎて当たり前の様な地味な碑であった。思い入れがあって見に来たのだから、私はしばらく立ち止まって数枚をカメラに収めた。碑文によれば、その場所は薩摩藩の装束屋敷跡だったそうだ。感想は沸騰する。しかし、いまは静かに歴史の流れを見つめ、何処も同じ栄枯盛衰のワン・パターン真理を納得するのみである。私の意中の人、彼女が、最後まで私の親友であってほしいと願うことである。

 

 

 

 



search this site.

profile

categories

selected entries

archives

recent comment

  • 日々の風から 手袋も、ショールも、マスクも忘れて
    美雨さんへ
  • 日々の風から 手袋も、ショールも、マスクも忘れて
    美雨
  • 日々の風から 手袋も、ショールも、マスクも忘れて
    美雨さんへ
  • 日々の風から 手袋も、ショールも、マスクも忘れて
    美雨
  • 日々の風から あと一時間ほどで
    ハンナさんへ
  • 日々の風から あと一時間ほどで
    のんびりハンナ
  • 日々の風から 師走の前の静けさ
    ハンナさんへ
  • 日々の風から 師走の前の静けさ
    のんびりハンナ
  • 日々の風から 45年前のこの日 その1
    美雨さま
  • 日々の風から 45年前のこの日 その1
    美雨

recommend

recommend

美しき姉妹たち
美しき姉妹たち (JUGEMレビュー »)
三浦 喜代子
最新本です。
ぜひお読みください。

links

sponsored links

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM