希望の風

人生の逆風の中で見つけた希望の風を、小説、エッセイ、童話、詩などで表現していきます。

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# 日々の風から 十字架の上で

日々の風から 十字架の上で

 

この一週間、教会では特別に早朝の祈祷会が持たれた。

主に教会の近所に住む教会員が参加した。

牧師夫妻を中心にした小さな会だが、

毎朝新鮮な思いで加わってきた。

受難の賛美歌を歌い、

受難の聖書個所が読まれ、

牧師がショートメッセージをし、

そのあと、参加者全員が祈った。楽しい毎日であった。

 

聖書から、

この時期に登場する珍しい人たちのことが語られ、

考えさせられた。

イエス様が十字架につけられた時、

左右にも十字架刑を受けた人たちがいた。

彼らは強盗であった。

極悪人であったのだろう。

しかし、その一人が、イエス様に、

「あなたが御国に入られる時には、私を思い出してください」と、助けを求めた。

そのときイエス様は

「あなたは今日、私とともにパラダイスにいます」と、

彼を受け入れ、彼をゆるし、救われたのである。

 

死の間際でたった一言、救いを求めた人を、

神は救われたのだ。

救いの業はスピーディーでダイナミックである。

難しい理論も理屈もいらないのだ。

ただ、ひたむきに頭を下げて助けを求めればいいのだ。

これが神の救いというものだろう。

私は感動している。

感動のあまり躍り上がりたいようだ。

単純素朴で、やさしさと愛に満ちているのがイエス様の救いだ。

 

その貴い救いに、若い時に与かったので、

この難しい世の中を、

喜びと平安に包まれて、今日まで生きて来られた。

神の新しいいのちで、生かされてきた。

 

明日はイエス様がよみがえられた勝利の日を祝う。

 

「あなたは今日、私とともにパラダイスにいます」

| comments(0) | - | 21:50 | category: 日々の風から |
# 日々の風から 受難週・朝の祈祷会

日々の風から 受難週・朝の祈祷会

 

教会は14日の日曜日から受難週に入った。

この一週間は、

十字架の苦難を忍び通されたイエス様を

特別に濃厚に思い、

その苦しみは、

私の罪のためであったと再確認し、

心静かに、

できるだけつつましく、過ごしたいと願っている。

 

教会では毎朝、祈祷会が開かれる。

朝食前に馳せ参じて、ともに祈ります。

イエス様への愛を熱く抱いて参加していきます。

 

『父よ。彼らをおゆるしください。

彼らは

なにをしているのかわからないのです』

 

 

| comments(0) | - | 21:07 | category: 日々の風から |
# 日々の風から 花だより、思わぬ雪だより

 

日々の風から 花だより、思わぬ雪だより

このところ気温気候のアップダウンに振り回されている。

今日はよりによって、雪である。

4月の雪に出会ったこともあるがいつだったろうか。

桜満開の頃になっても雪の日があったとの記憶はある。

珍しいことだが、なかったことではないのだ。

今回、東京の下町には雪は降らない。真冬より冷たい雨であるが。

 

ところが早朝の群馬から雪が降っている、

積雪15センチの予報と一報があり、

山梨からは、あきれ果て、困り果てた声が聞こえてきた。

「なんなの、いったいこれは」と。

もう雪用のタイヤはノーマルと交換しているので走れない。

仕方なくタクシーで用足しに行ったと。

みんな戸惑い迷惑しているが、

当のお花はどうだろうか、

震えあがっているだろう。

しかしこの間にも樹は葉の新芽を育てている。

雨が上がったらまぶしい陽に踊る葉桜がみられるだろう。

| comments(0) | - | 18:10 | category: 日々の風から |
# 日々の風から 雨も寒さもなんのその 観桜三昧

日々の風から 雨も寒さもなんのその 観桜三昧

 

 

 

 

それにしてもこのところ寒すぎる。花冷えとか寒の戻りなど、重宝な言葉がすでにあるということは、この時期にはそうした自然現象がよくあることなのだろう。まさかの雪まで舞ったところある。友人から、花ならず雪の吹雪く中で露天風呂に入っていますとメールが来た。

 

4月の声を聞いて、今週はかねてからの約束で連日お花見を兼ねた集まりがあった。上野公園、六義園と続く日があった。近くの荒川土手の千本桜公園が見事だった。

 

 

 

 

 

妹たちと、我孫子にある教会の墓地へでかけた。墓碑に父と母の名が刻まれている。彼女たちとは一年に一度の墓参である。昨年は私の体調がよくなくて、出かける自信がなかったので心ならずも中止した。とても残念だった。なぜなら、この時ばかりは私は妹二人の前で、賛美歌を歌い、聖書を朗読し、大きな声で祈ることにしているからだ。妹たちは教会には所属していない。伝道の思いを秘めてそうすることにしている。妹たちは逆らわない。静かに聖書に聴き入り、祈りを聴いている。私にとってはこの上ない感謝な時である。

 

 

 

帰途は手賀沼の遊歩道を延々と歩く。これも恒例である。妹たちは背中のリュックから双眼鏡を取り出して、お得意のバードウオッチングを始める。バス停までのわずか2キロに一時間以上もかける。鳥を見つけると立ち止まって動かないのだ。私も小さなカメラで鳥を追う。河原の風はきつく、真冬以上の寒さに感じたが、歩き通すことができてうれしかった。まだまだ歩けるぞ!! そんな思いも強められて、収穫は大きかった。

 

 

 

 

| comments(0) | - | 10:25 | category: 日々の風から |
# 日々の風から いざ さくら!!

日々の風から いざ さくら!!

 

 

 

 

いっせいに桜花爛漫である。

桜は街中でもどこでも至るところにあるのがいい。

特別に出かけなくても、路地の奥にもふっと咲いている。

一本だけ咲いているのもいい。

どこで観てもさすがは花の女王、

凛としてしかも大きく開いて温かく、

観る人に微笑みかける。貫

禄、風格充分である。

 

 

 

 

一日、所用で関東の北部へ出かけた。

山の中腹に近ごろ植えたという河津桜に出会った。

河津桜とは伊豆半島のあの場所だけだと思っていたら、

伊豆とは気候の違う場所なのに、

まだソメイヨシノの開花前に満開になっていた。

大木ではなく腰をかがめるようにして木々の間を歩いた。

びっしりと花をつけた枝が顔先に揺れていた。

なんとも豊かな恵みのひと時であった。

 

 

 

| comments(0) | - | 10:00 | category: 日々の風から |
# 日々の風から さくらが咲いた・春本番!

日々の風から さくらが咲いた・春本番!

 

 

今日、東京では標準木に5つ以上の花が咲いたとかで、

開花宣言が発表された。宣言である、発表である。

なんとも平和な光景ではないか。

平和ボケだと言われて久しいが、

日本の風物詩の最たるものである。

しかし嫌味は禁物。

ついに桜が咲き出した。手放しで春を喜ぼう。

 

「春をつくられた 神さまを 歌おう」

 

 

| comments(0) | - | 13:42 | category: 日々の風から |
# 日々の風から 春をみつけて

日々の風から 春をみつけて

 

 

 

 

 

 

行きつ戻りつの春の歩みは、

ここにきてたまらなくもどかしく思う。

かといって、一足飛びに春に突入されても、

こちらの心身が、特に心がついていけないだろう。

何とも悩ましい季節である。

毎年の事ながら同じことを思っている。

 

創造主である神様は大いに苦笑されているだろう。

移り行く季節のスピードくらい、

もう覚えておいてもいいのではないか、

何十年くり返しているのだと言われてしまいそうだ。

 

梅が散っていく。

桜のつぼみがふっくらとしてきて、

いとしく、愛らしい。

種類によってはすでに開花した桜もある。

花壇のパンジーの株がしっかりして、

背丈がぐんと伸び、

花に力がある。冬とは大違いである。

 

 

 

| comments(0) | - | 20:18 | category: 日々の風から |
# 世相の風から 池江璃花子さんのきびしさ 

世相の風から 池江璃花子さんのきびしさ 

 

池江さんの発病を知って以来、気にしていました。私の住む地域に近いところにおうちがあるようで、あのスイミングクラブの場所はよく知っています。この地域の子どもたちが通っていますし、送迎バスをよく見かけます。そんなことから親近感を抱いていましたので、発病の報にはびっくりでした。こんなむごいことがあるだろうかと、胸が痛みました。

 

久々にコメント出ましたが「思ってたより、数十倍、数百倍、数千倍しんどいです。三日間以上ご飯も食べれてない日が続いてます。でも負けたくない」の声に、またまた切ない思いをしています。治療を受けた人なら、彼女の発言に大きくうなずくでしょう。ほんとに、思いをはるかに超えて、言葉ではとても表せない状況だと、推察します。小さな体験ですが、したことがありますから。

 

しんどいという語彙は東京の下町にはありませんが、実に言い得ていると思います。「数千倍しんどい」が最適な表現だと思います。しかし、あれだけの偉業を成した方ですから、メンタルは強いでしょうが、体と心は一体です、気持ちがくじけることがあるかもしれませんが「負けたくない」を最後までつらぬいてほしいと願います。

 

最初のころ、彼女が「神は耐えられないような試練には会わせない」と言われましたが、聖書のことばです。神のことばです。今もそのみことばを握りしめて戦い抜いてほしいと願っています。ちなみにみことばは「耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます」と続きます。「脱出の道」が備えらますように。

 

コリント第一・10章13節

『あなたがたの会った試練は,

みな人の知らないものではありません。

神は真実な方ですから、あなたがたを、

耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。

むしろ、耐えられるように、

試練とともに脱出の道も備えてくださいます』

 

 

 

 

| comments(0) | - | 13:15 | category: 世相の風から |
# 世相の風から トランプさん、金正恩さん、しっかり!

世相の風から トランプさん、金正恩さん、しっかり!

 

二回目の米朝会談を楽しみにしていた。全くの野次馬である。こんな無責任な者がいるからお二人もやりにくいだろう。会談の結果は「決裂」とか「合意に達せず」とか、まあ、さまざまな記事と意見が沸騰している。一つのことに対する見方、見解は10人いれば10個あるだろう。よくぞここまで出てくるものだと思う。人々の後ろから背伸びして見物する私でさえなにがしかの思いがあるのだから。一度や二度の話し合いで重大問題が解決するわけがない。みんなわかっているのだ。だから短気を起こさずに、なんどでも会って、議論して、一致点を見出してほしい。一致点とは世界平和のためである、間違っても自分の国や自分のためではなく。ふん、と一笑に伏されてしまうだろうが、あえてそう言いたい。お二人には、イエス様が言うように「平和を作り出す」幸いな人になっていただきたい。

 

| comments(0) | - | 22:46 | category: 世相の風から |
# 心の風から 記憶ちがい、勘ちがい

心の風から 記憶ちがい、勘違い

 

最近、ひとりの人を調べていて、過去の人だから書物に頼るばかりだが、書かれている出来事が著者によって一致していないのに気が付いて驚いてしまった。著者の一人は親類縁者で、主人公とは親しい間柄だから、昔話としてではあるが出来事について直接聞いている。もう一人は学者で、綿密に資料に基づいて事実関係を調べている。主人公の年表も作成している。もう一人は晩年の主人公に直接インタビューしている。

 

私が驚いたのは、主人公の生涯にとって二つとないような大事件のとき、主人公の親はすでに亡くなっていた。年表によればである。しかし親類に当たる人の著書には、その事件の時にはすでにこの世にいないはずの親が大きく影響を与え、事件の原因にもなっていると説いている。これはおかしいではないか。明らかに記憶ちがいではないか。思い込みで書いているとしか言いようがない。

 

私は主人公にとってあってはならない悲しい大事件がなぜ起こったか、その真相が知りたくてたまらないのだ。だから、あれこれと資料を探している。何とかして理由が、原因が、またそこに直接かかわった人がだれであるのか知りたいのだ。ところが、信用していた親類縁者の本には、すでにこの世にいないはずの主人公の親がでてくるのだ。著者は親の心の内にまで想像の筆を差し込んでいる。著者の勘ちがいにちがいない。

 

「記憶にはございません」、「全く覚えていません」は、どこかで、偉い方々が逃げ切るための方便としてよく使うセリフであるが、実際問題として記憶ちがい勘ちがいは大いにありうる事だとつくづく思った。自分を振り返ってみても、覚えているようで覚えていないことも多い。年代も曖昧な部分も多い。ましてその時自分が言ったこと、相手が言ったことをその通りに覚えているかと言えば、自信はない。もちろん、あの時のあの人の一言で死ぬような思いをしたとか、反対にあの一言で生きる力が生まれたとか、鮮やかな記憶もあるが、全体としては不正確である。まして、自分以外の人のことについては、早く言えば霧の中である。

 

話が枝葉にまで分かれて、本筋が見えなくなってしまったが、私には著者たちの記憶ちがい、思い込み、勘ちがいからいくつかのことを発見した。あることを、一人の人の言うことだけで鵜呑みにするのではなく、複数の人の言うことや、本を読み、比べること、その大切さと、また楽しさを知った。それらを使ってなにか大層なことをしようとは毛頭思ってはいない。ただ、その作業が実に楽しいのだ。すでに世の多くの方々はしておられることだろうが、私はこの歳になってようやく発見した新しい世界なのである。

 

すぐに「白」だとか「黒」だとか決めて、それを振り回して判断の物差しにしたがる私であるが、待て待て、神様じゃあるまいし、白も黒も一応受け止めて、灰色も緑も黄色も赤もあることを知って、深く大きく考えていきたい。そのためには、もっともっと読み、聞き、調べる作業を深めていきたい。手元に集まった資料を咀嚼消化する時間も楽しみたい。つまり思いめぐらすこと、思索することを楽しみたい。できればそれらをベースにして、隠し味にして、エッセーなり、童話なり、物語などに挑戦してみたい。

| comments(0) | - | 18:03 | category: 心の風から |
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