人生の逆風の中で見つけた希望の風を、小説、エッセイ、童話、詩などで表現していきます。

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天の星のように―母エバから母マリヤまで 美しき姉妹たち
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世相の風から 外食、中食(なかしょく)、おうちごはんのこと

世相の風から 外食、中食(なかしょく)、おうちごはんのこと

 

世の移り変わりはいつの時代もそうなのだろうが、すさまじいものがある。振り返ってではなく、今現在その渦中にいても、目のまわるほどだ。流行というのだろうか、それに付いていけるのは年代の若い人だろう。実は若い人はその流れを作るご当人かもしれない。知らない間に、知らない言葉が当たり前になっている。

 

「中食」がその一つだ。昼食でなく「中食」、「なかしょく」と読むのだそうだ。外食は昔からあったのでよくわかる。毎日家で作る食事は「おうちごはん」というのだそうだ。呼び名はどうであれ、内容はよくわかる。

 

「なかしょく」ってなんだろうと、聞き耳を立てていると、なあんだ、よくわかってきた。お総菜やお弁当など調理済み食品を自宅で食べることを言うのだそうだ。自宅で食べることがポイントのようだ。いわれるまでもなく、どこへ行っても食品売り場にお惣菜やパックに詰められたお弁当があふれている。いかにもおいしそうに、自分ではなかなか作れないようなすてきなおかずが氾濫している。高級なものもあるが、手ごろな値段のもある。家で作ったほうが高くつくものもある。ひとり食事の人にはピッタリだ。便利な世の中になったということか。

 

しかし昔からお惣菜を売るお店はあった。お肉屋さんでコロッケやカツを売っていた。魚屋さんが店先でお魚を焼いていた。乾物屋さんでは、毎日、煮豆や煮物や佃煮を何種類も売っていた。パン屋さんではサンドウィッチやコッペパンにジャムやバターをその場で挟んでくれた。わざわざ「なかしょく」と言わなくてもごくふつうに存在していた。なぜ今「なかしょく」といって話題をさらうのだろう。理由はまだ研究していないのでよくわからない。

 

私の現在の食事スタイルは「おうちごはん」の一言に尽きる。「外食」は時にチャンスがあれば出かける。独りで「外食」することはほとんどない。家族や友人たちと、歓談を主に「外食」することはとてもうれしく楽しみである。この回数は多いかもしれない。誘われれば断ることはない。都合が悪ければお互いに調整し合って実現させる。これはもう単に日常の食事という枠を超えているから話を折ることにする。

 

「なかしょく」であるが、今のところは、敢えて出来たもの買ってくるはしない。お店でおいそうなものが目に入ると、よくよく見てきて作ってみる。それがとても楽しい。私の日常の食事はいたってシンプルである。粗食ともいえる。おいしいものは大好きだが、私の好みや味覚の範囲でのおいしいものである。だから、たかが知れている。

 

格差社会であり、差別も著しい世界である。たとえ粗食でも三食に事欠く人々は無数におられる。外食でもいい、中食でも、おうちごはんでもいいが、一瞬でもいいから、苦境にある方々を覚えて、感謝して食したい。

 

 

 

 

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書林の風から 「トルストイの日記抄」から 11月の初めに

書林の風から 「トルストイの日記抄」から 11月の初めに

 

もう11月と、だれもが言ったであろう。わかっていても言わずにはいられない。今年もあと2か月になった。ここまで無事に来られたことは大いなる感謝であるが、悔いも反省もある。大みそかには同じことをまた言うかもしれない。

 

以前に買い求めた古書「トルストイ日記抄」をぽつぽつとめくっている。彼が19歳の時に書いたものからはじまっている。冒頭に目が留まって何度も読んだ。彼は自分を完成させるためにいくつかの規則を課した。とても興味深いので、本のとおりに書き出してみる。

 

1、必ず実行すると定めたことは、どんなことがあっても実行せよ。

2、実行することは立派に実行せよ。

3、忘れたことを決して本で調べるな、自ら思い出すように努めよ。

4、常に自分の智力を能う限りの力を持って働かしめよ。

5、常に声に出して読み、声に出して考えよ。

6、邪魔になる人に向かって、邪魔になる、ということを恥じるな。まず、感ずかしめよ。彼が理解しないなら        ば、無礼を謝して、彼らにこれを言え。

 

この日記は1847年から始まっている。今2018年だから173年前になる。時代のずれを思わせるものはない、違和感は6番目くらいだろうか。そうそうできることではないから。

 

一番参考になったのは5番である。声に出して読めとは、心がけていることだから。しかしすべての本を声に出して読むことはとうていできない。聖書はできるだけ音読がいいと思っている。特に詩篇は声に出して読むようにしている。

 

「声に出して考えよ」とは、独り言のことだろうか。これはどうだろうか。文章を書く時も、音声で言ってから書くことはしない。ただし、お祈りは努めて声に出して祈る。努めてはっきりと声に乗せて祈るようにしている。電車の中では無音で祈るが、歩いている時は、だれもいなかったら声に出すことにしている。

 

3番目も興味深い。忘れたことを思い出せとは、老化防止にもいいだろう。どんなに頑張っても思い出せないこともあるが、安易に「あれ、あれ」などと言わないようにしたい。

 

一番目については思うところ大なので、またにします。

 

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旅の風から 紅葉の中へ 軽井沢雲場池 

旅の風から 紅葉の中へ 軽井沢雲場の池

 

 

 

誘われて、渡りに舟とばかり北陸新幹線に飛び乗り、紅葉真っ盛りの軽井沢へ駆けつけました。軽井沢へは東京から一時間と少し。新幹線の威力でしょう。下車すると待機していた友人の車に移動し、いたるところ鮮やかに葉を染めた幾種類もの樹々の間を走り廻りました。今回はどうしても観ておきたい場所があり、そこへ案内してもらいました。

 

1990年代から約20年間、それまでは関係のなかった軽井沢の地が私の生活圏内に勢いよく入ってきました。御茶ノ水の学び舎が毎年その地でサマースクーリングを開催しました。また、同時進行で所属した「あかし文章」の書き仲間の合宿が同じ施設で持たれました。まだ新幹線のない時期もありましたが、毎年一回だけでなく、二回も三回も行くようになりました。そのたびごとにエピソードがあって、私の小さな人生史の中にかなりの分量で足跡を残しており、今では貴重な思い出、無形の財産になっています。

 

 

 

 

 

 

 

近年は、いっしょだった友も恩師も、ぼつぼつと永遠の御国へ旅立ちはじめ、思い出はますます濃密に結晶し、宝物のように光り、輝きを増しています。光が視線に入れば涙がこぼれ胸がうずくのです。「私には懐古趣味はないわ」と友に言い切ったものの、もしかしてこれが本物の懐古趣味かもしれません。理屈はさておき、思い出の象徴ともいえる雲場池の紅葉を訪ねてきました。もう一か所、恩師たち同窓の友たちと懇親会を開いたホテルのラウンジでお茶してきました。軽井沢でも奥まった地域なので森閑と静まり返り、ラウンジには人影もなく、椅子の配置も当時のままです。時が止まったようでした。あの時の一隅から、一人一人の姿が浮かび上がり、談笑する声まで聞こえてくるようでした。しばらくは我を忘れ、切ない思いが高まりました。浦島太郎の様な気分にもなりました。

 

 

 

 

 

紅葉に囲まれた池巡りをしているうちに、自分を取り戻し、感謝が噴き出しました。私の人生にあんなにも豊かな喜びに満ちあふれた一時期を築いてくださった神への感謝です。さらに、歳月を経て、かつての地を訪れ、恵みを思い起こすことのできる、今現在へ感謝です。

 

『まことに私の生きている限り、恵みといつくしみとが私を追ってくるでしょう。

私はとこしえに主の家に住まいましょう』詩篇23篇

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日々の風から 主の日礼拝風景

日々の風から 主の日礼拝風景

 

お天気が続いてまさに秋はたけなわ。過酷な夏を過ごしてきたこともあって、みな、ほっとしているのだ。あいさつの笑顔もひときわ輝いている。どんな時代も人間は自然に左右されながら生きているのだとつくづく思う。どんな高度な科学文明も荒れ狂う自然の力の前にはひとたまりもない。私たちの日常はたぶん昔から変わらず、今日のお天気は?雨は?風は?気温は?と日々刻刻気にし続けてきたのだと思う。

 

いい陽気になったこともあって、教会では皆さんの体調も安定している。高齢者や持病に悩む方々も心に病を持つ方々もわりあいお元気だ。皆さんいそいそと礼拝に来られる。このところ我が教会では地方から用事や旅行で上京し、礼拝を守ろうとするお客様が多く、会堂はひところよりずっと多い。うれしく感謝なことだ。礼拝後はあちらこちらでお客様を囲んで歓談の輪ができ、話が弾んでいた。

 

礼拝の説教は詩篇23篇5節が開かれた。このところこの有名な個所がワンフレーズずつ取り上げられている。今日の説教は5節から「私の杯(さかずき)はあふれています」とタイトルが付けられた。イエス様は御自ら私たちのために食事の支度をし、みずみずしい新しい高価な香油で歓待してくださる。しかも溢れるほど気前よく祝福し恵みを与えてくださる。

 

『私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、

私の頭に油を注いでくださいます。私の杯は、あふれています』

 

私たちは衣食住から始まってささいなことに気を奪われ、心配し、不安になり、思い煩ってしまう。頭ではわかっていてもいつのまにか足をすくわれて、主への信頼を失くしてしまう。しかし主の日のたびごとに教会へ急ぎ、恵みのみことばをいただき、不信仰を悔いあらため、信仰を立て直していただく。そして『私の杯はあふれています』との約束を握って、新しく一週間の旅路を進んでいくのだ。なんと幸いなことだろう。そうしたくり返しの中で、多少とも学習能力が身に付き、成長していけるのだろう。確かに主は成長させてくださる。

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日々の風から 芸術の秋・二つのコンサート

日々の風から 芸術の秋・二つのコンサート

 

秋は深まっていく。季節が進んでいくのを「深まる」と表現されるのは「秋」だけではないだろうか。ほかの3つの季節にはそうした表し方はないように思う。「深まる」とはいい響きであり、味わい深いものがある。秋は「芸術の秋」、「読書の秋」とも呼ばれる。これもそれだけで心の奥深くに浸み込んでくる。清少納言は「秋は夕暮れ」と、切れ味のいい一言で中心に迫った。

 

芸術の秋らしく、キリスト教界ではこれからクリスマスに向かって各所でコンサートが催される。「春のコンサート」より「秋のコンサート」の方が気持ちに添ってしっくりする。二日続きでコンサートに係わった。この土曜日は御茶ノ水の母校で、音楽教師によるコンサートが開かれた。近年恒例になった。日ごろ、教室で生徒たちに音楽理論、音楽実技を教える先生方が、この日だけは舞台に立つ。同じ音楽に携わるとはいえ、教師と演奏家は同じではない。先生方はさぞ大変だと思う。ふだんとは違う力が必要なのではないだろうか。

 

先生方の生徒たちや同窓生、ゆかりの方々が大勢来られて、盛大なコンサートになった。先生方に交じって、日ごろ薫陶を受けている聖歌隊も演奏の祝福に与かった。私もここ数年聖歌隊の末席に加えていただいているので、大いに緊張して舞台に上がった。ヘンデルの「メサイヤ」から12番「かみのひとり子を」と「ハレルヤ」を賛美した。神さまの恵みとあわれみを満喫して喜びの時になった。

 

明けて日曜日は「教会コンサート」。年一回開いている。外部からクリスチャン演奏家をお招きし、地域にチラシを配布しての開かれたコンサートである。チラシやHPの効果、また教会員家族や友人たちがお出かけくださって、ふだんとは違った賑やかな場になった。さすがに演奏家はその名にふさわしくプロとしての本領発揮、聴衆の心に訴える構成、コメント、演奏を熱演してくださった。牧師が核心をついた伝道メッセージをされ、教会ならではの「コンサート」になり、楽しくうれしかった。二つのコンサートとも、バッバがすべての作品の最後に署名したという「ただ、主だけがあがめらるように」が輝いていたことに大きく同感し感動した。かくて秋は深まっていく。ハレルヤ!

 

『御前に進み、感謝をささげ、楽の音に合わせて

喜びの叫びをあげよう。

主は大いなる神』詩篇95:2、3節

(ローズンゲン10/23日より)

 

 

 

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書林の風から 『トルストイの日記抄』古本のおもしろさ

書林の風から 『トルストイの日記抄』古本のおもしろさ

 

この夏にヘンリー・ナウエンの著作を立て続けに読んで、学ぶところ大なりの2乗、3乗の収穫をいただいた。その中で、初めて読んだ「最後の日記」は再読しているところだが、ふと、「日記」というジャンルに心惹かれた。「日記文学」と言っていいと思うが、以前に、ドナルト・キーンの「百代の過客」(続)についてはこのブログでも感想を述べたがあれ以来、「日記文学」に捕らえられていた。若い時から文豪たちの小説はずいぶん読んだが、「日記」は読まなかった。そこまでは思いが行かなかった。しかしここにきて偉人たちの日記を読みたくなり、手始めに、トルストイが頭に浮かんだ。それで、調べ始めた。簡単に文庫本でもないかとネット検索して見つけた。思ったものがなくて、岩波文庫の「日記抄」を買ってみた。

 

古いものしかなく、半分心配しながら取り寄せたが、開けてびっくりで、触りたくないくらい古い。中から虫でも出てくるような気配。手袋をして開きたかったがそれではページがめくれない。1,2頁立ち読みしたが、読み続ける気になれず、図書館を思い出して走った。

 

文庫はなかった。職員がていねいにパソコン遊泳してくださったが、私の持っているものが国会図書館にあり、データ化されたものを見るだけという。よく、現物がありましたねと感心されてしまった。そんな稀少なる本なのかとこちらも感心したが、しかし読み続ける気になれない。奥付を見ると、『昭和十年七月十五日 第一刷發行 昭和二十五年十二月十日 第十刷 発行 定価(価は旧字)六十圓』とあり、印紙が貼ってある。

 

もう少しきれいな本がないかとまた検索して、しかし、高額でないものを買ってみた。すぐに届いた。こんどは触われるし、シミも汚れも少ない。これなら読めると安心した。そして奥付を見た。『昭和十四年一月二十五日 第五刷發行 定価(価は旧字)四十銭(銭は旧字)』印紙は訳者除村氏の印鑑が押してあった。つまり、あとから買ったほうが前のより十年も前に発行され、戦前である、定価も四十銭と、想像もできない時代の本なのだ。さらに、表紙のタイトルの横書きは、右から始まっている。驚きの連続である。

 

私は本の内容や日記文学をさておいて、二つの本を前にして「本」に対して味わったことのない新しい興味が湧き、心が掻き立てられている。神田の「古本屋街」が意味を持って迫ってきた。「本」の持つもうひとつの一面を垣間見た気がした。

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日々の風から 台風はもうたくさん!

日々の風から 台風はもうたくさん!

 

このブログの「日々の風から」を「日々の台風から」にしたいくらい、あとからあとから発生し、しかも、日本へ向きを変えて襲い掛かり、しかも今回はまるで巨大な大男が日本列島をくまなくのし歩いたように、足跡、いや、傷跡を残して去っていきました。なんということでしょう。違う話題を書きたいと思いながらもついついショックにかられて、心が他に向きません。

 

24号はひどかったです。真夜中の雨と風の音は近年聞いたことがないと、床に入ったもののじっと身をひそめていました。案の定、都心でも40m近く吹いたのです。観測史上3番目とか。私が最初に台風に恐怖を覚えたのは昭和24年8月31日のキテイ台風です。あのときは確か33mと聞きました。東京下町では焼け野が原に建ちかけた家が軒並み倒れました。今は家がもろに倒れることはありませんが、あの風の音は私の体の奥深くに刻み込まれていたと感じました。もう台風はたくさんです。

 

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日々の風から 秋は雨から

日々の風から 秋は雨から

 

季節が刻々と進んでいる。夏から秋に向かっている。雨が多い。季節の変わり目はたいてい雨がふる。春の長雨、秋の長雨と。季節を先導するのは雨なのだろうか。

 

傘の出番が多い。出したり入れたり干したりたたんだりと、玄関先の傘立てと家の中の傘の収納場所への移動や整理は私の仕事になっている。5人分の傘が右往左往する。愛用の傘から折りたたみ傘、簡易のビニール傘も仲間入りして、傘立てはぎっしりと満員である。

 

傘と言えばかすかに思い出すことがある。須賀敦子の本に出ていたが、彼女が言うのは、イタリヤ人は雨が降ってもめったに傘は使わない、日本人のようにすぐに傘をさす習慣はないと。ある時、雨が降ってきたので傘を持って夫を迎えに行ったら、彼がけげんな顔をして、手にした雑誌を頭にかざして走って行ってしまったそうだ。司馬遼太郎の著書にもあったが、雨が降ると、東京の人はすぐに傘を差し、あっという間に傘一色の風景になる、その早いことに驚く、大阪はそうではないと。これらはだいぶ前に読んだので、記憶違いもあるかもしれない。

 

急に雨が降ってきた時は、帰る人を傘を持って迎えに行くという風景がよく見られた。童謡に「あめあめ 降れ降れ かあさんが 蛇の目でおむかえうれしいな ピッチ ピッチ チャップ チャップ ランランラン」と、こんな歌があった! 今は死に絶えた光景か。

 

今朝から雨がひどく予定していた外出がままならない。時折止むのでその合間に出ようと狙っているうちにまた降り出す。外出と言っても緊急ではない。いわば不要不急なのだ。玄関を開けたり閉めたりして様子を見る。玄関わきのミニ花壇に、まだ毎朝咲き続ける真っ赤なハイビスカスと、夏一杯咲いてくれて今もまだつぼみを膨らませているバラを見つめる。

あと3日を残すだけとなった9月が惜しい。

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日々の風から 高齢社会と高齢者

日々の風から 高齢社会と高齢者

 

 

敬老の日という祝日があり、その前後には高齢者の話題が市場に溢れる。長生きすることが珍しく大きな喜びであった時代ならいざ知らず、いまでは祝日という感は少ないのではないだろうか。反対に高齢者は社会のマイナス的な課題を多く抱える問題児になってしまったようだ。日本の総人口の4人に一人は65歳以上の高齢者だと大々的に報じられ、100歳以上が6万人以上もいる、今や「人生100年時代」だとかが、なにやら皮肉っぽく聞こえてくる。75歳以上を後期高齢者という通称もすっかりまかり通っている。その一人として、肩身が狭い思いがする。「後期高齢者ですみません」、「長生きしてすみません」とどこかに向かって謝罪したいような気になる。とはいえ断っておきますが、私は100歳にちかくはありません。

 

今ある命を投げやりにはしなくない。「もうじき死ぬんだから」と迫りくる壁を意識しながらも、それはそれ、どこか観念的で、他人事で、今すぐ死ぬとは思わないし、一日一日を大切にしたいと思うから不思議なものだ。

 

周囲を見廻しても、高齢者はせっせとジムに通い、運動に励み、水泳をし、ヨガをし、体力維持あるいは増強に命を懸けている。健康に良いと言われれば好き嫌いは別としてすぐに食べ、一日になんども医院を渡り歩く。そのエネルギーはすさまじい。特に女性たちに目を瞠る。その際、自分はその中に数えていないが、質において同じかもしれない。

 

開き直りの後期高齢者が吐き出している短文に出会ったので記します。

 

年を取れば、誰だって退化する。

鈍くなる。

緩くなる。

くどくなる。

愚痴になる。

淋しがる。

同情を引きたがる。

ケチになる。

どうせ「すぐ死ぬんだから」となる。

身なりにかまわなくなる。

なのに「若い」と言われたがる。

孫自慢に、病気自慢に、元気自慢。

これが世の爺サン、婆サンの現実だ。

六十代に入ったら、絶対に実年齢に見られてはならない。

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世相の風から スターは一夜にして誕生!

 

 

台風や大地震の被害状況を知って、心を痛め、うろうろしていたところ、突然に、「大坂なおみ」さんが日本だけでなく、世界中の絶賛を浴びて大スターになった。申し訳ないけれどグランドスラムで優勝されるまではあまり存じ上げなかった。そんなわけで私にはびっくり仰天の出来事であった。しかし、文句なくうれしい!これを快挙と言わずに他に何があるのか。おりしも日本中が痛みに苦しみ悲しみに沈んでいた真っ最中だった。しかもなおみさんの母上は北海道の方だ。現に祖父の方は住んでおられる。かの地は未曽有の災害のただ中にあるが、この朗報は言いしれない力と希望になったことだろう。

 

それにしても、今や、マスコミのどこを見ても「大坂なおみ」一色である。彼女のせいではないが、世相の風とはこうも時の話題に大揺れに揺れるのかと、多少斜めに構えたい思いも沸く。なおみさんにはますます大いに活躍していただきたいが、日本列島どこにもおられる被災者の涙の拭われる日が一日も早く来ますようとの祈りも忘れてはならない。そのように自分自身を戒めている。

 

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